第2話 Rock 'N' Roll Star

「お、お、おおお、俺を、女にするとか何の嫌がらせだ」

「なに勝手な事してくれてんだああああ」

こんなの取り乱すしかないじゃないか

「とりあえず落ち着け俺、おおお落ち着け俺」


何度も何度も深呼吸をする

状況は飲み込めたが受け入れるのに時間が掛かる

やりやがったな、あの女

感じの良い人だったからすっかり騙された

余計な事をしてくれたもんだぜ全く


「はぁ...」

「とりあえず街を目指すか」


異世界というからRPGの様に魔物が居たり、

盗賊が居たりなんてのを想像してたけど

遭遇する気配もない、良かった。

かすかではあるが街が見えている

そう遠くはなさそうだ


「それにしても良い景色だな」

「海外の田舎はこんな感じだったのかな」


柔らかな風が気持ち良い

どこまでも続きそうな広い平原、小さな牧場、木々と池

何もないと言えばそれまでだが東京では

味わえない長閑な景色だ


1時間ほど歩いただろうか

街入り口はもうすぐだ

3メートルはあるだろうか?

壁に覆われたその街はかなり大きく

人が多い事を予感させる


「あれが入り口か?兵士みたいなのがいるな」


近づいてみると俺を見つけるないなや

高圧的に話しかけられた


「身分証を出せ」


言葉が分かるぞ

そういう風にしてくれたのだろうか

なんにせよありがたい、女になった以外は


「へっくしゅん」

「なんだろう、誰か私の噂をしてますね♪」

「私可愛いからな〜困っちゃうな〜♪」



「聞こえなかったのか?身分証を出せ!」


反応するのを忘れてしまってた


「え、あーっと身分証ですね!ちょっと待ってください」


急いでリュックを漁るとそれっぽいカードが奥に入っていた

男に渡すと元々嫌そうな顔が更に曇り始めた


「吟遊詩人だとおー?」

「魔物はほとんど居なくなったとはいえ完全な平和とは言えないこの世界で吟遊詩人とは」

「女の癖にその日暮らしとは呑気なもんだ」

「王立交響楽団に入れなかった出来損ないめ」

「用事が済んだらさっさとこの街から出て行け」

「怠惰が移る!」


シッシッとまるで犬をあしらう様な

ジェスチャーをされた俺は文句も言えず

街へと入っていった

音楽団に入れない音楽家は嫌われているらしい

まぁ、フリーターみたいなもんだしな

投げ返された身分証を大事にしまい早歩きで進んだ



「うおおあお!!すっげえーええええ!」

「ザ・異世界!ビバ異世界!」


てっぺんの城に向かって坂道に建てられた

家々はさながら大森林の様だった

メイン通りの広場には屋台や出店、

人々でごった返していてお祭り騒ぎだ


「先ずは寝床の確保か、硬貨の価値も知っておかないと」

「街の散策がてらちょっと買い食いでもしてみるか」


広場をふらつくとすぐに声をかけられた


「おねーさん可愛いね1人?」


ナンパかよ

そういえば女なんだよな....俺

でも確認するにはちょうど良いか


「友達のところに泊まる途中でぇ〜ちょっとお腹が空いちゃって屋台を見てるのぉ〜」


最大限のぶりっ子

めちゃくちゃキモいな、俺


「オレが奢ってやるよ」

「この街の名物はあそこのウサギ串だな」

「ぐへへ」


胸見てんの気づいてるからな!

きめええええ!

しかもあんまり大きくないからってガッカリしやがって!


「え〜いいんですぅかぁ〜お兄さん優しいぃ〜」

鼻にかかる声で媚びまくる

美少女に転生してるからチョロいな


男は屋台に向かい串焼きを買ってくれた


「1本ね、あいよ!銅貨2枚だ」

串焼き1本でどうか2枚、200円くらいか?


「おねーちゃんこの後どうする?」

下心が見え見えだぞ、襲う気マンマンな顔しやがって


「いっけな〜い、友達待たせてるんだった〜」

「ごちそうさまでしたぁ〜」

全力で逃げる!逃げる!逃げる!


