第4話 Dark Horse
急いで店に戻り準備を始める
「ごめんなさい、私のせいで遅くなってしまって」
「いいんだよ、この街にきてヴィヴァーチェだが頼りなのにゆっくり話せなかったしね、あと私に敬語は使わなくて良いよ、バンドメンバーなんだから対等にしよ」
「うん...よろしくね....」
少し照れ臭そうに応えた
店の開店準備を終え、営業が始まると
すぐに客が入ってきた
店内はあっという間に満席になり慌ただしい
「全然演奏なんてしてる時間ないじゃん....」
「そうなの、だから毎日やってるわけじゃないんだよ」
「お姉ちゃんもぐったりしちゃって全然演奏どころじゃない日もあるよ笑」
そういえば姉がいるんだよな
ピアノ奏者のドルチェ
体調崩して休んでるけど大丈夫なんだろうか?
「それでね、明後日から復帰するんだ」
言葉が弾んでいた、本当に嬉しそうだ
「え、そうなの!?良かったね〜早く会ってみたいな〜、何たってうちのメンバーの1人だもんね!」
「勝手にメンバーに入れちゃって大丈夫かな?」
「お姉ちゃんびっくりすると思う笑」
そんな雑談を済ませるとまたフロアに戻っていった
閉店まで忙しく活気のある店だった
適度に暇なら良かったけど、それだと経営厳しいだろうし
店が潰れたら行くとこないし頑張らないとな
そんな事を考えながら仕事をしていると
体格の良いおじさんに声をかけられた
「ねーちゃんよ!またあの演奏はやらないのか?!」
「おりゃ感動しちまったよ、なんていうか、こう、胸が熱くなったぜ」
「ありがとうございます、その気持ちを私の故郷ではロックって言うんですよ!」
「ロックか!よくわからねーが良い響きだな!」
「あの曲は暫くお休みです、音楽団を作ることにしたのでメンバーが揃ったら演奏します!」
おじさんは小さくポカンとしたあと
「ガハハハははは!!ねーちゃんおもしれーな!!」
「音楽団を作る!?こりゃ傑作だ!!」
「みんな王立交響楽団の試験落ちたら音楽辞めていくのに、まさか自分達で作っちまうとは、笑いが止まらねぇぜ!!」
笑われるのはもう慣れた
新しい事を始めるのはいつだって批判や嘲笑される
今はそんな事言われて悔しい気持ちよりも
見返してやろうって感情の方が圧倒的に強い
早くメンバーを揃えてバンドがやりたい
今はそれだけで頭がいっぱいだった
「ねーちゃん益々気に入ったぜ!」
「俺はガンプ、王宮前の水車近くて鍛冶屋をやってる」
「刃物は農具だけじゃない、楽器は作れねーが、金属の加工なら任しとけ!」
ありがたい申し出だ
何かパーツを作ってもらうのに頼りにできるだろう
「はい、ありがとうございます」
店は閉店まで忙しかった
閉店後の片付けを終えるとクタクタだったが
心地いい疲れだった
楽しいと感じれば、何とかやれるもんなんだな
その日の給料を受け取るとすぐに部屋に戻り寝てしまった
「宿明日キャンセルしなきゃな」
翌日は早く起きれた
店の営業は朝までじゃないから勤務時間は
混雑具合によるが8時間くらいだ
睡眠時間を含めても自由時間がそれなりにある
飲食店なのにホワイトだ
「おはようございます、今日は早いんですね」
「朝食、作りますね」
ヴィヴァーチェが起きてきた
話し言葉が戻ってるじゃないか
「おはよう、敬語じゃなくていいって言ったのに」
「ご、ごめんなさい、やっぱりこっちの方が落ち着くので....ダメ....ですか...?」
上目遣いでこちらを見てくる
正直俺はモテないから不覚にもドキッとしてしまった
「天然のあざといタイプか...」
「えっ?」
「あ、いや〜何でもないよ、ヴィヴァーチェが話しやすい話し方で、これからもよろしくね」
「はい!」
店の食料は常識の範囲内なら使って良いらしい
やっぱりここは待遇がかなり良いよな
