第5話 Lose Yourself 1

ドラムが完成したのは良いとして誰に叩いてもらおうか?


身近に頼めそうな人といえばラルゴさんか?


ちょっと聞いてみるか




「ラルゴさん、良かったらドラムやりませんか?」


「よければ音楽団のメンバーになって下さいよ」




俺から目線を逸らした




「いや、俺は楽器なんて出来ない、ましてこの音楽団は君達のものだ、俺が入るべきじゃない」




「そう...ですか」




普段から真面目そうな印象があっただけに


ここまではっきり断られると謙遜ではないのだろう


俺とヴィヴァーチェは開店の準備を始めた




「あら、どうしたの?お店の誰かに用事かな?」




外でヴィヴァーチェが誰かと話している




「ヴィヴァーチェ?もうすぐ開店だよ?」


「早くテーブルと椅子を並べちゃおうよ」


「あれ、その子...」




見覚えのある子が立っていた


宿でぶつかってしまった子だ




「転んだ時に怪我してた?大丈夫?」




何も答えてくれない


困ったなぁ、言わないなら用件が分からないし




「ボクは...可哀想なんかじゃない!」




「えっ!?」




それだけ言うと走って行ってしまった




「あの子、何だったんだろう?」




一言も言った覚えがないから余計に混乱した


可哀想って...どういう意味なんだ?




「あの子、教会に保護されている孤児の子だよ、名前はフォルテ、よくイタズラして街の人を困らせて楽しんでるんです....」






「そう...なんだ」


最初にこの街にやってきて言われた事を思い出した


呑気に吟遊詩人、音楽で彼らは救えないし


かと言って俺には他に出来る事がない


こういう時、音楽は無力なのだろうか


考えている内に開店時間となった


開店と同時に客が入ってくる


今日も忙しくなりそうだ


すっかり顔見知りのガンプさんも来てくれた




「いらっしゃいませ、今日は本当にありがとうございました、助かりました」




深々とお辞儀をしてから席に案内した


店のステージにあるドラムセットを見つけると




「あれが完成系か、なんていうか要塞というか兵器みたいだな」




「物騒なこと言わないでください、あれも立派な楽器なんですよ?音楽をやる為の物です」




少し拗ねた言い方で返した




「悪い悪い、あまりにも強そうでな、つい」




確かにそれは言えてる、強そう




「そう言えば今日、教会に保護されてる子が来たんです」


「そしたら僕は可哀想じゃないって...どういう意味だったんでしょうね?」




「良く分からないが、たぶん寄付の事を言ってるんじゃないか?」


「この店は食材とか金とか寄付してるんだろ?、だから割と好き勝手に営業してんだろ、教会は王宮の管轄だからな」




全然知らなかった


夢の叶わなかった子を応援する為に雇ったり、寄付だったりやってる事が聖人すぎる、どうしてそこまで人の為に...




「そういう事だったんですね...あの子は施しを受けるのが嫌だったのかな...」




「まぁ教会で保護された子供達は色々と複雑みたいだからな」


「俺なら寄付は有難いと思うが、同情されたくなかったりするんだろう」




この世界にいた頃はそういう境遇の人達を知ろうともしなかったな


俺には両親がいたし仲も悪くなかった


虐待されたり、捨てられたり、殺されてしまったり、


ニュースを見ても全て他人事だった


可哀想、その時だけそう感じるだけだった




今日も店は繁盛していたが閉店近くになると


客は足早に帰って行った


片付けをテキパキこなし、部屋に戻るとすぐにギターを手に取り適当に弾いていた


いつもは集中して弾けたのに今日はあの子、フォルテの事が頭から離れなくなっていた




「可哀想じゃない...か...」


「わざわざ言いに来るくらいなんだからちゃんと伝えたい事があったんだよな」


「変わるきっかけが欲しいのか?それともタイミングに気づかなかった?」




本人に聞いてみれば済む事だがデリケートな問題だし


無闇に首を突っ込んで良いものか...


そんな事を考えながら明け方近くまでずっとギターを弾いていた






朝食には間に合った


ヴィヴァーチェと食事をしていると俺はこう切り出した




「今日は開店準備前からまだフォルテのところに行ってくるね、なんかほっとけなくて誰かが側にいた方がいいと思う」




ヴィヴァーチェは優しく微笑むと




「うん、行ってらっしゃい、ユヅルさんには人の心を変える事が出来と思う、私も...強く...なれました」




「あり...がとう...」




なんだかお互い恥ずかしくなってしまった




支度を済ませて教会へと向かう


教会は王宮の近くにあり、建物も立派だった


下手に貧乏な暮らしをするより、いい暮らしなんじゃないか?


