53.下駄箱(ニコ)


 授業が終わって下校しようとすると、下駄箱の中に何かが入っていた。


「うわあ。ニコちゃん、何これ」


 通りかかった瑛子ちゃんが目をむいた。私の下駄箱の中に手を突っ込むと、瑛子ちゃんはかっさらうようにそれを取り出した。


 便箋びんせんだった。


「ラブレターだ」


 サッと隠すように隅の方に持っていて、こそこそと言った。


「しかも10枚近くあるよ。すげえ。こんだけ集まれば野球できるじゃん」


「悪戯かなあ」


「そんな訳ないでしょ。一枚一枚手がこんでいる。本物だよ。うひゃあ、今時こんな古風な告白の仕方をするやつがいるんだなあ」


 はい、と瑛子ちゃんは私のかばんの中に、ラブレターを突っ込んだ。


「どうしよう、これ」


「捨てちゃえば」


「でも知らない人だし。せっかく書いてきてくれたのに申し訳ないし」


「そうだねえ。学校で捨てるのはちょっとやめた方が良いかもね」


 と言う訳で家に持って帰ってしまった。

 今日も円はバイトでいなかったので、ご飯のシチューを仕込んだ後、さっきのラブレターを開けてみることにした。


「誰だろう。本当に知らない人しかいない」


 違うクラスだったり、違う学年の人ばかりだった。

 好きになりました。良かったら連絡してください、と連絡先が書き込んである。歯が浮くような、ムズムズする言葉がたくさん書いてある。


「みんなすごいなあ」


 これが朋恵さんが言っていたビビビと言うやつか。無碍むげに捨ててしまうのは申し訳ない。どうしたものかと悩んでいると、円が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり。今日は豚肉のシチューだよ」


「良いねえ。あれ何だそれ。宿題?」


 しまった、と気がついて隠そうとしたがもう遅かった。テーブルの上にあった手紙を見て、円はギョッとした顔をした。


「手紙。誰から」


「ええと。知らない人」


「知らない人?」


 手紙の文面を見て彼は気がついたようだった。


「あー。そう言うことか。そう言うことか。あー」


「どうしよう、これ」


「手回しのシュレッダーあるぞ」


 押し入れの中からシュレッダーを持ってくると、円は手紙を一枚取ってガシガシとけずろうとした。


「待って。捨てちゃうの」


「え。捨てないのか」


 円の手がピタリと止まる。


「誰か気になるやつでもいるのか」


「いないけど。こんなに一生懸命書いてくれたのに」


「ああ、そう言うことか。大丈夫、ラブレターっていうのはそう言う運命なんだ。黒板に貼り出されないだけ、ありがたいくらいなもんだ」


「そうなの」


「じゃ、削りまーす」


 シュレッダーのハンドルを回そうとすると、今度は朋恵さんが帰ってきた。


「ただいまー。お、何してんの」


「面倒くさいのが帰ってきた」


 円が嫌そうな顔をする。リビングに入ってきた朋恵さんは、すぐさまシュレッダーを奪い取った。


「なになに、これ。やだー、ラブレターじゃん」


 目を輝かせて、朋恵さんは手紙を一枚手に取って読んでいた。


「すごいねえ。青春だねえ」


「下駄箱に入ってて」


「ほうほう。円は可愛い妹のラブレターをシュレッダーしようとしてる訳だね。ひどい兄だなあ」


「全員知らない奴だって言っているし、捨てた方が良いだろ」


「ここから恋に発展するかもしれんよ。気になる子とかいないの」


「うーん。分からないです」


「円は大体分かるんじゃない。良い人とかいないの」


 そう言われた円は積み重なった手紙に目をやって、眉間にギュッとシワを寄せた。


「全部クズ。捨てる」


 まとめてシュレッダーに入れると、ハンドルを回した。手紙がバラバラになっていく。その光景を朋恵さんが「あーあー」と見ている。


「ニコちゃん、これで良かったの」


「良いです。恋人とか作る気ないですから」


「これでよし」


 全部バラバラにすると、円はすっきりしたと言う顔をした。


「さあ。ご飯にしよう」


「横暴な兄だ」


「本当に良いんですよ。ご飯もうできてますから」


 今日のシチューは野菜が安かったので、具材をたくさん入れた。もも肉、玉ねぎ、人参、ジャガイモ、コーン。白菜は早めに煮込み始めてトロトロにしてある。お玉で回すと、コンソメの匂いがふわりとのぼった。


 2人ともおいしそうに食べてくれた。


「美味しいなあ。ニコちゃんはシチューにご飯をかけても気にしない派?」


「もちろん。良いですよ」 


「ありがとう。いえーい」


 ご飯とシチューを混ぜながら朋恵さんは、思い出したように言った。


「そうだ、もうすぐ文化祭だよね。休み取れたから行くよ」


「お。何日目?」


「1日目の午前中。映画上映してる?」


「うん。9時くらいから」


「よっしゃ。楽しみにしてる」


「俺の見られるの結構恥ずかしいわ。ニコのだけで見にきなよ」


「やだよ。どっちも見る。午前中はずっといるわ」


 ふふん、と嬉しそうに朋恵さんは言った。


「そうだ、ニコ」


 顔をあげた円は私に言った。


「文化祭の日どっか、空いてる?」


「あ、うん。だけど私クラスの出し物の手伝いもしなきゃなんだ。軽食喫茶。当番制で交代だから」


「そうだったんだ。ずっと?」


「ううん。3日目だけ。2日目は空いてるよ」


「じゃあその日で。一緒に回ろう」


「本当。ありがとう」


 あ。

 嬉しい。


 まさか円から回ろうと誘われるとは思っていなかった。真雛まひなちゃんは手芸部のライブ編み物で手が離せないから、ぼっちになるところだった。


 でも、気になるのは。


「天道さんとは回らないの」


 そう言うと、円はスプーンを動かす手を止めた。


「天道さんとは」


 視線をぼうっと前方に向けたまま口を開いた。


「3日目に回る」


「あ、そうだったんだ」


「誰? 天道さんって」


「知り合い」


 朋恵さんの言葉をさえぎって、円は大きな声で言った。


「映研の先輩」


「ふうん。そうなんだ」


 どこか怪しむような視線を向けると、朋恵さんは「お酒取ってこようっと」と冷蔵庫に歩いていった。小さな声で円に言う。


「話したの。天道さんと賭けのこと」


「うん、一応」


「オッケーしたんだ」


「オッケーというか。なあなあで」


「じゃあ。いよいよデートだね」


 そう言うと、彼は何とも言えない顔をした。


「いや」


 小さく首を横にふった。


「どっちが勝つって、まだ決まったわけじゃないだろ」


「それもそうだった」


「だからまだ分からない」


「どっちも良い映画だからね」 


 勝負はせずに引き分けでも良いのに、と少し思う。けれど色杏さんと天道さんは決着をつけないと気が済まないらしく、投票用紙も印刷し始めていた。


 その日の晩、色杏さんからエディットが終わったと完成品が送られてきた。変わっているけれど、面白い映画だった。私の上手とは言えない演技を見られるのは、かなり恥ずかしいけれど。


 どんな風なお祭りになるのか楽しみだ。


 文化祭はいよいよ今週末に迫っていた。

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