4件目 #気の置けない友達と会うのは気晴らしになって良いよね

 榊は今すぐに集まろうと言うから即座に集合場所に指定された神社へと行ってみると、そこには他に2人を隣に連れた榊がいた。


 榊の服装はワンポイントが入った少し大きめの黒いTシャツにタイトな黒いパンツを履いていた。夏らしくお洒落なものだ。


 こうして榊と出歩くと毎度思う。爽やかイケメンなだけでなくファッションセンスまで完備しているとか反則過ぎやしないだろうか、と。


 「お、来たね錦」


 3人の元へと近づいていくと錦がそんな風に声を掛けてくる。


 「随分と早いな。しかも2人も帰って来てたのか」

 「丁度、大志と孝明と遊んでてね。錦がうじうじと悩んでる間に連絡とってみたら帰ってくるって言ってたからね。錦のことも誘おうかとも思ったんだけど明日のデートのことで頭がいっぱいかと思って」

 「ゔっ……」


 ダメージ食らうからあまりその指摘はしないでくれ。俺はそれを忘れたくて来たんだ。


 ご丁寧にも的確な指摘が交えられた榊の解説を受け、両隣に立つ高校の同級生だった2人を見る。


 左側に立つのは坊主頭の筋肉質で高身長の男。


 こいつの名前は大場大志おおばたいし。大志は大らかで熱血な性格で、坊主頭をしている通り小学の頃から野球をしている。


 俺達の通っていた高校の野球部は弱小だったため大学に行くにも野球で推薦なんて来もしない。にも関わらず、強豪な野球部がある東京の大学を体を鍛えながら受験し見事合格した結構凄い奴だ。


 野球の方の実力は2軍には入る程度のもので弱小高校出身にしては良い方だ。


 強豪なだけあって実力如何に関係なく夏でも部活に休みは無かったはずだが流石に盆は帰ってきたようだ。


 半袖短パンを着ていてスポーツ少年のような風格がある。いくら何でも20歳の大学生がその恰好はないと思う。


 今は溌剌とした表情で「よっ!久しぶりだな!錦!」と言いながらこちらに向かって片手を上げている。


 そして、榊の右隣りに立つのは眼鏡をかけた細見の男。


 こいつの名前は細川孝明ほそかわたかあき。まごうことなき超ド級のオタクだ。ジャンルは漫画やラノベそしてアニメだ。


 1度部屋にお邪魔したことがあるがそれはもう立派なものだった。タペストリーやポスター,アクスタやフィギュアのようなグッズと本で埋め尽くされた棚が壁一面を彩り、壁の存在はほとんど確認出来なかった。


 俺達が住む地域はオタクに対する偏見も残ってるというのに気にせずいられるとは凄いものだと素直に思った。言い換えれば無神経とも言うのだろうが俺も少しは見習わなければいけない。そう出来ればもっと楽しくなるだろうとは思っている。


 因みに、孝弘も東京の大学に通っている。文学部に入って編集者になるのだとか。一時期は小説家になると言って小説を書こうとしていたが構想だけ練ってほとんど書けずに終わっていた。妄想は出来てもそれをアウトプットするのが難しくて詰まったらしい。断念すると言っていた時の落ち込んだ孝弘は見ていられなかった。


 その結果、今は夢が変わり編集者という訳だ。


 東京の大学を選んだ理由はイベントに参加するという一点のみ。オタクとして憧れるのは分からないでもないような気がする。だが、人生が決まると言っても過言ではない大学をそんな理由で決めてしまっても良いのだろうかというのが俺の本音だ。


 だが、オタクはどこまでいってもオタクな訳で本人がそれで良いと言うのならそれで良いのだろう。


 しかしこうして考えてみると性格も趣味もバラバラな俺達がよくこれ程に仲が良くなったものだと思う。それもこれも高校が始まって直ぐに学年で開かれたレクリエーションで榊に俺から話かけることが出来た成果だろう。あのタイミングで何故か弐式戸を思い出して吹っ切れたんだよな


