怪談短編集・百物語

@Hisa-Kado

壱・背後の相談

私は大学に入ってから田舎で一人暮らしを始めた。もう半年以上経つが、まだ慣れないことも多い。

 そこで一つ悩み事の相談に乗ってはくれないだろうか。出来れば一人でも多くの人から助言を頂きたい。


 その悩みというのは私のアルバイト先への通勤路のことだ。私のバイト先は市街地からは外れた所にある。街中はそこそこ賑わっているものの外れはかなり閑散しているため、人気のない道を多く通る。それでも初めはまだ家や街灯があるのだが、目印となる神社を抜けると殆ど畑と田んぼだ。田舎ならではの真っ直ぐな道であり、片側に電信柱が並んでいるほかは何もない。真っ暗な一本道を街明かりが遠くになるほど進むとバイト先に着く。

 この真っ直ぐな一本道が問題なのである。灯りがないせいか、どうも不気味なのだ。それも長い。バイト先までは自転車で25分のほどなのだが、半分以上はこの道を通っている。途中に森のような木々が茂る箇所もあり、なかなか気味が悪い。行きは日がまだあるので良いが、帰りには日が暮れている。雨や雪で歩いてバイトに向かう時など、行きの時点で帰りの想像をするほどだ。

 

 ここまで読んだ者の中には「ただの道に怖がりすぎだ、この臆病者」と私に叱咤するものもいるかもしれない。だが、そうではないのだ。私もなにもただ不気味だからという理由で悩んでいるのではない。しっかりとした理由があるのだ。それも霊的な、怪異的な、なんとも理解し難いものだ。あいにく私はそう言ったものには詳しくない。そのためこうして多くの人に助言を求めているのである。それでは、ここからは私がどういった被害に遭っているのかを説明する。現状を打破する方法が見つかることを祈る。



 初めは7月のことだった。その日は雨が降っており、もう夏だというのに涼しかったことを覚えている。その日はバイトが少し伸び、店を出た時には既に10時を回っていた。

 雨の影響で歩いてきていた私は、早く家に帰りたいという一心で歩き出す。一本道に差し掛かり、森を過ぎた辺りである。急に寒い風が吹いた。雨で冷えた森の空気だとおもっていたが、どうもそうではないようだ。急に周りの空気が重く感じる。言いようのない焦燥感に迫られ、自然と早足になっていく。月明かりに照らされる電信柱の影、その一つ一つに何かが隠れてこちらを伺っているような。畑に並ぶカカシがこちらをジッと見つめているような。背後の森の闇が足音を潜め近づいてきているような。目に映る何もかもが不気味に映った。自分の足音は一つのはずなのに、後ろに何かが付けているような気がする。疑い出したらキリがない、今はなんとしても早く街へ行かなければ。その焦りばかりが加速していく。

 その焦りに呼応するかのように私の歩幅も大きくなる。背後からはそれに合わせるような気配が、周囲からはそれをべっとりと見つめるような視線が、あいも変わらずに付き纏う。

 水溜りなども気にせず、早く街へ行くことだけを考えて進んだ。そしてついに目印になる神社が見えてきた。神社を抜ければすぐに街である。やっとここまで来れた。だが神社がすぐ近くまで来た時に、猛烈な嫌悪感を覚えた。この神社は何か嫌な予感がする。手前の小さな小道に逸れて、街まで向かうべきではないか。そんな考えがよぎるが、その小道が街まで続いてる保証がなかった。それにいち早く街に行きたいこともあり、神社を抜けることを決意する。

 一呼吸置いて神社に足を踏み入れた。その途端に襲いくる違和感。神社の奥から生暖かい風が吹いてくる。人気のない夜の神社とはこうも不気味なものなのか。私が砂利を踏む音が、闇の神社にこだまする。その瞬間


 後ろで、何かが、弾けた。


 やばい、反射的に走り出す。水溜りで靴が濡れることも気にせず、ただ街を目指し走る。神社の出口、正面の信号が赤に変わる。なんてことだ。諦めて止まると同時に気づいた。どうやら背後の「何か」はもう私を追いかけてはいないようだ。高まった心臓と無くならない不安の中、家に着く。よほど疲れていたのかすぐに眠りに落ちることができた。次の日の朝にはだいぶ落ち着いており、昨日はきっと疲れていたのだろうと自分の中で結論づけていた。

 これが初めの出来事である。

 

 それから月に一、二回ほど同じようなことが起こり、偶然や疲労では説明できない状況となった。基本的に起こることは変わらない。森を抜けてからの寒気や不気味さの中を歩き、神社につく。異様なほど不気味な神社に入ると同時に感じる圧倒的な「違和感」。それは神社を抜けると同時に消える。あとは家に帰る。そんな具合であった。

 実は一度だけ、神社の中で振り返ってみたことがあるのだ。

 その後ろには「なにもいなかった」正確には「何も見えなかった」というべきだろう。

 姿こそはないももの、空間に感じる確かな存在感が私の恐怖を増幅させた。それは振り返ったことを後悔させるに十分なほどの衝撃であった。以降、私は神社の中は問答無用で走ることにしている。


 このことを多くの人に相談する前に、友人にこの話をしたのだ。するとアッサリと友人は解決案を提示してきた。

「神社を通らなければいいじゃないか」

それは私も以前から思っていたことだ、しかし他の道など知らない。そう告げると、友人はスマートフォンで地図を示しながら丁寧に回り道を教えてくれた。

「ここを通れば問題ないだろう。それにしても面白いなぁ、こっちでも何か調べてみるよ。何かあったら連絡する。そっちも今度その現象にあったら連絡してくれ」

そう友人と話したのがつい一昨日の出来事である。



 それでだ、ここからが本題なのだが。

実は今日もその現象に遭遇したのだ。

「まただ、今、例の状況にある」

そう友人にメッセージを送り歩き出す。最近は神社までの道の不気味さには慣れてきたものだ。そしていよいよ神社に着く。そして友人に教えてもらった脇道にそれる。するとなんということだろう、何も起こらないのだ。あの不気味さも、違和感も、恐怖も、全て嘘だったかのように何もない。大満足で友人にメッセージを送る。

「教えてもらった道を行き、神社を通らなかった。嘘のように何事もない。ありがとう、助かった。」

そして家につき、この文章をしたためている。


 ではもう解決したのでは?相談とは?そう考える人もいるだろう。だがもう少しだけお付き合い願いたい。

先ほども書いたが、ここからが本題なのだ。ついさっき友人からこのようなメッセージが届いた。




「この前はああ言ったが、やっぱり神社は通るべきだ。」

「神社っていうのは、文字通り「神聖な場所」だろ?」

「だからきっと悪いものは入ってこれないんだと思う」

「お前、神社に入ると「違和感」あるって言ってたろ」

「それって、今まで付いてきていたモノが離れた「違和感」なんじゃないか?」

「それに、いつも森を抜けると寒気がするんだろ」

「となると原因はそっちなんじゃないか」

「お前についているモノが、お前から神社を遠ざけようとして、それで不気味に思わせてたんじゃないか?」

「とりあえず、神社は通るべきだと思う」


 今日はいつも通りに森を抜けてきている。そして神社は通っていない。


 さぁ、相談である。私はどうするべきであろうか。

今からでも神社に向かうべきか、それとも何か別の対処をすべきなのか。

もう私には自分で考える気力が残っていない。

ただ一つ確信を持って言えることは「振り返るとそこにいる」ということだけだ。

きっと今度は姿を見ることもできるだろう。どうかそうなる前に助けて欲しい。

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