8件目 #次の話にはワクワクするもの
「お腹、空いてきたね」
スマホで時間を確認すれば18時過ぎを指していた。昼に色々食べたとはいえ一日動いていたのだから道理で空腹を感じる訳だ。
帰りの電車に乗る前にどこかに食べにでも行くとするか。その位の時間的余裕はあったはずだ。
「弐式戸は何か食べたいものでもあるか?」
「ん~、そうだね……今日は大分使っちゃってるし、ファミレスとかお手軽な場所
が良いかな」
「それだと近くにあったはずだから、そこで良いか?」
「うん、そうしよ!」
早速目的の店へと足を向け、入店する。
流石は夕食時のファミレスと言うべきか、店内に入ると家族連れで賑わっていた。それでもこの辺りには店が多いため並ぶ必要もなく、直ぐに空いている席に案内される。
「どれも美味しそうだね」
「そうだな。全部旨そうで迷うな」
席に着くなり早速メニューを開くと弐式戸は顎に手を当て迷い出す。心なしか目も輝いているように見える。この店の品揃いをお気に召したようだ。
暫く悩んだ結果、俺はハンバーグ,弐式戸はチキンを選んだ。そこに追加で大皿のフライドポテト1皿とライス,それにドリンクバーを2人とも注文した。
今日の楽しかったことを話し、各々選んできた飲み物を飲みながら待つことにする。
弐式戸が印象に残ったのは意外にもゲームセンターらしい。ぬいぐるみが獲れたことことが今でも嬉しいらしく「大事にするね」と言ってくれた。
なんて嬉しいことを言ってくれるのか……そうまで喜んでくれるなら男冥利に尽きるというもの。にやけが止まらないではないか。
これは俺がチョロいとかそういう訳ではないはずだ。意中の女性に喜んで貰えたら誰もがこうなってしまうと思う。
「最初のショッピングはどうだった?俺なんかは結構印象的だったんだが……普段はああいうお洒落な店には行かないしさ」
それに予定外の出費になったとはいえ、弐式戸に服を真剣に選んで貰えて良い思い出にもなった。
有体に言えばあの瞬間が一番幸せを感じていたのだろう。
「それは私だって凄い楽しかったよ。似たような店にはたまに行ったりするけど、今日は特別。錦君の服の好みも知れたしね」
弐式戸は今日買ったばかりで今来ている服をひらひらとさせている。その口元は僅かに緩んでいて、それが社交辞令でも何でもないことが窺えた。
「そうか、なら良かったよ。センスがあるか自信がなくてな……満足して貰えたようで何よりだ。俺も普段着ないような服で最初は落ち着かなかったけど慣れれば新鮮で良いもんだね」
「でしょ~。こういうのって良いよね~」
「うん。そうだね」
和んだ空気が流れ、どちらからともなく口を噤んでしまう。
もっと話を続けていたいがこういう時のネタ出しはどうにも苦手だ。弐式戸は何かを考え込むようにぼんやりとしているし、何か切り出そうとしてもどう話せば良いのか分からなくなりでどうしても言葉に詰まってしまう。
「お待たせしましたー」
そこへ店のユニフォームを着た男性の店員さんが注文した品をにこやかな笑顔でテーブルに並べていく。彼のネームプレートにアルバイトと書いてあることから察するに学生なのだろうか?結構若い人だ。
ちょっと気まずい所で救いの手のように感じた、のだがこちらを見た店員さんの目は全く笑っていなかった。なんだろうか、俺達をカップルと勘違いしてなのか嫉妬に狂ったようなそんな目をしている。
ふいに昼間に立ち寄った服のお店の店員さんを思い出した。大分、毛色は違かったが似たような目で見られていたはずだ。
まぁ、店員さんにも色々あるのだろう。
とはいえそのバイトの店員さんは仕事中な訳で、余計なことは特に何もせずに「ゆっくりとおくつろぎ下さい」と微塵もそうとは思っていなそうな目をしながら口にし、伝票を置いて立ち去っていく。
「そういえばさ、弐式戸」
思い立って声を掛けると、頂きますをして届いたばかりの目の前にある料理にパクついている弐式戸は一瞬その手を止め、暫く口をもごもごとさせた後に口の中のものをゴクリと飲み込む。
「どうしたの?」
「何も知らない人達から見たら俺達ってカップルに見えるのかな?」
「そうなんじゃないかな?私だって男の人と女の人が2人きりで居たらそう思うし。……けど、随分と急だね」