「待てこのクソ女ー!!」


「はぁっはぁっはぁっ!」

何とか振り切れた、体力も女になってるのか

危ない事は今後やめておこう

こんな事で死んだら転生の意味がないからな


人気の無いところで硬貨を確認する

「白金貨10枚、金貨15枚、銀貨20枚、銅貨50枚、と」

「さっきの感じだと銅貨は500円以下だよなきっと」

「他の硬貨は分からないな」


道ですれ違った人に安い宿を教えてもらった

看板は出ていたが読めない

幸い言葉が通じるんだ、聞いてみるか


カランカラン

ゆっくり扉を開けるとベルがなり威勢のいい声で

「いらっしゃい」と店主であろうおばさんが出てきた


「1番安い部屋はいくらですか?食事は無くていいので」


「女の子が素泊まりかい?一泊銀貨2枚だよ」

一泊数千円か?素泊まりならそんなもんだろう

1、2ヶ月なら何とかあるけどゆっくりしてられないな

早く生活基盤を整えないと


「ありがとう、他の宿も探してみます」 


「連泊するならまけるよ、またおいで」


軽く会釈をして宿を出た

他の宿を聞いて回ってみたがあまり変わらなった

「最初の宿にするか、でも夕方まで時間があるな」

「音楽でどう食っていくか考えないと」

「そもそもなんちゃら楽団意外に音楽の仕事があるのか?」

「路上で稼げるか分からないし、どうしたものか」

考えれば考えるほど不安だった


「この世界にある音楽の傾向も知りたいし...」

「とりあえず...演るか!」


広場から少し離れたスペースがあったので

ギターを下ろしケースを開けた

「久しぶり、またよろしくな」

明るい木目、赤い鼈甲柄、メイプルのネック

少し乾いた匂い、弦は新品

転生した世界でもコイツと一緒だ

思わずにやけてしまう

思春期をずっと過ごし、死ぬまで使ったこのギターは

もやは恋人以上の関係だろう

それだけ愛着がある物といっしょなんだと思うと

知らない世界でも安心出来た


「アンプの音が出るんだよな?設定のノブは...っと」

「ギター側じゃないな...」

ジャランジャン鳴らしても生音しか出ない

「何か無いのか?」

リュックを漁ってみるとノブの着いたデバイスがあった

「これで調整すればいいのか、ワイヤレスみたいで便利だな」

「クリーンに設定して、イコライザはフラットでいいか」

ジャラーンと鳴らすと確かにアンプを通した音がでた

通りすがりの人達が音に反応した

思わず口元が緩んだ

「はぁ〜たまんねぇ〜アンプの音がこんなに心地良いなんて!」

なんにせよありがたい、女になった以外はな!



