7件目 #楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう

 俺はどこに行くのかも分からないまま弐式戸に連れられて電車に揺れること10分。軽いスポーツが出来る施設やカラオケ,アミューズメントが集まった複合施設に来ていた。


 「あーここか。何気に初めて来るな」


 この店は結構有名なチェーン店で遠出して遊ぶようなタイプではない俺でも名前くらいは知っていた。


 地元には無いタイプの店でこういう時でないと遊べない場所だし、良いチョイスだと思う。流石弐式戸だ。


 「そうなんだ!実は、私も初めてでさ……」


 そう言う弐式戸は初めての場所で楽しみなのか喜色の笑みを浮かべている。だが……


 「ちょっと緊張してる?」

 「うん。分かる?」

 「少し強張ってるなって思って」

 「……そうなんだ」


 今度は虚を突かれたのか一瞬だけ驚いたような顔になり、直ぐに笑顔に戻った。


 この笑いはワクワクでというよりも嬉しさからくるものに見える。何故ここでそんな顔になるのだろうか……?よく分からない。


 が、そんなコロコロと変わる弐式戸の表情は見ていて楽しい。


 「錦君!行こ行こ!」

 「ああ」


 逸る気持ちが抑えられないのか駆け足になる弐式戸に急かされ、俺は弐式戸の後を追い店内へと入店していった。


 「どこから行くんだ?」

 「うーん、そうだね……最初は腹ごなしにボウリングでもどうかな?ちょっと食べ過ぎちゃったから軽く運動でもしておかないと……」


 ハンバーガーにタイ焼きと食べるなとは思ってはいたがどうやら弐式戸も気にはしていたらしい。


 でも、いつもと違う空気感だと食べ増してしまうのは分かる。そうなってしまうのは仕方のないことだろう。


 「じゃあ、そうするか」

 「今、笑ったでしょ!」

 「笑ってない笑ってない」

 「うっそだぁ。絶対そういう風に見えたもん」


 そんな弐式戸を微笑ましく思いながらロビーを突き進んでカウンターへと向かい、ボウリングの受付を済ませた。





 「よし、どっちが高得点を獲れるか勝負だね!」


 ボウリングのレーンへと場所を移し、弐式戸が玉を持ち自信満々に言ってくる。よほど、ボウリングが得意なのだろうか?


 苦手意識があるけど、カッコいい所を見せたいとも思っていたがこの調子ではそうもいかないかもしれない。むしろ、上手い弐式戸と比較されてダサく見えてしまいそうだ。


 「お手柔らかにお願いしたいかな」

 「いや~これは勝負だからね~」


 ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべている。そして「せめてもの情けに投げる順番は選ばせえてあげるよ」と付け足し、勝気な笑みに変化する。


 そんな弐式戸は大変可愛らしくこちらも潤うのだが、投げる順番でそんなにスコアが変わるものなのだろうか?よく分からない。


 だが、そこはしっかりと甘えて先に投げさせて貰うことにした。先に上手い弐式戸のプレーを見てからだと心が折られそうだし……


 そうして始まった1ゲーム目。


 俺の1投目は端の方を掠りピンを1本だけ倒すに終わったが、続く2投目で6本倒せて内心ガッツポーズをする。ストライクやスペアが取れなくとも半分以上のピンを倒せれば上出来だろう。


 そのまま少し得意気な気分で後ろへと後退し、弐式戸と入れ替わる。ではでは、得意げな弐式戸の腕前を拝見しようではないか。


 ボールを前に構えて投げる。素人目では滑らかで綺麗な動きに見える。


 そうして投げられたボールはというとレーン中央を転がっていきヘッドピンを捕らえ、10本のピン全てを1本たりとも余すことなくなぎ倒す。つまりはストライク。


 上手すぎる。1ゲーム目の1フレーム目でいきなりストライクって……


 上手さに心を折られないようにと先に投げさせて貰うことにした訳だが、そんなことは関係もなくバッキバキにされてしまった。計7本を倒しただけで得意気になって戻った俺が恥ずかしい。さっきまでの俺を殴ってやりたい。


 自慢気な顔で戻ってきた弐式戸と入れ替わり投げ続けるも一向に良い結果が出ることは無く、1ゲーム目を終えてしまった。スコアは3桁ですら遠く見えてしまう程のものだ。


 一方で弐式戸はスペアやストライクをきめたりと滅茶苦茶上手く、スコアにして俺と倍以上の差がついていた。


 随分と見せつけてくれるじゃないか。これではカッコつけるもなにもあったもんじゃない。


 「もしかしなくても、錦君。結構苦手?」

 「ああ。もしかしなくてもかなり苦手だよ。ボウリングだけはどうしてもね……ほとんどやる機会もないし」


 既に誤魔化してカッコつける意味もなく、得意顔の弐式戸に向かって開き直ってやる。


 隣に想い人が居てこれとは何とも情けないが仕方あるまい。その分と言っては何だが、会話だけは何とか上手く繋げないとな……


 そうだ。スポーツは他にもある訳だし、今はこっちで頑張ろう!


