52.お約束(円)


 昼休み、教室で竹満と一緒に飯を食べていると、天道さんがどっかから椅子を持ってきて隣に座った。


「お邪魔します」


 机の上に弁当箱を取り出すと、天道さんはスルスルと包みをほどき始めた。それをキョトンとした目で見ていた竹満は、おもむろに立ち上がった。


「じゃあ。お二人さん、ごゆっくり」


「いや、いてくれ。竹満。いてくれ」


「どう見ても俺は邪魔だ」


「そんなことないわ。竹満くんにも関係ある話よ」


 周りの視線を一切気にすることなく、天道さんは自分のお弁当を食べ始めた。曲げわっぱの弁当箱に入った彼女のご飯は、丁寧に盛り付けされていて非の打ち所がなかった。卵焼きの形がすごくきれいだ。


 パクリとブロッコリーを食べると、天道さんは言った。


「文化祭のことよ。賭けの話」


「あ。その話ですか」


「賭けの内容が決まったのよ。私が勝ったら円くんをいただくことにしたわ」


「あはあ。じゃあ、お二人さんごゆっくり」


「待ってくれ、竹満」


 制服を掴んで竹満を座らせる。竹満は不満そうに肩を落とした。


「なんだよ、もう。俺は関係ないだろ」 


「関係あるとかないとかじゃなくて。このままだと天道さんと俺がイチャイチャしているように見られる」


「すれば良いじゃないか。イチャイチャ。あー、うらやましい」


「気まずいんだ」


 こんな教室のど真ん中で、2人きりの距離感の危うい会話を聞かれるのは嫌だ。例え天道さん自身が気にしていなかったとしても。


 天道さんは俺たちの会話を目をパチパチさせながら聞いていた。


「話しても大丈夫かしら」


「どうぞ」


「私は円くんをいただくことにしたわ」


「聞きました。前にニコが言ってたんです」


「それなら話が早いわね。じゃあよろしくね。ところでそのお弁当」


 口を挟む間もなく、天道さんは俺が開けた弁当箱に視線を落とした。


「とても美味しそうなのだけれど」


「ああ。これ、ニコが作ったやつです」


「ニコちゃんが」


 そう言うと、さらに興味深げに彼女は俺の弁当をのぞき込んできた。今日は小さなロールキャベツが入っていた。かなり長時間煮込んでいたらしくて、味が染み込んでいる素晴らしいおかずだ。


「素敵ね」


「ちょっと食べますか?」


「良いかしら。代わりに私のハンバーグをあげる」


「ああ良いですね」


 天道さんとおかずを交換する。


 俺からもらったロールキャベツを口に入れると、天道さんは箸を置いて深い息をはいた。


「素晴らしい。負けた」


「負けた?」


「料理の腕で負けたと言うこと。後でニコちゃんに報告する」


「天道さんのハンバーグも美味しいですよ」


 普通に美味しい。冷凍じゃなくて、ちゃんと肉の味がする。ソースのスパイスも美味しい。


 感想を言うと天道さんは首を横に振った。


「それは母が作ったもの」


「ああ。そうだったんですか」


「不満そうね」


 天道さんは頬杖をついて、俺のことを見てきた。


「それなら今度、私が作って持ってきてあげるわ」


 ふふ、と得意げに天道さんは微笑んだ。ずいぶんと挑戦的だ。


 竹満は隣でもくもくとサラダチキンを食べていた。なぜかずっと目を閉じている。


「それとは別にしてね」


 早々に箸を置いた天道さんは、水筒から温かいお茶を出して飲んでいた。


「文化祭って3日間あるじゃない」


「ありますね」


「それで映研なんだけれど、上映が始まったらほぼやることないの。受付に一人いて後は再生ボタンを押してしまえば、それで事足りる」


「はい」


「つまり時間がたくさんあるの。だから私と一緒に文化祭を回らない?」 


「天道さんと2人で」


「もちろん」


 ニッコリと彼女は微笑んだ。キラキラと輝く瞳がこっちをのぞいている。


 その視線から、サッと目をそらして返答する。


「考えておきます」


「うん。よろしくね」


 彼女は水筒のキャップを閉めて、ちょっとしか食べていない弁当箱を風呂敷で包んだ。


「それだけ言いに来ただけ。それじゃあ」


 ふわりとスカートをひるがえして、天道さんは立ち去っていった。彼女がいなくなると、急に周りが見えてきた。若干の視線を感じる。


 横に座っていた竹満を見ると、声も出さずに涙を流していた。


「竹満どうした。何で泣いてる?」


 声をかけると、ゆっくりと口を開いた。


「どうして天道さんにあんなに冷たくするのかなと思って」


「いや違うんだ。そう言うわけじゃなくて」


「じゃあ、どうして」


 ずずと竹満は鼻をすすった。


「あんなに冷たくしなくたって良いじゃない。文化祭一緒に回る? 即答だろ。行けよ」


「そうじゃなくて。冷たくならないと、何だろう。溶かされる」


「ほう」


「距離感がおかしい。今日この頃」


「分かるよ」


 竹満は深々とうなずいた。


「でも溶かされちゃいけない理由でもあるんか」


「あるっちゃあ、あるんだけど」


「ああ分かった」


 目を閉じながら、竹満は俺の言葉を手で制した。


「分かった。なんか悩んでるんだろ。ここでは言えないようなこと」


「理解が早くて助かる」


 竹満は涙をぬぐって、鼻をかんだ。


「今度聞かせろよ、理由」


「そのうちな」


 きっちり言えるかは分からないけれど、竹満には相談しても良いかもしれない。一人では持て余してきている。


 廊下の外に目をやる。ニコ待ちの行列は二週間近く経って、徐々に落ち着いてきていた。

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