テキパキと朝食を作る姿を眺めながら今後について考えた
バンドやるならドラムは必須だ
人を探す前に楽器から揃えた方がいいかもな
「ねぇヴィヴァーチェ、王立交響楽団で使わなくなった楽器ってどうしてるの?」
交響楽団って名前なんだから恐らくオーケストラだろう
シルバルやスネア、バスドラムやタムの代わりになる物があればいいんだけど
「私では分からないです....役に立たなくて申し訳ないです...」
分かりやすいくらいにシュンとしてしまった
意地悪な質問だったかな
「ううん、大丈夫、こっちこそ意地悪みたいな質問しちゃってごめんね」
「いえっ!全然そんなことないです」
「直接聞くのが良いと思いますけど....相手にされるか分かりませんね...」
とりあえずダメ元で行ってみるか
その前にまずは宿のキャンセルだな
朝食を済ませ、食器を片付け、宿に向かった
カラーンカラーン
扉を開けるといつもの元気のいいおばさんの声
「いらっしゃーい!あ!昨日はどうしてたんだい?」
「お店の部屋を借りる事になりまして...それで....キャンセルしたいのですが....払ったお金はいりません!」
「そういう事か、キャンセル料は頂くが残金は返金するよ」
「あ、ありがとうございます!」
「何やら面白い事を企んでるみたいだね、結構噂になってるんだよ?お前さんのこと」
鍛冶屋のおっさんが広めたな.....
これでもう後には引けなくなった
「楽しみにしててくださいねっ!」
そう伝えて店を出た
「とりあえず王宮に向かってみるか」
その時だった
ドンっと男の子にぶつかってしまった
「あ、ごめんね!大丈夫!怪我はない!?」
転倒した男の子は無言だった
「......」
どうしたものか
「ええっと大丈夫そうかな?私の不注意で本当にごめんね」
「私はテヌートってお店で働いているから何かあったら来てね」
「もう行くね、バイバイ」
男の子はずっとその場に立を立ち止まって
俺を目で追いかけていた
変わった子だな
王宮につくと早速警備の兵隊に門前払いされた
「ここから先、面会の許可がない人間を入れられる訳がないだろう!」
「さっさと立ち去れ!」
「ですから!その許可は誰に取ればいいんですか!?」
「ツテがないなら入らない!呼び出された訳でもないならお前はここに縁がないんだ!」
交渉してもキリ無さそうだったので一旦は諦めることにした
「頼る人も居ないしな〜どうすりゃ良いんだ」
「そういえば鍛冶屋のおっさんの店がこの辺だよな?」
「ちょっと顔を出してみようかな」
水車近くに何軒か店があった
鉄を打つ音が聞こえる店があったのでここで間違いないだろう
「おはようございます」
「お、テヌートのねーちゃんじゃねーか!」
「早速の依頼か?」
「いやー依頼は特にないんですけどね、王立交響楽団の使わなくなった楽器をもらう方法がないかな〜と、へへへ」
鍛冶屋に頼む内容ではなかったな
「そもそも王宮にツテがないと入れないからな、悪いが王宮に知り合いは居ねーし、紹介できねーな」
「ただ」
「ただ?」
「王宮に出入りしてるゴミ回収の業者がいる、そいつは王宮から委託されているから使えそうなもんの横流しは可能だろうよ」
「ぜひ!紹介して下さい!!」
王宮からのゴミを処分したり使えそうな物は販売してるらしい
これならゴミから見繕ってドラムの代わりになる物があるかも知れない
ダメ元で訪ねて良かった
紹介されたゴミ処理業者に向かう
「あの〜鍛冶屋のガンプさんから紹介してもらいました〜ユヅルと申します、誰か居ませんか〜?」
かなり古い建物だったがかなり広い
ここにゴミを集めているのだろうか?
しかし誰も居ないな、不法侵入で捕まるなんてごめんだぞ
奥まで進んでみるとかなり高齢だろうか?