「投げ銭とかしてくれて良いんだぜ」

どんな曲に反応するか傾向が知っておく必要がある

童謡、ポップス、クラシック、アニソン、

いくつか演奏したがどれも反応はイマイチだった

楽器が珍しかった中ジロジロ見られるが

立ち止まってはくれなかった

「クリーンでの設定も飽きてきたな」

「クランチに変えて後はオリジナル....か...?」


正直ノリ気にはなれなかった

現実世界で通用しなかった曲をここで演奏したところで

評価される想像が全く出来なかったからだ


「俺は...また....死ぬのか?」

震えが止まらなくなった、死ぬのが怖いんじゃない

音楽だけで生きていけない事が怖いんだ

「けど....やるしか無いっ!!」

スイッチを1メモリ切り替える

設定はクランチ、middleとlowをちょっと下げて、

Hiとpresenceを上げる

「テレキャスの真骨頂、見せてやるよ!」

震えながら小さな声で呟く

大丈夫、自分を信じろ

大きく息を吸う

「すぅっ」


と、その時だった

声を荒げて走ってくる男が目に入った

「貴様ー!!誰に許可を取ってるだー!」

一目見てヤバいと感じた

そうか、この世界も許可がないと迷惑行為なのか


「きょきょきょ許可ですよねーあはは、取ったような〜」

「取ってないような〜ごめんなさいっ!!」


急いでケースにしまいリュックを背負う


「ホントにすいませんでした〜!」

全力疾走は今日で二度目だぞ

元々体力なくて女になって更に落ちてんだ、勘弁してくれ


宿まで必死に走った、追っては来てないようだ


「はぁっ、はぁっ、げほっ!げほっ!」


呼吸を整えるのにどれだけかかっただろうか

この瞬間、ちょっと安心してしまった

評価される舞台に立つことがこんなに怖い事だったなんて

「何で安心してんだよ....情けない!」


落ち着いたところで宿に入るとさっきの声で

「いらっしゃい、おや、やっぱり来たね」

「サービスするよ、ここに名前を書いておくれ、何泊する予定だい?」


「30泊でお願いします」

先ずは1か月、ここを拠点にしてみよう


「あいよ、金貨なら12枚、銀貨なら60枚だよ」

金貨を出すタイミングで聞いてみた


「あの、この国で音楽をやる人はあまりいませんか?」


不思議そうな顔でこちらを見つめる


「あんたどこの田舎もんだい、この国というかこの世界では王立交響楽団以外は定職についてないのと同じさ」

「吟遊詩人なんて名前は立派だがね、他の職と違って生産性がないだろ?命をかけて仕事してる人間もいるのにさ」

「まあ、酒飲む時の余興には楽しいから良いけどね」


やっぱりというか、当然の事か

俺のいた世界でも売れなきゃフリーターだもんな

親不孝もいいとこだ


「路上で演奏する許可はどこで取れますか?」


キョトンとした顔で俺を見るおばさん

何かおかしいか?

すると顔を真っ赤にして


「あっはっはははひははひひひ!面白いこと言うねお前さん」


少し不機嫌な顔でおばさんを見ると

「ごめんごめん、そんな事考える人がいるなんてね」

「初めて見たからおかしくて笑っちまったよ、ごめんよ」

「路上で演奏する許可を取る方法、無いんだよ、いや、正確には誰も分からないだね」


「分からない、と言いますと?」


「言ったろ、王立交響楽団は職業として認められてるが吟遊詩人なんてのは名前だけで職業として認められてないんだ」

「だから許可を取った人は居ないんだよ」

「飲み屋で演奏なんて人はいるけどね、みんな酔っててまともに聴いちゃくれないよ」


そうだったのか、これは中々大変そうだ

「そうなんですか....ど田舎から来たもので....」

「演奏出来る飲み屋さんを教えてもらえますか?」


「良いけど門前払いじゃないかねぇ、今日は店が始まる時間だし明日教えるよ」

「なんか訳ありって感じだねぇ、夕食をサービスするから今日はゆっくり休んだ方が良い」


「ありがとうございます」


テーブルに着くとすぐにパンが出てきた

「固い.....」


「そのまま食べるんじゃないよ!スープにつけるんだ!今持ってくよ!」


野菜と肉のスープだった

味はコンソメに似てるか?

何でも良いけどウマイ!!

がむしゃらにかきこんしまうくらいウマイ


「ゆっくり食べな」


「はい」


黙々と食べているとこれでもかと言わんばかりの

ノック音が聞こえてきた

ドンドンドン!!ドンドン!!ドンドンドン!!

めっちゃ強く叩いてるが何事だ?


ガチャン!


「この宿に変わった楽器を待った女性が来ませんでしたか!?」

「今日、広場の路上で演奏してた人を探してます」

そう言うと勢いよくおばさんの所へ駆け寄った


10代半ば、後半くらいだろうか?

女になった俺よりも小柄な子が慌てていた


「変わった楽器かい?そう言えば....」

チラりとこちらを見るおばさん


何かまずい事したかなぁ

このままやり過ごす訳にもいかないか


「多分それ...俺...じゃなかった私だと思います」

最後まで言い切る前に彼女は詰め寄ってきた


「あの!今日の演奏全部聴きました!変わった楽器と歌!」

「色んな吟遊詩人を見てきたつもりでしたがあなたの様な人は初めてです!」

「今まで聞いた事なくて!その!」

「あの!それでっ!!」

少し落ち着かせなきゃまともに会話出来ないぞ、これは


「分かった!分かったから落ち着こう?ね?」

「えーっと私はユヅル、あなたは?」


目をキラキラさせた彼女が答える


「申し遅れてすみません、私はヴィヴァーチェと申します、歓楽街のバル テヌートで働いてます」

「生演奏があるのが売りなのですが....」


さっきの元気はどこにいったのか、急にトーンが落ちた


「今日の演者が体調不良で休む事になってしまいまして」


さすがにここまで言われたら俺でも察する

「代わりに私に演奏して欲しいって事かな?」


「はい!不躾なお願いで申し訳ありません!」

「ちゃんとお給料もお支払いします!」

「いかが.....でしょうか?」


いかがと言われてもなぁ

路上で誰にも相手にされなかったし....


