54.文化祭(ニコ)


 鳩宗はとむね高校の文化祭は土日を利用して、3日間の日程で開催される。文化部系と各クラスの出し物がメインだそうだ。


 特に高学年の出し物は演劇やダンスなど、かなり力が入っている。逆に1年生は場所がないので「小さな教室でお茶を濁すしかないんだ」と瑛子ちゃんは言っていた。


 私たち映研は視聴覚室に陣取じんどっている。

 上映は午前と午後で4回ずつ。同時公開と銘打って、色杏さんと天道さんの映画を上映して、どっちが良かったか投票をしてもらう。


 勝った方が正式に映研の実権を握ることになるらしい。


「よし。これで準備終わり」


 スクリーンに投射するプロジェクターを設置し終わる。色杏さんは相変わらず寝不足そうだ。


 みんな映画に出てきた時の衣装に着替えている。私も色杏さんが用意してくれた巫女みこさんの衣装をまた着ることができた。


 天道さんは白いワンピース、円はいつもの制服で、竹満くんは変な着ぐるみを着ていた。


 胸のところが、ぷっくりと盛り上がった鳩の着ぐるみだ。


「なんですか、これ」


 竹満くんが着ぐるみの頭から顔を出しながら、不満そうに言った。


「なんですかこの珍妙なキャラクターは」


「それは鳩胸はとむねまる出しくん。知らないの、鳩宗高校のマスコットキャラクターだよ」


 色杏さんは着ぐるみの胸をボンボンと叩いた。


「昔の映研が作った代物で、竹満くんにはこれを着て校内を回ってもらう。つまり宣伝って言うこと」


「サイズが結構キツいんです。背が低いんです」


かがめれば入るでしょ」


「腰がいかれそうです。そして暑いですう」


「問題ないよ。手元のボタンを押せば鳴き声が出るから」


「くるっぽー」


「そうそう。よろしくね」


「くるっぽー」


 しょんぼりとうなだれた竹満くんに、天道さんが声をかけた。


「悪いわね。私と瑛子は生徒会の仕事で見回りをしなければいけないから、こっちを手伝えないの。その着ぐるみに入りたかったのは山々だけれど」


「良いんですよ。天道さんにこんな泥仕事をやらせるわけにはいきませんから。マド、変わってくれないか」


「俺は受付担当だから」


 助かった、と言う風に視線をそらして、円は教室の隅の椅子に座った。


 文化祭開始10分前。

 見ると、教室の外は準備でザワザワしていた。校門に飾るモニュメントはまだ完成していないらしく、美術部の人たちがせっせと道具を運んでいた。


 校庭では吹奏楽部がマーチングのリハーサルをしている。こんなに賑やかな学校の催し物は初めてだった。ワクワクしてくる。


 おかげで後ろから天道さんが忍び寄ってきているのにも気がつかなかった。脇腹をツンツンされてようやく我に返る。


「ひゃ」


 振り返ると天道さんが楽しそうに微笑んでいた。


「な。なんですか」


「ごめんなさい。すごくウキウキした顔をしていたから」


「こう言う学校のお祭りって初めてで」


「ぜひ楽しんでね。そして、その衣装すごく似合ってる。可愛いわね」


「天道さんの服の方が素敵ですよ」


 白いワンピースはすらりとしていて、清楚な雰囲気を際立たせていた。今日はウィッグをしていなくて、伸ばした髪を前側で結えている。天道さんは恥ずかしそうに笑いながら、スカートを開いて見せた。


