ロザリオと懐中時計

藤咲 みつき

第一巻

 ロザリオと懐中時計

                             作者 藤咲 みつき 

 キャラクター


 北条(ほうじょう) 華衣莉(かえり) 歳16歳 高校2年 女 北条家の跡取り

 岩崎 シリア 歳16歳 高校2年 女 教会のシスター

 久保田(くぼた) 契(けい) 歳16歳 高校2年 男 

 松本(まつもと) 秀一(しゅういち) 歳16歳 高校2年 男

 浅川 瑠璃 歳16歳 高校2年 女 北条家のメイドにし華衣莉の親友

 神凪 修子 歳16歳 高校2年 女 何かと絡んでくる女

 リリス 歳10歳 女 北条家の本の部屋 リアンの管理人







 第一話 

 さて、どうしてこんな事になってしまったのか、私は目の前の光景を見ながら、ふとそんなことを思っていた。4月、入学して一週間たったかたたないかという頃、まったく暇以外でもなにものでもないであろう。

 目の前には女子生徒が複数。それは私を囲むようにして立っていた。

「お前・・・・・」

 最初の一声がこれである、明らかに好意的には見えない、そもそも私はそんなにお花畑てきな脳天気な思考回路はしていない、どう考えても敵意が感じられる一言と受け取るのが普通である。

「どこかの跡取りだかなんだか知らないけど、生意気なんだよ」

「女の子がそのような言葉遣いは、いささかはしたないのではないと思うのですが」

 私は目の前の、たぶんリーダーであろう人物に、そう言ってはみたが、どうやら彼女の苛立ちを悪化させるだけだったようだ。その証拠に眉間にしわが寄っている。

 私、北条 華衣莉はよくこういう事になる、それは当たり前なのかもしれない、一般の人から見れば私という存在は、妬みの象徴といえる。

 その理由は、北条家だ。北条家は代々続く財閥で、色々な事業、開発や制作などをしており、総理大臣などの主催するパーティーに呼ばれたりもする。まぁ、お金持ちで、世の中からみれば勝ち組、などというくだらないものらしいのだが、私としてはそんな事はどうでもいいのだ。

 だがしかし、世間というものはそういうものを認めてはくれない。それどころか、こうやって言いがかりをつけては痛い目に遭わせてやろう、などという浅はかでお馬鹿な事を考えるものも少なくない。

「ふざけてんじゃないよ、やっちまいな!」

 リーダーのその一言が合図になり、いっせいに私に襲いかかってきた。

「お待ちなさい、そこの野蛮な方々!」

 今まさに襲いかかろうとしていた女たちは、自分たちの背後から声がしそちらに顔を向けた。

「誰だ?」

 リーダーの女がその人物をみて不振な顔をして訪ねた。

「申し遅れました。私、瑠璃と申します、以後お見知りおきを」

 瑠璃と名乗った女の子は、自分の制服を少しつまみ、綺麗なお辞儀をした。

「瑠璃、何しにきたのよ?」

「お嬢様、瑠璃を仲間はずれなんて・・・・・しくしく」

 私の問いかけに瑠璃はいきなり、悲しそうな顔になり、そのまま泣きまねをし始めた。

「あ、あなたという子は、はぁー」

 その光景を見て私はため息をついてしまった。

「駄目ですよ、こんなお馬鹿でクズで、それでいて人様にご迷惑をおかけする人たちと密会などしては」

「これのどこが友好敵で、それでいて密会に見えるのよ。どう見ても、因縁つけられてるに決まってるじゃないの!」

「あら、そうだったのですか?」

 私の問いかけに対し、瑠璃はそういっていつもの天然てきな回答をよこした。時々、コレを、わざとやっているのはないかと疑いたくなる時もある。

 そんな光景を見ていたほかの人たちはといえば。

「てめぇーらー、ふざけるのも対外にしろ、いいからやっちまえ!」

 再度そのかけ声とともに、取り囲んでいた女の子たちが、いっせいに華衣莉に襲いかかってきた。

 女の一人が拳を繰り出し、華衣莉の顔面をとらえようとしたが、それをすっと横によけ、その拳の起動を利用し、その腕をつかんで自分の裏に受け流した。その先に待ちかまえているのは、校舎の壁だった。

 女の子は華衣莉の動きについて行けず、それどころか、自分の体を止めることすらできずにそのまま壁に激突した。

「あら、ごめんなさい」

 華衣莉はそういって口元に手を持っていって、お上品に謝って見せた。

「あら、お嬢様、綺麗に避けすぎです、もっとギリギリで避けてあげないと可哀想じゃないですか」

 そういいながら、襲いかかってくる女子生徒たちをかわしつつ、その勢いを利用して互いにぶつかり合ったり、殴り合ったりするように起動を修正し、端から見れば仲間割れしているようにしか見えないような感じだ。

「さて、貴方だけになったみたいですけれど、いかがなさいますか?」

 私はそういって笑みを浮かべた。

正直私は、これ以上はやりたくはなかったし、それにあまりにも可哀想な気がしてきたからだ。

「そ、それで勝ったつもりなの!」

「ええ、そのつもりですわ」

 リーダーの女に対して、瑠璃が笑顔でそう答えた。その答えが気に入らなかったのか、顔を歪めた後、近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げた。

そもそも、何でこんなところに鉄パイプが落ちているのか、という疑問を浮かべていると、私に向かってそれを振り下ろした。

普段はふつうに避けられるが、なぜだかその時は避ける気になれなかった。それは、別に相手にどう試乗したわけではないし、まして怪我をしてみたかったわけでもない、更に言えば、親や瑠璃ちゃんを困らせてみたい、などという不純なものでもない。ただ、本当に動けなかったのだった。

「華衣莉ちゃん!」

 瑠璃ちゃんの叫び声、目の前に迫る鉄の棒、それら何もかもがスローモーションに進み、今、自分がどこにいるのかもわからない、そんな感覚だったのだ。

 カン、と甲高い音が一瞬鳴り響き、目の前の鉄パイプが私の目の前で止まった。

「おいおい、入学してまだ一ヶ月でこれはないだろ」

 男の声、その声が自分の右上から聞こえていることに気がつき、私はそちらに顔を向けた。

 そこには、背丈が170センチぐらいの男が、木の棒で鉄パイプを止めながら相手を睨み付けていた。

 それが、私、北条 華衣莉と久保田 契の初めての出会いだった。

 それは、桜の舞う、春の出来事だった。



 それから1年、その男とは面識もなく、2年生に上がった新学期。

 私、北条 華衣利は制服に身を包み登校していた。

 身長は158センチ、体重43キロの普通の高校生、髪は長く、それを一つの三つ編みにしてまとめている。

「華衣利ちゃん、まって~」

 私の後ろを、瑠璃が頼りなさそうな声を出しながら近寄ってくる。私はその場に立ち止まり、振り返った。

 浅川 瑠璃、身長は154センチ、体重40キロという小柄で、髪は肩までありそれが可愛らしい。

北条家でメイドをしており、華衣利こと私の親友、両親は、瑠璃が幼い時に行方不明になり、両親同士が仲がよかったこともあり、瑠璃はそれ以来北条家にやっかいになっている。中学に上がる頃、いきなり「私にメイドをさせてください!」といいだし、私の父が別にそんなことはしなくても良い、というにもかかわらず頑固に言い張り、どういう訳か私のお着きのメイドになったのだった。

「か、かえちゃん、早い」

「ちょっと、大丈夫、息が上がっていますわよ」

 私は心配して、瑠璃にそういって手を貸そうとしたが、瑠璃はそれを、右手を出して断った。

「だ、大丈夫、それより行こう、このままじゃ遅刻してしまいます~!」

 妙に丁寧語と、砕けた言い方が混ざりながらも私にそう言った。

私もそれについては同じだった。このままではクラス替えの掲示板すらゆっくりと見ていることが出来なくなってしまう。

「ええ、急ぎましょう」

 私たちはそう言って、再度走り出した。

 私の家はお金持ちなのだ。もちろん車もあるし、送り迎えをしてください。そう頼めばしてはくれるが。だがしかし、私と瑠璃ちゃんの通う学校は、橋葉高校というごく一般の県立高校なのだ。そのため、私のようなお嬢様はいるわけもない、そういうわけで、車で登校すれば当然目立つし、しかも普通車ではなくリムジンだ、目立つどころか目立ちすぎで困るのだ。

 その際に生じる面倒ごとを避けるために、私たち二人は歩いて登校することにしている、屋敷から学校までは意外に近く、歩いて40分ぐらいのところにある。そのため私たちは歩くことにしていたが。

今日に限って二人して寝坊をしてしまい、また、今日に限ってほかのメイドや家の人がいなかったのだった。そのため誰も起こしてくれる人はおらず、まんまと寝坊をしてしまったのだった。

「つ、付いた~」

「つ、疲れました~」

 二人してその場に座り込みたい衝動を抑え、肩で息をしながら呼吸を整える。

 落ち着くと同時に掲示板に行き、クラスを確認する。

「えーと、どこかしら・・・・・・・2―Cみたいですわ、瑠璃ちゃんは?」

「少し待ってください・・・・・・私も同じ2―Cみたいです!」

 瑠璃はそう言って私に微笑んだ。私もその微笑みを見てほっとしたと同時に、何か胸騒ぎを感じていた。

「と、とりあえず、クラスへ行きましょうか?」

「はい、かえちゃん!」

 胸の中の不安、それが何なのか分からないまま、とりあえず教室に向かうことにした



「・・・・・・・・」

 教室についてすぐだった、華衣利は言葉を失った。なぜならば、このクラスにある人物がいたからである。

「なんだ、人の顔見て固まって?」

 不思議そうに、華衣利が見ていた人物が話しかけてきた。

「あら、まぁ、かえちゃんよかったじゃない!」

 華衣利の心を見透かしたかのように、瑠璃がそういってうれしそうに微笑んだ。

「はぁ?」

 男は全く分かっていない、といった感じで首をかしげた。

「なんだ、なんだ、契、お前にしては珍しくナンパか?」

 そう、華衣利の目の前にいたのは、以前女の子のグループに囲まれたときに助けてくれた、久保田 契だった。

 契の背後から顔をのぞかせながら、顔立ちのすっきりとした男が話しに入ってきた。

「あら、貴方もいらしたの?」

 瑠璃はそういって、実に迷惑そうにその男を見た。

「こら瑠璃、お前はどうしてそう俺を邪険にするんだ?」

「瑠璃、この人は?」

 やっと遠い世界から帰還をはたし華衣利は不思議そうに訪ねた。

「ああ、これは、私の敵、松本 秀一。敵です、敵!」

 瑠璃はそういって、これは、敵、という部分を強調しながら笑みを浮かべた。

「こら、それはどういう意味だ!」

「うるさいわ、かえちゃんに近づかないで!」

 そう言って、瑠璃は華衣利と秀一の間に立ち、さながら門番のように腕を広げた。

「俺は猛獣か何かのたぐいか!」

「あ、あのー、皆でさわいでるところ悪いんだけど、ホームルームしていいかな?」

 いつの間にか華衣利の背後には教師が立っており。実に申し訳なさそうにそう切り出した。

 その言葉が合図となり、一時的にそれぞれの席に着くこととなった。

 まだ席順が決まってないこともあり、出席番号という当たり前の状況となった。



  4月7日「月曜日」 橋葉高校 2―C AM12時35分

「ふぅー」

 私は一息を付いて背伸びをした。

「か・え・ちゃん!」

 にこにこしながら弾むようにして瑠璃ちゃんが現れ、私は少し警戒してしまった。

「な、なにかしら?」

「どうしたの、顔が赤いよ! そう思わないシリア?」

 瑠璃はそういって背後に声をかけた。

するとそこら、背丈が150センチぐらいの可愛らし女の子が現れた。

「えーと、どなた?」

 瑠璃にからかわれていたことを忘れ、少し見とれながら、目の前に立っている女の子に話しかけた。

「あ、はじめまして、私岩崎 シリアと申します。以後よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をしてそう挨拶をした。

シリアと名乗った女の子は、髪は金髪で、鼻だちがすっきりしており、体のバランスも良い、髪の長さも肩あたりまでしかなく、それがまた彼女に似合っていた。

「あら、ご丁寧にどうも。私(わたくし)は、北条家、3代目当主、北条 華衣利です。以後よろしくね!」

 丁寧に、しかし周りに聞こえないように、そっとそう言った。

 正直、高校生の挨拶と自己紹介にしてはあまりにも不釣り合いだが、私てきには丁寧に自己紹介をしてくれたシリアには、こちらも丁寧にと思ってそう返していた。

「え・・・・・・ええ!」

「シリア、声大きい、言ったでしょ、私は彼女の専属メイドだって」

 シリアの口をふさぎながら、小声で瑠璃がそう言うと、そう言えばそんなことを言われたのを思い出したのか、すまなそうな顔でごめんねとシリアは言った。

「それで、瑠璃、もう帰るだけだけど、この後どうしようか、どこかでお昼食べ行く?」

「そうね、シリアもどう?」

「え、でも良いんですか?」

 私は優しく微笑みながら、良いよ、と言おうとしたその時だ。

「おい!」

 背後から、まぁおおかた予想は付きそうだが、声がかけられた。

「ええ良いわよ、それじゃぁ行きましょうか!」

 そう言って鞄を持ち、その場をたったが、背後から私の肩に手がかかり、その動きを止められた。

「無視するな!」

「はぁー、シリアちゃん下がっていて、それから瑠璃、家に連絡と許可申請ね、それから・・・・・・・」

「ええ、手配しておきます」

 静かにそう言うと、瑠璃はシリアをいきなり持ち上げ、教室の安全な場所に移動した。とほぼ同時だった。

「くぅ!」

 そんな呻き声とともに、机の倒れる音が教室にこだました。

「あなた、いいかげんしつこいです、今日は本気で私が相手してあげるわ!」

 背後に手を置いていた女が、華衣利が振り向くと同時に吹っ飛び、机ごどをなぎ倒して教室の裏に倒れていたのだ。

「お嬢様、許可降りました。ただし竹刀でとのことです」

 そう言うやいなや、瑠璃は剣道部の誰かのものか、竹刀を手に取り、それを華衣利に投げつけた。

華衣利は竹刀が飛んでくるのも目で見ることなくそれをつかみ、吹っ飛んだ女に向けた。

「ああ、思い出した!」

 その時だ、教室で騒動を見ていた契が大声を出して華衣利を見ていたが、華衣利はそれが耳にはいらず、しかもあの美しく綺麗な顔には殺気が満ちていた。

「ここ一年、つけ回してくれたから、そのお礼。私ね、こういう事する人嫌いなのよ」

「ちょっと、待って!」

 振り下ろされた竹刀を、いきなり契が体を張って止めに入った。

 竹刀は女ではなく、契をとらえ契は吹っ飛ばされた。

「あ、あれ、どうして契君が吹っ飛んでるの?」

 正気を取り戻した華衣利が驚いたようにそうつぶやいた。

「契君、大丈夫ですか?」

 瑠璃がそう言って契に駆け寄り、その体を起こした。

「いたた、結局こうなるのか。思い出したよ、彼女、一年前に、そこで倒れて女の子に囲まれてたお嬢様だよね?」

 吹っ飛ばされた事など気にしたふうもなく、うれしそうに瑠璃にそう聞いた。

「え、ええ、そうです、結局、契君はあの時もかえちゃんの間合いには入って、その人と一緒に吹っ飛ばされましたが」

 そう、契は華衣利が1年の時に囲まれていたところを、格好良く登場したまではよかったのだ。

だが、その後の事といえば。



「なんだてめぇー」

「さぁ。それはそうと、流石にこんなところで人を囲むのはいささか問題なんじゃない?」

 いきなり華衣利たちの目の前に現れた男は、あきれた顔をしながら女に言った。

「うるせぇ」

「あれまぁ、元気だねー、でも、校舎裏、しかも体育倉庫裏は流石の時代遅れの男子でも使わないかも」

 あまりのいせいの良さに呆れながら、心底疲れたように男はそう言った。

「あ、あの、どなた?」

 いきなりの登場、そして相手が鉄パイプを持っているのも関係ない暴言、あまりに軽率と言っていいが、それでもなお動く、また落ち着いているこの男の子が華衣利には異様に思えた。

「ああ、ごめんね、危なそうだったからつい」

「ごちゃごちゃうるせー」

 照れたようにそう言った男に、背後からスキをついて襲いかかってきた。

「危ない!」

 そう言ったのとほぼ同時だった。

華衣利は男が持っていた木の棒をすかさず取り上げ、それと同時に、女の小手を狙った。

「うぅ」

 すると、鉄パイプは中を舞い、そのまま地面に落ちる、その隙に華衣利はジャンプして後ろに下がったかと思うと、女の懐めがけて踏み込み、棒を右から左に振りながら相手のお腹めがけて打ち込んだのだった。

「きゃぁ!」

「うぉ!」

 二つの声が同時に聞こえたときだ、どういう訳か女と一緒に助けに入った男まで吹っ飛んでいたのだった。

「あ、ご、ごめんなさい、まさか当たるとは思っていませんでして」

 華衣利は急いで男だけに駆け寄ってその体を起こした。

「いったたた。ああ、大丈夫だよ。それより怪我ない?」

 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかったが、自分を案じ、しかもその顔は苦痛に顔を歪めるかと思えば、華衣利に微笑みかけていたのだった。

「さて、じゃぁ、俺は行くね、あまり長いは出来なそうだし」

 それだけを言い彼は去っていったのだった。

「・・・・・・・・・」

「お嬢様、大丈夫ですか」

 彼の後ろ姿をただ見つめながらボーっとしていた華衣利に、心配になった瑠璃が駆け寄ってきて心配そうにのぞき込んだ。

「お、お嬢様、かえちゃん、華衣利!」

「な、なに?!」

 瑠璃が慌てながらそう叫ぶと、三回目でやっと返事が返ってきたかと思うと、その顔はなぜか真っ赤になっていたのだった。

 それ以来、華衣利はその時助けてくれた男の子を探しだし、その上名前まで調べた。まではよかったのだが、それ以上は何もなく、ただ時間が過ぎていったのだった。



「あははは、恥ずかしい限りで」

 契はそう言って頭をかいたのだった。

「ちょっと、いきなり出てこないでください、危ないです!」

 申し訳なさそうに、でも、強気に振る舞いながら華衣利が契を罵った。

「い、いやー、つい思い出したら体が勝手にね」

「そ、それって・・・・・・・・・」

 華衣利は契のその言葉を聞いた瞬間、顔が赤くなっていくのが手に取るように分かって、慌てて顔をそらした。

「こ、こらそこ、私を無視してかってに自分たちの世界を作るな!」

 完全に蚊帳の外になっていた女がそう叫ぶ。

「ところで貴方のお名前は?」

 華衣利は肝心な事を聞いていなかったことに気が付き、女に名前を尋ねた。

「あ、神凪 修子・・・じゃなくて!」

「まぁまぁ、修子ちゃんあまりカリカリしないの」

 瑠璃が怒り狂う修子に対して、なだめるようにそう言ったが。

「あんたらのせいだろ!」

「あら、元気ね~、駄目よ、恋いの邪魔しちゃ!」

 まるで子供に言い聞かすかのように瑠璃がそう言うと、修子はどうして良いのか分からず、ただおろおろしていた。どうやらこの手の話は面識がないらしい。

「恋いなんですか?」

 その会話を瑠璃の横で聞いていたシリアが、不思議そうにそう訪ねてくると。

「そうよ、燃えさかる情熱、それでいて、儚く、一途な恋いなのよ!」

 などと、瑠璃はクラスに残っていた人全員に聞こえるような大声で言い、さらにオーバなアクションをつけながらそう言いはなった。

 もちろん、そのような言動を行えば嫌でも注目されるのは当たり前で、クラスに残っていたほぼ全員が一斉に瑠璃の方を見た。

「ちょっとそこ、いったい何の話してるのよ!」

 いきなりの瑠璃の発言に、顔を真っ赤にしながら慌ててそういったが、華依莉のその発言が注目度に拍車をかけることとなり、一気に教室がざわめきをました。

「何のこと?」

 などと契に聞かれてしまって、華依莉はその場にいられなくなり、顔を真っ赤な夕日のように染めながら教室から、もの凄い勢いで走って出て行ってしまった。

「あ、かえちゃん、まって~!」

 事の現況である瑠璃は、満面の笑みを浮かべながら華衣利の後を追った。

「瑠璃ちゃん、置いていかないで」

 シリアが慌てて瑠璃を追いかけ出て行く。

そんな光景を契はクラスメイトの雑踏の中、呆然と眺めていたのだった。



 同日 PM 1時20分 橋葉駅、付近 トクドルドバーガ店内

「ごめん!」

 瑠璃はそう言って華衣利に深々と頭を下げて謝った。

「・・・・・・・」

 華衣利はと言えば、黙々とポテトフライを食べながら時折ジュースを飲み窓の外を仏頂面で眺めていた。

「シアちゃん、何食べたい?」

「え、あの、その」

 華衣利は、唐突にシリアの方に顔を向けるとそう聞いてきた。

「大丈夫よ、全部、瑠璃がおごってくれるから遠慮しないで」

 全部と言うところを強調しながら、華衣利は満面の笑みでそう言った。

「で、でも」

「シリア、気にしないで良いから」

 瑠璃もそれで許してもらえるのなら安いものだと、そう思いながら、シリアにそう言ったのだった。

「じゃぁ、私は、てりやきバーガー、シェイク、アイス、トクドルバーガー!」

 にっこり微笑みながら悪魔のような注文をしてくる、これだけでも850円という高校生にしてかなり痛い出費だ。

「太るわよ、かえちゃん?」

 そう瑠璃が言うと流石に華衣利も声を詰まらせて、唸ってしまった。

「じゃ、じゃぁ、てりやき、やめる」

 半ば拗ねたようにそう言うと、そっぽを向いてしまった。

「もぉ素直じゃないのね、でも、そこが好きよ!」

 何の憂いや躊躇いもなく、ストレートに瑠璃はそんなことを言った。

「ちょっと、公衆の面前で何言い出すのよ!」

「す、すごいるりっち」

 華衣利は大声で制止したが、明らかに華衣利の声の方が大きかった、そのせいで周りの人たちがいっせいに華衣利を訝しげに見た。

 シリアはシリアで、瑠璃のあまりにストレートかつまっすぐな答えに感動の声を上げていた。

「あら、シリア、私はね素直に気持ちを伝えただけよ、別にすごくはないわ」

 そう言って瑠璃はシリアに軽くウィンクして見せた。

「る、瑠璃、いつも言ってるけど、あまりストレートに言わないで」

 恥ずかしさのあまりか一生懸命に言う華衣利だったが。

「素直が一番よ!」

 と言う瑠璃の一言により、あえなく説得を断念してしまったのだった。

 しかし、華依莉はそれを嫌だと思わなかった。それどころか、その心構えはとても価値があり、ものすごく大切な事なのかもしれないと思ったのでした。

「それで、シリアは何が良いの?」

 そう言って瑠璃は先ほどの話に戻すと、シリアに注文は何かと聞いた。

「じゃぁ、てりあきセットでお願い」

 申し訳なさそうな顔をしながらか細い声でそう言った。

「OK、じゃぁ買ってくるから、かえちゃんとシリアは親睦を深―く、深めること!」

 手を振りながらそんなことを言い、店内の1階へと降りて行った。

 今、華衣利たちのいるところは、トクドルバーガーの2階席で、そこの窓際席だ。なので注文をするには1階に戻らなければならないのだった。

「あ、あの~」

 なぜか華衣利の事を伺うようにしてシリアが話しかけてきた。

「うん、何かな?」

 出来る限り警戒されないように気をつけながら、シリアに微笑みかけた。

「華衣利ちゃんって、お嬢様なのですか、本当?」

 伺いながらそんなことを聞いてきたが、どこで聞いたのだろう、確かに先ほど教室で騒いだし、もしかしたら瑠璃ちゃんが言ったのか、と華衣利は頭の中で考えを巡らせながら、まぁへるものでもないので答えようとしたが、思えば最初に名乗っていた事を思い出した。どうやらどたばたしたせいで一時的に忘れてしまったようだ。

「ええそうよ、北条家のお嬢様だけど・・・・・・・正直、嫌なのよ、色々?」

「え、どうしてですか?」

 話がつかめないのか、シリアが不思議そうな顔をしながら訪ね返して来た。

「うーん、正直ね、贅沢なことかもしれないんだけど。何も不自由がないと言うのは、何も持っていないような、そんな感覚なのよ」

「どういう事ですか?」

 心底不思議だ、と言わんばかりに首をかしげた。

「そうね、自分では何も持っていない、そんな感じかしら。贅沢よね? でもね、与えられるばかりで私自身が何かを作り出したり、持つ事ができない、そういう意味かな。うまくは説明できないけれど」

 華衣利は苦笑いをしながらそう答えた。

「え、えっと・・・・・・・」

 なんて答えたらよいのかシリアが困り始めたとき。

「かえちゃんは、それで今の気持ちが恋なのか迷ってると!」

「きゃぁ!」

 華衣利の背後にはいつのまにか瑠璃が立っており、にやにやしながらそう言った。

「恋いですか?」

 話が見えないのかシリアが瑠璃にそう聞き返した。

「そ、そんな分けないじゃない!」

 華衣利はそれを否定したが、その答えに瑠璃はやれやれと思いながら話を続けた。

「そう、今まで全てを何不自由無く暮らしてきたかえちゃんは、今まで誰かに恋いこがれたりしても気が付くことも出来なかったの。だがしかし、ついにかえちゃんにも青春の一ページが始まったのよ!」

 瑠璃は椅子に座るとさっそくそんなことを言い、しかも高らかに宣言したのだった。

「ちょっと声が大き・・・・・・・」

「華衣利ちゃんは恋いしてるんですか?」

 瑠璃を制止しようとした華衣利はシリアの一言に戸惑い、そのまま黙り込んでしまった。

「(私、本当に恋いしてるのかな?)」

 華衣利は心の中でそんな疑問を自分自身に問いかけた。だが、その答えはむなしく虚空へとのみこまれたが、思わぬところから答えがきた。

「恋いこがれるとは、胸が苦しくなり、その人のことを考えるとほかのことが手に着かない事を言い。同時にその人のそばにいたと思う事をさします。華衣利ちゃんはどうなんですか?」

