6件目 #空白の時間って結構大きく感じたりする
店員さんのバカップルとでも思っているのであろう暖かい眼に見送られながら店を出、スマホで時間を確認すると昼時のピークを過ぎ去っていた。
思ったよりも長時間、店に居たようだ。体感的にはまだ昼に差し掛かったばかりなのだが。楽しい時間というものはあっという間なものだ。
道理で店員の人に変な顔をされた訳だ。
「ふぅぅぅ……楽しかったぁ……そういえばお腹空いたね。どうしよっか?」
弐式戸は大きく伸びをして自分の腹を擦っている。朝は菓子パン1つで間に合わせてここまで何も口にしていない訳だから空腹も限界に近いだろう。軽くだが朝食は摂った俺も腹ペコだ。
「そうだな……他にも出かけたりする訳だからお手軽な所で良いのかなって思うんだけど」
「うん。私もそれが良いと思う。じゃあ、近くのハンバーガーのお店で良いかな?」
「そうするか」
こうして俺達は並んで歩き、黄色と赤が目立つ看板の店に入っていった。
そこで弐式戸がメニューを決めるのにも色々と悩んでいた。朝にパンを選ぶ時もだっし結構優柔不断な性格なのかもしれない。
「そう言えば、錦君ってさ」
そして現在、弐式戸は期間限定のハンバーガーを口にソースを付けながら満面の笑みで頬張っている。そんな子供っぽい所も愛おしい。
「ん?どうした?」
「中学の時よく本を読んでたよね。今はどういうものを読んだりしてるのかな~、なんて思ったり」
「あー……」
中学の時はそんなこともしてたな……それで弐式戸に話かけられたりもしたんだったか。
実はあれ、ボッチで空き時間に暇すぎて読んでただけなんだよな……だから別に本が好きでって訳じゃなかったんだけど……
さて、なんて答えるべきか……?
「今はほとんど読んでないかな……実は、学校では話し相手も居なかったから読んでたってだけだったんだよね」
別にやましいことをしてる訳でもないし素直に答えることにした。ここで見栄を張っても仕方がないだろうし。
「そう、なんだ……」
弐式戸がなんかしょんぼりとしている。もしかするとここは嘘でも読んでいるとでも言った方が良かっただろうか?ただ、それだと本の話になるだろうからネタが無くて辛い所だよな……
どうして友達が出来たからと読むのを止めたんだ、高校時代の俺。続けてたら今は弐式戸と盛り上がって話せてたかもしれないのに……どうしてくれるんだ。
と過去の自分を嘆いてみたもののどうにもしようもない。どうにか話を繋がねば……
「ソース、口についてるぞ。意外と抜けてるんだな、弐式戸って」
マズイ……話繋ごうとして思いっきり話を逸らしてしまった。これでは弐式戸が好きかもしれない本の話をしたくないみたいではないか。どうせなら好きな本のタイトルとか聞きたかったのに……
しかも、余計なことまで口走ってしまった……馬鹿にしたと感じられなければ良いのだが。
「何もこれだけで抜けてるなんて言わなくても……」
ペロッと舌で舐めとり不服そうに頬を膨らませる。不満があるときの癖だろうか?そうだとしたら、分かりやすい。
やはり、変に感じられてしまってそうだ。何とか誤魔化さないといけない。
「いや、朝食も忘れたしさ。そうなのかなって」
「ちょっと忘れただけじゃんか」
より一層頬の膨らみが大きくなり、口を尖らせて抗議してくる。やっぱりこれは不満があるときの癖のようだ。
それにしても、フグのように膨らむ頬がめっちゃ可愛い。
揶揄うようなことを言ってしまったが、結果的にこの表情が見れてよかったかもしれない。
素直に「可愛い」とでも言えてしまえば気も楽で関係を進めるのも手っ取り早いのかもしれない。が、それでは弐式戸の可愛いこれが見れなくなってしまう。そんなのは嫌だ。
そうなれれば良いとは思うのだが、どうやら素直にするのは俺には徹底的にむいていないようだ。
上手く話を回せなかった後味の悪さを飲み込んで誤魔化すように注文したチーズがたっぷりのったハンバーガーに齧りついた。
「ねね、錦君。お腹もいっぱいになったしさ、少し動かない?折角だしさ、この辺に来ないと中々行けないような場所に行こうよ。あぁ、けどその前におやつが食べたいな。近くにおいしいタイ焼き屋さんがあるんだ」
そんな弐式戸の新たな一面を見れた昼食も終わって食後の幸福感に浸っていると弐式戸がそんなことを言ってきた。
