第3話 Just the to of us

「んん、ああ〜ちょっと寝過ぎちゃったな」


ベッドから起き上がるとこれでもかと腕を伸ばす


昨夜の興奮がまだ手の中に残っていて


中々寝つくことが出来なかった




「本当に受け入れてもらえたんだよな?」


「盛り上がったんだよな?」




酒の席ということも大いにあるだろうが


その時の興奮は死ぬ前の世界と何ら変わらなかった


眩いスポットライト、歓声


心臓の音が大きすぎて聞こえるくらいに感度が上がる


もう、薬物の一種だ




演奏の後、ヴィヴァーチェから質問が止まらなかった


楽器のこと、演奏のこと、曲のこと、俺のこと、


彼女は純粋に音楽が好きなんだな


自分で演奏したりするのだろうか?


そんな事をぼやぁっと考えいたら


コンコンとノックが聞こえた




「もう起きてるかーい?昨日のお客さんがきてるよー?」




「すぐ着替えて行きまーす!」


恐らくヴィヴァーチェの事だろう


たった1日しかこの世界に居なかったが慣れていないせいか


ギャラも受け取らず宿に帰ってしまった


早く寝ようと思ったが結局寝れなかったわけだが




着替えを済ませて1階に向かうと


俺の顔を見つけるなり彼女は嬉しそうに微笑んだ




「おはようございます、寝坊助さんなんですね」


にっこり微笑んでこちら見る




「おはよう、俺...私は夜型だからこのくらいがちょうどいいんだよ」


まだ慣れない、話し方もそうだが一挙手一投足に


男女の違いが明確に出る


心は男、身体は女


まさか自分なトランスジェンダーになるなんてね




「では改めて、先日のお給料です」


チャリーン


渡されたのはコイン1枚と小さな袋




「銀貨1枚か...まぁこんなもんだよね、こっちの袋は?」


手のひらにすっぽり収まる小さな袋を受け取ると


ずっしりとした重さがあった




「開けてみて下さい」


にっこりと答えた、悪いものじゃなさそうだ




袋を開けると銅貨が入っていた、数は10枚




「銀貨1枚分ですね、お客さんからのチップですよ」


そう言ってヴィヴァーチェはまた微笑んだ




嬉しくて泣きそうだ、わずかではあるだろうが


お金がもらえる日が来るなんて想像出来ただろうか?




「ありがとう、嬉しくて泣きそうだよ」




「それで....お願いがあるんですが...」


ちょっと照れ臭そうにしている


良い話に間違い無いだろう




「もし良ければなんですが、お店で働きませんか?」


「営業中ずっと演奏という訳には行きませんが合間に演奏してもらうことは出来ます」


「人手が足りてないので....いかが...でしょうか?」




「いいの!?」


思わず手を掴んでしまった


今は俺も女だからセクハラにならないだろう




「はい....あの....手を....」




「あっ!ごめん!ごめんなさい!」




お互いに沈黙してしまった


年下相手に何やってんだかな、俺は


この空気に耐えられなかったのか先に切り出した




「じゃ、じゃあまずはオーナーを紹介しますね」


「ユヅルさんの雇用主になります」




働き口が見つかったのはありがたい


この世界の事を知れるし金も貰える


バイトで水商売の黒服やった事もあるし


文字は読めんが飲食店ならなんとかなるだろう




「うん、宜しくね」


そう言ってもう一度握手をして宿を出た




「おはようございますっ!」


元気に挨拶をしながら店の扉を開けた


中には30台くらいだろうか、髭の似合うハンサムが居た




「お、ヴィヴァーチェから話は聞いてるぞ」


「俺はこの店のオーナー、ラルゴだ、よろしくな」




「俺....私はユヅル、よろしくお願いします」




「昨日助けてくれたみたいで、本当にありがとう」


ハンサムには似合わない深々としたお辞儀だった




「そんな、俺は...私はただ演奏させてもらっただけなので」




「そんなに謙遜するな、演奏で盛り上がったのなんて久しぶりだからな、な?」


ヴィヴァーチェに視線を向けると俯いてしまった


何かあったのか?




「ま、まぁ雑談はこれくらいにして仕事の説明をするぞ」


「開店前、閉店後の掃除、営業中はフロアを担当してくれ」


「フロアの仕事はヴィヴァーチェが先輩だから教わるように」




「はい」




「給料はその日に支払う、働けば働くほど金は出す」


「1日の営業で銀貨5枚だ」


「今は宿に泊まってるんだって?店の近くの離れに空き部屋がある、30日で銀貨20枚で住まわしてやる」




破格!宿代が節約出来るのはかなりありがたい!




