61.後夜祭(円)


 文化祭終了のアナウンスが聞こえてきた。


 もう少しで後夜祭が始まる。当然行く気はない。

 いつも昼飯を食べている空き教室には人の姿はなかった。こうやって体育座りでうずくまるにはちょうど良い。


「おいマド。いつまでこうしているんだ」


 竹満がしびれを切らしたように言った。


「様子がおかしいぞ。何かあったかくらい話せよ」


「もう何も話したくない」


「悩み事だろ。この前言ってたやつ」


 悩みなら全部話してしまった。


 竹満ではなく、その張本人に。


 まさか入れ替わっていると思わなかった。話によるとニコが「入ってみたい」と言ったので、あの時間だけ変わることにしたらしい。


 そうとも知らずに、俺はぺらぺらと全てを打ち明けてしまった。


「仕方のないやつだなあ」


 竹満はため息をついて椅子に腰掛けた。


「じゃあ帰るか、家」


「帰りたくない。帰る場所がない」


「なんなんだ」


 訳が分からない、と竹満はがっくりうなだれた。


 つまり帰ってニコと顔を合わせたら、めちゃくちゃ気まずい。


 そのままそうしていると、後夜祭開始のアナウンスがなった。竹満はツンツンと俺の肩をつついた。


「後夜祭行く?」


「行かない」


「俺、行ってきて良い? 真雛まひなさんの舞台があるんだ」


「行ってらっしゃい」


 竹満は心配そうにチラチラと俺を見ながら席を立った。


「また後で連絡するから」


 教室のドアがしまった。


 一人になった。机の上に腰掛ける。


 日がゆっくりと暮れていく。後夜祭の会場は体育館だと言っていた。ぞろぞろと人が集まっていっているのが見える。


 本当に何をしているんだろう。自分のバカさ加減に腹が立つ。俺の前から逃げ出したニコは再び現れることはなかった。


 ドン引きしただろうか。


 それはそうだ。

 実の兄から好意を向けられたら、困惑するに決まっている。嫌いになっても仕方がない。


 今までの関係も、これからの関係も台無しだ。

 せっかく家族として上手くやれていたのにぶっ壊してしまった。


 ニコはどうしているだろうか。


 帰るにも帰ることができない。


 気まずい。ひたすらに気まずい。天道さんは後夜祭で会おうよ、と言っていたけれど実の妹に告白した後では、合わせる顔がない。


 どこにも居場所がない。


 辺りはすっかり暗くなろうとしていた。

 遠くから後夜祭の楽しそうな歓声が聞こえ始めた。 


 ああ。

 なんか涙が出てきた。

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