「いやさ、服買って着替えする時もだったけど……そういう風に言われてたり視線を感じたりしたからやっぱりそう見えるのかなって、ふと思ってさ……それだけで深い意味とかはないよ」
本当はカップルの話で弐式戸に脈があるか見たかったのだが、話している途中で恥ずかしさでそれどころではなくなり、結局最後は笑って誤魔化してしまった。
それでも次はどうしたら良いのかも分からずゴクゴクとコップの珈琲を一気に飲み干した。
「おかわり、行ってくる」
「……じゃあ、私も」
何故か弐式戸はまだ中に入っていたものを俺と同じように飲み干しドリンクバーへと付いてくる。
そんなことがあったものの、その後は何とか雰囲気を明るいものに持ち直し、今日3度目となる2人での食事を楽しんだ。
正直なことを言えばあーんとかしたかった。期待してなかったと言えば嘘になる。いかにもカップルって感じではあるし憧れはある。
だが、一度カップルの話を持ち出して気まずくなり、ましてや付き合っている訳でもいないのに俺がそんなことを切り出せるはずもなく、何かイベントが起きることもなく食べ終えてしまった。
「うー、満腹……」
会計を済ませ店を出ると弐式戸は腹を抱えて苦悶の表情を浮かべる。
「そりゃあ、あんなことしてたらね」
あの後弐式戸は急に「ドリンクバーを見ると全部制覇したくなるよね」とか言い出し色んな飲み物をコップに注いでは飲み始めた。
ファミレスの雰囲気に中てられて暴走した弐式戸もそれはそれで子供っぽくて可愛かったのだが、少しは後のことを考えた方が良いと思う。
その結果が今だ。飲み過ぎで腹が少し苦しいのか擦り続けている。俺が止めれば良かったのだろうが、ああまで楽しそうな弐式戸を止めることが俺には出来なかった。
「大丈夫か?どっかで少し休む?」
「ううん。大丈夫だよ。問題ない。ささっ、駅に行こ!」
「そう……なら良いんだけど……」
そんなこんながありつつも、牛歩もいい所な歩みで駅へと向かっていった。
弐式戸は相当疲れていたのか電車に乗り込むり気持ちよさそうに眠りについていた。そんな姿も可愛らしく、そして愛おしく感じ、自分の気持ちを改めて実感する。
そんな状況で頬を突いたり髪を触ってみたりしたくなってしまったのは仕方のないことだろう。
まぁ、相も変わらず、だからと言って手を出す勇気もなかったのだが。
「全然変われてないな……」
もし、ここでセクハラを働こうものならただのクズだ。だからこの場合はこうしているのが正解なのだが、そんな独り言をため息と共に吐き出し、電車に揺られ前へ前へと進んで行った。
途中、乗り換えのために弐式戸を起こして再び席に着くといつの間にか俺まで微睡んでしまっていた。
「……―さん、お客さん」
微かに聞こえる声と共に体が揺さぶられるのを感じ目を開けるとそこには車掌さんがいた。
「お客さん、終点ですよ」
「ん、ああ……」
まだぼんやりとする頭で周囲を見渡しているとそんなことを言われる。どうやら俺達が下りる予定の終点の駅に着いたようだ。
隣には未だ眠ったままの弐式戸がスヤスヤと寝息を立てていた。
もう少し寝顔を眺めていたいがそうしては迷惑になってしまうため弐式戸を揺すって起こす。
「あれ……着いたの?ごめんね、私だけ寝ちゃって」
「気にしないで良いよ。俺も今起きた所だしさ」
「ふふ、そうなんだ。じゃあ、お揃いだ」
車両から降り、改札口を潜って外に出るともやっとした生暖かい空気が頬を撫でる。クーラーがガンガン利いていた車内に長時間いただけ余計に不快感を感じてしまう。
「ここまでだな……どうする?送ってくか?」
襟を持ってパタパタと服の中に空気を送っている弐式戸を横目に一応聞いてみる。前回は断られてしまったから今回もそうなるとは思うのだが、聞かない訳にはいかない。何せ電車で帰るのに2時間ほどかかったため今の時刻は既に22時半を回り、周囲は真っ暗闇なのだから。
「うん、じゃあ……お願いしよっかな」
「……!」
まさかの返答で耳を疑ってしまった。今回も迷惑になるだろうからと断られるものだと思ってたのだが……
このデートで好感度が上がったのだろうか?特にカッコいい所もせられてないしそうとも思えないが、頼られる喜びがあることには変わりはない。
「分かった!けど、待ってて。自転車取ってくるから」
