現実世界で売れずに死んだバンドマンの俺、美少女に生まれ変わった異世界でもっかいバンドやります

kei

第1話 It’s my life

「また今月も赤字になっちまった...」

東京の12月に吐いた溜息と俺を取り巻く現実

クリスマスプレゼントに音楽での成功をサンタに願うも

もうそんなものは貰える年齢ではなくなってしまった

同じ時期に始めた連中がレコード会社と契約して

有名になっていく中、俺達は今も音楽で食えずにいた

バイト、曲作り、ライブ、動画投稿、バイトの繰り返し

「そろそろ食えるようにならないと

マジで内臓売らなきゃかもな...ははは....」

笑えない冗談だ


バンド、もとい音楽をやるには金がいる

ギターに、消耗品に、エフェクターに、アンプに、

曲を作る為のパソコンに、ソフトに、

ライブをやるための箱代、レコーディング、

飲み代、タバコ.....はやめればいいのか.....

数えたらキリが無い。

出費を飯と家賃をケチって音楽活動に充てる

今日もパン屋で貰ったパンの耳ともやし炒め

カップラーメンすら買えない現実に泣けてくる

まともなメシにありつきたい

音楽は金持ちがするものなんだ


「俺、何で音楽やってんだっけ」

「望んで今の生活をしてるんじゃなかったのか?」

「夢を追いかけて食えない奴等なんか山ほどいる」

「俺もその1人、ただそれだけ」

「ただ....それだけ.....」


ピロン。

涙を堪えながら粗末な食事をしていると

バンドのボーカルのタカからグループLINEが来た

プレビューだけで悪い予感がした

それは直ぐに的中した


「俺たち結成して5年じゃん?なのに売れるどころかメジャー契約も無し、同じライブハウスの連中はみんな売れてここから居なくなった」

「こっそり俺が作った曲をネットに投稿してたらあるレコード会社からオファーが来た」


やめろ


「もう20代半ばだしギリギリだ」


やめてくれ


「オファーを受けようと思う」

「残念ながらバンドメンバーはプロのミュージシャンを揃えるから要らないそうだ」


嘘だと言ってくれよ


「直接の報告が出来なくてごめん、でも時間が無いから許して欲しい」


......


頭が真っ白だ


バンドメンバーはネットで知り合った

少し希薄な関係だったかも知れないけど、

同じ苦労をして生きてきたじゃないか

もう少し話し合ってってのが普通だろう

短い時間ではあったがこんなにあっさり崩れるなんて


ライブをすればそれなりに常連は来てくれた

ただ俺達の音楽は憧れの真似事で目新しいのが

無かったんだと思う

答えは出てたのに怠惰でやってたんだ

だからいつまで経っても先には進めなかった

だからいつまで経っても売れる事はなかった


「タカ、初めてネットに上がってる歌を聴いた時、

どうしてもお前と組みたいと思ったよ」

「一緒に音楽出来るってなって嬉しかった」

「それがこんな簡単に終わるなんてあんまりじゃないか」


俺の言葉は誰にも届かなかった


「おめでとう、そろそろ頃合いだと感じてたから辞める決心がついたよ」

「地元に帰って来いって言われててさ、いいきっかけだわ」


他のメンバーは活動に限界を感じていた

きっかけが無くて辞めたいと言い出せなかったらしい

だから丁度いいと...


俺は諦めたくなかった

こんなに長い時間をかけて続けてきた事、

夢を手放してしまう事、

夢から醒めて原作を受け入れる事、

新しい夢なんて見つかる訳が無いって事、


解散になり既読をつけたまま数時間

返事はこれだけしか出来なかった


「今後どうするか、もう少し考えてみるわ」


俺の返事には誰もリアクションしてくれなかった

その日は項垂れるように大人気なく涙を流して眠った


それから数ヶ月

年が明け、雪は溶け、春を迎えようとしていた

俺は変わらず音楽を続けていた


今までのルーチンに路上ライブも加えた

ますます音楽にのめり込んだ

寝る時間も削った

バイトも今まで通りやった

なのに廃れていく心はなんだろう

なのに満たされないのは何故だろう


「おい!ボーッとするな!聞いてんのか!」

ガシャンと大きな音を立ててハッとした

5枚目の皿を割ってしまった

どうやら立ちながら眠ってしまったらしい


「すみません店長、すぐ片付けます」

そう言おうとした時に食い気味で店長は言う


「片付けが終わったら帰れ、お前はクビだ」


眠気と食欲に襲われながらアパートへの帰路を進むと

なんとも言えない虚無感を感じる

金はない、夢は叶わない、

あるのは俺という何も叶えられない人間だけだ

ただ、音楽を辞めようとは思わなかった

他にやりたい事もないし生活の為に

生きるだけの人生は心底嫌いだからだ


あれから何日たっただろう?

所持金は底をつき、電気も水道も止まった

ただ布団の上で寝ることしか出来ずに

時間が過ぎていく

連日訪れる家賃滞納の催促の音も

薄れゆく意識から次第に聞こえなくなっていた


「ああ、死ぬってこういう感覚なんだなぁ」

「サラリーマンやってりゃこうはならなかったよなぁ」

「そういや地元で良く遊んでた何君だっけ?今度結婚するんだってなぁ、大手勤務はモテるのなぁ」

「父ちゃん、母ちゃん、先に行くけどありがとうな、夢は叶わんかったけど、それなりに楽しかったんよ」


もう瞼を開けられない

もうろうとする意識の中、何も考えられなくなっていった

これが死

今日のメシの心配も必要ない、明日の事も、将来の事も

......

....

..