「おやつって……今食べたばかりじゃん……」
「甘いものは別腹なの!行こ行こ!」
別腹とは。胃袋は1個しかないのだから別腹も何もないと思うのだが……
まぁ、食べれない程に窮屈な訳でもないし良いだろう。それに、服の買い物を経て調子が出てきた弐式戸のこの笑顔をもっと見ていたいし。
そうして来た弐式戸のおすすめのタイ焼き専門店は店自体は小さいながらも行列が出来ていて大変人気であることが窺えた。
タイ焼きの種類も豊富でどれも美味しそうだ。でも、そうなると……
俺達の順番が回ってきて案の定、弐式戸はどれを選ぶか頭を悩ませていた。
「うーん、どれにしよう……全部美味しいんだよな……いっそ全部買っちゃって……」
「いや、流石に食べきれないでしょ……俺はこの生タイ焼きってのがが気になるかな」
「私的には生よりも普通のタイ焼きがおすすめだよ。生はクリーム入ってるから作り置きだけど普通のは焼きたてだから。熱々パリパリで美味しいんだぁ~」
「へぇ~」
焼きたてでパリパリは気になる。弐式戸のおすすめだしそっちを買ってみようか……
「じゃあ、俺はこのずんだにしようかな」
「ずんだも良いなぁ~けど、別なのも食べたいなぁ~」
弐式戸は甘いものに目がないのかハンバーガーの時よりも迷いに迷っている。この様子をもう少し眺めていたい気もするが後ろで待ってるお客さんもいるためそうもいかない。
「だったら、別なのを選んで俺と半分にしないか?他のも気になるし」
「え!良いの!じゃあ、そうする!」
それから少しだけ待って出来たてを手渡され店の前に置いてあったベンチに並んで座る。
「まずは、はい。錦君」
そう言って弐式戸は半分に割ったゴマ味のタイ焼きを差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
2つに割った中からホカホカと湯気が出るそれに思い切り食らいつく。
生地は弐式戸の言う通りパリッとしてて餡のゴマも濃くしっとりとしている。だが、それだけ餡の粘度も高くなる訳で熱々のそれが口の中に張り付く。
「熱っ……ヤバい、火傷したかも」
「うん、分かる。私も最初はそうなったから」
口の中がじんじんとして慌ててペットボトルのお茶を飲んでいると、隣で弐式戸がニコニコとこちらを見ていた。
「……どうかしたか?」
「錦君も火傷して私にドジだとか抜けてるだとか言えないね」
ちょっと揶揄ったことを根に持ってたみたいだ。クスクスと笑いながら満足気にしている。
でも、ドジとは言ってない気がする。記憶を捏造するのは止めて欲しい。
「いや、火傷くらい誰でもなるでしょ。ここのめっちゃ熱いし……でも、旨いな」
「でしょ!私、来たらいつも食べるんだ」
「この辺にはよく来てるのか?」
「そんな頻繁にではないよ。遠いからたまに。遊びでね」
やはり、何度か来たことはあったようだ。最初服を買うために店に入った時といい今といいこの辺りの店に詳しいみたいだったから予想通りだ。
けど、最後に取ってつけたような「遊びでね」は嘘なんじゃないかと思う。
多分彼氏とデートだ。弐式戸なら居たっておかしくはないどころかむしろその方が自然な位だ。
俺が知らない弐式戸の顔を知ってる男が居るのだと思うとかなり悔しくなってくる。そもそも今、こうしていることが奇跡のようなもので弐式戸にその気は全くないだろう。
どうしたって俺では弐式戸に釣り合わないだろうし、ここでいくら良く見せようと頑張っても希望なんてないんじゃ……
分かってはいたつもりだが空白の時間は大きい、否応にもそう感じさせられてしまった。
「錦君……?どうしたの?」
少し先に弐式戸が立ち、泥沼化した俺の思考を遮るように声を掛けてきていた。
「ん……いや、何でもない」
「そ。なら良かった。様子が変だったからさ、あんまり美味しくなかったのかと思っちゃった」
無意識の内に手を動かしていたのか俺が買った分までのタイ焼きは包み紙だけを残して姿を消していた。
「そんなことないよ」
口の中に僅かに残るタイ焼きを感じながらベンチから立ち上がり、先に立って待っている弐式戸の所までゆっくり歩いて行く。
口に残るずんだは、甘すぎず素材の味を全面に押し出したもので大変美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます