弍・「メリーさんの電話」の正体
7月の中旬、夏の暑さがいよいよ厳しくなってくる今日この頃、私はインターネットで都市伝説や怪談について調べていた。週末に迫った「怪談会」に向けてのネタ探しである。
「怪談会」というものは去年頃から始まった仲間内での恒例行事であり、2週間に一回ほど開かれる。初回の方は真面目に怪談を話していたが、数を重ねると皆話すことがなくなってきた。そのうち「最近見つけた面白い怪談を話す会」になり、またしばらくすると「創作怪談披露会」になり、今は「怪談に関係していればなんでもありな会」通称「怪談会」へと落ち着いた。
ただ、なんでもありとは言っても意外と話すことは少なく、今もこうしてネットでネタを探しているわけだ。ぼんやりとページをスクロールしていると、あるサイトの見出しが目に入った。
「『メリーさんの電話』の異質性と、その考察」
ただそれだけ書かれたものであり、その素朴さがなんとなく私の興味を刺激した。
クリックをして、ページに飛ぶ。どうやら個人のブログのようなもので、中も簡素なものであった。以下がその内容である。
「メリーさんの電話」という怪談はおそらく多くの方が聞いたことがあるだろう。
この話は少女が「メリー」という人形を捨てる場面から始まる。
そんな少女のもとに一本の電話がかかってくる。
「わたし、メリー。今、ゴミ捨て場にいるの。」
そう告げる電話に、少女は初め戸惑いを見せる。それからも電話が数回かかってきて、その度に「メリーさん」は少女の住む家に近づいてくる。やがて少女の戸惑いは焦りへと変わり、最終的には恐怖が彼女を支配する。
そして最後は「あなたの後ろにいるの。」というセリフで終わる。
これが「メリーさんの電話」である。最後に少女が振り向くパターンや、殺されてしまうオチのものもあるが、それは本来の形ではないだろう。
この怪談の何が異質か、それを他の怪談・都市伝説と比較しながら説明しようと思う。
まずこの怪談において「メリーさん」は謎の存在なのである。
「捨てられた人形なのでは?」と考える者が多いだろうが、物語でそうは語られてはいない。確かに少女は「メリー」という人形を捨てたし、電話の主は「メリー」と名乗っている。だがそれ以上でもそれ以下でもないのだ。その姿や特徴が説明されていない時点で、メリーさん=人形と断言する事はできない。少女に近づくために名前を偽っている可能性もあるし、単に同じ名前の可能性もある。
またその他、この「メリーさん」に対処する方法や弱点らしいものも一切見当たらないのである。
他の都市伝説、例えば「口裂け女」で考えて見てほしい。
この都市伝説を語るとき、あなたはどう説明するだろうか。「ある小学生が下校の途中でマスクを着けた女に出会い… 」なんて、いちいち物語として語る人は少ないように感じる。
多くの人が「口が裂けている女」「マスクをしている」「わたしキレイ?と質問してくる」といったように、その特徴を挙げていくのではないのだろうか。
またその他にも「ポマードと唱える」「べっこう飴をあげる」といった対処法を思い浮かべる人もいることだろう。
このような特徴は「メリーさんの電話」には当てはまらない。そもそもの怪談としての存在が「メリーさん」ではなく「メリーさんの電話」として語られているのだ。
また「こっくりさん」や「一人かくれんぼ」といった儀式のような都市伝説とも、その存在のあり方が違うことが伺える。
この、「存在のあり方と正体不明さ」が「メリーさんの電話」を異質と捉える理由である。
そして「メリーさんの電話」のもう一つの特徴として、遭遇した記録が殆どないこともあげられる。
先ほど例として挙げた「口裂け女」や「こっくりさん」は社会現象と言われる程に問題となり、「実際に見た(不思議なことが起こった)」という報告の記録が数多く残されている。
「メリーさんの電話」の知名度としてはこの二つに引けを取らないだろう。しかしここまで差が出たのはどういうことなのか。ここからは私なりの考察を記していく。
まず一つ、単純にメリーさんが強力すぎることが考えられる。
「あなた後ろにいるの。」その先で何があったのかは基本的に謎である。仮に遭遇者の身に「後に語ることが不可能になるほどの被害」があった場合は、その遭遇報告は限りなく少なくなるだろう。つまり、生還者がいないというものが私の一つの仮説だ。
だが、この仮説には少々無理がある事を承知している。
何故なら、「初めにこの話を伝えた者」が存在しているからだ。その謎が解けない限り、この仮説の信憑性は無いに等しいと考える。
そしてもう一つの考察。こちらが本命というか、私が確信に近いものを感じているものである。
それは「誰も「メリーさんの電話」の本当の話を知らない」というものだ。
いきなりこう言われても意味がわからないだろう。少々説明を加える。
まず、怪談というものが誰かの経験談である事を確認したい。そしてその話を聞いた者が「私も見た」「本当だった」という風に広めていき、都市伝説が出来上がっていく。
この時の特徴として、「二人目以降の被害者は一度どこかで話を聞いている」ことが挙げられるだろう。口裂け女なんてものは、まさにその様に広まっていった。