完全に意識が無くなった

永遠の闇を彷徨っている感覚

感覚が無いのにある様に感じる、

朝目が覚める瞬間の様な気持ち悪さだ

身体も動かせず気持ち悪い


これで何もかも無くなる

そう感じた時、辺りが一気に真っ白になった


「.....意識....が....あ...る.....?」

不思議な感覚だった


スポットライトを浴びたような眩い光だ

光が強すぎるせいで「何か」があるのに見えない

羽根の生えた「何か」が俺に語りかけてくる


「初めまして、私はルーシー。世界と世界を繋ぐナビゲーターです」

そう名乗った彼女は間髪入れずに話し始めた

「えーっとこれはなんとお読みすれば良いのかしら」

若いであろう、可愛らしい女の人の声がする

俺は死んだのか?

天国行きか地獄行きか告げられるのだろうか?

世界と世界を繋ぐ?

色んな世界を行き来できるのか?

俺が生きてた世界にも異世界から来た奴が?


頭の中をグルグルしても結局分からない

話を先に進めるか


「雅楽代 弓弦」

「雅楽に代表の代でウタシロ、弓矢の弓に弦楽器の弦でユヅル。俺の名前を聞いてるんだよな?」


威厳を保ちたかったのか慌てて彼女が言う


「そそさそ、そうでした!うたしろさん!難しいお名前なのでつい」

「じゃなかった、オホン」

取り乱したかと思ったらすぐに切り替えた

忙しい人だな


「雅楽代弓弦さん」


今度は凛とした声になった

瑞々しく聴き心地のいい声だ


「貴方は生前、たくさんの努力を重ねましたが、夢半ばで人生を終えました」

「貴方が懸命に生きた事、疑う余地もありません」

「その努力を讃え、貴方を転生者に任命します」


涙が溢れた

人に認められる事がこんなに嬉しいものなのか

俺がやってきた事は無駄じゃなかったんだ


「よって別世界に貴方を転生し、新たな人生を歩んで下さい」

「可能な限りの希望を認めます」

「遊んで暮らせるだけのお金ですかとか、ステータスMAXの勇者なんかが人気ですよ」


何を望もうか

豪華な家、美味いメシ、酒、女

確かに金さえあれば生きるのに困らないけど


「なぁ、これから行く世界にも音楽とか楽器は存在するのか?」


何かを感じ取ったのか明るく彼女は答えた


「ありますよ♪」

「讃美歌に軍歌、民族音楽から大衆音楽まで幅広く。楽器はピアノもありますしバイオリンやギターなんかもありますがあなたが使っていたエレキギターの様な電子楽器は存在しません」

「あとはジョブ(職業)に吟遊詩人というものがあります♫」


「エレキギターはないのか」

「でもアコースティック楽器は存在するって事は

またバンドが組めたりするんだよな」

笑いが込み上げてくる

苦労したはずなのに

辛いだけのはずだったのに

答えは質問された時から出ていたけど

やっぱりこれしかないよな


「エレキギターとアンプがいい」

コツコツ貯めたお年玉で中学生の時に買った

俺のテレキャスター

木目のボディに赤鼈甲のピックガード

死ぬまで使い続けてたコイツとまた

必死こいて生きようじゃねぇか!


「転生後の世界に持って行けるのは1つまでです」


そんな〜...

せっかくやる気が出てたのに....


「何か良い方法はないか?エレキギター単独じゃまともに音が出ないんだ」


「んーそうですねぇ〜特別に魔法でアンプの効果を付与しましょう。どの音を付与しますか?」


願ってもない申し出だ


「な、何でも良いんだよな?じゃ、じゃあF○nderのSuper ○onic 22にしてくれ!」

常にこいつが使えるなんて夢みたいだ〜!


「承認されました」

「これより転生致します。ナビゲーター一同、弓弦様の幸せな人生を願っております」


そう言い残した彼女は深々と一礼し消えていった

俺の魂も段々と消えていくのが分かる


「生きて音楽が出来りゃそれでいい」

「次の世界も宜しくな、相棒」


死んだ時のような気持ち悪さが襲ってきたが

次の人生の始まりがワクワクさせる

次こそは、次こそは売れてやる!

次第に意識が無くなっていった





爽やかな風が頬を撫でる

「んっ、久しぶりに気持ち良い寝起きだな」


水平線が見える平原にいた

コンクリートの道路ではなく高い建物も全くない

まるでヨーロッパに来たように新鮮だった

だって行った事なかったし


「えーっと、街っぽいのが微かに見えるな」

「ギターはちゃんとあるな、水と1食分の食料、短剣、硬貨もあるけど価値が分かんねーな」

まぁ必要最低限の装備なのだろう


それよりもこの違和感は何なんだ

肩まである長い髪の毛、

いつもより視線が低く感じ、

細い手足、

履いたこともないスカート、


スカート?

何で男なのにスカート履いてんだ

男?

「あれ....」

「チ◯コが....ない!?」

「付いてない!?」

慌てて鏡を探したがこんな平原にあるはずもない

「クソッ!水溜りは!?」

急いで辺りを見渡すと今にも蒸発しそうな

小さな水溜りがあった

「何かの冗談だよな!?おい!?」

全力で水溜りまで走っていく



「弓弦さん、もうすぐ街まで着く頃かしら♪」

「前世の世界ではバンドが下火になってたみたいでソロシンガーが注目されてたみたいだし♫」

「ギターを担いでる女の子ってカッコいいですもんね♪」

「私的には完璧にしたつもりだけど気に入ってくれたかなぁ♫」


「何はともあれ、頑張って下さいね♬弓弦さん♪」



水溜りに映る俺は俺であって俺ではなかった

「な、ななな、ななんじゃこりゃああああああああ!」

「女になってるうううううううううう!」

「なんでじゃああああああああ!」



It’s my life

Fin

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