 シリアの唐突すぎる問いかけに華衣利はどう反応したらいいのか分からず、あげくのはてには考え込んでしまった。

「(確かに、そう言われると、たまに考えるし、それに、それに、胸も苦しくなるし、でもでも、だからってそれがその、青春の学園ドラマや、漫画とかに出てくる恋いだなんて、そんなの、そんなの、ああ、でもどうなんだろう・・・・・)」

 完全に頭の中がこんがらがり、同じ問いと、答えが交互に交差し、何がなんだか分からなくなりながら、華衣利は頭を抱え、顔をラズベリーの用に赤くしてしまった。

「さて、ほい、トクドルバーガー、アイス、シャェイクね、それとシリアにはてりやきセットね」

 まるで、何事もなかったかのように振る舞いながら、瑠璃はにこにこと頼んできた注文をみんなに配り、自分はてりやきとエビバーガーだったらしく、その二つをトレイに残しながら面白がっていた。

「いただきまーす!」

「神に感謝」

 瑠璃とシリアは互いにそう言うと、目の前のてりやきとエビバーガーに手を伸ばし、それを食べ始めた。

「あ、あれ、二人ともいつの間に?」

 やっと現実に戻ってきた華衣利が、きょとんとした顔をしながら不思議そうに訪ねてきた。

「いつって、今からですよ、お・嬢・様」

 ウィンクをしながら瑠璃は答えた。

「もぉ、そうやって遊ばないで!」

 頬をふくらませながら、拗ねた顔をして、目の前にあったトクドルバーガーを掴み、包みを開けて、けしてお上品という感じではなく、若干ヤケが入った感じで食べ始めたのだった。




 同日 同時刻 橋葉市 ニコニコ(ファミリーレストラン)

「契、いくら何でも、さすがのお前でも痛かったんじゃないか?」

「そんなことないよ、でも、どうしたんだろう北条さん、いきなり教室を出て行っちゃって」

 契はさきほどの出来事を思い出しながら首をかしげた。

 あの後、契と秀一はお昼ご飯を食べるため、近くのファミリーレストラン、ニコニコという店に来ていた。名前のとうり笑顔が売りのファミレスである。

「お前、それはあんまりだろ・・・・・まぁ良いか。それでどうなんだ?」

「何が?」

 秀一の唐突な質問に怯むことはなかったが、内容が読めず契はおもわず聞き返した。

「何が、じゃない、明らかに北条のお嬢様はお前に惚れてる、俺はそう見た!」

「それはないと思うよ、どこからそんな、青春学園ドラマ(月9)みたいなもが現実に存在するかな」

 そのたとえもいかがなものかと秀一は思った。大体、月曜9時のドラマが全て清秋学園ドラマという事はほとんど無いのだ、たまたま今がそうであるだけで。

「鈍いだろお前」

「俺は運動神経良いほうだ」

 完全にかみ合っていない会話に溜息をついたときだ、契が秀一の顔を真剣な顔つきで見ながら言った。

「秀一、どこで知り合ったの、あの、えーと、北条さんと一緒にいた女の子と」

「ほほ~、何でそんなことを聞くのかな?」

 内心、少しむかっときていた秀一だったが、ここで怒り出すのも大人げないと秀一は思い、そんなことを聞くと。

「いや、その、可愛い子だなと思って・・・・」

「・・・・は? 今何と言った?」

「いや、だから、可愛い子だなと」

 最初は声が小さく、契が何を言ったのかが分からなかったのだが、二度目ははっきりと秀一の耳にも聞こえた。

「目は平気か、眼科行くか? それとも脳外科か? ああ、俺の契が壊れちまった~!」

「俺はほどほどに正気だし、目も悪くない。それで、どうして知り合いなの?」

 秀一のリアクションで不機嫌になった契だったが、肝心なところはちゃっかり聞き返していた。

「あれは、敵だ。人生最大の天敵、悪魔だ。奴だけは・・・・」

「もしもし、おーい秀一、帰ってきて」

 それから数分にわたり契は秀一の愚痴を聞かされることになった。

「それで、本当に瑠璃の事が可愛いと言えるのか?」

「うん、可愛いじゃん、スタイル良いし、顔もそこそこ良いし」

「それについては大いに同感だが、やはり奴は敵だ。それなら北条の方が俺は好みだな」

 契は照れくさそうにしながらそんなことを言っていたため、少しからかってみようと北条の名前を出したのだが、良いんじゃない、などという回答が帰ってきてしまった。

 どうやら本当に北条の事はなんとも思っていないらしく、どうやら瑠璃に惚れているらしい。

「よし、分かった。お前がそこまで言うなら協力しよう」

「え、何に?」

「瑠璃と恋人になれるようになる方法だ。最近こんな噂を聞いた。

 懐中時計は時を刻み、汝の願いを叶える、と言う物がこの近くの屋敷に眠っているらしい、その懐中時計を手にした者は一つだけ願いがかなうという」

 自信満々に言い張る秀一を、契は訝しげな表情をしながら見ていたのだった。

 正直、契は思った。

 (そんなに都合の良い物が世の中にあったら、世界中の誰もが幸せになってるよ)

 そうは思いながらも、契は真面目に親友の言葉に耳を傾けていたのだった。



 そのころトクドルバーガーでは。

「知ってる、今日入手した情報なんだけど」

 そう言って内緒話をするかのように瑠璃が話を切り出しました。

「なに?」

「恋が叶うロザリオの話よ、今のかえちゃんにはかなり良い情報ね」

「ちょっと、私は別にそう言うわけではなくて」

 などと言ったところで瑠璃は(良いから気にしないで)などと言って私の話を全く聞いてくれない。

「ここから遠くない館にあるらしくて、それを手にした者は、ちゃんと恋が叶うんだって!」

「そ、それは本当なんですか瑠璃さん?!」

 シリアちゃんが興味津々にそう聞くと、瑠璃は親指を立ててそれに応じた。

「と言うわけで、お腹も良い感じだし、行きましょう」

「ちょっと瑠璃、行くってどこに?」

「もちろん、そのロザリオを取りによ」

 (瑠璃、メイドの仕事は良いの?)などという私のささやかな抵抗は、瑠璃の根回しの良さで、あっけなく終わり、私は観念してそのロザリオを探すために瑠璃に連行されることとなってしまった。

 でも、これでロザリオを手に入れれば、契君と・・・・などと甘い考えを抱きながら私は連れて行かれるのでした。

 ああ、逆らえない自分が少し情けないわ。



 そんなこんなで歩くこと1時間(近いのよ!)などと言っていたわりにかなり距離があったので、意外と時間が掛かってしまった。

 それにしても。

「成仏できてなさそうな霊がいそうですよ瑠璃さん」

 がたがたと体を震わせながら、明らかに怖がっているシリアちゃんに対して。

「愛よ、愛があれば、かえちゃんは幸せになれるわ!」

 などと言いながら完全に自分の世界に入っている瑠璃。なんだろうねこの見事に話がかみ合わない会話は・・・・私はそれらを全てスルーして、さっさと館に足を向ける、こんな事はちゃっちゃと終わらせて、家に帰って読書にかぎるわ。

「おお、かえちゃんがついにやる気になってくれたわ、これぞ愛だわ!」

「神よ、どうかお導きを・・・・」

 一人はテンションが上がり、一人は下がっている、と言うよりも神様に祈ってるし。

「シリアちゃん、もしかし神様信じてるの?」

 私は、怖がっているらしいシリアちゃんの気を紛らわせてあげる意味合いも含め、世間話を持ちかけてみた。

「はい、私、将来は迷える人を導くシスター、つまり、司祭様になりたいんです!」

 目をランランと輝かせ、嬉しそうにそう語るシリアちゃんは生き生きとして、さきほどの、捨てられた子犬の用にぶるぶると震えていたのが、嘘みたいに輝いて見えた。

「かえちゃん、相変わらず優しいなぁ~、惚れちゃうわよ」

「誤解を招く発言しないでよ瑠璃」

「そんな、将来を誓い合った中なのに、私を捨てるって言うのね、酷いわ!」

 などと言いながら、瑠璃は歩きながらすすり泣きを始めた。本当に起用よね。

「だ、駄目ですよ華衣利さん、将来を誓い合ったならちゃんと面倒を見てあげませんと」

 シリアちゃんはそう言って本気で私に怒ってきていた。はて、もしかして。

「シリアちゃん、瑠璃女だし、私も女なんですけれど・・・・」

「愛があれば女とかは関係ありません、そうですよね瑠璃さん!」

「え、いや、その、それは・・・・」

 悪ふざけで言っていた瑠璃だったが、シリアちゃんには冗談が通用しないらしく、真剣な顔で瑠璃にそう迫っていた。

「あはははは、瑠璃、貴方の負けかしらね」

「もぉ~、シリアちゃんにはかなわないわ、いつもなら私が勝のに~」

 私は笑いながら瑠璃にそう言うと、瑠璃は納得いかない顔をしていた。

しかし、シリアちゃんはどうやら天然的なものがあるらしい、その証拠に。

「私、何かしましたか?」

「シリアちゃんはそのまま、純粋な姿でいてね!」

 私はそう言って前に出て、振り返りながらそんなことを言ったその時だ。

 ミリ、そんな古い木造校舎とかでよく聞く音が足下で鳴ったかと思うと、次の瞬間。

「かえちゃん!」

「華衣利さん!」

「え、きゃぁぁぁぁ!」

 視界に居た瑠璃とシリアちゃんがいきなり視界から消えた。

などというのは私の見方で、どうやら落ちているらしい、という事に気が付くまで1秒ほどかかり、瑠璃とシリアちゃんが必死に私の腕をつかもうとするも、間に合うわけもなく、そのまま私は暗闇の中に落ちていってしまったのでした。



「それで、ここがその館か?」

 俺、久保田 契は、どういう訳か悪友に連行され。現在、今にも潰れてしまいそうなボロ屋敷の目の前へと来ていた。

「そうだ、ここだ、ここに何でも願いが叶う懐中時計があるんだ。さぁ、いざ行くぞ我が友よ!」

 いや、俺は行きたくない。

そもそも興味がない、一人で行ってくれ。

「じゃぁ、俺はこれで」

 そう言ってその場を後にしようとした俺の腕を、悪友、秀一が引き留めた。

「見捨てるの」

「見捨てるな普通に」

「それでも友達か」

「悪友だな俺ら」

「人として恥ずかしくないのか」

「いや、別に。そう言うわけで俺、帰るわ」

 そう言って俺は馬鹿なやり取りをした後、すぐにその場を後にしようと方向転換したのだが、やはり素直に帰す気は無いらしく、俺の腕を再度つかんだ。

「良いのか、懐中時計を手に入れることが出来れば、あんな事や、こんな事、果てはパラダイ・・・・」

「お前の頭がパラダイスだ!」

 俺はそう言って思いっきり鞄を振りかぶって、秀一の脳天にぶち当てた。

「な、ナイスだ相棒・・・・」

 それから1分少々だろうか、屋敷前に倒れていた悪友を俺は見下ろしていた。

やばいな、少しやりすぎたか? などと心配になってきた頃だ。

「『きゃぁぁぁぁぁ』」

 そんな声が館の方から響き渡り、俺の耳へと届いた。

「な、何事だ!」

 俺は悪友と館を交互に見ながら、この際、この馬鹿は放っておこう、と言う結論に達して、俺は急いで館の中へと入っていった。

「はぁ~、世話のかかる友だ。ココ、ミミ、新たなる物語の始まりだよ」

 今まで路上にうつぶせに倒れていた秀一は、ゆっくりと起きあがり、館を見上げながらそう呟いたのだった。



 暗闇、その中に指す光が自分を頭上から照らし出し、幻想的な雰囲気を作り出していました。

「私、生きていますの?」

 自分の体を念入りに触り、足が動くかも確認してみる。

どうやら外傷というものはあまりなさそうだ、どうやら私の下にある草花がショックをやわらげてくれたらしく、少しかわいそうではあるがちょっと酷い事になっていただ、がそれはそれとして。

「高いですわね・・・・」

 頭上を見上げる、そこにはぽっかりと穴が開いており、現在自分が居る一から5メートルぐらい上にある感じだ。

とても昇ることなど出来ない。

「どうしましょう・・・・道があります、進んでみるしかなさそうですね」

 私は道無き暗闇へと足を踏み入れた。

 20分ぐらいだろうか、進み、ゆっくりと歩いていく。

その時だ、何かが壊れる音が聞こえてきた。

「何かしら? またどこかが壊れたのかし…」

 ドガ、と言う音ともに、木くずとほこりが舞い、目の前に何かが落ちてきました。

「な、なんなのよもぉ!」

「いてて、し、死ぬかと思った・・・・北条さん?!」

「え、契君?」

 私の目の前に突如として思いがけない人物が落ちてきました。ど、どうしたらいいのかしら、えーと、えーと。

「北条さん、どうしてこんな所にいるの?」

「いや、えーと、それはその。け、契君こそ、どうしてここに?」

 私は話題を変えるべくとっさにそんなことを言いましたが。

「え、ああ、悲鳴が聞こえて、中に入ったところまでは良かったんだけど、走り回ってるうちに床が抜けて、そのまま落ちて来ちゃって」

 悲鳴って、それって私のですわよね、どうしましょう、この流れだと話が元に戻りそうです、ここにロザリオを探しに来たなんて言えないわ。

「ここだね。どうやら願いを叶える懐中時計があるらしいんだけど、それを探しに来たとか?」

「懐中時計? ロザリオじゃなくて?」

 どういう事、懐中時計なんて話し聞いてないわよ、瑠璃の情報だから確かなはずだし、ロザリオで間違いないはずなんだけど、って、私はロザリオを探しに来たんじゃ無くて。

「私も床が抜けて落ちちゃったの。ここには瑠璃達と来ていて、なんか捜し物とかで・・・・えーとだから。と、とりあえず、ここから出ることを考えましょう!」

 私は動揺しまくりで、何を言っているのかさっぱり分からなかった。

ただ、一つ言えることは、突然の出会い方と出現の仕方をしてくれた契君が、意外にも冷静なため、それがさらに私を動揺させているのだと言うことは、今の私でも分かってしまった。

 そんなわけで、私たちは二人で歩き出したのだが。

 これって、二人きりですわよね・・・・どどど、どうしましょう、殿方と二人きりなんて、私生まれて初めてで、何を言ったらいいのか分かりませんわ!

「北条さん」

「は、はい!」

「いや、そんなに驚かなくても。さっきロザリオって言ってたけど、どんな話なの?」

 私が驚きながら返事をしたため、契君は少し苦笑いをしていた。

「私も聞いた話ですから曖昧ですけど、なんでも、そのロザリオを手に入れると願いが叶うそうです」

「俺の聞いた話に似てるね・・・・向こうが明るい、出口かもしれない、行ってみよう!」

 少し考えをまとめようとしていた。

その時、不意に契君がそう言って走り出し、私もその後に続く、洞窟らしきものを抜けると、光が目に飛び込み、少しまぶしさを感じる。

 視界が少しはっきりとし、辺りを見渡すと、そこは神殿の様な作りになっていて何とも神秘的な空間でした。

「わぁ、綺麗・・・・」

 思わずそんな言葉口をついて出る、隣にいた契君も見とれているのか、辺りを見渡していた。

 私達はそのまま奥へとゆっくりと進んで行く。

前方に階段が見え、それを上りきると、そこには祭壇らしき者があり、そこには。

「ロザリオ・・・・」

「懐中時計・・・・」

 そう、祭壇の上にはロザリオと懐中時計が綺麗に置いてあり、それが神殿の中の光と合わさって不思議な輝きを放っていた。

「本当に存在したのね、ただの噂と思っていたわ」

「俺もそうだ」

 そう言って私達は同時に、私はロザリオに、契君は懐中時計に手を伸ばし、それをつかみ取った瞬間、辺りが柔らかい光に包まれた。

「きゃぁ」

「な、なんだ」

 光が私達二人を包み込んだ後、徐々に弱まり視界がはっきりとしていく。

 しかし、このような現象は漫画か小説といったものではよく書かれているが、現実として、このような現象が起こるということが本当にあるのかな、などと、考えながら私はロザリオに視線を戻した。

「・・・・あ、あれ、なにこれ?」

 私が目をうっすらと上げると、そこには何か小さい人型の物体が飛んでいた。

えーと、なに、私もしかして夢を見てるのかしら、それとも幻?

「なんだ、これ・・・・」

 隣にいた契君もどうやらそれが見えているらしく、目をしばたたかせながらそれを凝視していた。

「これ、とはずいぶん酷いわね」

「同感、30年ぶりに起きて第一声に浴びせられたのがこれじゃぁ、帰ろうかしらミミ?」

 小さい浮遊する物体は二体、いや、二匹、はたまた二人? どちらにしろその二人は言葉を交わしあっていた。

「ファンタジー?」

「いや、SFかもしれないけど、どう思う北条さん」

 私達は互いの顔を見合わせ、確かにそこに存在する何か、について話していたが。

「汝、ロザリオを求めし者、名は?」

「はい、それって私のこと?」

 不意に話しかけられたので戸惑ったが、どうやら私のことを言っているらしく、そのふわふわと浮遊する何かは私にそう聞いてきた。

「北条 華衣利よ」

「ここに契約は成立した・・・・初めまして私ココよ、よろしくね」

 は? 契約・・・・なんの事かしら、そもそも・・・・・・。

「えーと、ココちゃんだっけ、一体これは何?」

 状況が全く理解できない私は、この状況を説明できるであろうココにその事を聞くと。

「何って・・・・契約、ロザリオと。貴方はこれから5つの試練を受けてもらって、それを無事に達成できれば願いが叶うわよ・・・・なんでそんなこと聞くの、そのためにここに来たんじゃないの?」

「じょ、冗談じゃないわ、そんな事はしないわよ。私は普通に何不自由なく、暮らしていければ・・・・契君、それと契約しちゃ駄目よ!」

「ごめん手遅れ・・・・」

 これは何、新作ゲームのリアル体験版? それともただのどっきり?

 そんなことを考えていると、ココが怪訝な顔で私を見ていた。

「契約しちゃったから、試練が終わるまでは契約は溶けないわ。それに、試練が終われば願いが一つだけ叶えられるのよ、良いことじゃない!」

 嬉しそうにそう話すココだったが、これは私が望んだ訳ではなく、流されそうなってしまっただけだ。つまり、私は試練など受けるつもりはないが。

「契君からも何か言ってあげてよ」

「良いじゃん、面白そうだし、ところでえーと・・・・」

「私はミミよ、よろしくね、契」

 話がどんどん私の望まない方へと進んでいくが、私はもうどうして良いのか分けが分からなくなっていた。

ただ一つ言えることは、どうしようもないと言うことだ。

「ところであなた達何者?」

「「私達は」」

「ロザリオと」

「懐中時計の」

「「精霊です!」」

 こうして、私と契君のドタバタの日々が幕を開けたのでした。

 さらば平和な日々、こんにちは青春の過ち・・・・。






 第二話 

 ロザリオ、それは願いを叶える魔法のクロス、しかし・・・・。

「おはようカエちゃん!」

 早朝、まだ朝の日差しがまぶしく東から顔を出すか出さないか、そんな朝もまだまだだというのに、ロザリオの精霊は元気に私をお越しに掛かった。

「う~ぅ・・・・ま、まだ5時じゃない、寝るわ・・・・」

「え~、つまんないよ、起きてよ~」

「そうですよ~、じゃないと朝這い出来ないじゃないですか~」

 今何か変な声が聞こえたような・・・・まいいや、気にしなで寝ましょう。

 そう思いながら目蓋を閉じると、眠気がすぐに来て気持ちよく二度寝が出来た。

こんなに早く起きることはないため、二度寝はかなり気持ちが良い・・・・。

 それから2時間ほどだろうか、目覚ましが鳴り朝を告げる、私はベッドの上でもぞもぞと動き、ゆっくりと目を覚ます、そして布団を上げたその時、信じられない者が目に入ってきた。

「いやん、寒いわ・・・・」

 そう言いながら私に抱きついてくる。

 寒いもなにも、キャミソール一枚で私のベッドに潜り込んでくればそれは寒い、まだ4月だし・・・・ってそうじゃなくて。

 瑠璃はもぞもぞと動きながら、私に抱きつこうとする。どうやら寒いらしい。

「何で瑠璃が私と一緒のベッドで寝てるのよ!」

「それはね、それはね、カエちゃんに朝這いをしたくて・・・・」

「何考えてるの!」

「カエちゃんこそ、何を想像したのかしら? うふふふ、さて、私はお仕事に戻ります、お嬢様」

 言うが早いか、メイド服まで持ってきていたらしく、すぐにそれに着替えると部屋を出て行ってしまった。

 いったい何がしたかったのか、瑠璃がご機嫌で部屋を出て行く様を私は寝ぼけ眼で見送る事になった。

 今日は土曜日で学校がない、とはいえ、私はいつもと同じ時間に起きることを心がけている。

 手早く着替えをすませ、ロザリオを胸元のポケットへと入れる、どうやら首から掛けるのはいけないらしい、というのを昨晩調べたら分かったので、そうする事にし、食堂へと向かう。別にクリスチャンでもないのだから首からかけるのがごはっとと言うわけではないのだから好きにすればいいのだが、せっかく調べたので正式な方法をとってみようと思った。

「ねぇ、ねぇ、どこに行くの?」

 私の周りを浮遊しながらココが私にそんなことを聞いてくる、正直、微妙にうっとうしいような気もしなくはないが、どうやら契約を交わすと、ロザリオと私以外からはあまり離れられないらしい、もちろん普通の人にもココの姿は見えないらしいのだが、どうも瑠璃には見えているらしい。

 食堂に行き、朝食を済ませた。

その間、ココがかなり五月蠅くて仕方がなかったのだが、瑠璃に窘められた後はおとなしいものだった。

 その後、食堂を出た私は、自室に戻るとココを捕まえた。

「な、何するのよ、放しなさい!」

 両手で捕らえ、逃げられないように動きを封じる。

「放す前に、話を聞きたいのよ、その試練とかっていうもののね」

 私はココにそう言うと、彼女は一瞬にしておとなしくなり、どういう訳か、すぐに説明を始めた。なんだろう、私が拷問か何かをしているような気分になる。

 そんな罪悪感を覚えながらも、私はココの説明に耳を傾けることにした。

「試練って言うのは、基本的にロザリオの力を活性化させるために行うのと、それと同時に持ち主の精神や、力、それらを安定させ、ロザリオを持つにふさわしい者かを判断するためのものです」

「資格が居るの?」

「はい、悪用されないためなのです」

 確かに、それは重要かもしれない、悪い人が悪いことのためにロザリオを厚志すれば大変なことになる、それならば、ちゃんと持つにふさわしいか、それを決めるのは当たり前のことだ。