お爺さんがソファで寝ていた
起こすのは忍びないが仕方ない
「あの〜ごめんください〜」
ゆさゆさ
全く反応がない
「あの〜すみませ〜ん」
優しく揺すっても一向に起きる気配がない
最初は優しくしたからね、怒らないでね
すうっと息を吐いて
「ごめんくださーい!!!!!」
「何じゃあ!!!!何事じゃあ!!!!?」
寝起きドッキリのようなリアクションで起きた
現実世界ならかなり笑えただろうな
「何じゃあお前は!!普通に起こせんのか!!!!」
かなり怒っているな、これでも優しく起こしたんだぞ
「すすすすすみません!!中々起きなくて....つい....」
「あの、鍛冶屋のガンプさんに紹介してもらいました、ユヅルと申します」
「ガンプの紹介?一体何の用じゃ?」
「王宮に出入りしてると聞きました、王立交響楽団で使わなくなった楽器を貰えないかと....」
「楽器?ワシには分からん、第一お前に協力する義理はない!!」
見た目通りかなりの頑固者のようだ
ここで交渉決裂なら振り出しに戻ってしまう
あまりやりたくないが....これしか思いつかん
お爺さんの胸にピッタリとくっついた
「お願いします......他に頼れる人がいないんです....」
甘い声からの上目遣い
ヴィヴァーチェの様に上手くはないが俺には美少女補正がある
これでとどめだ
「ダメ....です....か....?」
我ながら気持ち悪いとは思うが身体は女だ
今はこんな方法しか思いつかないが聞いてもらえるなら
何だってやってやるさ
「わかった!わかったから離れろ!!」
「王宮に交渉は出来ないが回収した中から使えそうな物があったら売ってやる!!」
見たか!これが美少女の特権だ!!
「ありがとうございます!!それで回収したゴミの場所はどこですか!?」
「現金な奴じゃ、負けじゃ、ついて来い」
回収したゴミは様々だった
家具、衣類、調理器具、何でもありだ
ドラムに使えそうな物を物色し始めた
「お前、なんだって使わない楽器なんか探してるんだ?」
「王立交響楽団の試験に落ちたらみんな辞めてくだろう?」
お決まりの質問だな、でも何度でも答えてやるさ
「自分達の音楽団を作るんです!」
「王立交響楽団以外だって、音楽は出来ます!」
さぁ好きなだけ笑え、俺はもう慣れたぞ
「.......」
あれ?思ってた反応と違うぞ?
「そうか....今もそういう考えの人間は少なからずいるんだな」
今も?
「息子がな、音楽団を目指しておったが試験に落ちての」
「それでも諦めきれなくて同じような事をしていた」
「じゃが誰からも賛同されなくての、批判に耐えられずとうとう音楽は辞めてしまった」
「会う時は明るく振る舞っているが、今でも悔しいだろうに」
「そんな事があったんですね....」
「用が済んだら出て行け、ワシらにとって音楽は悲しい事の象徴なんじゃ」
「皆が楽しいものではない」
そう言って私に背を向けたお爺さんの背中は、
魂が抜き取られた抜け殻のようだった
ゴミを漁るとすぐに見つかった
ボロボロになったスネア、シンバル
まだまだ使えそうだ
ハイハットは大きさの同じシンバルを2つ使おう
ペダルでオープン、クローズが出来るように、
金属加工が出来るかガンプさんに相談するか
バスドラムは....オーケストラのはデカすぎるが
代わりにはなるだろう、これもペダルの相談をしなきゃな
タムは他のバスドラムの皮を剥ぎ取って、
スネアにつけてみるか
チューニングでそれっぽくするしかないな
柱なんかに使う木材だろうか?
