5件目 #意識の違いで緊張具合もまた違うものだよね
そんな約束をした翌日の朝、前回会った時と同じ待ち合わせ場所へと自転車で向かった。
約束は9時なのだが落ち着いていられず早めに出てしまい予定の30分以上前に着いてしまった。緊張をしていたとは言えちょっと早すぎた。
弐式戸も早めに来てるかもなんてことも考えてたりしていたが案の定居る訳もなかった。というか、弐式戸は約束よりも早く来る意味がないのだから普通に考えてあり得ない。
「やることもないしこのまま待ってるか」
意味もなく独り言を呟いて前回と同じ駅舎の前に立ち、弐式戸を待つことにした。
いつもならネットサーフィンでもする所だが、今はスマホを弄る気にもなれずそのまま何をするでもなくぼんやりと過ごすことにする。
けど、ダメだ。こうして過ごしていると脳裏に弐式戸がチラついて緊張が募っていくばかりだ。早く出てきても家に居るのとそんなに変わりはなかったかもしれない。
そんな不安ばかりを抱えたまま少しだけ時間が経つとまだ聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「錦君!?もう来てたんだ……早いね」
顔を上げるとそこには弐式戸がいた。
弐式戸はベージュのパンツに白のノースリーブを着ていて、その露出度に思わずどぎまぎしてしまう。靴とバッグの小物は黒で大人っぽさを感じる仕上がりだ。
もうそんなに時間が経ったかとスマホで時計を確認するも約束の時間まであと30分近くはあった。俺もだけど少し早すぎやしないだろうか?
俺みたいに早く会いたくて居ても立っても居られなかったからなんて理由だと嬉しいが、そんな訳もないだろう。精々早く起きて時間が余ったからだとかそんな所だろう。
「弐式戸……俺は緊張して早く家を出ちゃってな。さっき着いたばかりだよ。そっちこそかなり早いじゃん。まだ予定の時間には余裕があるのに……」
「私も錦君と似たようなもんだよ。早く起きちゃって……」
思った通りだ。やっぱり俺に好意があってのことではないらしい。
「そう、なのか……じゃあ、予定より少し早いけど出発しようか。って言いたいところだけど電車の出発時間までまだ余裕があるね」
俺達は電車を使って少し足を伸ばすつもりなのだが肝心の電車はまだホームに到着すらしていない。
この緊張の中、ホームで待っているだけで上手く話を繋げられる気がしない。さて、どうしたものか……
「だったらさ、そこのスーパーに寄って良いかな?緊張で朝ご飯食べるの忘れちゃって……実は、お腹ペコペコなんだよね」
隣に立つ弐式戸が手をパタパタと動かしながらてへへと笑ってそんなことを言ってくる。
朝食を忘れるなんて意外な一面もあるんだな。そんなところも可愛らしい。
「じゃあ、そうするか」
「うん!けど、あんまり笑わないでよ。恥ずかしい」
どうやらあまりにもの可愛さに顔が緩んでしまったらしい。別に笑ったつもりは無かったんだけど……
けど、笑っているだけと勘違いされたのはある意味良かったのかもしれない。もし、好き過ぎて顔に出たとバレでもしたら弐式戸に気持ち悪がられてしまうだろうから。
俺はふやけた顔を戻せないまま、頬を膨らませて抗議する弐式戸と一緒に近くにある白い鳩が大きく書かれたチェーン店に立ち寄ることにした
時間にはゆとりを持って集まったため特に忙ぐこともなく店へと歩いて行く。
到着してみれば丁度開店したところで客はまばらにしか居なかった。まだ早い時間帯だからもし空いてなかったらどうしようかと思ってたが丁度良いタイミングだったようだ。ひとまず助かった。
弐式戸は菓子パンのコーナーを見て色々悩んでいた。こういうものはよく食べているのか、あれが美味しいだとかこれは見た目程じゃないだとか教えてくれた。
俺は朝食は摂って来てから家を出たのだが話を聞くと何か食べたくなってしまい弐式戸がお気に入りのチーズ蒸しパンを買ってしまった。
弐式戸はそれを見ると「じゃあ、私も同じのにしようかな」なんて言ってきて同じものを食べることになった。
同じものを選ぶとか、弐式戸、可愛すぎる。俺の彼女だったらどんなに幸せなことか。
買い物に思いの外時間を使ってしまい、走って駅に戻ると電車の出発時間ギリギリで席に着いた瞬間に出発した。
危なかったねなんて言って笑い合ったりして、買ってきたパンを飲み物と一緒に食べたりして、幸せ過ぎる。あまりにも幸せ過ぎて今が現実じゃないようなフワフワした感じがする。
そんなこんなで電車を乗り継ぎ移動すること2時間半、俺達は仙台駅に来ていた。
最初は弐式戸の要望で服を見に行くことになった。
俺達が入ったのはかなりお洒落感のある店で、普段の俺は絶対に来ないようなタイプだった。俺達からすると遠出をしない限りお目にかかれない店でどうしてもそわそわとしてしまう。
だが隣にいる弐式戸は慣れたもののようだ。普段からこういう場所にはよく来るのだろうか?