だが、人から人へと話が伝わるごとに話の精度は落ちていく。「〜らしい」といったあらぬ噂や「実は〜」といった余計なヒレが付いていくものだ。そして話は本来のものから形を変えていく。
先程から例としている口裂け女もその道を辿り、いまや様々な口裂け女伝説が存在している。そしてその様に話が形を変えていくとともに口裂け女の遭遇報告も少なくなっていった。
つまり、都市伝説は元の正しい話を知る者の前に姿を表すのであり、その点で遭遇報告のない「メリーさんの電話」は本来とは違った話になっていると考えるのである。
なぜこんなことを考えたのかというと、私自身が「メリーさんの電話」と似た様な話を知っているのである。
それは祖父から聞かされた話であり「メリーさんの電話」よりも古い時代のものであるだろう。
それはこんな話だ。
ある日、少年が学校に向かうと背後から視線を感じる。
その視線は日が経つほどに近づいてきて、少年は恐怖の中で数日を過ごす。
やがて真後ろにまで迫ったとき、その後ろのナニカが自分を呼ぶ。
というものだ。
この話も「正体不明の何か」が「背後に近づいてくる」という点でメリーさんと同じなのだ。
だがこれも原典では無いのだろう。
私はメリーさんの正体を暴きたいと考えている。この考察もそのために記した。
何か発見があったらここまで報告してくれると嬉しい。
怪談好きの同志が募ることを願う。
そのページはそう締め括られていた。
「面白い」直感的にそう感じる。
「失われたメリーさんの原典」この言葉の響きは私の少年心を刺激する。
今回の怪談会の話はこれで行こう。きっと皆も面白がってくれるはずだ。
簡単に話をまとめて、意気揚々と怪談会へと向かった。
各々が持ち寄った話を披露して、最後に私の番になった。
子供がお気に入りのお宝を披露する様なワクワクした気持ちである。
ネットで見た話を出来るだけありのまま、時々個人の感想を交えて話をした。
しかし、その話を終えた後の皆の様子は私が思っていたものとは違うものであった。皆一様に何かを考え込んでいる様である。不意に何かじっとりとした嫌な風が流れてきた。しばらくの沈黙の後、一人がためらう様に口を開いた。
「話はめっちゃ面白かった。それで思い出したんだけど…俺も「メリーさんの電話」に似た話知ってるわ。小さい頃に兄貴から聞かされた話なんだけど…」
そうしてその男は怪談を話し始めた。
それが終わると次の者が
「実は俺も…」
といった具合で次々と「メリーさんの電話」に類似した話を始める。その話の一つが終わるごとに空気がグッと重くなる様な気がして、さしずめメリーさんの怪談の様に、段々と良くないものが近づいている感じがしたのだ。
ただ、この言いようのない感覚に対し「きっとメリーさんの正体に近づいているのだ」と期待をしていたことも事実である。
緊張と期待の渦巻く妙な空気の中、全員が話を終えた。その頃には皆がドッと汗をかいており、奇妙な沈黙の中、誰かが生唾を飲み込む音だけが響く。
「今日はもう解散にするか」
誰かがそう告げると同時に、皆が一斉に「そうだな」「あぁ、そうしよう」と慌てた様に同意する。皆、早くこの場から逃げ出したいのだろう。急いで帰り支度をする様子やギクシャクした会話からその感情が伺えた。
かくいう私は「メリーさんの正体に迫っている」という確信が自分の中で芽生え、一人でに興奮していた。「ここで帰るなんてもったいない連中だ。帰って一人で続きを楽しもう」
重大な秘密を偶然知ってしまった時のような高揚感が私にはあった。「きっと真実のもうすぐ後ろまで迫っているぞ」
そんな事を考えながら帰宅していると、携帯が鳴った。
電話番号は非表示。メリーさんの話を考えていたからだろうか、なんだか不気味な気配が漂う。
だが恐れることはない、あの考察によれば「メリーさん」は誰かによって作り替えられた話であり、その正体はまた違うものであるのだから。
きっとイタズラだろう、そう思いながら電話に出る。
「私、メリー。今、ゴミ捨て場にいるの。」
電話越しの相手はそう告げた。今日のメンバーがイタズラしているのだろうと思い込もうとしたが、そう断言できない程の恐怖が私を支配していた。
何故だ?メリーさんは存在しないのではないか?そもそも私は人形なんて捨ててはいない。
そんな考えが頭の中でぐるぐると回る。なんとかして現状に言い訳をして、現実を遠ざけようと必死になる。ただ考えれば考えるほど恐怖が増していくばかりであった。
そしてまた、電話が鳴った。
次に出たら、どこまで来ているのだろうか。もう背後まで迫っているのだろうか。その恐怖から、携帯を川に投げ走り出す。
もう一度あのサイトを見なければ、確かもう一つ考察があったはずだ。そこに助かるヒントがあるはずだ。私の最後の希望であった。それ以外に縋れるものが思いつかなかったのである。
電話を捨てた今、メリーさんがどこまで迫っているのかわからない。帰り道にある公衆電話から呼び鈴が鳴り響くが、全て無視して家へと走る。
私は、助かるだろうか。
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