 「それにしても、弐式戸は上手いよな」


 ストライクもスペアもまぐれとはいえない程に出していたし腕前は中々のものと見える。昔からやっていたとかだろうか?


 「私はお父さんがボウリング好きでね……ちっちゃい頃から家族で来てたから上達しちゃった」

 「へぇ~……やっぱりそうなんだ。そういうの、楽しそうだね」

 「うん。楽しかったよ。……最近は家族で行動って少なくなってるけどね」


 子供が成長して昔みたいにはいかない、ということだろうか?


 てか、どうしよう?気の利いた台詞の1つも出てこない……こういう時ってどうすると良いんだろうか?微妙な雰囲気になってしまう。


 こっちで頑張るとか思っておきながら直ぐにこれとは……


 「よし。じゃあ、そろそろ2ゲーム目行こっか!」


 弐式戸は咳払い1つを間に挟み、露骨に話題を変える。


 多分、というか確実に相当気を使わせてしまってる。


 こういう時に俺が何とかするべきだろうに……全く、一体何をしているんだ俺は。弐式戸に頼り切りな自分に嫌気が差す。


 「うん。そうしようか」

 「……あ、そうだ!折角だし、2ゲーム目は私がコツでも教えてあげるよ!」

 「え……?良いのか?最初に勝負とか言ってたと思うけど」

 「どうせ私が勝ちそうだしね。苦手なら少しどうかなって思ったんだけど……嫌、かな……?」

 「そんな、嫌なんてことは……むしろこちらからお願いしたい位だよ」

 「そっか……良かった」

 「……?」


 良かったとは何のことだろうか?だが、まぁそこは別に良いだろう。それよりも、早く弐式戸に教えて貰いたい。


 スポーツドリンクを1口飲んで背伸びをしてから球を持ち、レーンの前に弐式戸と並んで立った。


 いや、待てよ?教えてくれるって言うけどどうするつもりで……ボウリングをするのに口だけなんてのも難しいだろうし。じゃあ……


 なんて思っていると球を持つ俺の手を弐式戸が取ってきた。


 もはや声を出すことすら叶わず、ボウリングどころではなくなってしまった。


 だって、教えて貰うのに手に触れられるのと一緒に体が密着状態になるから……


 だから、隣から甘い香りが鼻孔をくすぐるのが隣に弐式戸が居ると実感させらる。あぁ……良い匂いだ……って流石にこれは気持ち悪いな。ちょっと思考がトリップしてしまった。


 それに、俺は一体誰に言い訳してるんだよ。俺が口に出している訳でもないのだから言い訳なんて必要はないはず。


 そう、だよな?ヤバい。頭がごちゃごちゃして訳分かんなくなってきてしまった。


 と、1人パニック状態に陥りながらも体だけは弐式戸に言われた通り動いていたようで2ゲーム目も終わっていた。


 スコアは見事3桁をギリギリ超すことが出来るという初心者の俺にしては快挙を果たすことが出来た。


 実際のところは、弐式戸とくっついていたことにばかり意識が向いてプレー中の記憶がほとんどないのだが。


 それでも弐式戸がスコアが伸びたことを褒めてくれたのが凄い嬉しかった。異常な位に緊張はしたが楽しかったし、弐式戸も楽しそうに笑っていたからこれで良しとしよう。


 因みに、弐式戸のスコアはというと1ゲーム目よりも僅かに高いもので、俺のスコアを合計しても弐式戸の1ゲーム分に満たない程にボロ負けした。


 「うぅ~、投げた投げた」

 「明日、筋肉痛になってそう……」

 「大げさすぎだよ」


 気持ちよさそうに大きく伸びをしながらケラケラと笑っている。冗談に思われてそうだ。割と本気で言ったんだけど……


 「あ、勝負に負けた錦君は後で罰ゲームね。私、考えておくから」

 「罰ゲームなんて聞いてないんだけど!?」

 「勝負なんだから必要でしょ!」


 なんて怖いことを言うんだ……あの、お手柔らかにお願いします。





 「卓球も出来るんだな……」


 ボウリング場の外に出て、店内に置いてあったパンフレットを見ていると他にも卓球やダーツ,ビリヤードが出来ると書いてあった。


 「好きなんだ」

 「どちらかと言えば」

 「他のも面白そうだし、全部回っちゃおっか」

 「良いね」


 そして俺達は卓球、ダーツ、ビリヤードの順番で回っていった。


 卓球は流石に男としての意地で弐式戸に勝つことが出来た。こんなことで威張るのもどうかと思うがボウリングで散々だった分恰好は付いただろう。弐式戸の運動神経はかなり良く大分苦戦した部分はあるのだが。