「少しは宣伝になると良いのだけれど」


「なりますよ、きっと」


「ニコちゃんも。健闘を祈りましょう」


 天道さんが私の手を握ってぶんぶんと振る。まだ天道さんたちの映画は見ていない。それも楽しみですと伝えると、彼女は嬉しそうな顔をした。


「しっつれーい」


 開始5分前になって、そろそろ天道さんたちが出ようとした時、教室の扉が開いた。見ると朋恵さんが顔をのぞかせていた。


「おー、ニコちゃん」


「朋恵さん。来てくれたんですか」


「どなた?」


「お母さんです。私と円くんの」


「おいおい。フライング」


 円が慌てて扉を閉めて、朋恵さんを追い出そうとした。


「勝手に入ってくるな」


「良いじゃん。わー。ニコちゃん、めちゃくちゃ可愛い」


「ありがとうございます。見に来てくれて」


「もちろん。朝一で並んでたの。あ、竹満くん。久しぶり。またおっきくなったねー」


「お久しぶりです。どうぞ入ってください」


 円をずいっと押しのけて、竹満くんが扉を開ける。入ってきた朋恵さんは嬉しそうな顔で、天道さんたちに挨拶をした。


「あらまあ、可愛い女の子たちばかりで。安城朋恵です、娘と息子がいつもお世話になっています」


「いえこちらこそお世話になっています。私は天道秤てんどうはかり。こっちが下柳瑛子しもやなぎえいこ花紙色杏はながみしあんです。みんな映研のメンバーです」


「あなたが天道さん?」


「はい」


「わー。綺麗な子だねえ」


 朋恵さんはまぶしそうに目を細めると、カバンからスマホを取り出した。


「みんなの写真を撮っても良い? 集合写真」


「良いですよ、もちろん」


「やめろよ。恥ずかしい」


 隅っこから遠巻きに眺めていた円が不満そうに言った。


「俺は入りたくない」


「えー、思春期。せっかくみんな綺麗な洋服着てるのに」


「お兄ちゃん、撮ろうよ。せっかくだし」


 声をかけると、円は渋々と言った感じで竹満くんの横に立った。瑛子ちゃんと色杏さんを中心にみんなで並ぶ。


「じゃあ、撮るよー。円もうちょっと笑って」


「はいはい」


 パシャと音がする。撮った写真を見て、満足そうに朋恵さんは言った。


「良く撮れてる。後でみんなにも送るね」


 チャイムの音が鳴った。


 文化祭の始まりの校内放送が流れて、視聴覚室の扉からのぞくと、朋恵さんの言った通りずらりと行列ができていた。


「わ。すごい人」


「天道会長とニコちゃん効果だね」


 瑛子ちゃんは満足そうにうなずいた。


「今年の文化祭の目玉と言っても良い」


「恥ずかしいなあ」


「大注目だよ。さてさてどっちが勝つか」


 すりすりと手を合わせながら、瑛子ちゃんは言った。色杏さんが時計を見て円に合図を出した。


「じゃあ開場しようか。扉開けちゃって」


「うい」


 円が扉を開けると、ドヤドヤと人が入ってきた。男の子だらけかと思ったけれど、女の子もいた。多分、天道さん目当てだろう。先着順でパイプ椅子に座っていく。


「朋恵さんはこちらにどうぞ。特等席です」


「ありがと、竹満くん」


 最初の上映は天道さんたちの映画からだった。 


 アリアドネの初恋は、脚本を読んで想像した通りの不思議な雰囲気の映画だった。打ち寄せる波の音を背景に、センチメンタルな少女を演じる天道さんは、いつもとは別人のように思えた。


「『私と君と。世界に二人きり』」


 セリフの一つ一つが真に迫っている。相手役を演じる円も、それに引っ張られるようにしてキャラクターが出来上がっていく。矛盾した感情を抱える男の子にちゃんと見える。


 約10分の上映が終わると、パチパチと大きな拍手が会場を包んだ。それに続く私たちの映画もおおむね好評だった。どちらかと言うと笑いの方が多かった気がするけれど。画面の向こうで演技をする自分を見るのは、気恥ずかしい。


「めっちゃ面白かったよー」


 朋恵さんは愉快そうに笑って帰っていった。

 午前の投票では、天道さんたちの映画に軍配が上がった。

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