間髪入れずにおばさんが言う

「良いんじゃないかい?どうせ音楽も全く分からない連中がベロベロになってるだけなんだからまともに聞いちゃいないよ」

「ギャラも出るみたいだし最高だね」


確かに願ってもないが....


「あの、演奏する曲は広場でやってない曲でも良いですか?」

誰も聴いてないならリアクションが無くても構わない


「はい!何でも大丈夫です!」


良かった、リハーサルといこうじゃないか


「分かりました。引き受けます」

「宜しくね、ヴィヴァーチェ」


「ありがとうございます!」


俺から先に手を出して握手をした

他人に頼られるなんて初めてだったから少し照れくさいな


「じゃあ行きましょう、準備は要らないわ」

自分でも何でこんな強気な事を言ったんだろう

頼られるとこうも自信がつくのか


飲食店が軒を連ねる歓楽街の一画、広い路面の店の中でも

かなり人通りの良い場所にその店はあった

従業員用の入り口から入り急いでギターを担いだ


「にしても...大衆居酒屋すぎてマジで誰も聞かなそうだ」


オープンして1時間程度らしいがかなり賑わっている

客の話し声で従業員達は耳打ちしないと会話が成り立っていない

客の大半は肉体労働者か?

ガタイの良い野郎ばっかりだ、こいつら相手に通じるか?

いや、そんな事はどうでもいい


舞台に立って深呼吸する

吸って、吐いて

吸って、吐いて

ピアノが端に置かれていた

今日の演者はピアニストだったのだろうか

そんな事を考えていられるくらいには冷静だった

誰も聴いてない、その事実が緊張という弱い心を

簡単に砕いてくれた


セッティングは変わらずクランチ、高音を強めにして

テレキャスの性能を最大限に際立たせる!


ジャーン!!

C5をデカイ音で一発!

皆がこちらを向いたその瞬間、

C5からD5をスライドで弦移動し

コードを掻き鳴らすリフで俺はイントロを弾き始めた


ジャーウジャジャジャジャジャ

ジャーウジャジャジャジャジャ

ジャーウジャジャジャジャジャ

ジャーウジャジャジャジャジャジャージャッジャージャッ


4小節目の終わりはA5からG5へ弦移動


Dm

なぁ聞いてくれよ

Cm

おかしな話だろ?

B♭m

明日には死ぬだなんてさ

Cm

何で分かるんだ?


Dm

ねぇ聞いてくれよ

Cm

明日なんてさ

B♭m

当たり前のように

Cm

来るはずだったんだ


G5 A5 F5 G5

居るはずない神様は

G5 A5 F5 C5

暇つぶしに飢えていた

G5 A5 F5 G5

居るはずない神様は

C5 F5 E5

彼女を奪っていった


D5

もしも、もしも、もしも、願い

F5 C5

ひとつだけ叶うなら

D5

君は、君は、君は、君は

F5 G5

僕が攫うから


D5

だから、だから、だから、だから

F5 C5

その日まで待っていてよ

D5

君は、君は、君は、君は、

F5 G5

僕が攫うから

Dm

時間を止めてよ



スポットライトが眩しい

一曲終わっただけで汗が止まらない

1人で演奏したのに、俺にはバンドメンバーが見えた

おかしいよな、まだ引きずってるのかな

仲間が居たはずなのに

みんな居たはずなのに


静寂が続いている

歌詞が女々しかったか?

曲がつまらないか?

やり切ったんだ、堂々としてろ

不敵な笑みを客先へ向けるとその瞬間


「うおおおおおおいいじゃねーか!ねぇちゃん!!」

「良く分からない歌だがかっこいいな!!」

「なんて歌なんだ!?」

「なんかこう、気持ちが昂るな!」

「女が歌う歌なのに力強い!」

「心に響いたぜ!」


鳴り止まない賛辞

止まらない拍手

ああ、この瞬間がたまらなくて辞められないんだった

もっと、もっと、もっと、もっと

もっと俺を褒めてくれ

音楽を辞められないくらいに

人生を辞められないくらいに



この日、この世界にロックンロールが誕生した





Rock 'N' Roll Star

Fin

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