第6話 Still Waiting
「ユヅル!起きて!起きて!起きるの!」
熟睡していた時に強引に起こされた
「おはようフォルテ、起きるの早いんだね」
「今日も布団で練習する!どいて!!」
そうですか...
やる気があるのは良いけど俺の睡眠時間が...
「分かったよ、ふぁ〜まだ朝早いから音は小さくね」
「まずは朝食にしよ?」
そう言ってキッチンに向かった
起きるのが早かったのか、まだ誰もいなかった
簡単に朝食を済ませるとヴィヴァーチェがやってきた
「おはようございます、今日は早いですね、あっ、もう食べ終わってるんですね」
「おはようヴィヴァーチェ、フォルテが練習したいから早起きでね、ドルチェは一緒じゃないの?」
「お姉ちゃんは朝苦手なんです、姉妹なのに全部真逆なんです」
笑いながらそう言うと朝食の準備を始めた
「ドルチェは...私のこと何か言ってた?」
「ユヅルさんとは関わらないでって...私も説得しようとしたんですけど...聞く耳を持たなくて...知らない楽器に、知らない音楽、私達と一緒にやる理由がないって」
「そっか、何をしでかそうとしてるか分からないから当然だよね」
そもそも話を聞いてくれなそうだな
他の人のように歌で刺さるものがあるだろうか
今までとはやり方をちょっと変える必要があるか?
「ドルチェはここでどんな演奏をしてるの?楽譜とかある?」
「ほとんど王謡ですね、楽譜もちゃんとあります」
「王謡?良かったら楽譜を貸してくれないかな?」
「文字通り王様への献上の曲です、国ごとにも違いますし、王様が変わるたびに新しく追加されます、いま楽譜を取ってきますね」
すぐに部屋から楽譜を取ってきてもらった
なるほど、王への献上というように賛美歌やクラシックの交響曲の様に壮大なものだった
1番ポピュラーなのはDマイナーか、第九と同じような雰囲気か?
マイナー調で悲しく響かせてメインのメロディで転調か、
売れなかった俺が偉そうに頭で解説する
この世界の楽譜が元いた世界と同じで良かった
あんまり熱心に勉強してないけど辛うじて分かる
「ありがとう、しばらく借りるね」
すぐにラルゴさんの所へ向かい開店準備前までドラムとピアノを練習させてもらえるよう交渉した
「今度は何を企んでるんだ?」
ニヤニヤしながら聞いてきた、あんたも楽しんでるじゃないか
「ドラムはフォルテが練習します」
「ピアノは...その日まで楽しみにしててくださいね」
不敵に笑いながら俺はそう吐き捨ててラルゴさんの部屋を出た
そしてフォルテに練習内容を告げて店を出る
「フォルテ、ちゃんと言ったことを練習しておくんだよ!」
目的地は前にヴィヴァーチェといた塔の展望台だ
ここは前にも来て分かったが王立交響楽団の練習風景が見えて音を良く聞こえる偵察にはベストな場所だ
気づかれて揉めるのは嫌だったので膝立ちをして
隠れながらその風景を眺めた
「退屈な音楽だなぁ、確かに上手い人達は居るけど、なんだろう、こう、訴えるものが無い、事務的というか」
「アイツら、そもそも音楽好きなのか?すごくつまらなそうにしてる...」
長居せずに帰ろうとした時、見知らぬお婆さんが声をかけてきた
「おや、あんたも演奏を盗み聞きかい?最近の演奏はつまらなくなったねぇ、昔は我が強い人が多くて曲者揃いだったけど、今はすっかり見なくなって」
なるほど、街の人間すらそう感じてるのか
目立たず無難に、日本の教育と同じだな、横並びの個性、目立つ者は淘汰、そりゃつまらなくなる訳だ
「おばあさん、私も同じように感じました、いつからこんな感じになっちゃったんですか?」
そう質問すると寂しそうに答えた
「そうさねぇ、もうる10年以上前かねぇ、才能ある若者が何人か同時に入った時期があってね、そりゃ聞き応えのある楽団だったんだよ」
「でも若い才能がどんどん出てくるのが気に入らなかったのかね、古参の連中は若い連中を解雇したのさ、歴史を歪曲させる大罪人だってね」
そんなのただの嫉妬じゃないか
才能ある奴に刺激されてまた上手くなろうとするんじゃないのか?