 そして榊の紹介で大志と、班決めの空きを埋めるために孝明に声を掛けて知り合ったんだったか……なんだか懐かしいな。この4人でレクをやってたのが昔のことに感じる。


 「榊から聞いたぞ。初恋がどうとか女々しいことを言ってるんだってな。そんなことを言ってるやつなんて今時フィクションでも中々いないぞ」


 榊だけじゃなく孝明までも笑ってくる。俺の色恋がそんなにおかしいか。笑うな。ちょっと傷つくだろ。


 「別にそれでも良いじゃないか!俺にはそうは出来んからな。それでこそ錦だ!」


 フォローしようとしてくれてるのは良いんだが『俺にはそうは出来んからな』は止めて欲しい。馬鹿にされてるみたい。しかも大志にそう言われるとな……


 「ちょっと心配になってきた」

 「何で俺を見て言った?おい、何が心配なんだ?言ってみろ!」

 「いや、ちょっとね。それよりも大志、離れてくれ。暑苦しい」


 大志はすまんと言って離れていく。それだけで追求してこないし誤魔化されてくれたようだ。簡単な奴め。


 「けどさ、孝明。僕はそこまでは言ってないでしょ。初恋で変に悩んでピュアで見てて面白いよって言っただけで……」

 「それもそれで酷くないか?」

 「実際そうでしょ。いつまでも似たようなことで相談される僕の身にもなってよ。そうでも思わないと大変なんだって。いつまでもそう言ってるなら告白するなりなんなりしろっての」