「とりあえず夏服を見たいからそこに行こう。」
弐式戸は声を弾ませ、軽い足取りで進んでいく。
レディース売り場に着くと弐式戸は欲しいものを物色し始めた。正直なところ、男の俺としては非常に居心地が悪い。
こういう時って皆どうしてるんだろうか?榊にでも聞いて来れば良かった。まさかこんな店に入ることになるとは……
男友達と遊ぶノリを基準に考えていた俺が間違いだった。何気にこんなガチデートみたいなものは初めてなのだ。
弐式戸と服を物色しながら値札を見てみれば割とリーズナブルな価格だった。お洒落な内装だとどうしても身構えてしまうからちょっと拍子抜けした。
しばらくすると好みのものを見つけたのか、弐式戸は「試着してくるね!」とだけ言い、試着室へと何着かを持ち待ちこんでいった。
そこからは弐式戸のファッションショーと化した。
気に入ったデザインのものを着ては「どうかな?」と少し恥じらいながらも俺に感想を求めてきた。
だが、俺は弐式戸が何を着ていても可愛いとしか思えず「良いんじゃない?」「似合ってる」と一辺倒な反応しか出来なかった。情けない。
でも、そうなってしまうのは仕方ないと思う。
弐式戸は素材が良いから何を着ても似合うし可愛い。だから致し方ないような気もするが弐式戸には「もう、それしか言わない。他に無いの?」と若干不機嫌そうな顔をされてしまった。
不満を示すように少し頬が膨らんでるところが可愛い。だが気分を害してしまっただろうか?もしそうだとすればこれはマズい。それでは気を引くどころか楽しむことさえままならなくなってしまう。
「え、えっと……ごめん。でも、言ったことは嘘じゃないから」
「うふふ、冗談よ。褒めてくれて嬉しい!」
弐式戸は思わず見蕩れてしまうような笑みを浮かべそんなことを言ってきた。
冗談だったのは良かった。どうやら怒らせてしまった訳ではないらしい。
それにしても、そんな軽口を叩けるまでに信頼を寄せられていたなんてな……それだけ俺達の関係が進展したということだろうか?それはなんと嬉しいことか。
「喜んでくれるなら何より。でも、そうだね。もう少しまともな感想を言えるようにするよ」
自分でも全部の服に同じような感想はどうかとも思ったし、それでは折角の弐式戸の良さを伝えられないから。帰ったら少し勉強でもしておこう。
弐式戸の披露が終わるとまた試着室へと引っ込んでいき着替えが始まった。
今ので最後らしいから出てくるまで近くの売り場を見てることにした。
となると必然的にレディースの上着類が陳列されているのを見ることなる。その中で1つ気になったものがあって手に取ってみた。
「これとか良さそうだけどな……」
それはレースが施された白のブラウス。袖口がカフスのようになっているため緩さの中にも引き締まった部分があるため、清楚さと大人っぽさが同居している印象を受ける。
これも弐式戸によく似合いそうだ。ちょっと着て欲しい。
「ふぅーん、錦君ってこういうの好きなんだ」
運悪くも弐式戸に服を眺めている瞬間を見られてしまい、後ろから覗き込むようにそう言われた。
「弐式戸……別にそういうわけでは……」
「じゃあ、何で見てるのかな?」
「それは……その、似合いそうだなって思って」
あぁ、動揺してつい本音を言ってしまった。火が噴きそうな程に顔が熱くて弐式戸の顔を直接見れない。今ここで視界に入れたら発火して倒れてしまう。
付き合ってもいないのにこんな口説くようなことを言うのは自分でキモイと思う。弐式戸に気持ち悪がられていないだろうか?不安だ。
変に思われていないか確認したいが、顔は見れない。ジレンマだ。
「え……ふ、ふぅ~ん。そ、そうなんだ。こういうのが好きってことなんだね」
「い、いや、あの……」
弐式戸の声が僅かに上擦っている。顔を見れないから正確なことは言えないがきっと笑われているに違いない。
服の好みまで感づかれてるし、恥ずかしすぎる。穴があれば入ってしまいたい。
「それじゃ、これも」
そんな声と共に俺が今見ていた服を視線の先にあったカゴに入れ始めた。
思わず顔を上げると弐式戸は笑顔になっていた。俺が初めてまともな意見を出したのがそんなに嬉しいのだろうか?