「それはいくら何でも難癖過ぎませんか!?」
少し荒くなってしまった、そんな奴ら許せないからだ
「そうさねぇ、けど起きた事は変えられん、その若い連中すぐに音楽を辞めちまったみたいだからねぇ、ほら演奏のある店があるだろ?あそこのオーナーは昔そのメンバーの1人だったんだよ」
「え!?それってテヌートのラルゴさんの事ですか!?」
「確かそんな名前だったか、歳を取ると物忘れが酷くてね、多分そんなだったと思うよ」
何で辞めてしまったのだろう?
そこで情熱が冷めてしまったのか?
俺がドラムに誘った時に「お前達の楽団」と言った意味は
自分達の番は終わったとでも言いたいのか?
「おばあさん、お店に是非いらして下さい、今の王立交響楽団よりも面白い演奏をお聞かせしますよ」
「って事はあんたは店の人かい?大見栄を言ったねぇ、期待しとくよ」
「1ヶ月、いや、2週間後に来て下さい」
「私が今までに聞いた事もない王謡を演奏します!」
「楽しみにしとるよ」
急いで店へと戻った
期限は2週間、1分たりとも時間は無駄に出来ない
やれる事を全てやるぞ
店について鍵盤をなぞる
練習前に話さないといけない人がいるな
コンコンと軽くノックをする
「ユヅルです、ちょっと話したいことが」
「入れ」
神妙な顔つきでお互いを見つめる
こちらから切り出そうとした時、
「俺に何か言いたそうだな?昔の話をしに来たんじゃないのか?」
ご名答、話が早くて助かるよ
「偶然街の人から聞きました、昔王立交響楽団に居たそうですね」
「ああ、それがどうした?」
「退団の後、何故音楽を辞めてしまったんですか?何故ここで楽団の不合格者が音楽を出来る環境にしたんですか?」
はぁーっとため息をつくと
「お前は本当に空気が読めないな、ま、それがお前の良いところか」
「よく言われます、自分の1番好きなところです」
「退団の理由は知ってるな?つまらない頭でっかちの人間のせいで退団した俺たちは音楽をどう続けるか話したんだ、けど多数の人間はこれ以上の嫌がらせは受けたくないと言ってな、音楽を辞める事にしたんだ」
「俺は続ける派だったんだがな、仲間が辞めて自分だけ続けるやり方が思いつかなかった、やる気は日に日に無くなっていってとうとう俺も楽器を触らなくなった」
「この店をオープンしようとしたのは元々音楽ありきじゃなかったんだ、単純に稼ぐ為だった」
「たまたま試験を受けようとする奴が働いていた時に良く練習しててな、客の前で演奏させたら評判が良くて客足も増えた、だから今の営業体系になった」
「ラルゴさんはそこで演奏しようと思わなかったんですか?」
一瞬言葉が詰まったように見えた
「オッサンに片足突っ込むとモチベーションを保つのが難してな、1回離れたものに戻るのは相当な気持ちの強さが必要かだ、俺にはそれがなかった、なにより」
「なにより?」
「自分よりもここで働いてる連中の夢が叶うのが俺の夢になっちまった、まだまだ若いんだがな、年寄りの気持ちが良く分かるぜ」
「そう...なんですね...」
お前達の楽団、その意味がやっと分かった
これは俺が、俺達が叶えなきゃ意味が無いんだ
「だからユヅル、お前がここに来たのは確実に意味がある、アイツらの運命が確実に動き始めた」
「だからこの歯車を、絶対に止めるんじゃねぇぞ!」
こんなに語気を強めたのは初めて見た
今、それだけの可能性があるという事なのか?