「でも、大丈夫ですよ、悪しき者は、私達ココとミミの封印はけっして解けないようになってるんです!」

「じゃぁどういう人なら溶ける封印になってるの?」

「愉快な人です!」

「貴方は私に喧嘩売ってますの?!」

 私はそう言ってココを捕まえたまま、ぐらぐらと揺さぶった。

「じょ、冗談です~、本当は、心の清らかな人にしか封印が解けないようになって居るんです!」

 私はココの言葉を聞いて、捕まえていた手を離し、ココを解放してあげた。

「ふぁ~、目が回ってます~」

「自業自得よ、それで、私は何をすれば良いの、具体的に」

 私はさっさとその試練とやらを終わらせて、平凡な生活に戻りたいと思っていたが、ココの口から出た言葉は私の期待を大いに裏切った。

「それが、私にも何が試練になるかは分からないの、ただ、試練がある時はロザリオが光って、文字が浮かび上がるのよ、それを私が読むの」

「それって、別に精霊じゃなくても読めるんじゃない?」

「いいえ、文字は、精霊文字っていって、かなり特殊なものだから普通の人間には理解することすら出来ないはずよ」

 そんな文字がこの世に存在するのだろうか。

しかし、精霊なんて言うファンタジーかつパラレルワールドが、現在、私の周りに存在している以上、これは信じても良いのではないかとも思うのだが・・・・。

「つまり、すぐに試練は終わりそうにないって事よね・・・・はぁ~、何でこんな事になってしまったのかしら・・・・」

「そんなに心の底から溜息をつく人は1000年渡り歩いて貴方が初めてよ、そんなに嫌なの?」

 嫌だと言うよりかは、どうしてこんな事になったのかと言う方が・・・・まぁいいや、どうせ命に関わるような事は無いはず・・・・多分・・・・。

「ちなみに、命の危険が伴う試練もあるから気を付けてね」

 そう言ってココは私にウィンクして見せた。

 思った矢先に期待を裏切られた・・・・・・最悪だわ・・・・・。

「あら、物騒な話をしているのね、ココちゃん」

 いつどこから現れたのか、瑠璃がいつの間にか私たちの近くに居て、まるで今まで居たかのように話に入ってきた。

 長い付き合いだけどいまだにこの神出鬼没なところに離れない。

「あ、瑠璃だ。どうしたの?」

 どうしたはこっちの台詞よ、と言いたげな表情をしながらココに瑠璃はにじり寄る。

「・・・・ふぅー、でもまぁ・・・・カエちゃんなら大丈夫でしょう」

「そ、そんな分けないじゃない、なんの根拠があってそんなことを言っているのよ」

「ほらほら、そんなに怒ると、可愛い顔が台無しよ。それに、叔父様に気づかれますよ」

 ぅ、それは避けたい。パパは色々と面倒を見たがるうえに、私の嘘をすぐに見破ってくる、。少なくても、あの人ならばココが見えてもおかしくはない。

「カエちゃんのパパさんですか、会ってみたいです、こんなに清らかな子を育てた親ですからさぞ素晴らしいかたなのでしょ!」

 ココが目をランランと輝かせながら瑠璃にお願いをする。

「だ、駄目よ、パパに会ってココが見えたらどうするのよ!」

「良いわ、行きましょう、ココちゃん」

「わぁ~い、やった!」

 私の話を全く無視して話は進み、ココはパパに会えるのがそんなに嬉しいのか、小さな子供のようにはしゃぎまくっていた。

 そして、瑠璃はと言えば笑顔ではあるのだが、長年一緒にいたので分かる、あれは明らかに楽しんでいる目だ。

「ちょっと、そんな事をして、もし見つかりでもしたら」

「大丈夫よ、叔父様ですから」

 なんだろう、確かに私の父は意外と・・・・いや、かなり変わった人ではあるのだが、やはり、色々な意味で危険があるような気がするのは私だけだろうか。

 私がそのような心配をして考え込み、ふと顔を上げるとそこには誰もいなくなっていた。

「ま、まずい、考えてる間に行かれてしまいましたわ!」

 急いで二人の後を私は走って追いかけた。

 それにしても油断も隙もない、急がないといけないが・・・・・なんだろう、すでに大変な事になっていそうなこの予感は。

 私はパパの書斎まで来ると、息を整え、そのドアをノックした。

「はい、誰だね・・・・」

「パパ、私です、華衣利です」

 私はそう言いながらそのドアを開け、中に入ろうとしたのだが、ドアを開けた瞬間に広がっていた世界のせいで、私はその場にとどまってしまった。

 見渡す限りの本、まぁこれは良いのだが、パパの周囲にココが飛んでおり、瑠璃は窓の外で笑いを押し殺している。

 幸いというか、ココはパパの視界に入らないようにその上を飛んでいた。

「?・・・・なんだ、私の顔に何かついておるか?」

「いいえ、何でもありませんわ、それより、こちらに瑠璃、お見えになりませんでしたか?」

 私は話をしながらパパの近くに行き、スキを見てココを捕まえた。

「いや、来ていないが・・・・どうした。私の頭に何かいたか?」

「はい、虫が一匹飛んでいたものですから、それでは私はこれで・・・・」

 私はココを握っている手に少し力を入れながら、部屋を出て行こうとしたのだが。

「ココ君も、また来ると良い、今度はお菓子を用意しておくよ」

 ば、ばれれるじゃない、どうしてよ。

 私は動揺をしながらも、あえて何事もなかったかのようにその場を後にすると、適当な客室に入ってココを怒鳴りつけた。

「どういう事よ、何でよ!」

「いや、そのね、廊下を歩いて、そこのパパさんの部屋に向かっていたときに、偶然前方からパパさんが歩いてきて、普通に私に話しかけてきたのよ、それで・・・・」

 後は聞かなくても私には分かった。

 小さくてふわふわした者が瑠璃の横を飛んでいるのだ、興味を持たないわけがない、パパは面白いことがあると必ず首を突っ込むし、巻き込まれようとする。いわば祭りオタクとでも言えばいいのかしら。

「それで、ちゃんと話はごまかしてくれたのかしら?」

 私は溜息混じりにそう聞いたが。

「全部話しちゃった。そしたらパパさん、喜んでい、たぁわぁ、や、やめでぃ~、気持ち悪くなるぅ」

 私はココを両手でつかむとそのまま左右上下に振り回した。

 この精霊、自分の立場と、事の重要性。何より警戒心というものがまるでなさすぎる。

 あきれを通り越して怒りが頂点に達し、そのあともしばしここを振り回し続けた。



 そのころ懐中時計の所有者となった契はというと。

「どう、私の魅力、分かってもらえたかしら?」

 契は呆然と、その一様美しくはあるが、どう答えたらいいものか悩んでいた。

 そもそも、浮遊する小さな妖精だか精霊だかに魅力を感じるかと言われれば、ごく一部の人はまぁあり得るだろうか、それは世の中の本当にごく一部である、一般人のしかもそう言う特殊な趣味をもっていない契には意味がない。

「いやその・・・・」

 どう答えるべきなのだろうかきめあぐねていると、ミミはとんでもないことを言い出した。

「そんなに萌えない? 分かったは、魔法で大きくなって契を喜ばせてあげる!」

「ちょっと、そんなこと出来るわけが・・・・」

「『我、精霊の名の下に、我が体をかの契約者と同等のものに!』」

 辺りに水色の光が満ちあふれ、視界を遮られた。

 淡い幻想的な風景、まるで深海の底を貫く光の青々とした海を照らし出し、生き物に生を与えるような、そんな力が部屋を包み込んでいき、やがてそれは収束を始めた。

「なんだったんだ」

 ゆっくりと契は視界を取り戻し、その目を開けていくと、そこには、水色のドレスのワンピースを着た髪の長い女の子が立っていた。

「・・・・」

 契は言葉を失い、ただ呆然と、その神秘的な女の子を見ていたが、次の瞬間。

「契、どう!」

「わぁ!」

 女の子は突然、契に向かって飛びついてきた。

 突然のことに足に力を入れることが出来ず、契はそのまま部屋の床に尻餅をついてしまった。

「痛っつ・・・・何する、あ・・・・」

 契は怒鳴りつけようとしたが、目の前にミミの顔があり、その可愛らしい顔を見た瞬間、何を言って良いのか分からなくなってしまった。

「・・・・そんなに見つめられると恥ずかしいわ・・・・」

 ミミは自分で抱きついておきながら、顔を完熟トマトのように赤くして、体をくねらせながら照れていた。

「と、とりあえず退いてもらえる?」

 契がそう言うと、ミミはすぐにその身を引いた。

 契はタイミングを見て部屋の隅に行き、深呼吸をして心臓の鼓動を何とか押さえようとする。

 抱きつかれたぐらいでここまで心臓が乱れるとは情けない、そう契は落ち込んでしまったのだが。

「何をしているの、契?」

「え、わぁ」

 突然背後から契の顔を覗き込んできたミミに、契は驚き、その場に尻餅をついてしまった。

 端から見ていればラブコメに近い展開ではあるのだが、当事者の契としては心休まるひとときではなかった。

「はぁ~、これからこんな事ばかりか・・・・」

 深く溜息をつきながら、契は春の青空を仰ぎ見ながら、もう一人の、ロザリオと契約をした華衣利の事を考えるのだった。

 彼女は大丈夫なのだろうかと。

 しかし、彼にそんな悠長な事を考えてる暇など一瞬で無くなり、考えよりもまず自分のみの降り方を考えるべきだと、心底そう思うのであった。



 休日というのは本当に助かるものだとつくづく思う、親友の契、そして宿敵、瑠璃、この両名と会わなくてすむのだから。

 なぜ会いたくないかと言えば、それは簡単だ。

 ロザリオ、懐中時計、この二つの事についてだ。

全て承知の上でしくんだ自分の筋書き。そのとおりに事が運び、ミミとココの事も無事に契と華衣利ちゃんに渡った。

「はぁ~、しかし、親友と可愛い女の子を騙すのは嫌だね~」

 胸の罪悪感が、未だに消えることなく自分の胸に残っている。

 古より自分の家系が行ってきた、いわば儀式、それは途絶えることなく続いてきてしまった。

 もちろん秀一自身そのような事に興味もなければ、義務だからと、それを果たす義理もなかったのだが。

 お節介、この言葉が適任であろう、そうお節介なのだ、華衣利への。

「ああ、敵に塩を送るってこういう事なんだろうな~」

 そう思う、入学式の終了後、華衣利が囲まれているのを助けようと踏み出そうとしたとき、彼女の身のこなしに圧倒され、いつしか自分で彼女を助けたいな~、などと思ってしまっているうちに騒動は収まってしまった。

 それ以来だろうか、華衣利を見かけるたびに秀一は彼女を目で追うようになっていた。

 そして、噂で聞いてしまった。

自分の親友が華衣利にすかれているのだと言うことを、そこでどういう訳か、お節介を焼いてしまった。

「馬鹿だよな~、でも、精霊に負けてられないな」

 そう思い、秀一は空を仰ぎ見ながら自分に言い聞かせ、歩いていくのだった。



 教会、そこは神に祈りを捧げ、神を崇め奉る神聖な空間にして、人が己の罪をくいいる場所でもある。

 シリアはそこでシスターをしており、神に祈りを捧げていた。

 何をそんなに祈るの、何故、そこまでして神に仕えるの? その問いを幼い頃シリアは自分の母に問いかけていた。

「ママはね、昔、自分のお母さんにも同じ事を聞いたことがあるわ、お母さんはこう答えたわ『その答えを探すために神様に祈りを捧げているのよ』って、私もね、その答えを今探しているのよ」

 幼き日、そう答えてくれたママの言葉、それはとても暖かく、そして柔らかなものだった。

 そして、今ならばその意味が分かる、分からない答えを探して祈りを捧げ、自分なりの答えを見つけると言うことが。

「神よ、私は・・・・」

 床に膝を着き、祈りを捧げる。

 もう何年だろうこの行動・・・・そう考えながらふとある女の子の顔が浮かんだ。

 浅川 瑠璃、彼女に会って、私の周囲の環境は一瞬にして変わり、私は戸惑っていた。

 クラスでは引っ込み思案で、友達、と呼べる人は居なかった。自分から作ろう、などという単純なことも思い浮かばず、ただゆっくりと一人で過ごしていることが多かった。

 でも、どうしてかな、彼女と会ってから私はおかしい、そう思えるぐらいに胸は高鳴り、時に締め付けられ、と言う現象が起きていた。病気なのかもしれない、そう思う、でも健康そのものなのになんの病気なのかしら、そう思い今日も神に祈りを捧げる。

「私、なんだかおかしい・・・・」

 だが、その問いに答えてくれる者はおらず、ただ静かに教会の時は流れていったのだった。



 庭の掃除、それが終われば今日のメイドの仕事は終わりだ。

 そう思いながら瑠璃は黙々と掃除をし、庭を綺麗にしていく、とは言っても現在の北条家の敷地はさして広いわけではないため、掃除もそう時間が掛からないだろう。あくまでの上流階級の方のお屋敷と比較しての話ではあるけど。

 ふと思い出す奴の顔、忌々しい。

 奴、松本 秀一に会ったのは今からちょうど一年前辺りだろうか、去年の夏に入る手前だと思う。

 当時、学校の情報収集をしていた私は、その過程でちょくちょく邪魔をしてくる人物と出くわしてしまった。

 けちの付け初め、と言っていいのかは疑問ではあるが、あれは些細なことだった。

 体育教師のセクハラ疑惑、それについての調査中、その過程でどういう訳か、彼が邪魔に、いや、正確に言えば協力してくれたのだが・・・・しかし、プロである私を差し置いてそのようなお節介は不要である。

 調査のかいもあり、体育教師はその日のうちに懲戒免職処分となったのが。

「やっぱり納得できない」

 何が、と言われかねないが、それでも納得は出来なかった。

 たしかに、教師は懲戒免職、事件としても解決を見て私の仕事も順調に進んだ、だが自分ひとりの力で成し遂げた、とは言いがたい結果に私は納得ができないで居た。

 もちろん、一人でちゃんと調査士終わりを迎えられるはずだったが、助けられた、その事実だけで納得できないものへと変わっていたのは、彼女としてもなんとも言えない心境だのだろう。

 それ以来だろうか、ことある事に彼は私に情報を流してくるのだ。もちろん彼より先に情報を手に入れようと必死になる、なんというか負けた気がするのだ、先に情報を言われると。

 下らないこと、それは分かってはいるのだが、体がどうしても拒絶してしまう、それと同時に、彼の事を知らないうちに目で追ってしまう、もちろん忌々しいと自分には言い聞かせているが、体が反応するのだ。

「恋・・・・いやいや、あり得ない、あってほしくないわ」

 何考えているんだろう私は、そう思う、そう思うと同時に、溜息が出た。

 何故こんなに胸焼けのような感じがするのか、そして何故、顔が微妙に火照り出すのか。

きっとイライラして体が火照っているせいだ、などと自分で自分に言い聞かせながら、青々と茂る草木を見てまた溜息をつくのだった。



 一夜明け、月曜日 早朝7時、華衣利はココの第一声で目を覚ました。

「おはよう、カエちゃん。今日も良い天気だね」

「ココが居ると見えないわよ」

 ココは私の視界を遮るようにして目の前にいるので、起き抜けの朦朧とした視界では天気なんて分からない、まして視界を遮られているのだから当然である。

 ココは、私にそう言われてその場から退く。

 確かに良い天気だ、こんな小春日折りなら布団を干せば、さぞ気持ちが良いのだろうな、などと頭で考えつつ、ベットから抜け出し、パジャマを脱いで制服に着替える。

 鏡の前に行き髪をとかして寝癖を整え、少し化粧を薄くして首からロザリオをかけて部屋を出た。

「早いね」

「何がよ?」

「着替えと学校へ行く用意」

 ココが感心してそう言ってくるが、それは別にたいしたことではない、と言うよりも朝、これだけ手早く支度をすませないといけないのには理由があった。

「ココ、ロザリオに戻っていたほうが安全よ、そろそろ危険だから」

「危険、別になんにも危険はないよ」

 確かに、ココの言うとうり、この廊下はなんの変哲もない普通の廊下に見える。

 そう、見えるだけである。

 何かが不意に飛んできたので、私はいつものようにしゃがみ込むと、その上を無数の何かが飛んでいくと同時に。

「きゃぁ、え、なんなの!」

 と言う悲鳴が頭上から聞こえてきた。

 忘れてた。ココが居ることをと思い、上を見ると、そこでは飛んでくる矢を必死で避けるココが泣きそうな顔で、必死に避けていた。

 ああ、だから言ったのに。

 ここ北条家の朝はこのトラップから始まり、いくつか進まないと、食堂に行けないようになっている。

 何でこんな命がけの事を朝からしなければならないかというと、原因はパパである。

 彼は、北神一刀流の剣豪で、まぁ言ってしまえば、剣術家系の生まれなのだが、それを娘である私に継がせる気らしい、そのためかどいうかは定かではないが、幼少時代は剣の稽古に明け暮れていたのだが、最近、私が剣の稽古をしないものだから、無理矢理に稽古を付けさせようと、朝の7時から30分間、このフロア一帯にトラップを仕掛けが作動するように細工をしているのだ。

もちろん何度かメイドの子達が危ない目にあったが、それはもう仕方がないとしか言いようがない、それに、その程度の事であのパパが仕掛けを解くわけもなかったのだった。

なら、時間をずらして食堂に行けば良いのではないか、という事ももちろん考えたが、どうもその考えは見抜かれているらしく、必ずトラップが発動するように仕掛けをするのだ。

最近は私にしか反応しないように仕掛けているらしいが、どうやっているのかしら。

「ココ、大丈夫?」

「し、死にますわよ~、なんなんですかいったい・・・・」

 あー、答えずらいわ、非常に、それにしても精霊でも死んだりするのかしら、などとのんびり構えていると、今度は左右から槍が出来てきた。

「おっと・・・・、ココ、早く、戻ったほうが・・・・よっ」

 槍による猛攻を避けつつ言うのだが。

「え、わぁ、ひぁぁ!」

 どうやらそんな余裕は無いらしく、完全に巻き添えになっている。

 私はとっさにココちゃんをつかむと、スカートのポケットへとココちゃんをねじ込んだ。

少し強引かとも思ったのだが、まぁ、仕方がないので我慢してもらう。

 その後もかなりエキサイティングだった。

丸太が丸ごと襲ってきたり、竹槍だったり、いしつぶて、だったり、まぁよくもそんなに浮かぶものだと感心してしまう。

 トラップの嵐を切り抜けること30分、ようやくそれも終わり、食堂へとたどり着いた。

「おはよう、カエちゃん! あれ、ココちゃんは?」

 食堂に入るなり瑠璃が元気よく挨拶してきたが、ココの事に気が付き、そう訪ねてきた。

 私も思い出してポケットの中に手を入れてココを出すと、完全に目を回していた。

 いくらポケットの中が安全とはいえ、やはりあれだけ激しく動けば仕方がないのかもしれない。

「あらあら、カエちゃん今日はずいぶん凄かったのかな?」

「いや、量が多かったっていえばいいのかしら。いったい何時仕掛けてるんだか、しかも念入りになってくし・・・・」

 私は溜息をつきながら席に着き、ココをテーブルの上に寝かせる。

「ぅ・・・・美味しそうなひよい・・・・」

 よろよろとココは立ち上がり、呂律の回らない口調で視線が定まらないので、私は指で体を支えてやり言った。

「大丈夫なの、ほら」

「あ、あり、がとう・・・・ふぃ~、何とか」

「ココちゃんの分はそこに用意させておいたから、そちらで食べてね」

 瑠璃はそう言うとテーブルの一角をさした、確かにそこには小さなお皿などにココが食べやすい用に食事が並べられていたが、どうやってあんなに小さい物・・・・。

「私が作ったのよ、カエちゃん!」

 顔に出ていたらしく、瑠璃がそう答えた。まぁ、そうだよね、ココが居ることは私達にしか見えないみたいだし。

 朝食をゆっくりと済ませ、食後の紅茶を一杯頂くと良い時間になっていた。

「行こうか瑠璃、ココ」

「ええ、そうね、今日こそ秀一を負かすわ!」

「はい、行きましょう!」

 私達は立ち上がり玄関へと行くと、靴に履き替え、外に出る。

 今日はすがすがしく気持ちの良い朝だ、こんな日は何か良いことが起こるかもしれない、そう期待に胸を膨らませながら通学路に出る。

 私達の家、北条家から学校まではやく20分程度、歩くには良い感じの距離である。

 通学路は人でにぎわい、通勤途中の会社員やおOLなど、様々な人たちが行き交っていく。

 そんな中を私達2人と1匹? 表現としてあっているのかは疑問ではあるが、とりあえず、私達は賑やかに話をしながら登校をしていると、角から契君と見知らぬ女性が現れた。誰あの人?

「カエちゃん、ライバル登場かな?」

「な、ななななな、何言い出すのよ、べ、べべ別に私契くんのことは・・・・」

 瑠璃の言葉に私は思いっきり動揺してしまった。

 そもそも、この気持ちが好きの、どのレベルなのかも分からないのに、そんなライバルなんて・・・・でも、なぜだろう、微妙にもやもやする・・・・。

「ああ、ミミ何してるのよ!」

 突然、私の耳元から怒りの声が聞こえた。

 ココは素早く動くと、契君の横の女性に向かって罵声を浴びせていた。

どうも女性はココの声が聞こえ、姿も見えるらしく、耳を両手で塞ぎながらうるさそうにしていた。

「ココうるさいわ、そんなにわめかなくても聞こえてる、大丈夫よ、契約者の生命活動に支障がないように魔力の分量は制御してるし、それに、契って意外に持ってるみたいだから」

「そう言う問題じゃない!」

「何をそんなに怒ってるのよココ、契君おはよう」

「おはよう北条さん、ココちゃんどういう事?」

 私は契君の元まで行くと、手早く挨拶をすませ、ココに説明を仰ぐと、ココはかなりご立腹のようで、頬をたこの頭のようにまるまると膨らませながら説明をしだした。

「魔力っていうのは人の生態エネルギーなの、つまり魔力を多く使えば生命活動に直結されて、具合が悪くなったり、もしくは疲れやすくなるのよ。もちろん寝たり、栄養を補給したりすればそれが直接魔力になるんだけど・・・・どうして私が我慢してるのにミミだけ、ずるい!」

 ああ、最後だけは本音ね、つまり怒っていたのは契約者に対する気遣いじゃなくて、ただ単に自分よりも先にその姿(人と同じ姿)になっていることが問題な訳ね・・・・感心して存して存した気分よ。

「なら、ココも華衣利ちゃんの魔力を使えばいいじゃない、簡単な事よ」

 あっさりとそんな事を言ってくるミミに、ココは困った顔をしていた。

「ミミちゃん、契君にちゃんと許可して貰って魔力って言うの、使ってるの?」

 そこで今まで話を聞くだけだった瑠璃が、ピンポイントの質問をすると、ミミはたじろぎ身を引き、二・三歩後ろに下がった、どうやら許可は取っていないらしい。

「契君、そこんところどうなの? ほら、こっちもココの事があるし、はっきり答えてあげて、じゃないとココが可哀想だし」

「カエちゃん・・・・」

 私の隣でココが、感動的な声をあげながら私に視線を向けているのが分かるが、それをあえて気にしないようにしながら、私は契君に聞くと、その横では居心地悪そうにミミが目を左右にさまよわせていた。

「あー、いきなりというか、許可とか、そういうのは・・・・、それに魔力の事も知らなかったし・・・・」

 ミミをちらちらと伺い見ながら、契君はじつに答えずらそうにそう言った。

 契君の答えを聞いたココはと言えば、ミミを無言で睨み付けていた。どうやら完全に怒ってしまったらしい。

「ミミ、戻りなさい・・・・」

「・・・・分かったわ・・・・えい!」

 ココにそう言われ、渋々ミミはそう言うと、掛け声とともに一瞬にして手のひらサイズに戻ったのだった。

 それにしても、なんかこんなに小さいのに、もの凄い威圧感があるのは、なんだろう、年の功、と言う奴なのかしら。

「ねぇ、カエちゃん、ココちゃん、怖くない?」

 私はそう聞いてくる瑠璃に無言で頷きながら、契君に視線を向けると、彼は穏やかな顔でミミとココのやり取りを聞いていた。

 そんな、朝の通学路の出来事を微笑ましく思いながら、私は楽しさをかみしめながら学校へと向かった。



 教室に入ると、私はうんざりした。

 まぁ、なんというか、ここまで来ると感心してしまう、何がそこまで気に入らないのかも含めて、一度聞いてみたくなるぐらいだが、この手のことはたいてい、ただ気に入らないという、理不尽きわまりないものである、それ以外の答えはなく、ああ、大人の汚さとか理不尽さというのは、こうやって築かれていくのだと痛感してしまう。

 本当に、頭が痛い・・・・。

「今日こそ、その偉そうな態度を改めさせてもらうからな、北条!」

「女の子が汚い言葉を使ってると、両親が悲しみますよ・・・・」

 私は心底呆れながらも、丁寧にそう言ってあげたのだが。

 事態は落ち着くどころか悪化したのでした。

 人ごとのようにしていたいが、矛先が私である以上、人ごとではなく自分事である。

「あ、胸元に入れてあるロザリオが反応を」

 ココのそんな声が聞こえたので、私はとっさにロザリオに目を向けると、ロザリオは、光を放ち、次の瞬間、私の周囲を回るようにして文字が現れた。

「コ、ココ、これはいったい何?」

「試練です、試練の内容が出たんです」

 そう言われても私はここに書かれている文字など読めない、そもそも、英語ですらないのだ、読めるわけがない。

「えーと、内容によると、そこの女の子の孤独を解決せよ、だって、どういう事かな?」

 ココは心底不思議そうな顔をしていた。

 確かに、ココの言うことも分かる、内容の意図が全くつかめない、そもそも、この子には遠巻きがいっぱいるし、現に今、私は囲まれているのだが。

「ココちゃん、それってかなり現在の状況と一致しないわね、それに・・・・懐中時計の方は何ともないですけど?」

 確かに瑠璃の言うとうり、契君の懐中時計はなんの反応も見せてはいなかった。

 しかし、この状況、どうしたものかしら、朝から面倒事は嫌なんだけど・・・・。

 そう思って辺りを見渡すが、何故かいつもの神凪以外は乗り気ではないように見える・・・・乗り気ではない、と言うことは・・・・。

 考えてみる、そもそも何故彼女は私が気に入らないのか、財閥のお嬢様だから、まぁそれは入学式の時、適当に自分の地位を築くために弱そうなのを選んだとかそんなところだろうが、問題はそこではない、だとすると、倒されたことに腹が立っている。これも何か違う気がする。

「カエちゃん、そんなに真剣に悩んでるけど、大丈夫? 本気は出しちゃ駄目よ」

 瑠璃のそんな声が聞こえてくるが、はて、本当に何が原因なんだろう。

「良し分かったわ、一対一で勝負しましょう、今からグランドで」

 なんだか考えているのがややこしくなり、私はスポーツマンシップ的なノリで言うが。

「そんなこと聞くと思ってるの、今の状況だと貴方は不利で、私に勝て・・・・」

「お嬢様、本気出してみますか?」

「へ、る、瑠璃さん、何を言うのかしら、そんなことをしたら」

「いいえ、少し痛い思いをするのがよろしいかと」

 にっこりと笑顔を作って私に微笑みかけてくる瑠璃だが、目が怒りに染まっており、今にも、さらりと一撃を与えかねない状態だった。

 この状態の瑠璃を見るのは私も久しぶりである、小学生の時以来だろうか、などとのんきに構えている場合ではない。

「契君、ココとミミちゃんを連れて下がってくれるかしら、危険だから」

 私はそう言うと、ココを掴み、そのまま少し乱暴かとも思ったが、契君に向かって投げると瑠璃がキレて、取り返しが付かなくなる前にかたづけるため、その場から一歩で神凪さんの懐に入ろうとしたのだが、まぁ、分かりやすいことに、どういう訳かそこに道が出来て、スムーズに神凪さんの懐にはいると、拳で一撃を腹部に一発入れたのだが。