「うふふ、そんなに急がなくて良いよ」
早口で言い切り駆けだすとそんなことを言われてしまった。
でも、仕方ないじゃないか。こうして目に見える変化があったのだから嬉しくてつい急ごうとしてしまうのが男心なのだから。
あまり変な目では見ないで暖かく見守って欲しい。
そんな喜びを噛みしめている内に弐式戸と標識が付けられた家に着いてしまう。ここが今日の終着点だと思うと妙に寂しさが込み上げてくる。
生涯の別れという訳でもないのにおかしいな……
弐式戸との初めてのデートで、尚且つ1日がこれまでにない位楽しかっただけに尚更そう感じてしまうのかもしれない。
自転車のカゴから荷物を弐式戸に渡し二言三言言葉を交わした。
寂しさが抜けず、干渉に浸っているといつの間にか弐式戸の顔つきが変わっていた。何やら真剣な表情だ。
「ねぇ、錦君。最後に1つ良いかな?」
「うん……どうかしたか?」
やっぱり彼氏がいるからもう会えないとかだろうか?弐式戸なら彼氏がいてもおかしくはないし所々でそんな気はしていた。
そもそも今日の約束をあっさりと取り付けられたこと自体が変な話だ。こうはしていても実際の俺達の関係は『卒業してから数年間会いもしなかった元クラスメイト』だ。それ以上でもそれ以下でもない。
もう会わなくなる代わりに義理として最後に付き合ってくれた、そう考える方が自然で今の状態にも辻褄が合うというものだろう。
「じゃあ、罰ゲームね」
「………は?罰ゲーム……?」
もう、意味が分からない。このタイミングで罰ゲームとは脈絡が無さすぎる。彼氏が居るっていう話ではなかったのか?
「もう……私、ボウリングの時に言ったよね?『勝負に負けた錦君は後で罰ゲームね』ってさ。忘れちゃったの?」
「あ、ああ!言ってた!」
弐式戸は不満を表すかのようにプクッと膨らませた頬を緩ませにっこりと笑う。
「よくそんなこと覚えてたな……」
「そんなことじゃないよ!どうしようかずっと考えてたんだから」
「ああ、それで……」
「それで?」
「いや、何でもない。でさ、罰ゲームは何にしたんだ?」
まさか途中で弐式戸がぼんやりとして話ずらくなる時があったとは言えず、話を先に進める。
「うん、罰ゲームはね……」
ここで一度言葉を区切り、深呼吸をしている。
そして軽く首肯すると再び口を開く。
「錦君がやる罰ゲームは『私と遊ぶ計画を錦君が立てて私を誘うこと』他にも考えてけど、やっぱりこれかな。良い?」
「良いも何も罰ゲームなんだからやるよ。というかこれ位なら罰ゲームでなくてもやるけど……他って、何?」
正直、この内容だとご褒美だ。
罰ゲームでご褒美を貰ってしまっても良いのかと戸惑ってしまう。それだったら他の願いも叶えてあげれるし、俺もそうしたい。
「他は……また今度ね。兎に角、今はこの罰ゲームをやること!」
「そっか……分かったよ。考えとく」
「お願いね!」
覚悟を決めてからの甘いお願いに拍子抜けして頭が回らず、この後何を話せば良いのか分からなくなってしまう。最早、ただ弐式戸を見つめるしか出来ない。
「あっ、錦君も早く帰らないとね……」
「あ、ああ……そうだね」
残念だが今日はここまでだ。
でも、次がある。だったらそれを楽しみにしてここは笑顔で別れよう。
「またね、錦君」
「うん。じゃあまた、弐式戸」
そして自転車に跨り、家に向かってペダルを漕いでいく。
次の遊びの計画で頭がいっぱいになりながらも何とか家に辿り着く。正直、道中の記憶は全くと言って良い程にない。よく帰って来れたと思う。
自室に置いてある椅子に腰をかけ、早速弐式戸に一言連絡を入れようとSNSを開く。
するとそこには今日獲ったぬいぐるみの画像へとアイコンが変わってるアオさんからDMがきていた。
―今日はありがとう。楽しかったよ。罰ゲームの件、よろしくね!―
それを見て俺は迷わず返す。
―俺の方こそ、今日は時間を取ってくれてありがとう。楽しかったよ。罰ゲームの件も任せとけ!近い内に誘うから、待ってて―
そして俺はアオさんのプロフィール画面を開き、ただ兎のぬいぐるみのアイコンを見つめるだけの時間が続いた。
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