嬉しい反面、少し怖くなってしまった
失敗、その2文字を嫌でも思い浮かべてしまう
「しっかり見届けて下さい」
震えながらそう答えて部屋を出た
ビビってるんじゃない、これは武者震いだ
俺はすぐに鍵盤へと向かった
「ここは音数を増やして、あっちは削って、下げる音は3度か?いや5度か、途中で転調してメインフレーズの所で元に戻そう...」
締め切りに追われた作家の様にブツブツ言いながら作業に没頭していた
ピアノは弾いたことがあるが触れてなくて久しい
はたから見ればおかしい人に見えたのだろうか、空気を読んでくれたのか分からないが誰も声をかけず集中出来た
時々フォルテの練習状況を見ながらアドバイスする
と言っても2パターンだけなので反復練習がメインなのだが
放置も可哀想なのでそれっぽい事をアドバイスした
「ごめんねフォルテ、こっちが片付いたらもっと見れるから」
そう小さく呟いた
それから数日が経ち、相変わらずドルチェとは話さない状況が続いていた。
俺が何か企んで居るのは薄々気づいていた、だからヴィヴァーチェに俺の練習を聞こえないようにしてほしいと頼んでおいた。
姉妹の仲が悪くなったら俺の責任だ
ケジメはつけるつもりだ
あっという間に2週間が過ぎた
やれる事はやった、後はそれを発揮する事だけ考えれば良い
「ラルゴさん、今日の営業のどこかでピアノ演奏させてください」
「仕掛けるのか、楽しみにしてるぞ」
「誰も見たことない王謡をお聞かせしますよ」
そう言って開店準備を始めた
店がオープンしてすぐの満席、あの時のお婆さんも来てくれた
「約束通り来ましたよ」
「ありがとうございます、必ず満足させて見せます!」
そう意気込みを伝えて、仕事に戻った
ラルゴさんを見つけるとお婆さんは軽く会釈をした
知り合い?何だろうか
注文が緩やかになる時間帯がある
そろそろ頃合いだろう
俺はピアノの椅子に座った
「ねーちゃん、待ってたぞー!」
「今度はピアノか、出来んのかい!」
「またやらかしてくれよ!」
野次なのか、応援なのか良く分からない声援?が響く
すうっと一呼吸して俺は演奏を始めた
王謡の定番曲、Immutable
不変、の名前だけにこれがどんなに音楽家を縛りつけていたことか
俺は冒頭の8小説を弾いた後、メロディフェイクを始める
ざわざわとした反応
楽しんでくれてる人、戸惑う人、何が起こったか分からない人、反応が様々だ
「やりやがった!!」
ラルゴさんの言葉が聞こえた
最後まで見ててくれよ
メインのメロディまで崩せるだけ崩す
マイナーからメジャーに転調、メロディを2度3度、
テンポを4拍子から変拍子、次々と変えていく
「一瞬足りとも聞かせない間は与えないっ!!」
連符を駆使して鍵盤をドカドカと弾く
ピアノの音と同時に鍵盤を叩く音が混じる
これすらも演奏の1つに加えてやろう
これはただの強弱の強い音じゃない、パーカッションだ
変則的なメロディを経てようやくメインメロディだ
ここで一気に原曲へと戻る!