加工すればスティックになりそうだしこれも貰おう
一通り物色して持っていくものを決めた
「欲しい物が見つかりました、おいくらでしょうか?」
「楽器なんか欲しいやつがおらん、勝手に持っていけ」
「ありがとうございます!」
「お前がもっと早く来てれば....いや、これが運命....」
俺は何も答える事が出来なかった
音楽は決して全ての人を幸せに出来る訳じゃない
どうしようもない事実に、俺は何も出来ないのかと思うと
悔しくてたまらなかった
だから息子さんの分までやりきると心に誓った
ガンプさんの所へ戻り、お爺さんとの事を話した
「そうか、息子の事を話したのか、なに、お前が気にやむ事じゃない、過去は変えられないだろ?」
その言葉で少し楽になれた気がする
そうだ、加工の相談をしなきゃ
「このシンバル2枚を重ねて....足を踏むと上下に動く構造にしたいんです。こっちの大きいやつも足で鳴らせるようにしたいんです」
雑な説明だったが流石職人だ
すぐに作りたい物を理解してくれた
「シンバル?は最初はくっついていない構造にしよう、ペダルを踏んでくっつけるようにする、バネでなんとかなるか」
「この大きい楽器?はこのふわふわで叩くんだな?これも向きを変えて似たような構造で出来るだろうよ」
「費用はそうだな....金貨2枚貰おうか、すぐやってやるぜ」
俺の給料からするとかなりの金額だったが
この世界にない物を作ってもらうんだ、当然の出費だ
「お願いします!!!あ、あと工具を借りても良いですか?この木を削りたいんです」
「何を作るのか知らねーが、好きにしな」
直ぐに作業に取り掛かってもらった
俺も貰った木材を削りドラムスティックを作り始めた
昼はとっくに過ぎてるだろうか?
腹が減った事など忘れて作業に没頭していた
ガンプさんが昼食をとっている間も黙々と木材を削った
それを察したのか話しかけては来なかった
同じくらいのタイミングで作業が完了した
試しにハイハットとバスドラムを叩いてみる
チッチッチッチッ
ドンッドンッドンッドンッ
「すごいっ!!」
あまりにも感動して声が出た
俺が思い描いたものがそのまま形になっていた
もうこの音は聞けなかったかも知れなかったから
「想像してた通りです!!故郷のと比べてもほとんど遜色ないですよ!」
「そりゃ俺が腕のいい職人だからさ、お前の作ったその棒はなんだ?随分と見栄えが悪い気がするが」
「木の枝を拾ってくるよりはマシなんです....」
今度は家具職人でも紹介してもらうか.....
金貨を払い終えると鍛冶屋とテヌートを何度も往復した
「この世界はっ、ぜぇぜぇっ体力がどんだけ必要なんだ」
「軟弱な現代人にはキツイぜ....」
店のステージにそれぞれ配置すると
皆が珍しそうに眺めている
「おいおい、なんだこのヘンテコな置き方は?」
「こんなの今まで見た事ないぜ」
ラルゴさんが興奮しながらドラムセットを見ている
この人は音楽が好きな人なのだろうか
「こうやって使うんですよ」
ボロボロで要らなくなった店の椅子に座る
ギターが本業とはいえ触った事は何度もある
お世辞にも上手いとは到底言えないが
2ビート 8ビート、16ビート、裏打ち、
簡単なフィルは出来る
楽器の使い方のデモンストレーションにはなるだろう
ツッツッダンツ、ツッツッダンツ、
ツッツッダンツ、ツッツッダンツ、
タカタカドコドコジャジャーン
「こいつは面白い!!」
「これも楽器なのか!?」
「お前を雇ってから、面白い事ばかりだ、大したもんだよ」
「これは打楽器....ですよね...?」
「こんな使い方があるなんて...凄い迫力です!」
ラルゴさんもヴィヴァーチェも初めてみるドラムセットに
興奮していた、いや、圧倒されていた
オーケストラにも迫力ある打楽器は沢山あるが
こんな使い方はしない
ドラムならではの迫力がバンドには欠かせないんだ
こいつが曲のテンポを決定づける
時に激しく、時に優しく、時に悲しく、時に嬉しく
同じ曲でもテンポで印象が変わる
音楽を構成する上で最も重要な
リズム、メロディ、ハーモニーの3つの要素に入る
これほど重大な役目を持つ楽器なんだ
また一歩夢に近づいていく
俺の夢はまだまだ終わらない
一歩、一歩、ゆっくりだけど進んでいくんだ
この街で、この世界で
世界にただ一つのドラムセット
使いこなせる人が現れるのを
俺は心待ちにしている
Dark Horse
Fin
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