「・・・・おりゃ!」

 そんな掛け声とともに、蹴り飛ばされ、私は机を倒しながら、床に転がった。

「いたたた、鉄板か何かお腹に入れてるわね・・・・」

 先ほど腹部に一撃を入れたときアルミを殴ったような、そんな感覚が手に響いてきた。

「カエちゃん、大丈夫?」

 慌てて瑠璃が私の元にやってきたので、私は大丈夫と答え立ち上がった。

「ふぅ~、不況ですよ神凪さん、これでは・・・・る、瑠璃さん、まって、ここは教室だからね、いくらなんでも一般人に・・・・ちょっ」

 言っているそばから瑠璃の姿が消えると、先ほどと同じ形で懐まで神凪さんは迫られていたが、彼女は避けることはせず、にんまりと笑っていたのだが。

「避けて、危険よ!」

 私はとっさに大声で叫んだのだが。

「天血(てんち)両荘波(りょうしょうは)!」

 両手の甲で押し出すように腹部の所に手を当てた瞬間だった。すると、神凪さんの体がふわりと風船のように浮いたかと思うと、黒板まで飛ばされ、そのまま叩き付けられた。

「ちょっと瑠璃、いくら何でも素人に本気出したりしたら!」

 私は我に返ると、さらに追い打ちを掛けようとする瑠璃を、近くにあった竹刀で止めに入ったのだが。

「・・・・はぁ!」

 瑠璃は完全に頭に血が上っているらしく、正拳突きを放ってきたので私はとっさに竹刀でガードするも、踏み込みがしっかりしていた瑠璃に対して、私はとっさだったため、足下が安定しておらず、そのまま簡単に吹っ飛ばされ、教室のドアをぶち破って廊下に出てしまった。

「きゃぁぁぁ」

 それとほぼ同時に、生徒達の悲鳴が教室と廊下に響き渡り、一時的にパニック状態が起きてしまった。

 それにしても珍しいと私は思った。瑠璃はたまに怒ったりはするのだが、見境が無くなるほどのことはまず無い、よほどのことがない限りそれはありえないはずだった。

 そもそも、太極拳や、それらの戦闘などの身のこなしや小武術などというものを、私達二人は幼少の頃より習ってきていた。

 その際、素人にはけっして本気を出してはならないと、技を教えてくれた方々は口を揃えて言ったのだったが。

「これ以上の侮辱は私が許しません・・・・」

「そんな脅しが通じるとでも思って・・・・」

 いるのか、そう言いたかったのでしょうが、瑠璃が蹴り飛ばした机は軽々と吹っ飛び、外の窓へ向け放たれ、甲高い音ともにガラスが砕け散る音が聞こえた。

「まずいわ・・・・ココ、パパに連絡して許可を、私は今の状態で瑠璃を止めてみる」

「きょ、許可ってなんの許可なのカエちゃん!」

 ココに携帯を投げつけると、私は答えることなくその場を後にし、教室の中に戻ると、取り巻いていた女の子達は腰を抜かして、その場にしゃがみ込んでいた。

「大丈夫?」

「そ、それよりあれを止めて」

 私は座り込んでいた一人に話し掛け、そう問いかけたのだが、彼女は、がたがたと体を震わせながら瑠璃の方を見てそう言った。

 まぁ、確かにこれが正常な反応だと私も思う、本来、私と瑠璃が喧嘩を仕掛けてこられても、多少相手より強いように見せる、と言う努力の末、普通に相手を倒すのがお約束であり、それは暗黙の了解とも言える行為だったのだが。

 こうも派手に暴れてしまえば怖がられるのも無理はない、普通の学生ならば退学処分が怖くてここまでのことをする者も居ないだろう、もちろん、今の瑠璃に退学処分なんて心配をしているようにはとうてい思えない、どちらかと言えば、目の前の敵を排除することを最優先として動く、いわば機械みたいなものかもしれない。まぁ、メイドの鏡とも言えなくもないが、そこら辺はどうなんだろう。

「それで、どうすれば浅川さんは止まるの?」

「そうね~、やっぱり私が気絶させるしかないか・・・・って、契君、何でここにいるの、危ないわよ!」

「いや、それが・・・・」

 契君が言葉に詰まり、言いよどんだところでミミを見る。

「契の試練だ。あの者を止めよとのことらしいのだが・・・・大丈夫だと思うか?」

 はっきり言って無茶としか言いようがないと思う。

 瑠璃が今使っている武術は殺人的な技もいくつかあり、武道の心得もない素人が相手にするには明らかに危険だ。まして、瑠璃は頭に血が上っているため見境が無くなりかけている、私ですら危険を感じるというのに、素人である契君には危険すぎる行為なのは明らかです。

「駄目よそんなことは。私が何とかするから契君は下がってて。本当に危険なのよ」

 そうこうしているうちに、瑠璃が神凪さんにもう一撃加えようとしていた。

 まずい、あのままじゃ直撃。

 私は呆然としている神凪さんに向かって跳躍し、間一髪のところで瑠璃の打撃をかわすことが出来た。

「だ、大丈夫?」

「な、なんで、なんであたしなんか助けるのよ、あんなに貴方のことを目の敵にして、あげくに・・・・」

 神凪さんが私に、そうまくし立てようとしたが、私は人差し指を彼女の唇に当てて、その言葉を遮り、何も言わずにウインクした。

 これで少しでも伝わればいい、そう思う、困っているときに、敵とか仲間とか、そう言うのは関係なくて、ただそう、助けたいそれだけなのだと。

「ココ、まだなの・・・・」

「華衣利様、退いてください。今の貴方では私は止められません、いくら貴方の頼みでも、ここまで貴方を愚弄した者には、私からの制裁加えるほかにありません」

「私のことは良いのよ、それより、ここで本気なんて出したりしたら・・・・」

「かまいません」

 全く聞く耳をもってくれない・・・・久しぶりに瑠璃と本気で手合わせという形になるかもしれないわ。

 そう私は思ったのだが、契君の試練の内容が瑠璃を止めること、となっている以上、どう対処すればいいのか迷っていると、私の横に契君が竹刀を持って立っていた。

「ちょ、ちょっと、契君、竹刀なんて持ってどうするのよ!?」

「止める、止めてみる」

「無理よ、素人にどうにかできるレベルの話じゃないのよ・・・・・・・ココ、ミミ、二人とも止めて!」

 私は瑠璃に注意をしながら、ココとミミを見ながらそう言うのだが、彼女たちは真剣な顔でそれを否定し言った。

「私達は精霊であり、契約者の意志を尊重するも」

「だから、本人が拒否をしないかぎり、私達は主に仕え、主とともに試練を乗り越える」

「「故に私達は、主の心の形なり」」

 二人の声が耳に届く、その響きは四重奏を奏でているような音があり、耳元に心地よく響きそしてとけ込んでいった。

 そのおかげなのか、私はその言葉を納得するしかなかった。

 つまり、彼女たちの意志は、私達の意志でもある。だとするならば契君がここに居るのも、そしてミミが止めに入らないのも、契君の意志が強くあり、瑠璃を止めたいと思っているからなのだと、そう言うことでもあった。

「いくら華衣利様の好いている殿方でも、私、今回の件は手を抜けません、邪魔をするのでしたらお覚悟を・・・・」

「浅川さん、気持ちは分かる、でも、それで神凪さんを傷つけたら、浅川さんも彼女達と同じじゃないか。お願いだ、こんな事はもう止めてく、ぐぁ!」

「契君!」

 一瞬の出来事だった。

説得していた契君に、瑠璃は一瞬の隙を見て溝に一撃を入れたのだ。

「ココ、お父様はなんて?」

「・・・・それが・・・・『なに、たまには喧嘩をするのも良いことだ、思う存分やるように』って言ってたんだけど・・・・」

 ああ、そうでしたね、聞くまでもないわね、私のパパってこういう問題事大好きだものね、聞いた私がお馬鹿でしたわ。

「がぁ、げほ、げほ、はぁはぁ」

「契さん、もうお下がりください、貴方では私にはかて・・・・お嬢様、邪魔をするのですか?」

 私は竹刀を瑠璃に向かって振り下ろすと、彼女は素早く契君の元から下がり、私と間合いをとりました。

「どうして、どうしてあなた達はそこまでしてあたしを!?」

「・・・・」

 そうね、確かに、そうは思うのよ神凪さん、でも、人って理屈じゃ動かないのよ。

「お嬢様、また悪い癖ですか?」

「ほっといてちょうだい。契君、立てる?」

「ああ、なんとか・・・・」

「これは驚きです、私、気絶させるつもりで打ち込んだはずなのですが」

 確かに、それについては私も少々驚いていた。

 完全に捕らえていた一撃で、踏み込みも完璧と言って良かった。にもかかわらず契君はその一撃を耐え抜いたのだ。

「だ、大丈夫、ではないけど・・・・なんとか・・・・」

 息も絶え絶えと言える状態、それでも立ち上がり、瑠璃を見ながら再度説得を始めた。

「こんな、こんな事をしても、誰も喜ばない」

「確かに、でもね、そこの女だけは許せないのよ、人のことを愚弄し蔑み、意味もなく罵る、そんなひん曲がった根性をしている人、私、嫌いなのよ、だから!」

 そう言って再度瑠璃は踏み込んできたが、不意にそこに人影が現れ、瑠璃を突き飛ばした。

「浅川、お前またか・・・・はぁ、情報操作する身にもなれよ」

 そこに立っていた人物に私と契君は驚いた。そこには、契君の友達の秀一が立って居たのだ。

「また貴方なの、毎度毎度、邪魔しないで」

「いい加減にしなよ、駄々こねるのも」

 そう言って秀一は瑠璃に歩み寄ると、瑠璃に手をさしのべて起きあがらせようとした。

 瑠璃はと言えば、それに嫌々ながらも従い、その手を取って立ち上がったのだが、その顔には先ほどのような殺気に満ちたものはなく、なんだかふてくされていた。

 私と契君、それから神凪さんは唖然としながらその光景を見ていた。

 何これ、つまりどういう事? どうして瑠璃おとなしくなったの? 分けが分からないわ誰か教えて! 

「み、皆さん大丈夫ですか?」

 そこにさらにもう一人、今度は小さな女の子が割って入ってきた。

「シリアちゃん?」

 どうして、と言葉を掛けようとしたとき、彼女は秀一を見ていた。どうやら彼女が秀一を連れてきたらしい。

「ど、どうして邪魔するの!」

「あほ、ここは学校だ、あまり派手な事をすると収集がつかなくなる、やるなら校外でやれ」

 いや、秀一君、その説得の仕方も間違ってるから。

 私はそう思ったが、あえて何も言わなかった。それよりも。

「神凪さん、立てる?」

 私は敵であった彼女にそう言って手を差し伸べたのだが。

「・・・・」

 彼女は私の手を払いのけ、その場から立ち上がり、そのまま、どこかへと行ってしまった。

 この日、彼女は教室に戻ってくる事はなく、騒ぎも無事に収まり、何とかなったのだった。



「ひゅふぅ~、疲れたわ、今日は」

 私は席に着くと一息。

「そうですね、色々ありましたし」

 続いてシリアがくたびれた感じでそういい。

「私は納得できない!」

 一人納得できずに瑠璃が少しむくれていた。

「これって何?」

 放課後、私達はいつものように、トクドルバーガーの2階の席を陣取って話をしていた。

 私はオレンジジュースを一口飲みながら、テーブルに肘を突き溜息を吐いた。

 シリアちゃんも、心なしか疲れた感じがにじみ出ており、苦笑いを浮かべている。

 瑠璃はと言えば、どうしてか今日の一件が納得できないらしく、頬を膨らませてそんな事を言っていた。

 ココはと言えば、ポテトをつかんで不思議そうにしているので、私はポテトをつまみ上げ、それを口に運んだ。

「ココ、これはこうやって食べるものよ」

 ココの問いに答えながら瑠璃を見ると、彼女はまだ怒っているのか、頬が少し膨らんでいた。

「そういえば、シリアちゃん、どうして秀一君連れてきたの?」

 そう、微妙にそれが気になっていた。

 だいたい、瑠璃がああなると手は付けられないのに、それにもかかわらず秀一君は一発で瑠璃の暴走を止めた。もしかして、シリアちゃん何か知ってるのかしら?

「あ、えっと、それは、いつも瑠璃ちゃんが秀一君の話をしているから、もしかしたら助けてくれるかもって・・・・」

「し、シリアちゃん、ど、どうしてあいつに助けを求めるの、間違ってるわ!」

「いや、多分正解ね」

「か、カエちゃんまで何を言い出すの。不正解、大間違い!」

 私はシリアちゃんの答えに同意した。

それにしても鋭い、シリアちゃんナイスよ、などと思いながらそう言うと、彼女は頬を少し赤らめ可愛く恥じらいを見せた。

 そんな中、張本人はわめき散らしながら顔を真っ赤にしていた。

 瑠璃、そんなにムキになって、顔を完熟したリンゴのように赤くしてわめき散らしていたらお客に迷惑よ、それに、それではまるで秀一君が大好きです、と自分で白状しているようなものよ。

「な、なにカエちゃん・・・・」

「べっつに~、なんでもないわよ。ただ、瑠璃は素直で可愛いな~、っと思って」

「目に書いてあります、瑠璃ちゃんは秀一さんのことが好きなんじゃないかって」

 シリアちゃんそれは言っちゃ駄目よ、と思って彼女の方を見ようとしたが、それよりも瑠璃の反応が異常なまでにあったので、私としてはそちらを見ている方が楽しいと思い、私は瑠璃を見ると、彼女は口を魚のように開けたり閉めたりしており。顔は今にも噴火しそうなほど赤く染まっていた。

 今まで一度も見たこともない瑠璃の戸惑いかたに、私は微笑ましさと、胸に暖かさを覚えたのだった。

「だ、大丈夫ですか瑠璃、お顔が真っ赤に、きゅぁぁ!」

「ココちゃん、私と今夜お話ししましょうか?」

「いや、た、助けてカエちゃん!」

 ココの一言に多少怒りを感じたのか、それとも八つ当たりなのか、それは定かではないのだが、瑠璃はココを捕まえ、そんなことを言ったのだが威圧感を覚えたのか、ココはすぐさまその場から逃走しようとするが、それを瑠璃は手で追っかけ回していた。

「ほら、瑠璃、みっともないわ、そのぐらいにしなさいよ」

「ぅうう」

 納得できない、と言う顔をしながらも、瑠璃はその行動を止め、私を見ながらふくれっ面になった。

 シリアちゃんはと言えばどうすればいいのか分からず、やはり、おろおろしていた。

「そういえばココ、試練ってどうなってるの? 完遂できた?」

「まだみたい、試練が完了すると、このロザリオ、この部分が淡い光を放つようになるから、分かると思うの」

 そう言って指さしたのは、ロザリオの鎖じょうに埋め込まれている丸い宝石の部分だった。

 このロザリオには、透明の宝石が鎖でつながりそれが4つあり、最後に中心のロザリオへと繋がる部分に4つとは異なり、それは一回りほど大きかった。どうやらそれが光るらしいのですが、いまいちぴんとこない。

「ミミの方もまだ完遂出来てないみたいだから、焦ること無いよ、カエちゃん」

 ココがそう言うのでひとまず安心したのだが、そこで疑問が浮かんできた。

「ココ、確か契君の試練って、瑠璃を止めろ、だったわよね?」

「な、なによ、それ、私が何をしたって言うの!?」

「あ、暴れてました・・・・」

 テーブルを叩き付け、今にも迫ってきそうな勢いでそう言った瑠璃だったが、シリアちゃんがすかさず突っ込みを入れたおかげで、瑠璃はそのまま恥ずかしそうにその場に腰を下ろした。

「その事なんだけど、何故まだ継続されてるのよ、瑠璃はもう暴れてないのに」

 ポテトをもぐもぐ食べているココにそう聞くと、彼女は顔にポテトの破片を付けながら顔を上げて私の方を見た。

「ほら、口に付いてるわ」

 私はそう言って、スカートの中からハンカチを出してココの口を拭ってから、ここに聞いた。

「ココ、これっていったいどういう事なの?」

「うんー、外面的要因でないと言うことは、内面的要因? と言うことになるんだけど、その場合、問題は本人にしか分からないんだけど、こういうのは・・・・なに、みんなして私を見て、私何か変なこと言った?」

 あまりにも眈々と、普段のココが見せないような知的で饒舌な話し方だったため、私達は唖然としながらココを見ていた。

 今日初めて、ココがロザリオの精霊であると言うことを納得したのは、私だけではないのだろう、現に目の前にいる二人も目を見開いて驚いた顔をしている。

「わ、私、心当たり無いわよ」

 慌てながらそう言う瑠璃だが、私としても内面的な問題よ。などと言われてしまっては迂闊に訪ねることも出来ない。

「そうそう、これはね契君の試練だから、部外者が解決してしまうと他の試練をまた、ってことになるから、くれぐれもそこは注意してね、カエちゃん」

 まるで心を読まれているかのような言い回しに、私は正直戸惑いつつも、やっぱりそうなのかと再認識した。

「そういえば華衣利さん、試練って華衣利さんもですよね。もう達成できたんですか?」

 シリアちゃんがそう言って私を不思議そうに見てきた。

正直そんな目で見ないで欲しい、私がまるで凄い人みたいな。

「いや、それが・・・・」

「今日、瑠璃が暴れていたのは、カエちゃんの試練と少し関係があるのかな」

「どういう事ですか?」

 私が言いよどむと、ココがシリアちゃんに説明をしだしたので、私は何も言わずに聞いていることにした。

「カエちゃんの試練って言うのは、あの神凪さんの孤独を解決せよ、っていう試練なんだけど・・・・分からないの、どうしてそんな試練が出てきたのか、でも、たぶんだけど、これも外面的な何かではなく、内面的な何かと言う事なのかもしれない」

 ココがシリアちゃんに語る中、私もそれは考えていたし、あることが頭によぎった。

 私を囲んでいた女子生徒達、その誰もが乗り気ではなく、何故か神凪さんをうんざりした目で見ている者も居た。

考え過ぎかと、そうは思うものの、そのことがどうしても頭から離れなかったが。

 その後、話が別の方向に向かい、その話について考えることがなかった。

 この時、ちゃんと考えていればと、私は後々になって後悔することになるとも知らずに。



 いつものようにトクドルバーガーで話を終え、帰宅に着くと、すぐに瑠璃はメイドの仕事に戻り、私もさしてやることがなかったので、いつものように本のいっぱいある、通称、本部屋庫という本しか置いていない部屋へと向かった。

「わぁ、凄いね、こんなに本があるの、初めて見た!」

「ここは本の部屋、通称リアンと私とお父様、瑠璃は言ってるわ、リアンには世界中のあらゆる文献や資料、それ以外の本や雑誌などもあるわ、ほとんどお父様の趣味だけど」

 私はココに説明をしていると、一人の幼いまだ10歳ぐらい女の子が本棚の隙間からその小さな体を表し、私の方に向かってきた。

「こんにちはリリスちゃん」

「はい、ご無沙汰しております華衣利さん、そちらの方は?」

 リリスちゃんが私の横で浮遊するココを見ながらそう聞いてきたので、私は少し慌てた。

普通の人には見えない、そう言っていたのに、お父様、瑠璃、シリアちゃんに続いてリリスちゃんまでもがココが見える、と言うことは、もしかしたら普通の人にも見えているのでは、と言う心配が浮上してきたが。

「あ、いえ、私は例外です。魔術師としての力の一端がこの子をみせている、えーとつまり、魔眼です」

 言っていることが半分以上理解できないが、リリスちゃんならばあるいは、と言うこともあった。

 過去、彼女は幾多の奇跡や自称などを起こし、何かしら普通の技術とは異なった物を作り出すと言うことをすることが出来、現在大学にも通っている天才少女である。

 私のお父様が彼女をどこかから引き取り、彼女の母親達ではとても通わせられない大学へと通わす、と言う事で一時的に彼女を預かったのが2年前だが、今では立派な家族の一員となっている。まぁ、本当の理由は知らないのだけど。

「この子はココっていって・・・・」

「精霊ですね、微弱だけど魔力が見て取れます。本体はそれでしょうか?」

 私が説明する前にリリスちゃんは、そう言ってココの正体を見抜いただけではなく、その本体であるロザリオにも気が付いて、胸元を指差した。

「か、カエちゃん、この子なに、どうしてそんなことまで分かるの?!」

 驚くのも無理はないかもしれない、ここまで正確に言い当てられてしまえば普通は驚くものだ。

「申し遅れました可愛い精霊さん、私、リリスと申します、よろしくお願いしますね」

 元気よく年相応に挨拶と笑顔を振りまくリリスちゃん、こうしてると年下の可愛い子なのだが、やはり頭のできが違うため、たまに勉強なども教えて貰うことがある、そこが何とも情けないというか。

 などと考え込んでいると、ココは何かを考え込んでいた。

「どうしたの、難しい顔して?」

「え、いや、今でも魔術を使える人が居たのかと驚いて」

「はい、私も驚きました。精霊はほとんど絶滅してしまっていたため、会うことはないだろうと。普段会うと言っても幽霊とか自爆霊、それから神にされてる方々だけですから」

 さらに一般人に優しくない説明が入ったため、私はどうしたものかと思っていると、ココが目を輝かせながらリリスちゃんに言った。

「わぁ、私が居た時代でも、そこまでの魔術師はそうは居なかったよ、凄いねリリスちゃん!?」

「研究は魔術学という、大学ではあまり受け入れてもらえない研究ですが、そう言ってもらえると嬉しいです」

 リリスちゃんも、そう言って幼子の見せるようなあどけない笑顔をココに向け、同時に私はその表情を見て思った。

ああ、この子はやっぱりまだ小さいのだと。

「今、失礼な事を思いませんでしたか?」

 リリスちゃんはそう言って私を見たので、私は焦りながらも首を横に振り否定する

「それで、どうしたんですか華衣利さん、珍しいですねここにいらっしゃるなんて」

不思議そうな顔をしながらも、最初の話しに戻った。

「暇で本でも読もうかと思ってね」

「その子もですか?」

 そう言って私の傍らを浮遊するココに目をやると、ココは聞いるのかいないのか、楽しそうに飛び回っていた。

「それはそうと、リリスちゃんは何をしていたの?」

「私ですか・・・・私はちょうど調べ物がすんだので、紅茶でも飲もうかと思ったのですが、ご一緒にいかがですか?」

 私は少し考えた。

まぁ、他にやることもなければ、探して読む本も、今のところはない、特に夕食まで長く時間があるわけでもない、となればこの申し出を受けるのが一番良いのかもしれない。

「ええ、良いわ、ココもそれで良い?」

「はいです、私もリリスと話をしてみたかったので」

「それでは決まりですね、華衣利さん、どちらでお茶にしますか?」

 そうリリスちゃんに言われ悩んだ。

現在リビング厨房は夕食の支度中で邪魔になるし、私の部屋ともなれば少し問題がある、なぜならば、今かなり散らかしてあるからだ。となるとリリスちゃんの部屋だが・・・・あそこはカオスだからな~。

 などと考えていたのがいけなかったらしく、リリスちゃんが私のもっとも行きたくない場所へと向かって足を向けだした。

今更断るわけにもいかず私は何も言わずに進んでいき、リリスちゃんの後をついて行くこととなった。

 程なくして廊下の雰囲気が変わる、リリスちゃんいわく、防犯用の結界に入ったときの違和感の様な物だとの説明を前に受けたのだが、いまいち理解に苦しむ。

「わぁ、密度の高い魔力結界だね!」

「あら、やっぱり分かるのね、流石精霊ね」

 二人はどういう訳か嬉しそうにそう言い合っているのだが、一般人にはさっぱりである。

「はい、到着しました。少し中をかたづけるので、少し待っててください」

 言うが早いか、すぐに部屋の中に入ると、がたごとと音がし、途中何かの鳴き声や、奇妙な音などが聞こえてきたが、私は聞かなかったことにしようと思ったのだが。

「な、何今の・・・・」

 ココがそう呟いてくれたおかげで、忘れることが出来なくなった。

 程なくしてリリスちゃんが中から出てきて、私達を中に案内してくれた。

 中に入るとそこはカオス、ではなく、普通の可愛らしい部屋だったが、この前来たときと全然違うため私は違和感を覚えた。

「ああ、一様この前言われましたから、一般の人に優しくない物は異空間に転移して凍結させましたから、大丈夫です」

「そ、そうなんだ」

 お願いだから一般人に優しい説明をお願いしたいわ・・・・などと思っていると、すでにテーブルの上には紅茶とカップがあり、おまけにケーキまであった。

「わぁ~、美味しそう!」

 ココが嬉しそうに声を上げ、私も口から溜息が出ていた。

 目の前にあるケーキはラティール・グランベリーという、近所のケーキ喫茶店、喫茶美雪、1日限定24個しか売らない人気限定ケーキだ。

 ケーキの表面にはクランベリーとイチゴのムースとアメのコラボがあり、その下にスポンジがあり、その下にホイップとカスタードクリームを混ぜたムース、そしてスポンジという、見事なまでに手が掛かるケーキだが、それ故に美味しさは全国に知られるほどであるが、予約注文は一切しておらず、その日によっては作っていないという、まぁ時期と時間とタイミグが非常に難しい限定ケーキなのだ。

 私は目をキラキラさせているのだろう、リリスちゃんはニコニコと私を見て微笑んでいた。

「それにしても、どうやって手に入れたの、このケーキ?」

「これは、前に依頼されていた物を美雪さんにお届けした際、どうぞ、ほんのお礼です、と言われていただいた物なのですが、私一人では少し多いかなと思っていたので、ちょうど良かったです」

 依頼ってなんの? と言う素朴な疑問が浮かんだのだが、そんな事は目の前のケーキに目がいった瞬間に忘れてしまった。

「こ、これ私の?」

 ココにもちゃんと一切れが用意されており、ココが目を輝かせながらリリスちゃんにそう聞くと、彼女は頷いて見せた。

 それを見たココは、顔から思いっきりケーキにダイブした。

 気持ちは分かるけど、極上のケーキなんだから少しはとは思ったが、私は何も言わずにホークを持ち、ケーキを切るとそれを口に運んだ。

「う~、最高~」

「あの、一つ聞きたいのですが、よろしいですか?」

「何でも聞いて~」

 ケーキの美味しさで何でも答えてしまう気分になっていた私は、そう答えていたのだが、リリスちゃんが聞きたかったことは少し重要らしく、真剣な顔で私に聞いてきた。

「その子とどこで契約したんですか?」

「う~、うん? ココど、どう答えたらいいの?」

 話して良いことなのだろうかと思い、私はココにそう聞いたが、本人はと言えば、ケーキにその身を埋めていた。

「えーと、そもそも、何で契約なんて言葉が出てきたのかしら?」

「はい、私もあまり確信がなかったのですが、精霊が人のそばにいると言うところが気になりまして、それを考えていくうちに、考えられる事を必死で考えた結果、ココちゃんと華衣利さんは契約を結んでいるのではないか、と言う結論に達したわけですが、いかがです?」