「はい!よろしくお願いします!」


長く働くことになるかも知れないし


早くこの店の人達の事を知っておかないとな




「そういえば昨日から休みになった人以外で演者さんはいるんですか?」


割と当たり前の質問だったと思うがラルゴさんは


あちゃーっと言わんばかりの顔をした


あまり触れてはいけない事だったようだ




「私、ちょっと買い物してきますね...」


そういうとヴィヴァーチェは勢いよく店を出てしまった




「ちょ、ちょっと待って!」


追いかけようとしたその時




「ユヅル」


「1人にさせてやってくれ」




やらかしてしまったか...


「はい....」


弱々しく、そう返事するしかなかった




「ちょっと座れ、ヴィヴァーチェの事だ」




向かい側に座り口を開くまで待った




「体調不良で休んでいるピアノの奏者はヴィヴァーチェの姉、ドルチェなんだがこの姉妹は王立交響楽団を目指していたんだ」




やっぱり音楽をやっていたんだ


目指していた?




「4年に一度試験があってな、一度しか受けられない超難関の試験を2人とも受けたが落ちた」


「なんとか音楽を続けたいって事でうちの店を訪ねて来てな、俺も演奏がある店なんて聞いたことがなかったし、需要も分からなかったから断ったんだ」


「けど、彼女達も折れなくてな、とうとう俺が根負けした」




「それで今の営業形態に」




「ああ、この世界じゃどこの国も王立交響楽団に入れなかった音楽家は皆、遊び人扱いだ」


「音楽は楽しいが生きてく上で必ずしも必要じゃない、むしろ聞きたくない奴らもいるくらいだ」


「まぁ酒の肴になったのは不幸中の幸いだな」




まだ文化として根づく途中なんだな


さすがに元いた世界じゃ音楽が心底嫌いな人は


俺は出会っていない


多かれ少なかれ音楽を聴いていたもんな




「姉のドルチェ元々身体が弱くてな、よく休みがちなんだ」


「特段裕福ではないから妹のヴィヴァーチェがたくさん働いている」


「そして彼女達の両親は音楽を辞めろとしつこく言っているらしい、ウチの店で働いているのもあまり良く思っていないんだと」




俺も良く就職しろって言われたっけ


世界が変わっても親が子に思う事は「安定」なんだな




「ヴィヴァーチェが演奏しないのはそのせいで?」




「自分のやりたい事、現実、両親の願い、それぞれが正しくて葛藤してるんだろう」


「楽器を触っているのは暫く見なくなったな」


「このまま音楽は辞めちまうかもな、店にも居続けるか分からん」




俺が居た世界でもよくある話だ


夢を諦めて多くの人がやってるように安定した仕事に就く


結婚して、子供を産んで、そうやって次世代が


幸せになってくれる事を願う




だけど本当にそれで良いのか?


長い人生なんだ、夢が終わって良いのか?


新しい夢を探す事は、本当に幸せなのか?




「ヴィヴァーチェはどんな楽器をやってるんです?」




「ウッドベースだよ」




体に電気が走るとはこの事だ


最高じゃないか!


俺を助けてくれた恩人とバンドが出来るじゃないか!


こうしちゃいられない!




「ラルゴさん!ヴィヴァーチェが1人になりたい時、どこに行くか心当たりはありますか!?」




「王宮の真向かいにある塔にいる事が多いぞ」


「って!おい!1人にしてやれ!お前に出来ることはないだろう!」




場所を聞いた瞬間に体は動いていた


誰かの力になりたいと思う事なんかほとんどなかったのに


ましてや出会って2日足らずの女の子を助けたいだなんて、


ホント、どうかしてるよ、俺は




「会って演奏して一方的に話しかけるだけです!」


「先のことは本人が決める事なんでー!!」




我ながら言ってる事が無茶苦茶だ


説得しようとしてるのに、


ただこっちの言いたい事だけ言うって


でも聞いて欲しいんだ


君は1人じゃない!