ともかく軽蔑の目で見られなくて良かった。
「良いのか?弐式戸。それ買う予定じゃなかったろ。試着すらしてないし……」
「良いんだよ、錦君。折角好きな服を選んでくれたんだから、そりゃ買うよ。サイズは選ぶけどね」
予定に無いものを買っても大丈夫なのかと思ったがそういうことらしい。弐式戸に自分が選んだ服を気に入って貰えたということで良いのだろうか?
もしそうならなんと光栄なことか。
「よし、じゃあレジにでも行くか」
今、俺が選んだ服以外にもカゴには弐式戸が試着して俺が褒めた服が次と入れられている。そのため、既に結構な金額になっているだろうしこれ以上は買わないだろう。あとはレジに向かうだけのはずだ。
「いや、まだだよ」
「まだ?まだ見るものでもあるのか?」
弐式戸は大学生の俺と違って仕事をしているから資金に余裕はあるだろうが一度にこれ程に使っても安心できるとは到底思えない。果たして大丈夫なのだろうか?
「まだ見てないものがあるでしょ」
そう言って弐式戸に連れて来られたのはメンズ服が売られているコーナーだった。
ここで何を買うつもりなのだろうか?女性が使う男物にどんなものがあるのか分からない。ちょっと気になるな。
「次は錦君のだね。選んで貰った代わりに錦君のは私が選んであげるね!」
今、俺の服を選ぶって言ったか?弐式戸のものを買うのではなく?
いつの間に俺の服まで買うことになったのだろうか?今日は服を買うつもりはなかったんだけど……
弐式戸の勢いには逆らえずというか服を選んで貰える嬉しさが強くなされるがままに選んで貰った服をカゴに入れていった。
俺も弐式戸がやったみたいに何回も試着することになりさっきの立場が逆転した。
俺はファッションのことはよく分からない。
だが、あーでもないこーでもないと悩んでいる弐式戸は非常に可愛らしい。しかも俺のためにしてるんだと思うとこの上ない歓びが沸き上がり、これでもかという程に楽しくなった。
最終的にはプリントが入った白のTシャツと青のポロシャツに黒の大きめのボトムスを合わせたものに落ち着いた。
会計を済ませ、ショップを出ようとしたところで弐式戸から待ったの声がかかった。
「何か忘れ物でもあったか?」
「いや、違くてね。折角だし今買った服に着替えてからデートするのはどうかなって思ってさ」
「で、デート……」
確かに男女2人で待ち合わせをして遠出をするのはデート以外の何物でもないのだろう。が、改めて好きな人の口から言われるとどうしても照れてしまう。
そうするのは馬鹿に思われそうで恥ずかしさもあるが、ただの遊びではなくデートだと思ってくれている弐式戸の提案を拒否れる訳がない。
「そ、そうだな。そうするか」
そうして店員さんに声を掛け、店内で着替えが出来ないか確認してみた。結果、店員さんはちょっと驚いたような顔をしつつも了承してくれた。
優しさに感謝しつつ試着室へと向かったのだが、後ろのほうからコソコソと「あの2人、いちゃついて買い物をした挙句着替えてデートするんですって!」「とんだバカップルだね~」なんて声と共に生暖かい視線が向けられとにかく痛かった。
あの……カップルに見えるのは嬉しいんだけどバカップルは止めて欲しいです、店員さん。そう見えてしまう自覚がある故に否定できないのが辛いところだが。
そもそも、俺達、付き合ってないんですよ……もしそうならどれだけ良かったことか。
嬉しさの中にも妙な虚しさを感じ複雑な心境になってしまった。
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