 いかがも何も、まさにそのとおりである。私とココは契約を結んでおり、それに対して私が得られる利益は、願いを叶える力である。

「そう言えばココ、貴方と契約した私は利益があるけど、貴方に利益はあるの?」

 不意にその事に気が付いた。

 確かに、私としては望んでないにしろ利益がある、あの場の流れて契約してしまったのだが、ココには何か利益的な物があるのだろうか、と言うことに今気が付いたのだ。

「?・・・・そんなの無いよ、私はロザリオの精霊、ロザリオを求めし者の道しるべとなり、また、ロザリオの力が悪用されないようにするための守護者、つまり私の仕事は私自身の存在意義であり、生きる意味だから、利益とか、そう言うのは私にはないの。ただ、人を幸せにした。そう願って私のマスターは私を生み出したの」

「そうなんですか・・・・精霊にも色々とあるのですね」

 感心したようにリリスちゃんが言い、私も少し唖然としながら、その話を聞いていた。

 現代社会のおおよそ半分はそのようなことはまず考えず、自分のためだ。利益のためだと動き回り、誰かのためにとか、誰かが幸せになればとか、他者に対する思いやりというものが失われ始めている。

 そんな中で、数百年と変わらずに他者のためという願いの込められたロザリオは今も汚れなく輝き、そして存在し続けている。

 私はその事がとても凄いことのように思えたと同時に、これを作り出した人がいかに人のことを思い、他者が幸せになることを望んでいたのかを知ることが出来た。

 一言で言えば感動と言うのが一番しっくりくる、本当に汚れのない心でなければならないのかもしれないとそう思った。

「華衣利さん、戻ってきてください」

「へ、あ、え?!」

 リリスちゃんに体を揺すられ、私は我に返って辺りを見渡した。

「大丈夫カエちゃん?」

 心配そうに訪ねてくるココに、私は笑顔で返事をしてケーキを食べることに戻った。

 その後1時間ほどリリスちゃんと紅茶を楽しんだ後、食堂に向かうこととなったのだが、リリスちゃんはやることがある、とのことで私とココだけで向かうこととなった。

「リリスって可愛い子だね」

「可愛いけど、すこしカオスなのよね」

 そんな他愛もない会話をココとし、私は食堂のドアを開けた瞬間、何かが飛んできたので、私はとっさにそれを回避したと同時に、ぐぁ、という声が聞こえた。

「な、なに!?」

 状況がつかめず、まずは私が避けた物体、つまり、声のした方へと顔を向けると、北条家当主、つまりパパが何故か廊下に倒れていた。

 次に私は食堂の中を見ると、メイド服姿の瑠璃が息を荒げていた。

 つまり、これは瑠璃がパパ(主)を投げ飛ばしたか、はたまた吹っ飛ばしたかで、そこに運悪く私が扉を開けてしまった。と言う図なのだろうなと思うことにした。

「瑠璃、一体どうしたの?」

 食堂に入りながら私は瑠璃にそう話しかけると、彼女は目に怒りの炎を滾らせて言った。

「叔父様が、私の仕事仲間のメイドの・・・・!」

「あ~、分かったわ、もう言わなくても良いわ」

 何をしたのかはだいたい今の一言で分かった。

 つまり、パパは使用人のメイドのお尻でも触ろうとしたのだろう、そこで運悪く瑠璃に見つかったのか、それとも瑠璃にその被害にあったメイドの女の子が言ったのか、まぁ、どちらにしろ、否は明らかにパパだと言うことだろう。

「おじさん、何したの?」

「コ、ココちゃんかい、おじさん、青春を桜花させようかと思ったのだが・・・・青春に負けたよ」

「格好良く決めようとしてごまかしても駄目です、旦那様、あれほどメイドに手は出してはいけないと・・・・奥方様に言いつけますよ!」

 かなり怒っているらしく、今にも掴み掛かりかねない瑠璃を見ながらふと思う、そういえばお母様どちらにいらっしゃるのかしら?

 そうこうしているうちに、再度、瑠璃がパパに掴み掛かろうとしていたので、私は慌ててその行動を止めに入った。

「まっまって、落ち着いて。瑠璃の気持ちも分かるけど、パパだって悪気が・・・・無いと思った私が馬鹿でしたわ」

 私のお尻に何かが当たっていた。

まぁ見たくても分かる、パパの手だ。

「はぁ! 瑠璃、木刀・・・・」

「こちらになります、お嬢様・・・・」

 私は一度回し蹴りをしてお父様を引きはがすと、瑠璃にそう言う、すると彼女はすぐにどこからともなく木刀を出してくれた。

「ま、まて、可愛い娘と、可愛い瑠璃ちゃん。は、話せば、だ、大丈夫だ、何も誤解はない、その見事なまでのコンビネーションは他に使うべきかとパパは思うんだ。そ、そうだろう、娘とそのしん、ぐぁー!」」

 慌てふためくパパに、私は容赦なく天誅をお見舞いしたのでした。



「カエちゃん、おじさん、いいの?」

「いいのよ、私はともかくとしても、お母様が可哀想ですわ」

「ええ、奥方様からは、夫が何かしら容赦しないようにとのことでしたからね」

「そうは言うけど、なにもぽこぽこにしたあげくに、廊下に閉め出しちゃうのは、可哀想だと思うんだけど」

 確かに、ココの言いたいことも分からなくはないわ、でも、こういう事はしっかりしなくては示しが付きませんしね。

 そう内心で思いながらクリームスープを口に運ぶ。

 今日のメニューは、焼きたてのフランスパンに、クリームスープ、サラダに、そしてメインが子羊の胸肉ソテーとなっている。

 ココようにも小さく同じ物用意されており、こちらは瑠璃が用意してくれたのだと分かる。

「そういえば、どちらにいらしたのですか、お姿が見えませんでしたが?」

「あれ、もしかして何か用事だったりしました?」

「いえ、そういうわけでもないのですが、お姿が見えなかったので少し気になりまして」

「ああ、そういうことですか。リリスちゃんとお茶をしていたのよ」

 瑠璃にそう言うと、驚いた顔をして目を丸くしていた。

まぁ無理もないわね、リリスちゃんめったに姿見せないし。

「なんのお話をされたのです?」

「ココとロザリオのことで何故か話が盛り上がってね」

「ああ、そう言えばリリスちゃんはそっちが専門でしたっけ」

 瑠璃もリリスちゃんの研究のことは知っているが、私は今日の今日まですっかり忘れていたのだ。

「リリスちゃんかぁ、久しぶりに会いたいわね」

「う~ん、でも結界があるって言ってなかったかな?」

「結界?」

 ココの一言に瑠璃が反応して首をかしげる、どうやら結界の事については知らないらしいが。

「ああ、どうりで、部屋に行ける時と、行けない時があるんだ!」

 納得してしまった。

 私はさっきのリリスちゃんとの会話の、役7割近くが分からなかったのに、何故か結界、と言う一言であっさりと瑠璃は納得してしまった。

 私の周りっていったいどうなってるの?

 そぼくではない疑問を胸に秘めながら夕食を続けたのでした



 翌朝、私達が教室に入ると異様な空気が辺りを包んでおり、いささか息がしずらい感じを受けた。

「おはよう秀一く、うぁ!」

「ちょっと、カエちゃんをどこに連れて行くのよ!」

 私は教室に入るなり秀一君に連れ出され、その後を怒りながら瑠璃とココも付いてきた。

 教室を出てすぐ近くの階段の踊り場まで来ると、秀一君はやっとその手を離してくれた。

「ど、どうしたの。いきなり走り出すからビックリしたよ」

「ちょっとあんた、いったいどういうつもり、事としだいによっちぁ」

「まてまて、誤解だ。簡単に説明するから少し待て」

 秀一君は軽く深呼吸をし、息を整え、頭で少し何かを考えてから静かに口を開いた。

「神凪が大変なことになってる」

「え、どういう事?」

 私はその名前が出た瞬間、一種にして胸に何か重い物がのし掛かってきたような感覚を受け、背中に嫌な汗が噴き出した。

「どういう事、詳しく教えなさい」

「簡単に言えばいじめだ、だが・・・・」

「何か、それほど心配することが起きてるの?」

 ココがそう訪ねると、秀一君は辺りを見渡し警戒しながら頷くと、話が聞かれるとまずいのか、声のトーンを落とし、内緒話をするように言った。

「かなりまずい、クラス全員、果ては隣の暮らすどころか2学年全員が、彼女を目の敵にし出したらしい、きっかけは昨日の騒動が原因らしいが、前々からそういう、嫌いや、拒絶と言った感情がないと、ここまでの規模にはならない」

「それってつまり・・・・」

「前々からねたまれていた、って考えて良いのかしら?」

 私がそう答えると、秀一君は静かに頷いた。

「今、契の奴が間に入って沈下しようとしてるんだが、どうにもならなそうなんだ。現状は最悪の状況だと思う」

 それを聞いた後、私達は教室に戻り、席に着いたその時だ、数人の女子生徒が私と瑠璃の元に歩み寄ってきた。

「ねぇ、私達に協力してくれない?」

「・・・・」

「神凪さぁ、マジうざいよね~」

 ああ、予想道理ですよ、はぁ~、なんだろうね、どうして人ってこうかな、自分たちだってさんざん彼女に賛同してはずなのに、いざ立場が逆になるとこれだ。世の中の汚さが今目の前にあるわね。

 などと考えて居て話を聞いていなかったが、彼女たちの会話はエスカレートしていき、さてどうしたものかと思っていると、何かが倒れる音がしたと同時に、人が一人空を飛んでいた。

 ああ、またか・・・・最近荒れてるわねぇ瑠璃ったら。

「ココ、ミミちゃんに連絡って取れない?」

「取れるけど何で?」

「至急教室に戻るようにって言って。私がそっちに向かうから」

 私の言葉を聞いたココは頷くと、すぐに何かを始めた。

「な、なんなんだ、マジありえない、そう思うでしょ北条さ、きぁぁ」

「あり得ないのはお前ら。まったく、恥ずかしくないの?」

「な、何がよ」

 おお、凄いわね、結構本気で突き飛ばしたつもりだったんだけど。

 などと私は心で思いながら、はて、どう答えればこの子達は理解するのだろうかと思ったが、一番良い方法があることに気が付いた。

「卑怯よね~、力が無いと分かれば今まで仲良くしていた人を平気で裏切るし、かと思えば力がある私と瑠璃を巻き込みたがるし、ああ、もぉ、腹立つわ・・・・速く逃げた方が良いわよ、私、本当に容赦しませんのよ・・・・」

 静かに、でも確実に恐怖を与えるため、長年稽古で培ってきた威圧と殺意の混じったものを彼女らに向ける、すると彼女らは肉眼でも分かるぐらいに足は震え、今にもその場にへたり込みそうになる女子生徒達、私はその横を通り過ぎ、暴れ始めた瑠璃に近寄ると。

「適当に暴れてて、責任は私が取るわ、一様顔は駄目よ、それから、あまり外傷は・・・・とも思ったけど、そこは任せるわ、竹刀はあるかしら?」

「はい、こちらに」

「ありがとう、ココ、連絡取れた?」

「うん、今こっちに向かってるって、でも、神凪さんが危ないかもって、どうするの」

「もちろん、友達だから助けるのよ!」

 にっこりとウィンクしてココにそう言うと、私は入り口にいた女子を竹刀ではじき飛ばして道を作り、そのまま駆けだした。

「か、カエちゃん、こんなに暴れたらまずいよ~」

「友達の危機にまずいも何もないわね」

「そもそも、カエちゃんとあの子は敵対してたんでしょ、友達以前に敵なんだよ、それなのに何で助ける必要があるの? 試練のため? それとももっと別の何かなの?」

「ココ、困ってる人を助けるのに理由はいらないものよ。それにね、別に私は敵対して他にしても、彼女の事嫌いじゃなかったのよ、だから」

 そうココに告げると、私は走る速度を上げた。



 一方、華衣莉が居なくなった教室では。

「本当に腹が立つわね、あなた達には友達に対する心がないのから?」

「はん、誰と誰が友達なんだ、教えてよ」

 まぁ、そうね、それは言えてるわ。

 瑠璃は内心でそう思った。今まで友達らしい事をしてこなかった神凪も悪いが、それがこういう最悪の結果をもたらしたのも彼女のせいか、と言われると少しきついが、この行動はあくまでも彼女ら自身が自らで、考え、行動しているものであり、誰かにそそのかされたり、強調されたりなどはしていない。

 だからって、彼女たちを使っていた神凪さんをリンチとは、どこまで腐っているのかしらこの人達。

「はぁ~、悲しいですわ、私、最近機嫌が悪いのよ、それに付けてこの事件でしょ。ストレスがたまる一方だわ」

「あはははは、それならちょうど良いじゃない、私達と一緒に神凪をやっ、ぐぁ!」

「あら、女の子らしくない汚い悲鳴ですね、はぁっ!」

 瑠璃は不敵な笑みを浮かべながら、床に倒れた女子生徒を見下ろしていた。

「な、なにすんだ・・・・っ」

 息巻いて威嚇をしようと瑠璃にそう言いながら、女子生徒は彼女の方へと顔を上げたが、その瞬間彼女は恐怖を覚えた。

 そこにあったのは冷たく冷酷で、それでいて殺意のような殺気が冷たく渦巻くような、そんな顔がそこにはあり、それは女子生徒にとって短い年月を生きてきた中で、最も恐怖を覚えるものであり、周りで見ていた女子生徒達も誰一人として動くことはできなかった。

「どうしたのかしら、先ほどの勢いがありませんよ、私をどうしたいのかしら?」

 冷酷なまでの声色、そして眼差しは全てに恐怖を植え付けるような、そんな雰囲気が漂っていた。

「さぁ、私と踊りましょう、綺麗な舞を」

 瑠璃はそう言うと、遠目に見ながらも、敵意を向けていた女子生徒達に向かって、突っ込んでいったのでした。



 校舎裏のさらに裏、木々が生い茂り、一般性とどころか教師すら見回りにすら来ないような場所。そこに数名の女子生徒が一人の女子生徒を囲んでいた。

「あんた達なんのつもりなの、久保田が居なくなったとたんに表情を変えて!」

 囲まれているのは神凪 修子。

 彼女の周囲を囲んでいるのは、あろう事か昨日まで仲良く北条をいたぶろうとしていた仲間達、のはずだったが、今は明らかに敵意を修子は感じていた。

 さきほどまで久保田が何故か私達の近くにおり、分かりやすくごまかしながらも、私を守っていた。

誰がそんなことを頼んだのか、それとも彼自身の意志なのかは不明だが、どちらにしろ彼が居なくなった今、彼女らにとって修子は敵であり、憎むべき相手なのだと認識させられるほどの敵意を表に出していた。

「さて、どう料理しようかな~」

「・・・・」

 囲んでいるのは18名、明らかに一人で倒せる数ではない、とはいえ、このままではまずい、しかし、自分が北条と同じ立場になるとは。と修子は思った。

そして気が付いたことがあった。これより多い数をいつも華衣莉は相手にして居て、しかも無傷だった。そんな相手に、今これだけの数で危機を感じている自分は、やはり北条華衣莉には勝てないのだと、修子は再確認したと同時に、ああ、私はいったい何のためにここまでしていたのかと、ばかばかしくもなった。

「へ~、命乞いとかしないんだ~」

 リーダーらしき人物が前に出てそんな下らないことを言う、もともとその立場に居た自分ならば分かる、そんなことを言ったところで許すつもりなど無いと言うことを。

「・・・・」

「はん、可愛くないわね、さぁ、みんな今までの恨みはらしましょう」

 その一言で神凪修子の戦いは始まったのだ。

誰も身方の居ない彼女にとって過酷な戦いが。



 廊下を進み、階段を下りてグランドを突っ切り、ココが指定した場所、体育館裏のさらに奥へと走り進むと、声が聞こえてきたので私はすぐに立ち止まり、そーとのぞき見た。

「へ~、命乞いとかしないんだ~」

 うわぁ、むちゃくちゃ悪役ねぇ~、しかも台詞が十年前のヤンキーみたいだし。

 などと心の中で突っ込みを入れつつ、竹刀を構えて様子をうかがう。

「・・・・」

「あ!」

 不意に私は神凪さんと目が合ってしまった。

 囲んでいる女子生徒は神凪さんに、視線が集中しているためこちらに築くことはないと思っていたが、当事者の神凪さんは別であり、偶然たまたま目が合ってしまった。

 さて、どうしたものかと思ったとき、ふと思いついたので神凪さんにゼスチャーをしてみた。

「(私が、それを引き受けるから、貴方は全力でこっちまで走ってきて!)」

 と言うのを必死でゼスチャーするが、彼女は首をかしげただけで理解はしていないようだった。

「どこ見てんだよ!」

 おっと危ない、そう思って身を潜める、どうやら女子生徒達は私には気が付かなかったらしく、またも神凪さんにぐちぐちと何かを言っている、どうやら相当頭にきているらしい。まぁ、気持ちは分からないでもないけど。

 そもそも、自分たちで私を何度も襲っておいて、それで負けたからそれをけしかけた人を今度はいじめようなどと。まったく今時の小学生じゃないんだから、高校生にもなってそんな集団でなんて、情けない。

 などと思いながら再度のぞき見ると、幸いなことに神凪さんは私の方に視線をちらちらと向けていた。

「(だから、私が、それを引き受けるから、貴方は全力でこっちまで走ってきて!)」

 今度は通じるかな、と思うと、神凪さんは、私を睨んだかと思うと、私の方めがけて女の子達にタックルしながら女の子達をなぎ倒し、私に向かって走ってくる。

 女の子達は突然の出来事に戸惑いつつも、その後を追ってくる。

 角を曲がり神凪さんが現れると、私に掴み掛かってきた。

「そんなに面白いわけ!」

「は? なんの事、私のゼスチャーで、早くこっちに全力疾走で来てって言ったんだけど、それが通じたんじゃないの?」

「あんなので通じるわけ無いでしょ!」

 怒鳴られたが、そんなことを悠長に話している場合ではなく、すぐそこまで女子生徒達が迫っていた。

「ほら、速く逃げて。ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れてなさいな」

「なんで、何でそこまでするの。私、私は貴方のことを敵視して、意地悪なことも言ってきたし、貴方に嫌われて当然なのに。なんで、どうして助けるのよ!」

「うーん、そいうね、友達だからじゃないかしら?」

「え・・・・友達・・・・私と・・・・」

「ほら、追いつかれるわよ、行きなさいな」

 私はそう言うと彼女の背中を押して、追いやり、角を曲がって女子生徒達の前に出た。

「何をそんなに急いでいるの?」

「ちょうど良かった。北条さん、貴方、神凪の奴を見なかったかしら?」

「ええ、見たわ。いいえ、言い換えましょう、あなた達がしていたことを見ていたわ」

 私は途中まで普通の声を出していたが、不意に怒りがこみ上げてきて、気が付かないうちに声色が変わっていた。

「ど、どういう事かしら?」

「それは、自分の胸に聞くとよろしいですわ!」

 私は間合いに入っていた一人の女子生徒を、竹刀でなぎ払い、そのまま5名ほど気絶させた。

「な、何するのよ、あんた神凪に色々されてたじゃない、それなのにかばうの?!」

「いやいや、かばうもなにも、あなた達、人として恥ずかしいと思わないの?」

 私は心底呆れてしまった。

 昨日まで私にあれほどまでの敵意と、殺意、妬み、そう言ったモノをぶつけてきていた人たちが、何を言っているのかと思うと。本当に浅はかで、それでいて滑稽だと、私は思ったと同時に、こんな人たちが居るから世の中が腐っていくのだと再確認も出来てしまいました。

「元は、早く掃除しましょう」

 一言そう言うと私は構えを変え、パパと本気で手合わせしたときの構えを取った。

 本来、この構えは相手に外傷を与えるおそれがあるため、使ってはならないと、パパからきつく言い聞かされてきたモノですが、ここまで性根が腐っているのでは仕方ないのかなとも思いました。

「・・・・」

「な、なんなんだよ、お前が、お前さえ居なければ私達は!」

「新、北条流剣技、初断ちの舞、桜」

 私は持っていた竹刀をさやに収める形に整えると、それを抜く感じで横凪にし、さらにそれをしたから上へと流しながら、最後に上から下に流した。

 次の瞬間には立っている者は一人しかおらず、ちょっとやりすぎたかしら、と思う感じがしたと同時に。

「あ、竹刀壊しちゃったわ」

 自分の手元を見ると竹刀は見事なまでにボロボロになっていた。どうやら風圧で壊れたらしい。

「う、うそ、そんな一瞬で」

「ええ、一瞬でしたね、もう少し手応えがあるかと期待していたのですが、期待はずれと言うことですかね?」

 最後に残ったのはリーダー格だった女子で、私が彼女の目の前に立つと、足が震え、彼女は立っているのがやっとと言った状態だった。

「あーあー、もぉ、本当に情けないわ、もう少し鍛錬して力のセーブが出来るようにならないと。またパパにからかわれてしまいますわ」

 私はそう言いながら女子生徒に背を向けると、竹刀を彼女に放り投げて言った。

「もぉ駄目よこんな事しちゃぁ。次やったら、私、本気で怒るから」

 そう言い残しておけば大丈夫だろう、そう思い私はその場を後にしたのでしたが。

「どうしましょう、ついついやってしまいましたけど、技の使用許可を取り忘れましたわ~」

「カエちゃんて本当はお嬢様だったんだね、言葉が戻ってる」

 今までロザリオの中にいたのか、ココが出てきてそんな事を言い、自分が元の口調に戻っていることに気が付いた。

 普段、みんなとなじむため、クラスで浮かないために標準語で話すことを常に心がけているのだが、いざ気がゆるんで疲れが出るとお嬢様口調に戻ってしまうのだ。いくら直そうとしても無理なので、こうやって使い分けている。

「初めて聞いた、カエちゃんのお嬢様口調!」

 何故か嬉しそうに話すココに、一発デコピンを軽くおみまいすると、私は校舎の方を見ながら少し心配になった。

瑠璃と契君のことが。



 契は廊下を走り抜け、階段を上がり、自分の教室へと急いでいた。

「契、まずいわよ、何かとんでもない不の感情が渦巻いてるわ、このまま放置しておくには危険すぎるぐらいよ!」

 ミミが契の右横で浮遊しながらそう言うと、契はあることに気が付いた。

 今は確か瑠璃が教室の女子の相手をしているはずである、そして今回自分に与えられた指名は、瑠璃の暴走を止めよ、つまりは、懐中時計はこの事を指していたのではないのか、そう思えるほどの何かがあるわけではないのだが、少なくても今の状況で考えられる唯一の可能性、その一つであることは間違いないと契は思った。

「急ごう、嫌な予感がする」

 その嫌な予感、と言うのはたいていはずれる事というのがない。

 教室に着くと、そこは何とも酷い光景だった。

 机は、教室のはじの方にまとまって倒れており、その上に女子生徒達が気絶したかのように動かず、床に数名の女子生徒が倒れていた。

「何がどうなってるんだ?!」

 状況が理解できず、ただただ、辺りを見渡しながら契は状況を必死で確認しようとしていたが、何がどうなっているのかさっぱり分からないと言って良かった。

 何より分からないのは、この状況を作り出したはずの瑠璃がこの場にいないと言うことだ。

「久保田君、どこに行っていたの、大変よ、大変なことになってるの!」

「なに、なんなの、と、とりあえず落ち着いて礼可さん」

 よく見るとそこには学級委員長の礼可がおり、契は一度深呼吸をさせてから彼女から話を聞くことにしたのと、自分も少なからず動揺をしているため、少し気持ちを落ち着けるためというのもあった。

「あ、あのね、瑠璃さんが暴れ出して、それで、それで」

「あー、ストップ、だいたいは分かってるから、彼女は今どこで何をしてるの?!」

 契は説明して貰っている時間が惜しくて、はしおって説明を仰ぐと、彼女は指で天井を指しながら言った。

「お、屋上、教師が止めに入ったんだけど、誰も手が付けられないのよ!」

「分かった。礼可さんはここの人たちの手当をお願い」

 そう言うやいなや、契は屋上に足を向け走り出した。

「契、駄目、危険よ、この先に理性という縛られたモノはないわ。つまり、本当に何かがはずれてしまっているのよ。

 本来、人というのはどんなときでも理性というモノが発動してその体を止めたり、動きを鈍らせるわ。しかし、理性が無く、それがはずれてしまった人はもう普通の手段では戻ることが出来ないのよ。今はまだ怪我人が出ていないけど、この先何が起きるか、最悪、瑠璃の腕なら人一人ぐらいわけなく殺してしまえるわ。危険よ!」

 ミミはそう言って契の前に立ちはだかると、道をふさぎ、その先に行かせないようにした。

「なら、なおさら止めないと、彼女がどうしてそこまでになったのかは分からない、でも、それでも分かることがある、彼女がそこまで怒るのは、大切な人を守りたいという気持ちと、大切な人を傷つけたくない気持ち、そして何よりも、大切な人を悲しませたくないという気持ちがあるからこそなんだよ。

 だから、止めてあげなくちゃいけない」

「・・・・そう・・・・そこまで言うのならもう止めないわ」

「ありがとう、ミミ」

 そう、確かにそれは本人の希望ではない、契自信が勝手に判断し、彼女を止めたいとそう思っているだけであって、彼女自身が止めてくれと言っているわけではないのだ。エゴや偽善、そう言ったモノが頭に浮かんでは消える、恐怖がないと言えば嘘になる。

 恐怖とは自信が持つ防衛本能であり、危険を回避するための重要な機能であるが、それは時として邪魔になる、今がまさにその本能が邪魔であると契は思い、その足の回転を速め屋上へと向かった。



 存在、快楽、欲求。

 これら全ては人の欲と言う感情である、今まさに私はそれを痛感している。そう痛感だ、痛いほどに感じるという。

 私は今まで人を倒すと言うことに特別な感情を持ってはいなかった。だが、ここ最近それが少々楽しいのだと、そう思ってしまった。

 本来その感情はあってはならないモノ、特に武道やそのたぐいのモノをやる人たちにとって、けっしてこれら三つの欲を持ち合わせてはならないこと。

 それは何故か、今ならばそれも分かる。危険だからだ。

 現に、今私の目の前には数人の生徒がおり、私の後方には倒された生徒達が呻きを上げていた。

 止めたい、こんな事をしたくはない、ただ、そうただ、カエちゃんと、友達と、平和に仲良く過ごしていたい、そう願っただけなのに、それなのにどうして。

 体は支配され、私の考えとは別の方向に動き、欲求を満たすためにただ求めていた。

 最初はただ、本当に痛めつけて、その行いが間違いであると、そう気が付かせるためだけだったのだが、いつの間にか私の意志とは別の、そう、欲求を満たすだけの私がそこに存在し止まらなくなってしまった。

 どうしたらいい、どうすることも出来ない、でも、止めたい。

 そんな思いが永久に続く、そう思ったその時だ。

「何してんだ・・・・はぁ、またか」

「秀一・・・・お願い、と、止まらないの」

 必死の思いだった。

 かつて彼は私がこうなったとき私を止めることが出来た唯一の人、何故止まったのか、どうして止められたのか、その全ては不明だったが、一つだけ言える、彼ならば私を止めることが出来ると。

 しかし、彼は。

「それは無理だ、今回は俺の役目じゃない。しかし、相手ならする。こい」

 それだけを言うと、彼は女子生徒達を退かして、私の前に立った。

「だめ、お願い、もぅ、私の力じゃ止まらないのよ!」

「しっかりしろよ、お姫様を守るナイトがそれじゃぁ。守るんだろう、大切な人をその手で、大切な人を悲しませないために? ならしっかりしろ、意識を強く持て、それとも何か、俺に助けを求めるほどに弱々しくなっちゃったのかな?」

「な、なんですって~、良いじゃない、止めてやるわよ自分の体ぐらい、あんたなんかに助けてもらわなくてもね!」

 何故だろう、自分の体が思うように動かない、そう思っていた。なのに、彼と言葉を交わすうちに心が澄んでいき、何でも出来てしまうような、そんな気になってきていた。

それまるで、恋でもしているようなそんな感覚だったが、恋、と言うことを私は否定し、それを力に変えて自分の武道家としての欲と戦う事に決めた。



 屋上に出ると、そこは教室よりも酷い有様が広がっていた。

 教師、生徒、両方が入り交じり呻き声を上げながら、屋上の汚いタイルの上に横たわっていた。

「契、あそこ!」

 ミミがそう言って指さした先を契も目で追い、そこで瑠璃と向き合っている人物に驚いた。

「秀一・・・・何で?」

 そう、彼の頭に浮かんだ疑問はそこだった。

 何故、秀一が今ここにいるのか、何故、向かい合いながらにらみ合っているのか、さっぱり状況を理解できない契は、とりあえず彼の元に行くことにした。

「秀一、何してるの?」

「おお、やっと来た。と言うわけで後よろしく」

 言うが早いかその姿が目の前から、いや、屋上から消えていた。

「どうしろと?」

 それしか言えずにただ呆然とした、そのとき腹部に何か衝撃があったかと思うと、自分の体が浮いていることに気が付き慌てた。

「え、ちょっとどうなって・・・・マジで?!」

 視線を左右にさまよわせた後、自分の立ってた場所を見るとそこには瑠璃が、何かを押し出すようにした構えを取っていて、それが自分を押し出したのだと気が付き、絶句した。

 見えない、完全に見えなかった。

 などと考えていると背中に衝撃があり、フェンスに叩き付けられたのだと分かる。

 冗談にもほどがある、いくら踏み込みがしっかりしていたとはいえ、高校生の男子を両腕だけで宙を飛ばすなど、普通では考えられないし、まず、現実的ではない。

 しかし、現に彼は飛び彼女は飛ばした。

これは事実であり、何かの力が働いたわけではなく、人の身体能力の限界がそこにあると言うだけのことかもしれない。

「はぁはぁ、どうする俺」

 相手は素人の喧嘩をする人ではなく、ちゃんと武道というモノを習い、それを自分のものにし、なおかつそれをスムーズに操れる。つまり、隙もなければ死角も無いだろう人物をどうやって止めればいい。考えろ、説得はまず無理だ。っとなれば力ずくでとはいうものの、それは現実的ではないし、まず無理だろう・・・・

 契は必死に考えるも、答えは見えてこず、その後、数発の打撃を腹部に数回もらってしまい、頭が少々回らなくなり始めていた。

「だからって・・・・浅川さん、もう止めるんだ。これ以上は誰一人喜ばない!」

「今話しかけないで、精神が持って行かれるわよ、もう少し耐えて、あと10分、私の足止めしてて、そうすれば何とかなるから、契君、貴方の仕事よ!」

 口は正気に戻っているらしいのだが、体はそうではないらしく、契に向かって、再度突っ込んできた。

「ちょっと、え、どうしろって!」

「契、とりあえず10分時間がかせいで、それで駄目なら私が何とかするから!」

 不意に契の横に出てきたミミはそう言うと、すぐに懐中時計の中へと戻った。

 それとほぼ同時に、瑠璃の拳が契の真正面から飛んできて、契はすかさず身を屈め、その攻撃をかわすと、両手を地面について左足を軸にして右足を瑠璃の足に向かって蹴り、強打すると、彼女のバランスが崩れた。かに見えたが、すぐに距離を取った瑠璃は、体制をすぐに立て直した。

「ひぅぁ、し、死ぬわ、普通じゃないよ動きが、え、くっ!」

 再度、踏み込んできた瑠璃に対して反応が遅れた契は、とっさにガードしてそれを防ぐも、勢いがあったため、そのままフェンス越しまで飛ばされ、背中をフェンスに叩き付けられたが、痛みに耐え、すぐにその場から動くと、先ほどまで契が居た場所に瑠璃は拳を突き立てており、フェンスに穴が開いていた。

 その事に多少の恐怖感があったものの、そのような感覚に浸っている余裕すらなく、すぐに警戒を強め、相手の動きを見る。

 人というのは危機的状況に追い込まれると、人の能力が開花することがまれにあるが、しかし、それは強い意志と、想念によってのみ生み出され、開花するモノであり、自信の意志ではどうにもならないモノでもある。故に、今現在、危機的状況に居る契もそれは例外ではなく、彼自身に力が開花することはない。

「この状況じゃ、どうにも」

 契は瑠璃の動きを見つつ、先ほどから徐々に痛み出してきた腹部を必死に押さえていた。

どうやら、彼女の攻撃は時間が経過する事にその痛みを増していくモノらしい。あるいは、肉体が受けた打撃の強さに脳が反応できず、痛みという電気信号を一時的に麻痺状態にさせているのかもしれない。

「なら、試してみるか!」

 契は何を思ったのか、瑠璃に向かって突っ込んでいった。

 その行為は勇気ある行為ではあるものの、同時に無謀としか言い様のないものだったが、彼にとっては今は多くの時間を稼ぐことが最重要と考えると同時に、彼女の注意を自分に向けておく必要性があった。

このまま逃げ続ければいずれ違う標的を探しかねない、ならば、打撃の痛みが神経性麻痺で感じなくなっている今ならば、多少ダメージを受ける事になっても自分に注意を向かせられるのなら、その方が良いのかもしれないと契は思ったのだった。

「はぁ、ぐぁっ!」

 いくら痛みが鈍いとはいえ、鈍い程度のものだ、当然痛みもあれば受ければ吹っ飛ぶだけの力もあるので体も宙を舞う。

「ちょっと、何してるのよ、死ぬわよ!」

 契の行動に動揺したのか、瑠璃の口が開き言葉を紡いだ。だが、契はその問いかけに答えることはなく、立ち上がる。

 口の中に何かドロリとした感覚と、苦みと鉄の臭い、そして何か少し生臭いような臭いが口の中に広がり、とたんに吐き気のようなものがこみ上げて来るも、それを押さえ込み、口の中の液体をはき出す。はき出された液体はアスファルトの上、汚い屋上のタイルに深紅の色を鮮やかに広げた。

「か、体はやっぱり反応するか・・・・」

 自分の浅はかさに多少罪悪感を覚えた契だったが、今は他に方法が無いと思い、再度瑠璃が襲ってくるかもしれないと構える、先ほどは自分から仕掛けたものの、これ以上自分から仕掛けるのは危険と判断し、契は警戒することにしたのだった。

「契、契、大丈夫なの! 腹部の損傷が激しいよ、今魔力で一時的に直してるけど、これじゃぁ体力が先に底をついちゃうよ、それに忘れたの、魔力とは人の生体エネルギーであり、体力であり、精神力、つまり、これ以上の無茶をしてしまうと、肉体は魔力で治せても、精神と体力、そして何より生体エネルギーの消費で最終的に取り返しが付かなくなるわよ!」

「そうか、ミミが痛みを和らげたり、体を動きやすくしたりしていたのか、悪いね、無茶させて、それより頼みがあるんだけど良い?」

「なに?」

「そのまま回復を随時続けて。危険になったら止めて貰って良いから、それから魔力とか言うものの限界が来たら押して、無茶はそこまでにしておくから」

「もぉ~、分かったわ」

 ミミはそれ以上何も言わず、また懐中時計の中に入っていった。

 契は一度深呼吸をすると、瑠璃を見据え、警戒をする。

 長いようでまだ2分程度しか立っていない時間の中、永遠とも言える長い長い時間、それは契の精神と体力を思いのほか減らしていったのでした。



「カエちゃん、大変、ミミ達が!」

 私の横を浮遊しながら、頑張って私の走りに付いてきながら大声でそう言ったが、私は今、その現場へと向かっていた。

 何故そうなったのかは、私が見上げた屋上、そこにちらりと瑠璃の姿が見えたからだったのだが、問題はそこではないのだ。問題なのは、その時に見えた技だ、フェンスを貫き、フェンスに穴が開くのが肉眼でも見えたが、それは仕方がないのかもしれないと私は思った。

 その技は禁忌と言って彼女人が危険と判断し封印したもので、その理由というのは人の肉体を一瞬だけ極限にし、その一瞬で相手に攻撃を加えるものだった。

その威力は外面には出ず、内面に出るものであり身体に多大な影響を及ぼす、故に彼女は禁忌としていた。にもかかわらず彼女がそれを使っていたと言うことは、正気が無くなっていると言うことなのかもしれない。

 危険性で言えば間違いなく生死に関わるモノである、だから私は走り、瑠璃と、瑠璃と対峙しているであろう契君の元へと急いでいるのでした。

 何段もの階段を上り、生徒達の視線が気になったのだが、私はそれどころではなく、ただただ上を目指し走り続け、ついに屋上に着くと、そこは酷い有様でした。

 教師は倒れ、生徒も倒れ、数名の生徒と教師が負傷者の治療をしていた。

 空は澄んだ青空をにもかかわらず、眼前に広がる光景はまさに黄泉の世界で苦しむ人の姿のように見え、現実とは少しずれた感覚を覚えた。

「カエちゃん、あれ!」

 ココが叫びながら指さした方向を見ると、契君とミミちゃんが瑠璃と対峙しながら、必死に瑠璃の攻撃を必死に避けていた。

 私は木刀を握りしめながら、契君達を助けるために前に踏み出そうとしたが、私の肩に誰かの手が重なり、私の動きを止めた。

「誰、こんな時に、私急いでいるのですけ・・・・・秀一君?」

 振り返ったそこには秀一君が契君達に視線を向けながら、真剣な面持ちで私に言いました。

「今は契を信じてやってくれ、もし、もしも本当に危なくなったら助けてやってくれ」

 秀一君はそれだけを言うよ、それ以上は何も答えず、ただじっと契君達を見ていた。

 私は、そんな彼の言葉に不思議なモノを感じ、私はそれ以上何かをする気にはなれず、不安を胸に抱えたまま、ただ契君の戦いを見ていました。



 右からの攻撃を回避するも、左からの攻撃は回避できず防御、そのようなことがもう何分続いただろう、そう思いながら動かなくなりつつある体を必死に意識して動かし続け、打撃に耐え続けながら、残りどれぐらいで浅川さんが正気に戻るのかと言うことを考えていた。

 俺の横ではミミが心配そうな声をあげながら、必死に俺の治療に専念してくれているのだが、披露が見え始めているのは明らかだった。

人の身体能力の限界、それがどういう形で、どういう事なのか、そんな分けの分からないことを考えながら、俺は必死で攻撃を避け続けた。

「はぁはぁ、っ」

 距離を取り、息を整えようとするも、それはかなわず、マラソンで全力疾走した後の疲労感と同じ感覚が、徐々に体を支配していくのが手に取るように分かる。

 限界が近いのかもしれない、そう思った。

「いつまで耐え抜けば終わるんだ、浅川さん、後どれだけ?」

「3分、お願い耐え抜いて」

 悲痛な叫びが耳に入り、それだけでもう少しがんばれるような、そんな気がしたのと同時に、彼女の目から一滴に雫が流れ落ちたのを見た。

 浅川さんも必死なのだから、俺がここで諦めるわけにはいかない。

 そうは思うものの、ここ7分間の蓄積されたダメージはかなりのモノらしく、足や腕が鉄の重りを付けたかのように重く、動かすのが辛い。

 思考がそちらに向いていたせいか、瑠璃の動きに一瞬判断が遅れ、気が付いたときには、腹部に一撃を受けそうになっていたが、何とか手でそれを防いだが、勢いがあったためか、そのまま体が宙に浮いた。

「くぅっ!」

「防いで!」

 今まで一度も、そんなことを言わなかった瑠璃の口が動いたことに契は驚いたが、この状態でどう防げばいいのかと、そう問いたい気分だった。



 やばい、そう思った。

 私はそう思うと同時に、足が動き、まっすぐに宙に舞う契君の元に走っていた。

思考よりも体が先に反応し、そして、危険を感じていた。

 滑り込むようにして瑠璃と契君の間に入り、木刀を構えた。

「北条流体技、奥義、獅子両牙打(ししりょうがだん)」

 小さく呟く瑠璃の口が動いたのが私には見え、私は息をのみながら足に力を入れた。

 瑠璃は両手を前に突き出すようにして出し、それが木刀に当たると同時に木刀は折れ、その衝撃で私は吹っ飛ばされ、フェンスに背中をぶつけたのでした。

「がぁ、げはぁ、はぁはぁ、げほ、げほ」

 咳き込み、息が出来なくなる、しかし、改めて思う、パパの教えたこの技は、もはや普通のモノではなく、殺人的なモノを感じると。

 そもそも、パパどういう経緯でこの技を作り出したのか、それも気になるが、今はそれどころではなく、息を整えることに専念する。

「北条さん、大丈夫?!」

「大丈夫に見えるかしら・・・・」

 言葉を紡ぐ事すら息苦しく、辛いものがあるが、それでも契君を安心させたくて私は言葉を紡いだ。

 折れた木刀を投げ捨て、どうしようか考えてみる、瑠璃は体術において異様なまでの才能があり、私は体術はあまり得意な方ではなかった、故に私は剣術という新たな道を見つけ、その道を究めてきた。もちろん瑠璃もそれは例外ではなく、体術の稽古は欠かしていない、勝てる見込みはないとおもう。

「もう少しあと1分時間をかせがないと」

「どういう事?」

 事情と状況が分からない私は、契君にそう尋ねると、彼は瑠璃に警戒しながら、大まかに説明してくれた。

「あ~あ、まったく、見てられないな、俺も手伝うよ」

 そう言って瑠璃の背後から声がしたかと思うと、そこに立っていたのは秀一君だった。

「秀一、どこいってたんだよ、人に押しつけて!」

「まぁまぁ、そう怒るな、それより、残り1分、どうするかだけど。俺が相手をするからお前ら休んでろ」

 突然出てきた言葉に私は理解が出来なかった。

 今まで安全な場所で戦いを見ていたなら分かりそうなものだ、一人で相手をするには明らかに危険すぎると言うことが、にもかかわらずさらりと秀一君はそう言うと、にかっと笑みを浮かべ、私が止めようとする前に、秀一君は瑠璃に突っ込んで行きました。

『はぁ、秀一は何してるんだか』

「え、この声、リリスちゃん?」

 突然、頭の中で声がしたかと思い、私は周囲を見渡すが、そこに彼女の姿を見つけることは出来ませんでした。

『ああ、ごめんね、時間が無いから手短に。今から私が強制的に瑠璃の動きを止めるわ、そしたらそこの契、と言ったか、に、瑠璃の心の中に強制的に入って、悪い者を浄化して欲しいのだが、出来るか』

「出来ますが、ええと、なんなのこれ?」

 契君にもリリスちゃんの声が聞こえているらしく、不思議そうに私に視線を送りながら首をかしげていたが、説明をしている時間は無い。

「リリスちゃん、どうすればそれは出来るの?」

『接吻よ、こう、濃厚なやつを、後は私が何とかするわ』

「せ、接吻って、つ、つまり、き、キスよね!」

 私は自分の顔が赤くなっていくのが手に取るように分かりながら、それを押さえることが出来ず。気になって契君を見ると、真っ赤な顔をしながら固まっていた。

『なに、高校生にもなってしたことがないの!? 良い機会よ、濃厚なのをしてみなさい、気持ち良いかもよ!?』

「だ、ダメー! ダメよそんなの!」

 私はとっさに大声を出し、全力で否定したのだが、自分が明らかに動揺しながら反論したことに驚き、とっさに両手で口を押さえたが、顔の方は反応を消すことが出来ず、みるみる赤くなって行くのが分かった。

『はっはーん、華衣莉さん、もしかして・・・・まぁ、でも、他に方法がないのよ、それとも、華依莉さんが瑠璃ちゃんと接吻する。それはそれで味があるから凄く良いんだけど!』

 リリスちゃんの声が思いのほか弾んでおり、この状況を楽しんでいるようにも見える、しかし、そんな事をしなくても、瑠璃は正気に戻れると本人が言っていたのに、なぜ、そのようなことをしなければならないのか、そんな疑問がふと頭に浮かんだ。

「どうしてもやらないとダメなの?」

『ええ、内部、つまり心に、もう一人の自分を作ってしまった。と言う点にはたいした問題はなかったのよ、しかし、それが不の感情の固まりとなってしまったことがそもそもの問題なのよ』

 そこでいったん話を区切ったリリスちゃんは、一度深呼吸をしたらしく、再度話し始めました。

『人の不の感情というのは、理性を無くし、体を奪う、という特殊な力があるのよ。今の彼女がそれなんだけど、これは何万分の一というかなり特殊なケースで、まずあり得ないわ、しかし、なってしまうと、元、つまり現況を叩かないと直らないのよ。

 ごくたまにだけど、私にその依頼が回ってくるので、対象方法も知っていたわけ。

 それで一番手っ取り早いのは、誰かが瑠璃ちゃんの中に入って、それを倒すか、もしくは浄化することがもっとも適しているといえます。

 ちなみに、それでちゃんと浄化されれば再発はありませんよ、もちろん、今のまま正気に戻ったから放置しておこう、などと考えているようでは、再発は確実に存在しますから、そのつもりでお願いしますね』

 ひとしきり言い終えると一息つくのが分かり、それと同時に、これ以上話すつもりはないらしいという事も同時に理解できた。

 理屈は分かる、理にもかなっているのだろう、リリスちゃんにはそちらの力があり、彼女はその研究をしている。しかも、瑠璃がコレだけ意識をもって行かれるという事は、つまりはそういう事なのだろう。

『華衣莉ちゃん、決断して、もう時間はないわ』

 その声は重く私の心と胸に突き刺さり、どうするべきなのかが分からなくなっていくのが分かるが、すでに答えは出ているのだと、認識する以外の選択がないという状況である事を再確認された。

「分かったわ、でも・・・・・いや、いいわ、私は後ろを向いているから契君、お願いね」

「わ、分かった。やってみるよ」

 彼はそう言うとゆっくりと私の横を通り過ぎて行った。

 その瞬間、自分はなんと無力なのだろうと思った。

私はまだ自分の気持ちがはっきりとしていない事に気がついた。

私、契君の事を本当に好きなのかしらと。

 程なくして私の横に修一君が現れた。

「もうすんだよ、今は心層世界だ」

「そう」

 私はそれしか言う事ができず、また顔を上げる事すらできずに、ただ自分の靴を見つめていた。

自分の情けなさと、惨めさと、空っぽになりそうな心を抱えながら。



 キスをしてしまったと意識できるほど明確なものは無く、ただ、感覚としてふれた程度の認識しか持つ事ができなかった。

 その理由は簡単だった。

キスすると同時に意識が飛び、気がつくと暗闇にいた。いや、正確には暗闇しかないところと言うべきだろう、目が空いているのか、自分は浮いているのか立っているのか、それとも目を閉じているのか、座っているのか、寝そべっているのか、その感覚全てを確認する事もできず、視界もふさがれてしまっている、故に今、自分がどういう状態なのかは分からなかったのだった。

「どうすればいいんだ?」

 俺はこの後の指示をまったく聞かされていない、むしろ、聞かないほうが良いのかもしれないとも、なんとなくだが思っていた。

 そんなくだらない事に思考をめぐらせていると、不意に視界に光が満ち、辺りを照らし出した。

 俺が居るのは、紫色の空間に青色を塗ったような、不気味な空間で、更に淡いエメラルドと、白い線のようなものが見え隠れしており、さらに蒼とエメラルド、そして白の電気のようなものが迸っているのも見る事ができた。

「ようこそ、我が真の闇と光の狭間の世界へ」

 不意に声が聞こえ、その声のした方向へと視線を向けると、そこにはタイトスカートにワイシャツ、そしてマントのようなものを羽織、最後に背後に羽衣のようなものをまとった淺川 瑠璃が立っていた。

「浅川さん・・・・・」

「あら、キスをしてくれたにしては、ずいぶんとよそよそしいわね、私のこと、名前で呼んでくれても良いのよ?」

 そう言って目の前の彼女はとても綺麗に笑うものの、それは俺にとって恐ろしい笑みに見えてしまった。

何かを隠しているような、表を綺麗なもので飾り、裏をただ混沌を漂うような、そんな恐怖を覚える笑みだった。

「ずいぶんと警戒されたものね、まぁいいわ、まさにその判断は正しいのよ。

 私は瑠璃の感情と神経、そして心を司るいわばもう一人の瑠璃であり、それは同時に私が私であるという意味合いがある。

 そもそも、なぜ私が生まれたのかだが、私は私を作る際にいくつか自分に条件を付けた。外では彼女、仕事では私、そう言った形で割り切るつもりでいた感情だったのだが、ここで矛盾が出てきてしまったのだ」

「矛盾。どういう事?」

 俺は話の意図を半分も理解できないでいたが、それでも多少は理解することが出来たので、話を進めて貰うことにした。

もしかしたら、今から彼女が話すことが最も重要なのかもしれないと、感覚的にそう思っていたからだ。

何故、そのように思えたのか、どうしてそう感じたのかは分からない、ただ、感覚と直感、としか言えなかったからだ。

「矛盾とは、私が仕事とプライベートを分けられなくなり始めていたこと、そして、恋という感情と、学校という環境が影響をし始め、私という存在が瑠璃にとっていったいなんなのか、それが分からなくなり、瑠璃は感情を暴走させ、結果、私が表に出てきたのだが。

 感情の暴走と、矛盾を抱えた瑠璃はどうして良いのか分からず、さらに私が表に出ているにもかかわらず、彼女も出てきたものだから体の制御が聞かなくなり、結果、この事態になったわけ、ご理解いただけたかな?」

 言わんとしていることは理解できたのだが、問題はそこではないことに俺は初めて築かされた。

つまり、彼女が言いたいのは、その原因を知ってなお、私を浄化するのかと彼女はそう問いかけているのだと。

「・・・・・・・・」

「うふふふ、いいわ、ちゃんと理解しているみたいね、でも、どうするの、答えはまだ出ていないのでしょ? 私を浄化するのか、それとも他の道を探すのかを」

 彼女はそう言うと不適な笑みを浮かべ、まるで、この状況を心から楽しんでいるかのような節が見受けられた。

 考えろ、どうすればいいのかを、このまま彼女を浄化したからと言って事態は解決しないのではないか、基本的な問題だ。

今、彼女は仕事と学校を両方こなしている、そもそも、そこに問題があるとしたら、今の彼女を浄化してもまた新たに彼女が彼女の心を作り出しては意味がない、なら、取るべき方法は仕事を辞めて学校に専念する? いや待まて・・・・。

 思考を巡らせ俺は考え込んでいると、彼女が俺の所にゆっくりと歩んできた。

「ねぇ、一つ聞きたいことがあるわ、秀一のことについてなんだけど、良いかしら?」

「何でここで秀一、まぁいいや、何が聞きたいの?」

 などと呑気なことをやっている場合ではないはずなのだが、自然と口からそんな言葉が紡がれた。

「うふふふ」

 だが、瑠璃は笑って契を見ているだけで何か言う気配は一向に見せなかった。

 どういう事だ、秀一のことを聞いておいて明確な筆問をしてこない、と言うことは何か意図があるのかもしれないが、いったい何だ。

 そこで何かが引っかかっていることに気が付き、そして答えにいきついた。

 瑠璃は秀一が好きであると、だが、おかしな事があった。二人が仲がいい姿など見た事もなければ、喧嘩している姿しか見たことしかない、さらに言ってしまえば、秀一はあまり相手にしているようにも見えない時がある。

