9件目 #相談役が不在になると困ってしまう
「ああぁぁぁぁぁぁどうしよぉぉぉぉぉぉ」
弐式戸とのデートの次の日の朝一番、俺は枕に顔を埋めたまま頭を抱えて叫んでいた。
別に日を跨いだら気が触れたとかそういう訳ではない。
では何故なのか? それはデートが終わりアオさんこと弐式戸のSNSアカウントに送ってしまったDMにある。
―俺の方こそ、今日は時間を取ってくれてありがとう。楽しかったよ。罰ゲームの件も任せとけ!近い内に誘うから、待ってて―
俺は弐式戸にボウリングでボロ負けした罰ゲームとして次に弐式戸と遊ぶ予定を立てて誘わなくてはならないのだが、勝負に負けた癖してこんなやけにカッコつけたDMを送ってしまっていた。
「『任せとけ!』とか……負けてる奴の言うことじゃないだろ……俺、ダッサァ……」
その場のテンションで送ってしまったDMに俺はどんどん自己嫌悪に陥ってしまう。
いくらSNS越しになら言いたいことを言えるとしても勢い任せなあれは無かった。絶対に弐式戸にも笑われている。もし今SNSを開いたらダサすぎて付き合い切れませんとアオさんから返信があったらどうしよう……
最後のは流石にボッチな俺にも話しかけてくれた優しい弐式戸のことだからないにしてもどうしても嫌な想像ばかりが浮かんできてしまう。
「あぁ……止めだ止め! まずはどこに行くかとか考えないとな……」
頭を振って嫌な考えは外に追い出して何とか思考を切り替える。
当面の問題はどこをデートする場所にするかだ。
今までの適当な繋がりの人が相手ならその辺の店を適当に見繕っていたが今回ばかりはそうもいかない。何せ想い人の弐式戸が相手なのだから。絶対にそんな適当なことは出来ないし、したくない。
ちゃんと下調べをして、実際に足を運んでみて弐式戸が気に入ってくれるかを考えて決めたい。
そして、今度こそ弐式戸に告白をしてOKを貰いたい。そして情けない中学時代の俺とはおさらばするのだ。
出来れば次の機会にでもしたい。たとえ次も無理だとしてもいずれかは必ずそうする。
昨日までは弐式戸に彼氏がいるんじゃないかと思っていたが今になって冷静に考えるとそれはないんじゃないかと思う。彼氏が居ながら他の男と遊びとは言え一対一で会う、こんな不義理なことを弐式戸がするようには思えないから。
だから、居るのは彼氏ではなく元カレ。そう考えて俺はチャンスを狙っていこうとするとしようか。
たった今の話だが、こんな決意を胸に抱く程には本気で弐式戸と関わっていきたいのだ。
とは言っても弐式戸との再会の仕方は今までの適当に遊んでいた人と同じやり方だったから向こうに気がある保証はない。というか遊びの感覚なんじゃないかと思っている。
さて、どうしたものか……
話は戻るが、昨日遊びに行った仙台には弐式戸と相談して決めたから何とかなったが今度は俺1人で決めなければいけない。
正直な所、どういう所に連れて行けばいいのかが分からない。似たような場所を探せば良いのかもっと違う何かを求められてるのか……
うーん、分からん。
「榊に相談でもしてみるか? でもな……」
なんとなく嫌な顔はされそうな気がする。だが非常事態だ、仕方あるまい。うん、そうだ。仕方ない仕方ない……俺は本気なんだから手段を選んでいられない。頼れる人は頼っていこうと思う。そんな相手は榊1人しかいないが。
そうやって自分の理性を説き伏せて電話から榊の電話番号を呼び出し通話の状態にする。
だが中々繋がることは無く、数分後。
―お客様のかけた番号は現在電話に出ることが出来ません。ピーという音が鳴りましたらご用件をお伝えください―
留守電サービスに繋がり機械音の女性の声が聞こえてきてしまった。今は何かしているのだろうか?