可哀想じゃない、その言葉が頭の中をグルグル回る




「ここが...教会か、思ってたよりこじんまりしてるんだな」




扉を開けると奥で女性が礼拝をしていた


いわゆるシスターだろうか




「おはようございますユヅルと申します」


「フォルテはいますか?」




女性が振り向き俺をまじまじと見つめている


不審者っぽいのだろうか、警戒していた




「はじめまして、私はここのシスターです」


「あの、失礼ですがご用件は?」




「失礼しました、私はユヅルと言います、テヌートで働いているのですが先日フォルテが店を訪ねて....その、僕は可哀想じゃないと....」


「少し話が出来ないかと」




彼女は少しうつむきながら




「そうでしたか...それは失礼しました、フォルテはいま教会には居なくて...その...街でまたイタズラをしてるかも知れません...」


「私達との生活に不満は無いと思いたいのですが...近所の子供達に孤児である事をからかわれたりしてるみたいです」


「それがきっかけかは分かりませんが街でイタズラするようになりました...」




「立ち話もなんですので部屋に案内します」




そういって彼女は来客用の部屋に案内をしてくれた




「どうぞ、お座り下さい」




そういって俺をもてなすと彼女はフォルテの事を話してくれた




「フォルテが教会に来たのは2年前です、両親は5年前に盗賊に襲われて亡くなりました、その後は母方の祖母に育てられていましたが高齢でしたので...」


「それで教会に引き取る事になりました」


「元々大人しい子だったんです、子供達にからかわれるようになり喧嘩が増えて...段々と手のつけられない子になっていって...」


「私もどうしたらいいのか分からなくなってしまって...」




そう話すと彼女も苦しかったのだろうか、大粒の涙を流した




「初対面の人に...こんな...すみません」




「シスターもフォルテも大変だったんですね」


「話してくれてありがとうございました」




両親が居ないとはいえここでの暮らしに不満はないのだと思う


教会の人達と助け合って生きてるのに近所の子供達からは施しを受けて生きているとからかわれているのか




やり場のない怒り...か...






フォルテは普段から神出鬼没でどこにいるか


全く検討もつかないそうだ




「初めて会ったのは宿の前か」




宿の前まで行ってみるも見つからなかった


どこにいるか分からないのに闇雲に探しても埒があかないなまた店に来るまで待ってた方が無難か?


いや、そもそもなんで宿の前でぶつかった?


なんでわざわざ店まで来た?


単なる偶然?


俺に用があったりしないか?


自意識過剰か?




教会に不満は無い


可哀想じゃない


やり場の無い怒り




「来てもらった方が早そうだ」




人目がつくところと言えば広場だろう


俺は広場の端の空いたスペースに腰を下ろした


ケースからギターを取り出しチューニングをする




「フォルテが先か、兵隊が先か、頼むよ〜」




コードやリフなんかを適当に弾き始める


わざわざ目立つ広場でやってるんだ


早く来てくれよ




ジャカジャカと掻き鳴らす


まだ来ない


ピロピロ弾いてみる


まだ来ない




お昼になっただろうか、腹減ったな


そもそも会って何を話すんだっけ?


俺は何をしたいんだっけ?




一旦昼食を取ろうとした時、ゆっくりと近く小さな影が


背中に寄りかかってきた




「遅いよ、待ちくたびれちゃった」




わざと拗ねた言い方で話しかける




「今日もいい天気だね、楽器を外で弾くには最高」


「風が気持ち良くて、今日はお昼寝もしようかな」




「私はさ、こうやってギターを弾いていられるだけで幸せなんだ」


「でも王立交響楽団に入れない人は遊び人なんだって、一応働いてるのに」


「フォルテはさ、そういう夢中になれるのが欲しいんじゃないの?やりたい事が明確になくて何をすればいいか分からないんじゃない?」




鼻をすする音が聞こえる


俺の思った事はある程度当たったのかな




「本当は好きでイタズラしてるんじゃないよね?」


「誰かに存在を認めて欲しいんだよね?」




ひっくひっくと泣いていた


ずっと我慢してたんだ、良く頑張ったな


フォルテを抱きしめて頭を撫でる




「泣いてもいいんだよ、よしよし」




泣きじゃくりながら自分の気持ちを吐露した




「ボクっは...今もっぅ幸せっなんだ.....でもっ周りはっボクを不幸だと決めつけて...」


「教会にっ居るからっとか関係ないっ」


「どこにいたって...ボクはボクなんだぁっ」




「よしよし、よしよし」




落ち着くまで俺は優しく撫で続けた




「本当はね、今日会っても何を話せば良いかまとまらなくて」


「私には音楽しかないから、フォルテの気持ちを表現出来たらなって思った、人の気持ちを表現するのも音楽だから」




ギターを手に取る


昨日思い浮かんだ歌を歌おう


自分を変えたい君だけに届くように






Lose Yourself


To be continued

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