 しかし、それが今の場挙を他界する策になるとは・・・・いや、もしかしたら、あり得るかもしれない。

「気が付いた? そう、瑠璃は、私は、秀一に恋をしている、でも、同時に適しもしている、これは矛盾よ。

 矛盾はさらなる矛盾を生み、必要のない者を呼び寄せ、そして力を得てまた新たな無寿を生む、これには終わりが無く、さらに言ってしまえば、終わりがないと言うことは永久に続くと言う事になる、つまり、これを快勝する方法は一つ」

「瑠璃さんの・・・・浅川さんの恋心を解決すること・・・・」

「はい、良くできました。ご褒美にキスしてあげましょうか?」

「結構です」

 嬉しそうにウィンクしながら瑠璃は契にそう言ったが、契は怪訝そうな顔をしながら断った。

「じゃぁ、とりあえず帰ります、もうここにいてもどうしようもなさそうなので」

「あぁん、そんな寂しいこと言わないでよ、少しぐらいお話ししましょうよ! あ、逃げられた。ふぅ~、余計な事したかしらね?」

 誰に言う出もなく、虚空を見つめながら瑠璃はそう呟くと、優しく柔らかな笑みを浮かべたのでした。



「ふぅ~、疲れたわ、陣は、まぁこのまま維持かしら。しかし、契君と言ったかしら、彼なかなか良いわ」

『ちょっとリリス嬢、俺の目の付けた者に横やりはなしですよ』

「分かっているわ、魔術師で、師匠の私が、愛弟子の事に口はださないわ。それよりも、貴方ね、精霊のロザリオと懐中時計を二人に渡したのは?!」

『あれ、ばれました? いやぁ二人なら間違いはないかなって思ってね』

 リリスは普通に会話を続けながら、部屋の壁付近にあるソファーに腰掛け、一息つきながら、さらに会話を続ける。

「私はかまわないの、秀一、お前の家系が代々引き継いできた儀式を・・・・いや、よそう、これは私が口を出すことではないわね」

『ご理解頂けて光栄なのですが・・・・まさか北条さんと知り合いとは驚きました』

「知り合いも何も、私がここに住まわせて貰っているんだ。叔父様がいい人でね、色々あって部屋を使わせて貰っている。

 それより、経過はどうだ、浄化できそうな感じか?』

 両手で作りかけの練金の材料をあさりながら、作業を進め、リリスは、部屋の中央、魔法陣が描かれている場所に立つと、瓶の中に元素と言われる不思議な色をした液体を入れ、呪文を唱えると、液体の色が変化し、エメラルドグリーンになった。

『そ、それが、浄化せずに戻ってきました』

「そうなのね、分かったわ、私もこれで・・・・秀一、もう一度言って、今なんて言ったのかしら?」

『いや、ですから、戻って来ちゃったんですよ何もしないで!』

 リリスは立ちつくしたまましばし考えた。

 珍しいこともあるわね、普通はさっさと浄化して帰ってくる、これが普通の態様の仕方であり、今まで担当してきた者は全てその選択肢を必ずして帰ってきたが・・・・うん、流石に華衣莉ちゃんが惚れるだけはあるのかしら。

 などと、考えを巡らせながら少しした後、リリスは口を開いた。

「私も今から向かいます、全員そこを動かないようにお願いしますね」

 リリスはそう言うと、液体を机の上に置いて、さらに服を何着か選んで着替え、その後、魔法陣の上に立つと、詠唱を初め、次の瞬間、その姿はもう部屋のどこにも存在しなかったのでした。



 契君が戻ってきて、安心したかに見えたのだが、秀一君は契君に罵声をあびせながら何事か叫んでおり、瑠璃は意識を取り戻したのだが、どうもすっきりとした顔はしていなかったで、私は少し訝しげにその様子を見ながら、ココに話しかけてみた。

「どうなったの? 秀一君が怒ってるみたいだけど・・・・?」

 全く状況が出来ない私、まぁ、もともと魔力だのの知識は無いのだから仕方がないわけだけど、それにしても分からないことが多い気がする。

「それなんだけど、本来、浄化すると言う形で契君が瑠璃の体、え~と、つまり心に入ったわけだけど、何もしないで帰ってきたみたいね、私もそれは不思議なんだけど、どうしてなのかしら?」

 ココも首をかしげながらそう説明してくれた。

どうやらそれは普通ならばあり得ないこと、と言うことらしいのだが。

 私はとりあえず考えるのを止め、契君達の元に向かった。

「瑠璃、気分はどう?」

 大丈夫と、声を掛けようかと思ったのだが、その確認は必要ないことに気が付き、私はそう訪ねたのでしたが。

「最悪ですわ・・・・五月蠅い、そこの二人!」

 瑠璃は頭に手を当てながら、二人を怒鳴りつけると、契君と秀一君は言い合いを止めた。

 主に秀一君が一方的に契君を怒鳴りつけていたような気もしなくはないのだが、この場合、瑠璃にとってはどちらでもかまわないだろう、どちらかと言えば話し声そのものが五月蠅いのかもしれない。

 そんなことを考えていると、瑠璃はいきなり立ち上がろうとしたので、私はとっさにその体を支えました。

「うっ・・・・疲れたわ・・・・か、カエちゃん、ごめんね」

「大丈夫だよ、それよりどうするの、少し保健室で横になる?」

「お姉ちゃん、それは話を聞きながらで良いかしら?」

 突如、私の背後から声がしたので振り返ると、フリフリのワンピースに、桃色のリボンを付けたリリスちゃんがそこに立っていた。

「り、リリスちゃん、どうやってここに!?」

「ひみつ!」

 リリスちゃんはそう言って可愛くウインクを見せると、契君に近づき、まじまじと彼を見た後、少し身を引いてから口を開いた。

「理由、聞かせてもらっても良いかしら?」

「う、うん、その・・・・」

 契君はうなずきはしたものの、何か言いずらそうに言いよどんでおり、どうして良いのかはかり兼ねながら瑠璃の様子をうかがっていた。

「瑠璃、少し保健室で休みましょう、無理をしすぎよ」

「はい、お嬢様・・・・」

 弱々しく何故か仕事口調に戻りながらも、私に促されながら、その場を後にすることを了承してくれた。

 私は契君にウィンクして見せた。

どうやら瑠璃がいるとしずらい話しらしい、と言うことが先ほどのちょっとした動きで私は分かってしまい、よけいなお世話かな、などと思いながらもそう言って瑠璃を連れて出て行くことにした。

「ココ、ごめん。私の変わりに少し話を聞いてもらって良いかしら?」

「うん、大丈夫よ、瑠璃のことお願いね」

 ココにそう言って私はその場を後にしたのでした。



 華衣莉と瑠璃が屋上を出て行ったのを契は確認すると、気持ちを入れ替え、頭の中で話をまとめる。

「それで、どういう事なのかしら?」

 言葉は冷静で表情も穏やかな者なのだが、このリリスと言われた子に、契は少なからず恐れを感じた。

 恐怖、と言うのが正しいかもしれないこの感覚、その中でもまた違ったものがあり、恐怖でもあり何か別の恐れという感情であるような、そんな感覚が契の体をまるで蛇に締め付けられるように、ゆっくりと漂っているような、そんな感覚を彼は味わいながら、ゆっくりと口を開いた。

「け、結論から言うと、彼女中にはもう一人の彼女が居て、彼女は、矛盾とは、私が仕事とプライベートを分けられなくなり始めていたこと、そして、恋という感情と、学校という環境が影響をし始め、私という存在が瑠璃にとっていったいなんなのか、それが分からなくなり、瑠璃は感情を暴走させ、結果、私が表に出てきたのだが。

 感情の暴走と、矛盾を抱えた瑠璃はどうして良いのか分からず、さらに私が表に出ているにもかかわらず、彼女も出てきたものだから、体の制御が聞かなくなり、結果、この事態になったわけだが。

 問題はそこではなく、恋という部分が原因らしくて・・・・え~と」

「はっきりしないわね、良いから言ってみてくれますか?」

「浅川さんは、秀一に惚れてるみたいなんだよ!」

 契は叫ぶようにしてそう言うと、ゆっくりと秀一に視線を向けてみるが、彼は目をしばたたかせながら、今なんて言ったんだ。みたいな顔で契を見ていた。

 ココとミミは嬉しそうに秀一の周囲を飛び回り、リリスはニマニマと変な笑みをうかべていた。

「秀一、なによ、意外とおませさんなのね!?」

「ち、違います、誤解です。だいたい何でそんな事になって。契、ちゃかすのはよせ!」

「ちゃかしてないし、冗談でもないよ」

 俺は秀一をまっすぐに見据えながら、はっきりとした口調でそういうと、彼はそれ以上何も言わず、考え込んでしまった。

「しかし、以外だわ、そういう事で瑠璃さんが取り乱すなんて。仕事とプライベート、恋愛は両立できると思っていたんだけど、なんでも完璧って訳にはいかない・・・・・そういう事なのかしらね」

 リリスと言った小さな女の子は、そう言って空を仰ぎ見ながら秀一からはけっして視線をそらしてはおらず、何かを待つようにしていた。

 俺はと言えば、そんな二人の会話と仕草を聞きながら、この二人はどういう関係なのかと考えていた。

そもそも、あきらかに年齢が違う事が身体的特徴からもあきらかであり、接点と言われるものがまるでない。

 想像してみる、秀一がやけになり小さい子に・・・・・・・・今一瞬想像してしまった自分を食いながら、俺はリリスちゃんに話しかけた。

「コレの解決方法って、やっぱりアレだよね?」

「ええ、そうね、それしかないと思うわ」

「何だ、二人して何を同意しあってるんだ?」

 分からないのは当事者だけという事らしく、俺とリリスちゃんはやれやれと思いながら、同時にその答を口にした。

「「告白しかない!」」

 俺達二人は同時にそういい、それを聞いていたミミとココは、嬉しそうな声を上げながら秀一の周囲を飛んでおり、当事者はと言えば、固まったまま何の反応もしめそうとはしなかった。

 と言うよりも、ただ単に放心してしまっただけのようだった。











第三章

瑠璃の暴走事件から一夜明けた朝、私はゆっくりと起き上がると、一度伸びをし、ベットから出る。

あの後、瑠璃を保健室に寝かせた後、彼女は深い眠りに落ち、それ以降起きる事は無く、パパを呼んで車で運んでもらい、同時に騒動の後始末を、私とパパで何とかかたずけたのだが、教師は少し納得いかないと言う顔をしていた。

そこは適当にごまかして逃げてきてしまったが、今日学校に行ったからといって彼らに何かを言われる事はない、そこの部分はちゃんとパパが根回しをしてくれているであろう。

問題はそこではなく瑠璃の事だ。

彼女の処理はとりあえず防いだが、クラスの皆がどういう反応を見せるか、それが私にとっては一番気がかりで仕方がなかった。

「ふっ~はぁ、よし」

「おはよう、カエちゃん」

「おはよう、ココ」

 朝の挨拶をココと交わしながら、私は私宅を始め、ロザリオを首から提げて部屋を出る。

廊下のいつもの仕掛けを通り抜け、食堂に入る。

「おはよう・・・・・あれ、お父様、珍しいですね」

「おはよう、私の可愛い娘一号」

「おじさん、おはよう。二号は誰なの?」

 ココがお父様の近くまで飛んでいくと、挨拶も早々にそんな事を聞いていた。

私としては、まず娘に朝会って第一声がそれと言うのが問題のような気がした。

「お父様、瑠璃は?」

「はいは~い、お呼びかしら?!」

「え、きぁ!」

 声と同時に私に抱き付きながら瑠璃が耳元でそう囁き、私はびっくりしながらも瑠璃が元気で安心した。

「ほらココちゃん、この子、瑠璃が私の娘二号だ」

「おお、わかりやすいです!」

 感心しながらココは笑顔で頷いていた。

「旦那様、私・・・・!」

 瑠璃が何かを言おうとしたが、パパはそれを制止し、柔らかい笑顔を作りながらゆっくりと口を開いた。

「いいんだ。人は誰しも抑えきれないものが不意に出て自分を制御できなくなる、それは決して恥じるべきことではないよ。だから、今回の件は何も言わなくて良い」

「旦那様・・・・・」

 涙を必死に堪えながらしきりに頷いていた。

 私は嬉しさと愛しさがこみ上げてくるのが分かり、思わず立ち上がり、そのままの勢いで瑠璃に向かって抱きつき。

「瑠璃ったら可愛いー!」

 できうるかぎりの満面の笑みを浮かべながら、そう言いながら瑠璃の頭を優しく撫でていた。

「あら、朝からごちそうさま」

「え? リリスちゃん?!」

「何驚いてるの私だって食事するよ。とは言いたいけど、今日は少し用事でね・・・・・・ところで、いつまでラブラブしてるのかしら・・・・」

 リリスちゃんにそういわれ、私たちはお互いに慌てふためきながらその体を離した。

 離れたと同時に胸の鼓動が早くなり、落ち着くために深呼吸をする。

その光景を見ていたリリスちゃんは、少々顔を赤らめながら話し始めた。

「瑠璃、体調はどんな感じ、できるだけ正確に教えて、それと、おじ様」

「何かなリリスちゃん」

 などといいつつ、パパは何かの本をどこからともなく出し、それを何も言わずにリリスちゃんに渡した。

「ありがとう、話が早くて助かります、お金は後で払いましょうか?」

「いや、私の家族の一大事だし、それぐらいはどうにかできた」

「しかし、けっして安いものでは・・・・・・」

 いったい、この二人は何の話をしているのか、その事を半分も理解できないうちに、リリスちゃんは瑠璃に向き直り、先ほどの質問の答を待っているような目で瑠璃を見た。

「今は落ち着いてるわ。むしろいつもより体調が良いかもしれないわ、コレって何か重要なことなのかしら?」

「ええ、悪くないならば最高よ」

 リリスちゃんは歳に似つかわしくない不適な笑みを浮かべながら、手を自分の唇に当てていた。

 リリスちゃんのこの仕草は彼女の癖で、大抵、これをするときは考え事をしているときだが、私はそれよりも、リリスちゃんの手元の本が気がかりで仕方がなかった。

「うん? どうしたの華依莉・・・・・ああ、コレね、コレは二重人格変革における魔術学の理論を・・・・・ごめんなさい、この説明ではわかりにくいわね、簡単に言うと、瑠璃の現在の状況を解決するための方法がこの中に載っているわ」

 最初は難しい回答だったのだが、言い直されるとものすごく単純に聞こえたが、どうも中身は相当訳の分からない事になっていそうである。

なので、私は適当に頷いておいて適当にごまかしておく事にした。変に追求するとよけいな事になりそうだからだ。

 だが、その本でもう一つ気になった事がありました。

「パパ、こちらどうやって手にお入れになったのですか?」

「うん、ネットオークションと事実確認をして何とか手に入れたんだ、まぁ110万ぐらいで落とせてよかったよ、正直もう少しすると思ったんだがな、魔術がらみだし」

「・・・・・・・」

 私とココ、瑠璃は呆然とお父様を見て唖然としていたが、本人はといえば高笑いなど決め込んでおり、まったく気にしていない。

 その時、私はさっきのリリスちゃんの言葉を思い出した。安いものではない、という言葉を、つまり、リリスちゃんは、これらのモノがいったいどれだけの値段で取引されているのか知っているのだ、わずか10歳で大学生であるのは伊達ではないらしい。

「それより、朝食をいただきましょう、リリスちゃんも食べていくわよね?」

「ええ、たまには皆で食事というのもいい気がするわ」

 私は、少しわざとらしいかとも思ったが、朝食に入る事を進め、リリスちゃんもそれに同意してくれた。

場の空気を変えるためという意味合いがあったが、どうやら成功らしく、皆明るい表情で朝食を食べ始めた。

 朝食を終え、学校にいく用意をし瑠璃とココとともに屋敷を出る。

 朝の通学路で不意にココが私に言ってきた。

「カエちゃん、試練だけど、どうもまだ続いてるみたいなんだけど・・・・・・どうする、瑠璃の問題を解決してからでも、私は良いんだけど」

「ああ、そうね~、神凪さんの事は気になるけど、瑠璃の事を優先・・・・」

「カエちゃん、私は良いから、神凪さんの事をお願い」

 私の言葉を途中で遮り、瑠璃は私の顔を見ながら真剣な顔でそう言ってきたが、私としては瑠璃も心配の対象であるため、素直にうなずく事ができないでいた。

「それなら契と俺が責任を持つよ、北条」

「え、あ、秀一君、おはよう。っていきなり何の前ふりも無く現れないで、心臓に悪いわ」

「おお、すまん。契とミミもそれでいいか?」

 そう言って秀一君は、自分の背後に声をかけると、返事がすぐに返ってきた。

「ええ、私は構わないわ。もともと、試練の内容にもなってるし。そうすればココたちも都合が良いでしょうし。契君はそれでいいかしら?」

「うん、構わないよ。ただ、北条さん、俺も神凪さんの事は気になってるからどうにかしてあげてくれるかな?」

 上目ずかいで、女の子のような表情で私にそう頼んできた契君を見て、私の心臓は思いのほか元気に跳ね上がり、ドキドキしてしまい、うまく声が出せず、その代わりに必死に頷いた。

 すると、契君は嬉しそうに微笑むと、ありがとう、と優しい声でそういったので、私の顔は、多分やかんのように真っ赤になってしまったのだと思う、その証拠に、そこに居た契君以外の全員がくすくすと笑っていたのだ。

 そのまま、四人と二匹? で登校し、学園内に入ると、その雰囲気は一変した。

 何かを恐れているような、そんな視線があらゆるところから降り注ぎ、かなり居心地が悪い。

まぁ世間の反応なんてこんなものなのかもしれないので、私たちはそれを気にすることなく昇降口に向かう。

 昇降口に付くと、一人の女子生徒が私の目に留まった。神凪さんだ。

「おはよう、神凪さん」

「!!!」

 私が声をかけると、彼女は方を一瞬ビクンと吊り上げ、次に、ゆっくりとこちらに振り向き、私の顔を見ると、その目を見開き、次の瞬間、踵を返してそのまま走り去ってしまったのでした。

「私、何かしたからし?」

「カエちゃん、大丈夫じゃない。敵意みたいなものは感じなかったし」

 ココが私の横にしてそう言いながら、神凪さんの走って言った方向に視線を向けた。

「とりあえず、私たちも教室に行きましょう」

 瑠璃も少し様子がおかしいような気がしたが、彼女の、その提案に賛成し、全員靴を下駄箱に入れ、上履きに履き替えると、その場を後にした。

 教室の前まで来ると、瑠璃と私はその場に立ち尽くした。

 アレだけ暴れたのだ、普通に考えれば学校に来るべきではないと思ってもおかしくはない、それが今ここに居て、暴れた現場に当事者二人が入ろうとしている、入った瞬間にクラスメイトの冷たい視線は覚悟しておくべきだろう、そう思った。

 覚悟、そう、多分コレは覚悟無しでは無理だろう、それと同時に恐れ、恐怖、それらが付きまとう。

躊躇ってしまう、しかし、ここで踏み出す事ができなければ何一つよくはならない、その事を私は知っているし、瑠璃も理解している、それが明日へと繋がっていくのだという事も。

「行こう」

「うん」

 私たちは手を取り合って教室のドアを開けた。

そこにある未来への道を歩くために。

「ごめんなさい!」

 何がおきたのだろう、最初にそう思い、次に来たのは全員が目の前で頭を下げている事だった。

それは男子女子例外は無く、クラスメイトの全員が入り口を囲むようにして頭を下げていた。

どういう事なのかすぐ理解できずに、私たちは後ろを振り返ると、契君と秀一君が笑顔で笑いかけてきた。

つまり、そういう事なのだ、この二人が何とか知れくれたのだと、この時初めて理解した。

皆がちゃんと理解してくれた事が私と瑠璃は嬉しくてたまらず。

「瑠璃、よかったね」

「うん」

 瑠璃は顔をゆがめ、目頭に一滴、綺麗な輝きを浮かべながら、柔らかに微笑んだのでした。

 私は周囲を見渡し、神凪さんを無意識に探すが、彼女の姿を見つける事ができなかった。

つまりあの後、教室には来ていないという事なのだろう。

「ごめん、契君、秀一君、ここお願い、私少し行ってくる!」

 私はそういい残すと、その場を後にした。

 どこをどう探せば良いのか、それは分からない、でも、一つ分かっている事がある、このままで良い訳がないという事だ。



 その頃、リリスはといえば、今朝渡された本、魔法学書に目を通しながらふと考えていた。本当に人は恋をしただけで何もかもが変わり、自分の感情すらコントロールができない、などと本や、話にはそう聞くのだが、リリス自身がまずまだ10歳という若さであり、そういった経験というものがないのだ。

いまいち理解できないのは仕方のないことなのかもしれなかったが、本人はまったく納得していない。

 そんな中でも魔法学ともなれば話は別となり、リリスは本に記載されているものをしっかりと記憶していく。

否定するのではなく、理解する心が必要だと考えるリリスにとって、納得できないからといって否定して、理解を拒む事はしない。理解を拒むという事は、すなわち、知りる事ができるという貴重な体験を無碍にする事であり、それは同時に愚かな行為でもあるからだ。

だから彼女は理解できずとも、理解しようとする努力だけはけっして止めようとはしないのだ。

そこには、もしかしたら自分の探していた答えがあるかもしれないのだから。

「さて、瑠璃をどうにかしなくちゃいけないし、頑張りましょう」

 そう言って彼女はもくもく本を読んで、そして記憶していく、明日へと繋げるために、大切な人を、家族を、苦しみから救うために。



 学園内は広いとはいえ、行く場所などどこにも無く、私は屋上に来ていた。

 先ほど北条に挨拶された時、私はどうすれば良いのか分からなくなってしまっていた。会う前ならばいくらでも言葉はできていた。

 昨日は何で助けたんだ。とか、よけいなお世話だ。とか、言いようはいくらでもあったし、実際にそう思っているはず、そう、あくまではずとしか言えない。

迷惑、そうは思うも、完全にその行為が迷惑だったかと問われると、もう何もいえなくなってしまう、我ながら情けないとさえ思うのだが、コレばかりはどうしようもない。

 敵対していた。

いや、私が一方的に敵意を抱いていた。

最初見たときから気に入らなかった。

愛想がよくて、上品で、友達もいて、信頼してくれる人もいた。

だから、よけいにムカついたし、イライラした。自分に無いものを彼女はすべて持っていたのだから、それに付け加え、北条家時期当主というのだからイライラどころか、人を小ばかにしているそう思った。

普通の人が一生頑張ってもてに入れるのが困難なもの、それを彼女は生まれたときから持っていて、将来が約束されていた。

その事が無性に腹立たしくありはしたのだが。

本人はそれらを掲げて傲慢になったり、嫌味ったらしく力を見せ付ける事はしなかったのだ。

そう、彼女は理解していた。自分のたちが胴回りに影響するのかを、そのせいで不愉快な思いをする人がいる事を、だから彼女は普通の女子高生として振舞っていた。

それなのに、それなのに私ときたら。

下らない意地を張り続け、下らないプライドにしがみつきながら、彼女を目の敵にしていた。

そんな自分に、更に苛立ち、その矛先を彼女へと向けることしかできなかった私。

本当に情けないし、話しにならない。

こんなに嫌な気持ちだというのに、今日に限って、これまた晴天ときたものだ。本当についていない事が多いな。

教室に行けばたぶん自分への仕打ちは、昨日よりもひどいものとなっているだろう事が分かる。

 何故そのような事が分かるのか、愚問だ。

自分がやる立場に居たからだ。そんな事は分かりきっている。

 自分が今までしてきた悪事、そう、悪事だ。それら全てが回りまわってこういう形になって帰ってきたという事なのだろうと思う、それは自業自得としか言いようがない、どうにか解決策をなどとあがいたところでそんなものがない事に気がつく。

「空、高いわね・・・・・・」

 ずっと忘れていた感覚が不意に体を襲う、それは幼い頃に感じた清々しさ。

何故だろう、重いはずの心が解けていくような気がする。

「そういえば、もう何年も空なんてまともに見上げた事なかったなぁ」

 誰も居ない屋上。

当たり前だ、もうすぐホームルームも始まり、生徒達が黒板に向かっていそいそとペンを走らせ、出された問題を永遠と答えていくのだ。

「帰って寝ようかしら・・・・・それともここで寝ようかしら?」

「それも良いわね~」

 何だ、今変な感じが。

 そう思い辺りを見渡すと、屋上の入り口から、私の最大の敵が私に向かってゆっくりと歩いてくるのが見え、私は体が竦むのが手に取るように分かった。



 屋上に出ると、探していた人物が柵に寄りかかりながら空を見上げており、私は声をかけられないで居たが、ゆっくりと彼女に歩み寄る事ができた。

 その途中、彼女が囁くように言った言葉「それともここで寝ようかしら」と言う声が私の耳に届き、私は思わず口を開いていた。

「それも良いわね~」

 自分でも驚いた。

何故そのような言葉が出てきたのか。

 そもそも、彼女は私を警戒している。

見て分かる、私が声をかけたと同時に彼女が警戒を強めた事が、だが、どうしてか、それは敵意ではなく、恐れとか、不安とか、そういった部類の感情のように私の目には映った。

「何しに来たのよ?」

 何をしに来たか、その問いに答えようにも私自身あまり理解をしていない、ただ放っておけなかった。それだけなのかもしれないし、もしかしたら哀れみや、同情と言った感情からなのかもしれない。いずれにしても、その問いに私自身は答えられなかった。

 なので、私は笑顔を浮かべながら近寄ると明らかに警戒された。

 何もそそこまで警戒しなくても良い様な気もしないでもないが、まぁそこは今まで目の敵で、目の上のたんこぶだったのだろうから、仕方ないかもしれない。

「なに、私をあざ笑いに来たの?」

「う~ん、それって、どうやればいいの?」

「はぁ? あんたね、私を馬鹿にしてるの、そんなの今まで・・・・・・・・」

 怒鳴りつけられたのだが彼女はそれを止めた。

どうして止めたのか、そんな事は分からなくもない、なぜなら、私が本気で悩んでいたからだろう。

「なんでもないわ・・・・それで、本当に何しに来たのよ。私はあんたなんか大っ嫌いなんだから手短にしてくれないかしら?」

 何故か顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまい、私はそれが可笑しくて笑いそうになりながらも、必死にそれを押さえ、何とか収まった頃、話を切り出した。