 ダーツは的に中てることすら難しく、ビリヤードに至っては玉の打ち方がそもそも分からないという散々な結果になってしまった。


 近くに居た上手い人が親切にもやり方を教えてくれて楽しむことは出来た。物凄い恥ずかしかったがこれはこれで良い思い出だ。


 一通りスポーツ施設を回ると大分疲れも回り、休憩がてらに施設内のゲームセンターに来た。


 「あっ、これ可愛い!」


 どういうものがあるのか見て回っていると、弐式戸は大きめの丸っこい茶色の兎のぬいぐるみに目を輝かせる。


 ぬいぐるみの名前は『ころころうさぎちゃん』と書かれている。そのまんまだが分かりやすくて良いのかもしれない。


 「やってみるか」

 「獲れるの?」

 「それはやってみないと分からないけど……」

 「頑張って!」

 「ああ」


 俺も得意な訳ではないんだが欲しそうにされては仕方あるまい。3本爪のものだしチャレンジしてみれば案外なんとかなるかもしれない。


 「よしっ、ここだ!」


 そして、これが丁度5回目のプレイとなる。が、やはりクレーンゲームは難しく中々獲れる気配がないまま4回が終わり、この5回目も軽く持ち上げただけで終わってしまった。


 「獲れないね………まぁ、仕方ないよ。ゲームだもん。ここは諦めて次行こ?」

 「そうだな。まだ他にもあるだろうし……けど、あと1回だけ」

 「あんまり無茶はしないでね?」

 「これ位なんともないよ」


 このまま引き下がりたくもないし。それに、そんな残念そうな顔を見せられては喜ばせてあげたくなる。なんとしてでもこれで獲ってやろうではないか。


 通算6枚目となる100円硬貨を筐体に投入し、狙いを澄ましてアームを移動させ景品の丁度真上に到達させる。


 アームが下降し始め問題の景品を掴むフェーズに入る。


 完全に下がり切った3本のアームはがっちりと景品を掴み、持ち上げた。


 ここまでは毎回上手くいくのだ。問題はここから。これまではここで掴んでも直ぐに放してしまっていたが、今回の結果は如何に?


 上がり切ったアームは景品のぬいぐるみを激しく揺らしながら落とし口に向かって運んでいく。


 あまりにも揺れが大きく、落としてしまいそうだ。放してしまわないかとハラハラしながら見守り、緊張は最大になる。


 思わず手を組み祈っていると数秒後。プレイヤーを祝福する軽快な音が鳴った。


 「凄いよ、錦君!やったー!」

 「無事獲れて良かったよ」


 弐式戸は取り出し口からぬいぐるみを取り出し抱きしめ今日一番ではないかという笑顔を見せてきた。このまま飛び跳ねそうな勢いだ。


 この笑顔を見れるのが何よりものだな……大きくて丸いぬいぐるみと小柄な弐式戸が絶妙にマッチしているし良いものも見れた。


 俺の中に確かな高揚感と安堵感が満ち溢れてくる。


 その後はお菓子を狙ったり2人でプレイ可能な赤い帽子を被った髭のおじさんが出てくるレーシングゲームや音ゲーを楽しんだ。


 流石に弐式戸もここは普通の女の子らしくこの手のゲームは経験不足な様子が窺えた。特にレーシングゲームなんかが面白いもので、逆走したり道じゃない所を爆走したり落下ゾーンに突っ込んだりと見事な暴走を披露していた。


 俺の全戦全勝に悔しそうに頬を膨れさせていたがそんな様子もどうしようもない程に可愛らしく、何度も抱きしめてしまおうかと思ってしまった。


 そこで思っただけで行動に移せなかったのが俺らしいといえば俺らしいのだろうが、せめて少しは何かしら行動をしたかった。一言褒めるなりなんなら勢いで告白でもしたかった。


 ここというタイミングを見つけるもタイ焼きのお店でも浮かんだ彼氏がいるかもしれないという考えが頭を過ってしまう。これで何度機会を逃したことか……


 そのまま楽しい時間もあっという間に終わってしまい仄暗くなりつつある外に出る。


 消化不良な部分はあるが、下手なタイミングで告白して振られギクシャクするよりはまだ良いのかもしれない。


 もっと機会を探って、だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る