 1ヶ月相談され続けた鬱憤が溜まっていたのか榊はそんなことを言ってくる。


 こいつ、そんなことを思ってたのか。途中から適当に流され始めたとは思ってはいたが……


 「でも、もし断られたりしたらさ……」

 「まだ言ってるよ……」


 榊は腕を擦るようにさすり出す。まじで嫌そうだ。


 「何も考えずにアタックするのも良いと思うぞ!俺ならそうする!」

 「そしてダメならアニメ観ると良いぞ。癒される。当たって砕けたらいつでも言ってくれ。アニメ観よう」

 「砕ける前提で話すんじゃねぇ」


 酷い前提を組み上げる孝明に突っ込んでやる。とふとなんか笑ってしまう。なんだろう……こんなどうでも良いことが楽しいな。なんか久々に笑った気がする。


 そういえば最近はずっと暗いままだったからな。


 「それで、錦。誘ってきたってことは予定は立ててるんだよな?」


 大志がそれが当然だろ?とでも言いた気な目をしてニカッと明るい笑みを浮かべている。


 「えっと……」


 悪い、何も考えないで誘ったんだ。罪悪感を感じるからそんな目で見ないでくれ。


 「その様子だと錦、何も考えてないね」

 「気を紛らわせたい一心でな」

 「乙女だねぇ」

 「乙女みたい」

 「乙女だな!」

 「乙女言うな」


 榊の発言に孝明と大志は無駄に悪乗りしてくる。この後も散々弄られた。本当に止めて欲しい。こんなのの何が楽しいんだか……


 でも、大志、お前は別に良いとか何とか言ってただろ。そのお前が何で俺を弄り始めるんだ。納得がいかない。


 「で、どうすんだ?」


 大志は思い出したかのように言う。


 因みに、合流して無駄に話したここまでで大分時間が経っている。主な話のネタは俺の恋愛話。これだけで結構疲れた。


 だから、もう良いんじゃないかとも思うけど折角呼んだ訳だしここで帰る訳にはいかないだろう。


 「ゲームかアニメ鑑賞で良いんじゃないか?」

 「それはさっきまでやってただろ」

 「俺はそれでも良いと思ったけど、もうやってたか……」


 俺がこういったものに触れるのってほとんどが孝明と遊ぶときだけだから良い気晴らしになるんだが……大志も連続では嫌そうだし仕方ないか。


 「錦は良いって言ってんじゃん。アニメにしようぜ」

 「僕も連続ではキツイかな。代わりに、カラオケでもどう?久々にさ」


 男友達同士で集まると割と難題になったりする何をして遊ぶかという問題は榊の提案でカラオケに行きつき解決した。


 榊が乗って来ていた車で場所をカラオケ店に移し、今は明るい曲調の恋愛ソングが流れ終わった所だ。


 男4人で集まってその選曲はどうなんだと言ってやりたいがパリピ特に女子の誘いが多い榊らしい曲と言えるのかもしれない。


 因みに榊の前に大志と俺が歌った。


 大志は応援ソングや青春ものの曲を好み、さっきも応援ソングを歌っていた。俺に言わせれば暑苦しいことこの上ない。


 しかも大志は真っ先に歌い始めるのに音痴なのだ。音程が外れリズムがずれてと聞いていられない。それでも気にせず歌える豪胆さが少しばかり羨ましい。


 そして俺は早く済ませておきたいから2番目に歌った。ここは無難にと誰もが知ってるような曲を選んでおいた。


 全員が知っているためそれなりに盛り上がり良い感じの雰囲気になるから王道は良い。


 「相変わらず榊は上手いな!」

 「ありがとう。大志はもう少し練習した方が良いね」

 「俺はこれで良いんだ!」

 「いや、もう少し気にしろよ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ」


 音痴な歌を聞かされているこっちの身にもなってくれよ、全く。何が『俺はこれで良いんだ!』だ。もう少し自重してくれ。


 「もう諦めてるからな」

 「そうなのか……」

 「大志がそう言うなら僕らでどうこうは言えないね」


 歌い終わった榊が同調して頼んでいたオレンジジュースに口を付ける。


 「けどよ、榊の選曲は相変わらずだよな」


 それまで黙々と曲選びに勤しんでいた孝明が顔を上げてそんなことを言ってる。


 口を挟んできたってことはやっと曲が決まったのか?どうせアニソンだろ?高校の時もアニソン以外歌ってなかったし。


 恐らくは最近ハマってるって言ってた魔女が歌って踊るコンテンツとかDJがテーマのコンテンツの曲を選ぶつもりなんだろう。


 「僕はいつもこういう曲ばっかりだからね。癖でつい。それよりも、早く孝明も歌ったら?」

 「そうするよ。送信っと」


 孝明が画面を操作するとモニターに曲名が表示され電波調の曲が流れ始める。DJ感はないから例の魔女のコンテンツの曲だろうか?歌詞がめっちゃポジティブだ。


 そんな曲も終盤に入りバシッと決まって終わった。


 「初めて聞く曲だな。それが最近ハマってるって言ってたやつか?」


 ちょっと気になったから聞いてみることにした。なんか、妙に印象に残ったんだよな……


 「ああ。そうだよ。魔女のやつだ」

 「やっぱそうか。なんかいい感じの曲だったな。電波調なのにラストがやけにエモかった」

 「だろ?アニメでも歌ってるし今度鑑賞会でもするか?俺、Blu-ray持ってるし」

 「ふふ、それも良いかもね。それじゃ、全員歌ったしつまみながら歌いたいときに歌ってく感じで良いかな?」


 榊が俺達がカラオケに来るときのルール『初めに1人1曲歌っていく』が達成されたことを確認し、あとは気楽にすることにした。飲んで食べて雑談してたまに歌ってとしている内に退出の時間になる。


 外に出て榊の車が停めてある備え付けの駐車場へと向かって行く。


 青の車に乗り込みながら榊が提案してきた。


 「僕はこれから宅飲みでもどうかなって思ってるんだけど。どうかな?」

 「俺は十分気も晴れたからそれで良いんだけど……でも、俺と榊はもう飲める年齢だけど、大志と孝明はまだだったろ?最近の俺達みたいにはいかないんじゃねぇの?」


 俺の誕生日は4月5日で榊が7月25日。こいつが誕生日を迎えてからは相談を兼ねてたまに飲んだりしている。


 因みに弐式戸は5月4日で俺と絶妙に似ていた。SNSのプロフィールでそうなっていたから間違いない。


 さておき、飲酒出来る年齢は法律で決まっている。それを破るのは色々マズイ。榊はどうするつもりなんだろうか?


 何か2人には代わりのものを、とか?でも、それって楽しいか?