それにしても、困ったことになってしまった。いつもの俺の相談&愚痴聞き担当の榊がダメとなると俺1人で案出しをしなければいけないことになる。
それはキツイ……だが、恋愛面で他に頼れそうな人は身近にいないしグダグダ言っていても何も進まないからとりあえずは1人で考えてみるか。
昨日は日帰りだが、外泊しても良い位の遠出をしたから次は近場で良いんじゃないかとは思う。俺的にはだがそんなに遠出ばかりしていても疲れるばかりだから。けど、住んでる周辺は知り合いに会いたくないから無し。
とすると、北上するか南下するかの2択になる。どちらも遊べそうな場所には電車で1時間かからない位で着く。
とすると何をするかで決めることになるのか……
考えていても思考が煮詰まるだけだし外に出てみるとするか。まずは多少は慣れのある北上して山形に行くとしようか。いきなり慣れない土地に行って考えるよりはこっちの方が整理出来るだろうから。
そうと決まれば早速行くとしよう。
リビングに降りていき朝食に食パンにジャムを塗って腹に詰込み、家を出る。
自転車に乗って昨日と同じ駅に着いたのだが……
「時間見てなかった……発車するまで1時間近くあんのか」
その場の勢いだけで何も考えずに行動してしまい、駅舎内で時間を潰す羽目になってしまった。もっと本数を増やして欲しいと思うのだが何分田舎なためそうもいかない。
これだから田舎はと田舎者らしくついつい思ってしまう。
それでも仕方なく今日初めてのSNSを開き皆の生活を覗き見る。
ある者は自分の食事の写真を載せ所謂飯テロをし、またある者はタグを使って大喜利をしたりしているものが流れてきている。
SNSの使い方は千差万別だ。日記のようにする人やうちの子自慢、そして趣味で人と繋がりたい人もいれば仕事のために開設したり情報収集をするだけのロム専もいる。
そんな彼らの様子を覗くのは俺にとっては結構楽しいことだ。そうして眺めていると知ってる人のものを見つける。
―我が愛する弟が女と一緒に居る
羨まし―
アカウント名は『ブッコ』さん。確かこれは榊の姉の結衣さんのアカウントだったはず。
以前榊から「姉さんはバレてるのを気づいてないみたいだけどさ、僕を尾けてそれを呟くアカウントを持っててさ……」とか言って見せられた。最初は信じなかったが榊の家に行って結衣さんを観察しているとその節が見て取れて大いに驚いた。そのブラコンぶりは、榊が使ったコップを結衣さんが使ったり榊の服や下着を盗って、と中々重症と見受けられた。
その結衣さんといえば今も弟の榊をストーキングしているようだった。このアカウントが稼働している時点でそれは間違いはない。
どこでそれをやっているのかは分からないが、榊も大変だなと他人事ながらに思う。他人のことだからこうして楽しめるがやられてる本人は堪ったものじゃないだろう。
その後も色々眺めているとホームに電車がやって来た。
暫くはこの駅に停車しているため焦ることもなく切符を買い、車内に乗り込んでいく。盆が間近の日中で車内は人がごみごみとしたているせいでクーラーの効果を感じられない。
それでも何とか空いている席に着いてさっきまでと同じようにスマホを開き、ネットサーフィンをすることにする。そのまま電車に揺られながら乗り続けること1時間弱。昨日は乗り換えの駅として利用した山形駅に到着した。
駅のホームかた改札を潜ってさらに階段を下りていき外に出る。
「久しぶりだな」
最後にここに来たのが今年の2月末だったから半年ぶりとなる。その時は大学の用事で俺が通うキャンパスとは別なキャンパスに行くために来たはずだ。
そんな半年ぶりの景色を眺めながらもとりあえずはと弐式戸が好みそうな服を売っている店をネットで検索し、そうして見つけた店を下見して昼まで過ごした。周囲は女性客かカップルしか居なくて大変気まずい上に店員さんからの視線も痛く、胃が捩れるような思いをする羽目になってしまった。
笑い声や話声が聞こえてくる度にたとえそれが俺に向けられたものでなくても俺がたった1人でと馬鹿にされているように感じられてならない。それでも弐式戸を楽しませたい一心でなんとか乗り切り、昼休憩を挟むことにした。
「どこかお洒落な所を……あ、でも昨日、弐式戸はお手軽な所が良いって言ってハンバーガー食べに行ったんだよな……」
昨日の弐式戸を思い浮かべながら歩道を歩いていると前方に何やら不審な影を見つけた。
その人はボブカットをした茶髪の頭にスポーティーなキャップを被りサングラスをかけてコソコソとしていた。
正直に言って近づきたくはないが俺が進みたい方向だから仕方なくその人が居る方向に進むしかない。
少し怖さを感じながらも前方に居るその人から目が離せず歩いていると気付きたくもないことに気付いてしまった。
「えっと……結衣さん?」
「あら、錦君じゃない」
そう言って振り向いたのは紛れもない榊の姉の結衣さんだった。
こんな怪しげで周囲から奇異の視線を集める友達の姉と偶然出会うなんてことはあって欲しくなかった。全く、世の中何があるのか分からないものだ。
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