「さぁ、行こう」

 私が手を差し伸べると、神凪さんは、どこへよ、と言いたげな表情をしたので、私ははっきりと言ったのだった。

「教室によ」

「な、何を言い出すのよ。無理に決まってるでしょ!」

 彼女はそう言って私の手を払いのけ、怒りの満ちた表情で私を睨み付けながらさらに続けた。

「私を貶めたいの!? それとも私をいじめてあざ笑って高みの見物でもしたいの!?」

 確かに彼女の言いたいことも理解できる。

 彼女のしてきた事は、それだけの事をされても文句は言えないだろうし、それが普通の反応なのかもしれない、だが、私は思った。

 先ほどの教室に入ったときの雰囲気と感覚。そして、彼らは神凪さんにも同じように接してくれるのではないかという、確信的な何かが私の心にはあった。

「さぁ、行きましょう、私達がいるべき場所に」

「どうして、どうして貴方はそんなことが言えるのよ!」

「友達だからかな」

「え・・・・そ、そんな分けないでしょ! 私が今まで貴方にしてきたことはそん・・・・」

「じゃぁ、私と友達になりましょう、そうすればなんの問題もないわ。もし、みんなが貴方を拒絶しても私は貴方のそばにいるわ、だって友達ですもの」

 私は心の底からそう思っていた。

 偽善や哀れみなどと言った勘定ではなく、本当に、ただ純粋に彼女のそばにいて、その力になってあげたいと私は思ったのだ。

 だが、現実としてそれは受け入れてくれることだろうか、今の今まで憎み続けてきた人間に、友達になろう、貴方のそばに居続けるわ。その言葉が彼女にはまず信用できるわけがない、すなわち。

「ふざけないで!」

 そう言うと同時に私に向かって殴りかかってきた神凪さんだったが、私は避ける事はなくその一撃をうけ倒れた。

もちろん避ける気になれば普通に避けられる状態ではあったし、その攻撃が私を捉えるのもはっきり見えたのだが、私はそれを呆然と見つめていた。

「どうしてよ、この程度、普通に避けられるでしょ!」

 確かにそうだ、この程度なんでもないどころか、避けたと同時にカウンターを繰出す事もたやすいだろう、しかし、私は受けた。避けるでも、反撃するでも、防ぐでもなく、受けたのだ。自分でも今の行動には少々驚いていた。

「あれ、どうして?」

 誰に聞くでもなく、一言そう呟いていた。

「カエちゃん、大丈夫、まともに入っていたよ!?」

「え、そうなの?・・・・・・・・う~ん、どうしてかしら?」

 訳が分からなかった。

 自分の事であるはすの事が分からず、他者の神凪さんの事は分かる、これは矛盾しているのではないのだろうか。

「ちょっ、ちょっと、大丈夫、打ち所悪かったんじゃ?!」

 私が独り言を言いながら考え込んでしまったせいか、神凪さんは慌てて私に駆け寄り私の頭に自分の手を乗せてきた。

「うん、大丈夫よ」

「え、こら、何を・・・・・」

 私は額に当てられた手を取り、その手を両手で掴みながら自分の頬へともって行き、ゆっくりと目を閉じて言った。

「暖かい手ね。貴方はけっして酷い人間でも、悪い人でもないわ」

「な、何で、何でそんな事が言えるのよ?」

 私はゆっくりと瞳を開くと、神凪さんの瞳を見つめながら更に言葉を続けた。

「だってね、こんなに暖かな手で、私の事を心配してくれているもの」

 その言葉は選んで紡がれたものではなく、ごく自然に口から零れ落ちるように自然と出てきたのでした。

それはまるで、空一面に広がっていた雲に、一筋の光の柱が希望を指し示すかの様なものだった。

「ば、馬鹿じゃない・・・・・・」

 口ではそういうものの、その顔は真紅に染まり、そのままそっぽを向いてしまいましたが、私にはその表情と態度がたまらなく可愛く見えました。



 ひとしきり泣いて、教室に入りながら、当たり前のように私の横を歩いて付いて来た秀一を、私は無意識のうちに見ていた、そんな自分に嫌気を感じながらも、悪い気分には不思議とならない事に気がついていた。

「か、カエちゃん、どこに行ったのかしら?」

 言葉ただ紡ぐだけでも、そばに秀一という存在があるだけで、息が苦しくなり、まともに言葉を紡ぐ事ができなくなる私。本当にどうしたのかしら。

「そうだな、少し遅いような・・・・・どうした?」

「え、な、何が?」

「何が、じゃなくて、俺の顔に何か付いてるか? さっきから見てるから」

「ば、馬鹿じゃない」

 私はそう言って顔をそらすも、どうしても秀一の事が気になってしまう。

 今の言葉で傷ついていないだろうか、今、どんな表情をしているのだろう、私、今どんな顔をしているのかしら。

 様々な感情とが思考を駆け巡り、どうして良いのか分からなくなりそうになる。

「大丈夫だよ、すぐに戻ってくるって」

 背後からの声、そこにはカエちゃんの好きな人、契君が笑顔でそう答えており、彼のその笑顔は心からカエちゃんを信じているようなそんな感じがした。

「なんだ、なんだ。その、俺達分かり合ってるぜ・・・・・みたいな台詞は、もしかして、契お前、北条の事・・・・・・」

「俺の事より、秀一は自分の事でしょ、いい加減答えは出たわけ?」

「いや、それはなぁ、え~と・・・・・」

 私の目の前で繰り広げられるやり取りに、私はどうして良いのか分からず呆然と聞いていた。

私、もしかして話の内容の中に入ってるのかしら、などと少し思ったのだが、私の名前は出てこなかったので少し寂しく思ったのでした。

 そうこうしていると、教室のドアが勢い良く開き、女子生徒が焦りなが、クラスメイト全員に聞こえる声で言った。

「北条さんが、神凪さんをつれてきたわよ!」

 その一言により、一瞬にして教室が沸き立つと同時に、同様と焦りが見て取れ、私は一瞬身構えてしまったが、秀一が私の肩に手を置き、私が振り返って彼の顔を見ると彼は首を横にふった。

それはつまり、何もしなくても大丈夫だ、という事なのかもしれないが、私の胸の不安は消える事がなかったが。

私は、私を温かく受け入れてくれた、このクラス全員を信じたいと思ったのでした。



 私は、嫌がる神凪さんの手を無理やり取ると、そのまま屋上を出て教室に向かう。

 もちろん昨日の一軒が誰が原因か、などと言う噂は瞬く間に広がっており、行きかう生徒達の視線は気になるレベルを超え、痛いと言えたが、それでも私は彼女の手を離さなかった。

 彼女はといえば、その事がどうしても気がかりで、手が振るえ、足も多少震えていた。

そんな状態でありながらも「その手を放して、貴方には関係ないでしょ!」と言いながら振り払おうとするも、その手に力は無く、本当に放してしまったら、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどの危うさがあった。

 私はそんな彼女を見ると、やはりこの手は離す事ができないと再確認すると同時に、この子と本当に友達になりたいと強く願いました。

 程なくして、自分達の教室に付くと、辺りは、寒気がするほどに静まり返り、これから世界が天変地異にでも襲われて滅びるのではないか、そう思ってしまうぐらいの恐怖がわきあがってきた。

 隣に居る神凪さんも、今にも逃げ出さんばかりに震えていた。

「行くよ」

「か、かってにしたらいいじゃない・・・・・・・」

 強がってはいるものの、その体は震え、今にもこの場から逃げ出してもおかしくはない状況だった。

 はたから見れば、自業自得だろう、とか、自分でまいた種ね。などというキツイ非難を受けるのが普通だ。

 いくら自分が間違いをした事を正そうとしたところで、回りはそう簡単には受け入れてはくれないだろう。

彼女はこれからそれと戦わなければならない、そして、それを耐え抜き、その先にある幸せをつかむために。

 そのためには一人ではまず不可能に近い。

 人はそんなに強くはないのだ。

 だからこそ、支えて上げられる人が必要で、私はその支える人になりたいと思った。

 なぜ、その答えは分からない、でも、もしかしら、その分からない答を見つけたいから、その先にある幸せがどんなものなのか、それを知りたいから、だから私は彼女のそばに居る事を決めたのかも知れない。

 それと同時に、私は彼女の最初の友達にもなりたかった。誰よりも優しい彼女の。

 私は繋いでいた手に少し力をこめ合図をすると、彼女も私の手を握り返してきてくれて、私たちは同時にドアに手をかけると、そのままゆっくりとそのドアを開けたのでした。

未来に続くドアを。










 最終話

 ドアを開けた先、そこは神凪 修子にとっては救いの楽園だった。

 開けられた扉の向こうには、クラスメイト皆が笑顔で、おはよう、と声をかけてきたのだ。

普通ならばありえないはずの光景、だがそこには確かに存在し、暖かく修子を迎えてくれ、修子は隣に居た華依莉に視線を向けると、彼女は柔らかく修子に微笑みかけ。

 瞬間、修子は目頭が熱くなるのが分かり、顔を覆う仕草をしようとしたが、それよりも先に一滴が修子の綺麗な白い頬に、綺麗な曲線を描いたのでした。

 彼女にとってそれは、紛れも無い救いであった。

 今まで自分が遠ざけていたものでもあり、そして心から欲してやまなかった暖かな場所がそこにあったのだから。



「お帰りなさい、カエちゃん」

「・・・・どうしたの瑠璃、動揺してない?」

 私は話しかけてきた瑠璃が少し変だったので、その顔を覗き込みながら尋ねると、瑠璃は視線をそらした。

「契君、少しいいかな?」

 私は契君を呼びかけると、そのまま少し瑠璃たちとはなれる。

「瑠璃、どうしたの? 秀一君が何かしたとか?」

「いや、それが何も、俺も、それとなくは秀一に促したんだけど・・・・・・よし、こうなったら、少し協力してもらっていい、北条さん?」

 決心に満ちた瞳で契君はそういうと、彼は私の耳元で囁くように呟いた。

「・・・・・・え、それは・・・・・契君、本気なの?」

「まぁ、その、かなり本気だけど・・・・・ダメかな?」

 自分で言い出しておいて自信がないらしいが、提案自体は際して悪いものではないのかもしれないと、私はそう思ってしまっていた。

 じゃぁ、どうしろと、などと問われたら、やはりこの手段が一番良いのかもしれない、などと思ってしまった。

「じゃぁ、男子への伝言は契君、私は女子全員に、わぁ!」

 その時だ、私の胸元から淡い桜色の光が放たれ、それは一瞬にして教室を満たし、静に光は私の胸元に戻ってきた。

「カエちゃん、おめでとう、第一の試練、無事に終了したみたいだよ。ロザリオを出してみて」

 私は言われたとうりにロザリオを胸元から出す、するとそこには、5つの水晶、そのうちの一つに、方角からすると北の方向だろうか、そこに淡いピンク色の水晶が出来上がっており、それが証しなのだと認識した。

「それが証し、第一の試練を終えた。カエちゃん、貴方は神凪 修子さんの心を開放できたのよ!」

 嬉しそうに私の周囲を飛び回りながら、そういうココに私は微笑みかけ、契君に振り返ると。

「今度は契君の番だね」

「任せて」

 こうして、私たちの作戦は幕を開けた。



 放課後、着々と作戦は進められ、準備が整おうとしていた。

「あのさぁ、私、何でここに居るのよ」

「作戦よ」

「いや、だから何の作戦なのよ」

 訝しそうな顔をしながら神凪さんは私を見ていったのでした。

「え~と、作戦内容だけど」

「人の話を聞きなさい!」

「い、いひぅぁいわぁ、修子ちゃんは・・・・・どうしたの真っ赤になって?」

 私の頬を引っ張っていた手を離してくれたので、私は神凪さんを、修子ちゃんと呼んでみると、彼女は顔を真っ赤に染めて、そっぽを向いてしまい、またそれがたまらなく可愛く思えてしまった。

「さて、気を取り直して。なずけて、瑠璃の気持ちをスッキリさせてしまおう大作戦!」

「何よ、その、どこかの変な団体がつけたような作戦名は」

「これ? コレは、契君の考えた作戦なのよ」

 私がそういうと、修子ちゃんは信じられないと言わんばかりに目を見開き、その後うなだれてしまった。

「それで、内容は・・・・・・」

 かなりやけくそ気味に修子ちゃんは内容を聞いてきたので、私はわざと満面の笑みを浮かべながら説明を始めました。

「まず、二人っきりにして、その後校内放送を使ってココの部屋限定に、瑠璃が秀一君を好きだという事を流して、後は流れに任せてみよう、という内容なのよ、そこで、クラスの皆には、二人っきりになれるように早めに教室を出てもらってるの、そして、外に出られちゃいけないので、こうやって協力者を募ったのよ!」

「募ったのよ・・・・・じゃなくて、私は、淺川が、松本を好きって事に驚いてる。あの二人かなり仲が悪いように見えてたんだけど、私の気のせいかしら?」

「それは、愛ゆえによ!」

「なんでそんなに自信満々なのよ」

 確かに、修子ちゃんのいう事ももったもと言えなくもない、こんな事をしてしまってはもしかしたら二人の関係は悪化するかもしれないし、成功する可能性撫でない、そもそもはたから見ても喧嘩としかいえない言い合いはしょっちゅうだし、もしかしたら・・・・いや、私が信じてあげなくどうするのよ。

 そう思うと、気合を入れなおし、契君に携帯を掛ける。

「もしもし、契君、ミミちゃん、そちらはどうですか~」

「はいはい、オッケイだよ、ミミは大丈夫?」

「うん、大丈夫よ、ココとカエの方は?」

「うん、大丈夫、ココ、初めて!」

「了解!」

 通話を終えると、ココがクラッカーを一発鳴らした。

 クラスメイト全員にはコレを合図にすると、あらかじめ言ってあったので、それを聞いたクラスメイトが、一斉に動き出した。もちろん秀一君と瑠璃も、帰る私宅を済ませ、早々に出て行こうとするのだが。

「ほら、修子ちゃん、行くわよ」

「え、ちょっと、聞いてないわよ!」

 戸惑う修子ちゃんの手を引いて、私は秀一君と瑠璃の下まで行くと、不自然にならない程度の笑みを浮かべて話しかけた。

「二人とも、ごめん、契君が何か用事があるみたいで今、職員室に行ってるのよ、その間少しまっていてもらってって言われて、それで、修子ちゃんも少しお話がしたいそうなのよ」

「ちょっ、か、むぐむぶ!」

「いいから、話をあわせて!」

 私は修子ちゃんの口を両手で塞ぐと、耳元で焦りながらそう囁くと、早く手を離せといわんばかりに修子ちゃんは首を上下に振った。

 理解してくれた事を確認すると、私は手を話し、とっさに振り返り瑠璃たちに愛想笑いを浮かべてみたが、二人は私たちは少し訝しげに見ていた。

 ばれていない、いやばれていたとしてもここは気丈に振舞えばなんでもない。

「カエちゃん、それより、ミミたちが来るまで私たちで何かしない?!」

「そうねぇ、いいかも」

「あのさぁ、さっきから聞きたかったんだけど、それ何?」

 私が自然にココと会話をしていると、修子ちゃんが私にそう問いかけてきて、私はそのまま停止してしまった。

「神凪さん、ココちゃんが見えるの?」

 瑠璃が驚きながら修子ちゃんにそう問いかけると、彼女はアンナも見えるのか、みたいな視線で瑠璃を見て、秀一君も多少なりとも驚いていたが。当事者のココはと言えば。

「いやぁん、そんなに見つめられると恥ずかしいよ!」

 などと言いながら私の周囲を飛び回っている。

 どして見えているのか、それは分からないが、虚空に話しかけていた事を説明するよりも簡単だと思い、私は手短にかいつまんで説明をした。もちろん、危険な内容や、NGワードは伏せての説明になってしまったのですが。

「ふ~ん、貴方もつくづく大変よね~」

 などと感心されただけで、それ以上詮索される事は無かったのだが、問題はそこではなく。

「いつになったら契君来るのかしらね、カエちゃん、何か聞いてないのかしら、私、メイドの仕事とおじ様からお使いを頼まれているのよ」

「いいや、えーと、もう少しかしらね」

 私は瑠璃にそう言いながら、ココに囁きかけ、いつ始まるのかと焦っていた。

 すでに教室には生徒は居らず、残っているのは私たちだけとなっていて、出口はしっかり協力者達によってガードされていると見てもよかった。

 そんな事とはつゆしらず、瑠璃と秀一君は大人しく契君の帰りを待っていてくれたが、会話が無いのが少し私は気になりました。

「ねぇ、私、必要なくないかしら?」

「ちょっと、待ってよ、良いじゃない、私たち友達でしょ!?」

 私はそう言って、修子ちゃんが逃げられないように、その腕に両手を巻きつけた。

「カエちゃん、ずいぶん仲いいわね・・・・・・」

 そう言いながら瑠璃がものすごい目で修子ちゃんを睨みつけており、対する修子ちゃんはといえば。

「え、きゃぁ!」

「うふふふ、どうお? うらやましいでしょ?」

 修子ちゃんは、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべながら私の頭を自分の胸に押し付け、瑠璃に挑発的な視線を向けながらそんな事を言って見せました。

「な、ななななな、何て事をしてるのよ!」

「あ~ら、何か問題がありますか~?」

「む~! う~!!」

 私がじたばたともがき苦しんでいると、修子ちゃんはさらに私を抱きしめる力を強め、私は息ができなくなりだしていた。

 その時だ、ココが私の耳元で、透き通る青い海の水のような綺麗な声で囁いた。

「作戦変更になったよ、今すぐに教室を出て、美術室前に来てほしいらしいよ!」

 私はそれを聞くと、どうしてそうなったのかとも思ったのだが、今はあまり時間がない、なぜならば、二人が何か怪しいと気が付き始めているからだ。

 早急に手を打つ必要があると思う。

「修子ちゃん、作戦変更、手、離してくれるかしら?」

 私が耳元でそう囁くと、首筋から真っ赤にしながら慌てて開放してくれた。

 それを見ていた瑠璃はイライラしながらも、顔が少し赤くなっていた。どうやら私の行動が少しいけなかったらしい。

「ごめん、少し用事を思い出したわ、二人はもう少しここに居てくれるかな」

 言うと同時に、私は修子ちゃんの手を取って教室を出た。

「ちょ、ちょっと、わぁ!」

 修子ちゃんは転びそうになりながらも、何とか踏ん張り、私の走るスピードに追いついてくる。

 そんな感じで慌てながら私たちは美術室前までやってくると、そこには契君とミミ、そしてもう一人、ここにいてはいけない人物、つまり外部の人間、リリスちゃんがそこに立っていた。

「リリスちゃん、どうしてここに?! というよりどこから入ったの?」

「解決策がいちよう判明したから教えにきたの・・・・・」

 解決策が見つかった。

 その話を聞くかぎりでは嬉しい知らせ、そのはずなのに、何故か不安を煽られ手居るようなそんな感覚を覚えた。

 理由は簡単なのだろう、その事を話すリリスちゃんの顔に少々かげりのようなものが見え隠れしているからだ、なぜ、そのような表情をするのか、私には理解できなかったが、事前に話を聞いていらのだろう、契君がゆっくりと言った。

「解決する方法は、その人の気持ちをスッキリさせる事、つまり告白を自分でしてもらい、振られるか、受け入れるか、そのどちらかがなされて始めて解決できるらしいのだけど、秀一が受け入れるとは考えにくくて・・・・・・」

 それをこの二人はよく知っている、だからこそなのだろう、それに、問題はもう一つあった。瑠璃だ。彼女が秀一に告白するという状況を作る、それはかなり困難であり、どう転んでもそれはありえない気がする、少なくても私が知っている瑠璃ならば。

「あのさぁ、今まさに二人きっりの教室で、夕暮れ時、しかも、周りには誰も居ないという最高のシチュエーション、あの二人が今まさにその状況、わぁ!」

「そうよ、すごい状況じゃない、このままほっとけば」

「それは二人の正確からして無理じゃないかしら」

 リリスちゃんが最後に止めの一言をいい、あっけなく盛り上がっていた会話が途切れてしまったが、確かにそのとおりなのかもしれない、瑠璃は意地っ張り、秀一君は知らん振りだし、コレって永久ループなんじゃない?

 そう思って悩みだした時だ、契君の胸元が青く輝き、辺りが光に満ち溢れた。

「コレって、まさか」

「カエちゃん、これは、試練が終わったときのだよ!」

 という事は、契君の試練も終わったという事になるのだが、何がどうなってそうなったのか、そこに居た私たちには知るよしも無かった。



 契君の試練が完遂される20分前、華依莉達が出て行った教室では。

「あ、あのさぁ」

「なんだ、淺川 瑠璃ちゃん?」

「ふ、フルネームで名前呼ばないで・・・・・・」

 瑠璃はそう言って静止をしたのだが、その声には力が無く、何かを良いなやんでいるような仕草だったが、その事に秀一はまったく気がついていなかった。

 瑠璃は数秒、視線をさ迷わせた後、まっすぐに秀一を捕らえ、緊張する手に力を込めなおしてから、震える唇をゆっくりと開いた。

「あ、あのね、ひ、人って、な、何で恋をするのかな?!」

 瑠璃はそう口走っていた。

 自分が何を言ったのか最初まったく理解できず、とほおにくれた後、すぐに自分がとんでもない筆問をしていた事に気が付き、慌てて自分の口に両手を添え、自分の口を塞ぎながら(わ、私は何をしたいのよ~)などと自分に尋問していたのだが。

「子孫を残すためじゃない?」

 当の本人、秀一はといえば大真面目に返事を返してきた。

 これには瑠璃も動揺したのだが、逆意、彼女にとっては緊張がほぐれ、良い効果をもたらし、自然と笑みがこぼれてしまうほどにまで落ち着く事ができた。

「どうした、何をそんなに嬉しそうにしてるんだ?」

「うふふ、本当に、貴方って、初めて会ったときから何も変わってないわね。

 能天気で、生真面目、そうかと思えば不真面目で、それでいて優しくもあり、意地悪でもあったわ。あの時も、そうだった、貴方が私を助けてくれて庇ってくれたあの時も、でもね、私はあなたの事、その時は嫌いって思ったの」

「何でだ?」

 秀一は不思議そうな顔をしながら瑠璃の話を聞き、瑠璃はそれを嬉しそうな顔で話していた。まるで、その思い出が大切な宝物で、宝石のようにキラキラと輝いているかのように、大切に、そして、うきうきしながら。

「それはね、意地が悪かったからよ。貴方、あの時(手間かけさせるなよ)って行って、私を助けると、すぐにどこかに消えて行っちゃったのよ」

「ああ、そういえばそうだったか。その後だよな、やたら学園で俺に絡んでくるようになったのって」

 苦笑いしながら秀一はそう話すのだが、瑠璃にはそれを不愉快に思う事は無かった。

 どうしてか、心がどんどん、澄み渡る青空のようにスッキリとしていき、何かに満たされていくような感覚が体に満ちていっていたからだ。

 そんな心地よい感覚は、言葉を紡ぎだすごとに強くなっていき、言葉を紡ぐ事が胸を更に躍らせてくれるような、そんな感覚だった。

「私ね、それからずっと貴方を意識してきた。

 時にはね、憎んだりもしたわ。

 でもね、いつからかしら、貴方を自然に目で応用になって言ったわ、それは不思議な感覚で、ダメよ、そう言っても体はいう事を聞いてくれなくて、知らず知らずのうちに貴方の姿を探して、その姿を捉えると、何故か満たされたの」

「それって・・・・」

 秀一にはこれから瑠璃が何をその口から紡ぎ、心の中のも思いをどう自分に贈ってくれるのか、それが分かっていると同時に、どんな言葉でそれに答え、紡ぎ、返すべきなのか一瞬迷ったのだが、彼女の瞳を見た瞬間、その迷いは夏の高原に吹く優しい風のように、ふわりと心から消え去ってしまっていた。

「私ね、私は、すー、はぁ~、あはは、震えてる・・・・・・私、秀一が、好き」

 震えながら、でも、綺麗な笑みで瑠璃はそう答えていた。

「どういえば良いのか分からない、でも、嬉しい、ありがとう」

 その瞬間、二人の瞳に一滴の水晶のようなきらめきが浮かび上がり、それは夕日の教室に光を満たすように小さく反射をし、互いの心を今まで感じた事のないぐらいに満たしたのでした。

 二人の心は誰よりもちかずき、そして、誰よりもお互いの事を分かり合っていたのかもしれないと、二人は、心の中で同じ事を思い、そして茜色に染まる教室で、何を言うでもなく、お互いのその唇にそっと口付けを交わしたのでした。

 お互いが、お互いを求め合い、支えあう人として。



 私たちは原因を確かめるべく教室に向かうと、協力者達が泣き崩れている事に気がついた。

 協力者、女子2名、男子2名だったのだが、女子はともかく、男子までもが涙をその瞳に浮かべているという事に驚きを隠せず、私は女子の一人に話しかけると。

「いえません、ただ、私たちは、こんなに綺麗で美しいものがあるのだと、初めて知りました」

 それ以上はいくら尋ねても4人ともに口をつむいでしまったが、私は、それで良いのかもしれないとそう思っていた。

 人の心をここまで動かすような出来事、むやみに人に話していいものではないのかもしれない。

 私はそう思うと同時に、自分のロザリオと、契君の懐中時計を見て思いました。

 この二つは、もしかしたら願いをかなえる幸せの道具とかではなく。

 幸せを皆に運び紡ぎだす素晴らしい物ではないのかと、この時そう思ったのでした。

 だって、こんなにも皆の心が満たされているのですもの。

 一人ではなく、皆が幸せにあるように。

 このロザリオと懐中時計の試練は、そういうものなのかもしれません。

                              END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロザリオと懐中時計 藤咲 みつき @mituki735

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