 「ん?別にそんなの良いんじゃない?僕は1年の時から先輩に連れられて飲んでたりしてたよ?」


 どうするつもりも何もただ気にせず飲むつもりなだけだったらしい。


 ってか榊ってそんなことをしてたのかよ……バレたらヤバいだろ。確かうちの大学は1発で退学だったはずだ。


 「東京の大学でもそんな奴は割といたな。かく言う俺もオタクの先輩に誘われてたまに飲んだりしてるぜ?」

 「おう。俺はやってないが部活にはそういうやつが居るな!バレなきゃ大丈夫だって!」


 世の中、意外と適当な奴が多いらしい。律儀に守ってきた俺が馬鹿みたいだ。


 「それだと20歳の誕生日を迎えても飲めるようになるって解放感が味わえないな」


 あの解き放たれた感じは良いものだと思うのだが……当時はまだ虚ろだった俺でも心が躍ったものだ。


 「いや、楽しさはあるよ?やっと合法的に飲めるってね……後ろ位気持ちがなくなって良いもんだったよ。……ともかく、あとはこれで良いかな?」


 うわ……こいつあからさまに話を変えやがった。これ以上は突っ込まれたくないってか?そりゃああまり宜しくない話だもんなぁ。


 だが、俺も鬼じゃない。そっとしておいてやろう。榊にはいつも世話になってるしな。


 そんなこんなでカラオケ店から一番近い榊の家で飲むことになり、今やっと着いた。


 「ただいま。……気にせず入って良いよ」


 榊にそう言われ上がりこんでいくと奥からボブカットを茶色に染またちょっと童顔な印象のある女の人が出てきた。


 「おかえり~。あら、3人も一緒なのね。いらっしゃい」

 「お邪魔してます。結衣さん」

 「それよりも、姉さん。これから僕たちは飲んでるからおつまみでも作って欲しいかな」

 「全く……仕方ないわねぇ。さあ、上がって上がって」


 2個しか違わないとは思えない大人っぷりでそう薦めてくれる。おつまみを作ってくれなんてわがまままで聞いてくれるし本当に優しい人だ。大学4年生だから夏でも結構忙しいはずなんだが。今日は時間があるのだろうか?


 それからは結衣さんの優しさに存分に甘えて騒ぎ立てた。


 少し迷惑かと思ったけど結衣さんは結衣さんで途中から一緒に飲み始めて榊に絡んでいたからそこまで気にする必要もなさそうだ。


 それにしても仲良いなぁ、この姉弟。


 そうして飲んでいるとスマホが通知を報せてきた。時間的にもしかすると……


 「あ、アオさんからDMきてる」


 案の定、アオさんからだった。恐らくは明日のことだろう。


 「お~熱い所を見せてくれるねぇ。で、なんて?」

 「明日はどうするかって」

 「え、まだ決めてなかったの?」

 「うん。何も。連絡も来なかったし、俺からするのもがっついてるみたいで……」


 誰も何も返してくれなかった。


 いや、分かってるんだよ?俺が気にしすぎなことくらい。でも、それが出来ないのが繊細な男心という訳で……


 あ、言い訳も何もしなかったらどんどん俺を見る目が冷たくなってきた。ごめんなさい。俺がおかしいことだけは分かってるんです。


 「でも、どうってい言われてもな……何て返そうか?」


 なんか誰も返してくれない。助けてよ……


 「仕方ないね、錦は。自分がしたいと思うことを素直に言えば良いと思うよ」

 「そうだな。『今すぐに会いたいよ』にするのが良いと思う」

 「そうだ!そう言うんだ!」


 助けを求めて榊を見たらアドバイスをくれた。なんだかんだでそう言ってくれるんだから本当に良い奴。


 それに比べて後半2人、孝明と大志。完全に賑やかしじゃん。もう少し何かあっても良いと思うんだ。まぁ、男全員に優しくされるのも気持ち悪いからこれで良いんだけど。


 「俺がしたいこと、ねぇ……」


 とは言えどんなものを求められてるのか分からなくて困る。


 「ある種の女の子ならどんな答えでも嬉しいと思うし受け入れてくれるよ。その弐式戸ちゃんって子もそうなんじゃないかな?」

 「結衣さん……そうなんですか」

 「そうなんですよ」


 あと1歩という所で困ってると結衣さんが助けてくれた。ありがとう、結衣さん。


 それにしても榊は言い過ぎだとかとかなんとか言ってるのは何のことだろうか?今の話になんの関係が?


 それよりも今はアオさんへの返事のことだ。折角、榊と結衣さんがこう言ってくれてるんだし弐式戸のことは考えず素直に自分のしたいことを言ってみるか。流石に『今すぐ会いたい』なんては言えないが。


 ―早めに集まってちょっと遠出するのはどうかな?―


 酔った勢いで少しだけ勇気を出してテキストを打ち込み、送信した。


 ―良いね。そうしよっか!―


 良かった。弐式戸もOKらしい。まずは一安心だ。


 その後も詳細を詰めていき明日は早いからと一足先に立石家を後にした。


 告白しろだのお持ち帰りまで行けだのあいつらなりの応援を背中に投げかけてきた。鬱陶しさはあるが元気が出た気がする。


 そしてその夜。アルコールも入り眠さはあったはずなのに寝ようとしても中々寝付けなかった。


 俺は遠足が楽しみで眠れない小学生か!

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