55.ぼっち(ニコ)


 お昼の休憩を挟んで、瑛子ちゃんと一緒にポスターを貼りに回ることにした。巫女姿で歩いていると注目を浴びそうな気がしたけれど、案外そんなことはなかった。


 メイドさんとかアニメのキャラクターとか、コスプレしている人が多いので、普段よりあまり目立っていない気がする。何よりみんな、自分たちの出し物で忙しそうにしていた。


鳩高はとこうの文化祭は評判良いから、結構人が集まってくるんだよ」


 生徒会と書かれた腕章を身につけながら、瑛子ちゃんはキョロキョロと辺りを見ていた。生徒会員だから、校内の見回りもしないといけないらしい。メガホンと刺又さすまたを小脇に抱えている。


「だからトラブルも多いらしくて。ニコちゃんもナンパとか気をつけてね」


「そんな人いるの?」


「先輩がそう言ってた。日曜とか暇な他校のやつとか来るらしいよ」


「じゃあもっと人いっぱいになるんだ」


 壁のところにポスターを貼る。


 午前の部の投票では負けてしまったので、『世界の果てまで君を追いかけていく』に投票をお願いします、とポスターに書き加える。


「お。熱心だね」


「色杏さんに頼まれて」


「でも負けるつもりはないよう」


 ふふん、と瑛子ちゃんは誇らしげに言った。


「あの天道会長の演技に勝てる人はいないから」


「天道さんすごかったもんね。本当に綺麗だった」


「そうそう。色杏さんたちの映画も良かったけれど、B級趣味丸出しだったからね。やっぱり王道が一番だ」


「そういえば脚本って誰が書いたの。アリアドネの初恋」


 私が質問すると、瑛子ちゃんは「むー」と言って首を傾げた。


「実は私も分かんないんだ。文芸部の子って言ってたけど名前は知らないなあ」


「あんな脚本描けるなんて格好良いね。面白かった」


「そうだねえ。撮影してても思った。一発で情景が浮かぶような感じだったし。本当は天道さんが書いたんじゃないかって思ってたけど、違うみたいだし。秘密だって言われちゃった」


 気になってきた、と瑛子ちゃんはあごに手を当てた。


「ぜひこれからも協力して欲しいんだけどな」


 東校舎の渡り廊下を歩いていくと、向こうのほうで人だかりができていて通れなくなっていた。のぞいてみると、ピエロのコスプレをした男の子がジャグリングをしていた。結構うまい。