おお!っと一気に客席から歓声が上がる
まさかこんな形でジャズに挑戦するなんてな
原曲の難易度が低くて助かった
2週間なんてただの付け焼き刃、分かる人が聞いたら演奏の稚拙さなんてすぐ分かる
でも聞いて欲しいのはそこじゃない
音楽の自由さだ
音楽は自由で良い
クラシックのように楽譜の再現を突き詰める音楽なら邪道だろう
だが王への献上の曲なんだ
色んな解釈とアレンジがあっていいんだ
王が満足すれば良いんだ
歴史を重んじる王には伝統を
新しいことが好きな王には確信を
色んな可能性があっていい
人間の特権なのだから
メインメロディから終わった転調だが
7thを取り入れた
ありがちな手法だけど複雑な感情を表現するにはもってこいだ
緊張感からこの世界の人達にはなんとも言えない音に聞こえただろう
わざと色んな解釈が生まれるように、そう演奏した
ジャーンと最後のDm7を鳴らす
和のような不思議な音
客先はシーンとなった
誰もリアクションが出来ないからだ
パチパチパチパチと1つ拍手が鳴った
ラルゴさんだ
よくやったと言わんばかりの笑顔をくれた
やれる事はやりましたよ
ダメだったらすみません
不思議な演奏を聞かされた客達は
この演奏の事を話しながら帰っていった
「いやーおもしろかったな!」
「いや、あんなのダメだろう!」
「知らない曲かと思ったら急に知ってるメロディだもん、ビックリしちゃった」
俺にとってこの反応は上々だ
やりたかった事が出来たってもんだ
さて、本命のリアクションはどうだ
「ドルチェ、私の演奏どうだった?」
食い気味に怒鳴りつける
「どうしたもないわ!あなたふざけてるの!?」
予想通りだった
人生をかけて突き詰めた物がこんなに変えられたのだから
「何故楽譜通りに弾かないの!?王様へ献上するのよ!?」
「あなたのアレンジは王様への配慮が足りないわ!」
「この曲が王様へ献上しない客だった場合はどうなるの?」
「ドルチェは、このアレンジを純粋にどう感じた?」
「それは...」
言葉が詰まった、今だ
「ドルチェ、私のアレンジをふざけてると思ったのは間違いないと思う、でもあなたならこの曲をどう解釈する?」
「楽譜通り弾かなきゃいけないのは確かにそう、でも解釈をするのはドルチェなんだよ?誰かにどう弾けばいいか指示をされるのを待つだけなの?」
「それしかない楽団に居て何を得るの?」
「あなたには関係ない!」
「体が弱いの、本当は嘘でしょ」
「!!?何よ...それ...そんな事ない...」
「普段の仕事ぶりを見てて思った、それと今日の演奏を見てもらって確信した」
「どういう意味よ....」
「普段あなたは一度も休憩しない、裏で椅子に座る事もないし水も飲まない、今日に至っては私の演奏を見ていつもみたいに睨んでこなかった」
「そんな事...ない」
「素直になろうよ!弱さをさらけ出すことは恥じる事じゃない!」
「そんな事ない!」
「あるよ、だって王様への配慮が足りないって...それはドルチェなりの解釈が曲ごとにあるんだよね」
「だから配慮が足りないって言ったんだ、王様を知らない私に」
強気を保っていた糸が切れたのか泣き崩れてしまった
「試験に...落ちたのは...間違いなく私の実力不足もあるわ...でも私なりにいい曲の解釈が出来たと思った」
「試験でそれを指摘されて...説明しても受け入れてもらえなかった」
「だから音楽を続けるためには自分を殺すしかなかったの」
ラルゴさんの時から何も変わっていない
歴史と伝統を重んじると言えば聞こえはいいが
新しいことを取り入れる勇気がないんだ、あの楽団は
「私が作った音楽団は全てが自由だよ」
「曲の解釈なんて喧嘩の嵐、みんなが同じ思いになるなんて事は絶対に有り得ない、その中で最高の一曲を作るの」
「私達で変えよう!それが出来る仲間に私は出会えたと思ってる!」
ドルチェは涙を拭き、落ち着こうとしている
「ヴィヴァーチェ、オーナー、嘘をついて本当にごめんなさい」
「今後、誠心誠意、働きます」
「ユヅル、あなたの悪巧みに参加するわ」
「でもその前に1つだけ」
たくさん涙を流して目が赤い
そんな顔でほくそ笑みながらこう言った
「私なら7thは使わないわ、sus4とメジャーで構成して、最後のコードはDマイナーよ」
なるほど、嫌いじゃないが彼女とは根本的に合わなそうだ
Still Waiting
Fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます