60.初恋(円)


 いつからだろうと考えると、たぶん最初からだ。ニコがアパートの前で迷子になっていた時からずっと、目が離せなくなっていた。


「でもなあ、妹なんだよ妹。血が繋がってんだよ」


 竹満は黙って話を聞いてくれていた。ただ俺の隣に立って一緒に校庭の方を見つめている。


 良いから吐き出せ、と言われている気がする。


 その気持ちに甘える。


「知ってるか。日本では妹とは結婚できないんだ。腹違いでもな」


 ネットで色々調べた。スウェーデンなら結婚できると書いてあった。


「いや違くて。結婚とかそうじゃなくて。俺が言いたいのはさ」


 自分でも何を考えているのか分からない。気持ちがまとまっていない。ここ数ヶ月ずっとそうだ。


「隣にいられれば良いんだけど」


 一緒にいるのが楽しい。

 停学中も夏休み中も、気がつけばニコの存在は生活の中心になっていた。


「もしあいつに恋人ができたとしたら、めちゃくちゃ嫉妬しっとすると思う。今から想像するだけで最悪な気分になる」


 めちゃくちゃモテるし。

 この前のラブレターとか、ああ言うのが嫌だ。


「俺が口出す話でもないのはそりゃそうなんだけど」


 勝手なことを言っているのは分かっている。そこまで縛る理由は俺にはない。


「俺だって天道さんとデートしてたくせにな」


 手まで繋いでいた。仕草の一つ一つ、近づいてくる顔に見惚みとれていた。


「くるっぽー」


「天道さんは好きだ。好きだよ。もちろん」


 あんなに可愛い子がき出しの好意で近づいてくる。


 嬉しくないはずがない。


「付き合いたい気持ち。あるよ。そりゃあもう」


 普通だったらそうしていた。たぶん。


「でもさ。俺がもし天道さんと付き合った時、この気持ちはどうなるんだ」


 天道さんに見抜かれた通り、モヤモヤしたものが胸にある。


「ニコに対する感情はなくなるのかなあ。すっぱり諦められるのかなあ。いや、そうしなきゃいけないのは当たり前なんだけど」


 割り切ろうとすると、どんどん膨らんでいく。今だって悟られないように必死な毎日だ。考えると頭が熱くなってくる。


「あー。だから本当に嫌になる。やべーこと言ってるよ、俺」


 家族として失格なことは間違いない。


「告白したいけどできない。家族だし。そんなこと言って気まずくなったりしたら辛い」


 ニコは家族が欲しかった。

 そのためにロシアからわざわざ、こんなところまで来た。


 その気持ちを裏切るのは嫌だ。彼女が俺に求めているのは、恋愛関係じゃないはずだ。


 今のニコは最初に我が家にやってきた時よりも、幸せそうに見える。一緒にいて楽しいと言ってくれている。すっかり馴染んできているように見える。


 だからこそ一層、この気持ちは捨てなきゃいけないものだ。


「と言う悩み。ありがとう、言葉にしたらちょっとスッキリした」


 ふう、と大きく息を吐いて、鳩胸丸出しくんを見る。ほんの少し楽になった。


「ていうか、いつまでその着ぐるみ着てるんだよ。もう良いだろ。午後の部も終わるんだし」


 ポンポンと着ぐるみを叩くと、竹満はビクッと反応した。


「竹満?」


 着ぐるみがもぞもぞと動いている。様子がおかしい。ジリジリと後ずさりしていく。


 あれ?


「おおマド」


 信じられないことに、後ろから竹満の声がした。振り返るとドスドスと近づいてきていた。


「何してんだこんなところで。天道さんは? ふられたのか?」


「は? 何でお前?」


「お。ニコさんもいたのか」


 いや。

 そんな。


「ニコ?」


 頭がサーッと冷えていく。


「着ぐるみ代わってもらってたんだ。久々のシャバだ」


 竹満が嬉しそうに言った。


「代わってもらった?」


「うん」


 自分が何をしてしまったのか理解する。思いつく限りで最悪の状況。


 終わった。


「どした。真っ青だぞ」


 後ろを振り返ることができない。ヘナヘナと全身の力が抜けていく。


 竹満が心配そうに俺の肩を叩く。

 ようやく我に返った時、鳩胸丸出しくんの姿はもうなかった。

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