街のシンボルである塔とやらは


王宮に続く坂道のてっぺんにある


この街に来てからというもの、良く走るなぁ


でも今走ってるのはツラくないんだ




「はあっ、やっぱり、はぁっ、この身体で、はぁっ、走るのは、はぁっ、かなり、はぁっ、きついな、はぁっはぁっ」


息を整えてるヒマはない


宿に戻りギターケースを担いでまた走り出した


全速力で塔の展望台へ向かった






「ここからだとっはぁっ王立交響楽団の練習がっ見えるし聴こえるんだね」


息を切らしながら話しかける


王宮に隣接しているこの塔の展望台は


さながらオペラ観劇の特等席のようだった


街と王宮の広場を一望できる最高のロケーションだった




俺が来るまで泣いていたのか、目が赤くなっていた




「私達の事、オーナーから聞いたんですよね?」




「うん」




もうすぐ夕方になる、爽やかな風が段々と冷たくなっていく


黙っているとヴィヴァーチェが話始めた




「どうしたらいいか分からなくなっちゃったんです」


「もう叶わないのにしがみついて、何がしたいんだろう」


「諦めようかなって思った時に、ユヅルさんを見たら余計に分からなくなっちゃって」




「迷っているんだね」




「うん、ユヅルさんもこの街に来て分かったと思うけどこの世界では王立交響楽団に入らなかった音楽家は音楽家として認められないの、ただの自称音楽家なんです」


「それでも演奏が素晴らしい人達がたくさんいます、けど、職業として認めてもらう事はない...」


「お店の中だから演奏出来るけど...外では....」




「でもヴィヴァーチェは諦められなくてラルゴさんにお願いしたんでしょ?」


「迷っているとしても本当はその気持ち、今も変わってないんじゃない?」




「どうなんだろう、私、人に流されやすいんです」




いつもの様に微笑んだがとても悲しそうな笑顔だった


いや、これは笑顔じゃない


心はずっと泣いているんだ




「ヴィヴァーチェ、君は一人じゃない」




俺はおもむろにギターを取り、チューニングを始める




「外での演奏は....まずいですよ」




「大丈夫、昨日みたいな大きな音は出さないよ」


「それにここには私達2人だけ、いや、2人も居る」




何を言いたいのか分からなかったようでポカンとしている


大丈夫、音楽は国境、惑星、いや、次元だって超えられる




俺はジャズ、フュージョンの名曲


Just the to of usを演奏した




Fmaj7


E7


Am7


C7


心地良いコード進行


期待も、不安も全てが詰め込まれている


天才の作る曲は格別だ


凡人の俺とは大違いだ




演奏が終わるとヴィヴァーチェは目をキラキラさせていた




「こんな素敵な曲も作れるなんて....」


「凄いです..嫉妬しちゃいます」




「これは違うよ、私のいた国の曲なんだ」




「聞いたことない言葉でしたね、どんな歌なんですか?」




「君は1人じゃない、2人なら、なんだって出来るさ!」


「...今の私達みたいな歌だね」


「たった一度きりの試験で判断して、不合格なら音楽家じゃないなんてそんなの馬鹿げてる!」


「才能が遅く開花する人達だって沢山いる!」


「好きな事を貫くのはそんなにいけない事?」


「私は好きを続けられなくて後悔してる人を沢山見てきた」


「きっと...私もその1人なんだ....」




夕日が沈んでいく


この瞬間を見てると心も沈んだ気がするのは何故だろう


長い沈黙が2人を包む




「開店準備の時間ですね、店に戻りましょう」




その言葉を遮るように、力強く俺は言った




「作ろうよ!私達の音楽団!」


「王立交響楽団にも負けない!最高の演奏をする楽団!」




変なことを何一つ言っていない


これが最適解なんだから




「そんなの聞いたことないです!無理ですよ!」


「そもそも落ちたのだって姉は本調子じゃなかったですけど....私は実力なので.....」


「それに人数が圧倒的に足りません!王立交響楽団に何人在籍してると思いますか!?」




感情的なヴィヴァーチェは初めてみた


やっぱりこの子は本当に音楽が好きなんだ


俺と同じだ




「3人居れば出来るよ、私が居た国の音楽グループでバンドっていうのがあってね」




目をキラキラさせている


やっぱり諦めたくないんじゃないか


無理だと決めたいだけどじゃないから




「バン...ド?」




「そう、バンド」


「ギターとベースとドラム、あ、ドラムっていうのは太鼓の事ね、昨日私が演奏したのはバンドで演奏するつもりで作った歌なんだ」




「私....にも....出来....るんですか?」


必死に涙を堪えているが溢れてしまいそうだ




「もちろん!」


「私達なら....私達にしか出来ないよ!」


「やろうよ!私達の生きてるこの状況、世界を変えよう!」




ぼろぼろと涙が零れている


我慢するのは大変だっただろう


辛かっただろう




「ちょっとだけ...甘えさせて下さい....」




俺の胸に寄りかかると音を殺しながら泣いた


街には灯りが灯り始める


風が冷たいはずなのに不思議と寒さを感じなかった


心が満たされているせいか、身体は熱くなっていた




世界の誰からも認められない音楽団


非公認だろうと公認だろうとそんなのは関係ない


あるのは音楽への情熱と、


共に泣き笑いあう事が出来る仲間だけ


それだけで、人生は楽しく生きていける


それだけで、生きている意味がある


誰にも邪魔はさせない




俺達の、いや、私達の、


誰にも縛られない、諦めない


そんな音楽団の結成をここに宣言する








Just the to of us


Fin


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