「わー、見ていく?」


「すごいけど、ここイベント禁止区域だよ。通れないじゃん」


 瑛子ちゃんがメガホンで中止を呼びかけると、ピエロの人たちはまずいと言う顔をして、走っていった。


「あー! 逃げるなー!」


 刺又を持った瑛子ちゃんがピエロたちを追いかけていく。瑛子ちゃんの声に気がついたのか、他の教室からも生徒会の人たちが現れた。


 階段を降りて、バタバタと校庭の方に走っていくのが見える。まるで鬼ごっこだ。


「……大変だなあ」


 人が空いたので、渡り廊下のところにポスターを貼っていると、誰かがツンツンと私の肩を突いた。


 振り返ると、真っ黒なフード付きのローブをかぶった人がいた。


「巫女さん、こっちこっち」


 女の子の声だった。

 絵本に出てくる魔法使いみたいな格好をしていた。「わあ」と声を上げる間もなく、暗幕のかかった教室に引っ張られていく。


 パタンとドアを閉めると、その人はフードを脱いだ。髪の長い女の子だった。先っぽの方が赤く染まっている。


「遅かったね。もう文化祭始まっちゃいましたよ」


「あの?」


「あ、ごめんなさい。初めまして占い部の部長です。今日は来てくれてありがとう。そのウィッグ綺麗だねえ。どこで買ったの?」


 三波みなみと名乗った女の子は、興味深そうに髪に触ってきた。手触りで察したのか、彼女はギョッとした顔で私を見た。


「あれ。本物?」


「私、1年生です。ニコって言います」


「もしや噂の留学生だ」


「留学じゃなくて編入です。何ですか。ここ」


 天井でミラーボールがくるくると回っている。薄暗い部屋はラベンダーのような香りがして、テーブルの上には水晶玉と小さい神棚が置いてある。


 良くぞ聞いてくれたと言った感じで、三波さんは椅子に座った。


「私、占い部の部長なの。ここは鳩宗高校文化祭特製占いの館」


「占い」


「そうそう。ごめんね。巫女さんの格好してたから、勘違いしちゃった。ニコさんは私の探し人じゃないよね」


 そう言って、彼女はガックリと肩を落とした。 


「やっぱりネットの約束なんて当てにならんね」


「どういう約束したんですか」


「ネット掲示板のスレ。一緒に和洋折衷わようせっちゅう占いやろうって約束。占い部は私一人しかいないから、一緒に手伝ってくれる人探してたんだけど」


 巫女さん姿で待ち合わせしていたらしい。

 もう来ないし一人でやろう、と彼女はふところからタロットカードを取り出した。


「ニコさん、やってきますか?」


「ごめんなさい、人を待ってて」


「すぐ。すぐ終わるから。一人にしないで」


 瞳をうるまませた彼女は私の手を握った。ちょっと可哀想になったので、占いをしてもらうことにした。


「ありがとう。ちょー優しい」


「いえいえ。水晶玉は使わないんですか」


「これはそれっぽい飾り」


 そう言うものなんだ。


 三波さんが配るタロットカードは、マジックペンで書かれた動物の絵柄だった。


「不思議な絵」


「豚、狸、狐、猫、ゴリラなどなどで作った動物タロットカード。結構当たるんだよ」


 手際良くカードを並べていく。くるくる回るミラーボールがカードを照らしていく。仕組みは良く分からないけれど「これだ」と手をかざした彼女は、一枚のカードを取り出した。


「さあさあ。出てきましたよ」


 三波さんがカードをめくる。雰囲気の割りにすごく軽い。


 出てきたのは蛇だった。頭が2つある。


「お。双頭の蛇だ。これはすごいよ。レアカードだよ」


「レア」


「ずばり。運命の時は近づいている」


 ニヤッと微笑んで彼女は言った。


「ニコさんの未来を左右する出来事が近づいてきている。すごい大きな分かれ道だよ」


「どんな出来事なんですか」


「そこまでは分からない。今までにないくらいすごい重要な出来事だよ。何せレアカードだからね」


「これ、どっちを選んだ方が良いとかあるんですか」


「それは分からない」


「ラッキカラーとか」


「すごい分からん」


 占いだからね、と彼女は肩をすくめた。


「人生相談じゃないので。占っただけ。これでおしまい」 


「そう言うものなんですね」


「でも未来が分かるってだけで、心づもりはできるじゃない?」


「それは確かにわかりますけど」


 でも日本に来たこと以上の分かれ道ってなんだろう。もし、そんなものがあるとしたら、選びたくないと思う。


 できれば、ずっとこのまま楽しい生活が続いてくれれば良いと思う。


「そうそう悪いことは起こらないよ」


 カードを片付けながら三波さんは言った。


「双頭の蛇。もともとは一つの生き物だからね」


「でも重要な分かれ道なんですよね」


「どちらにせよ、それは運命だから。惑星と衛星のようにすごい引力で結ばれあっている。離れようとも別れがたい」


「引力。なんか素敵ですね」


「シェイクスピアだよう。引き止めて悪かったね。今日は占いの館に来てくれてありがとう」


 三波さんに別れを告げて、占いの館を出る。息を切らした瑛子ちゃんが戻ってきたところだった。刺又を杖のようにしてヨロヨロと歩いてくる。


「逃した」


 ピエロは捕まえられなかったらしい。


「あいつら速過ぎ。どこのどいつだよ」


「お疲れさま。大変だったね」


「絶対に捕まえてやる。ごめんね待たせて。どこ行ってたの」


「占い部の人に捕まってた」


「占い部? そんなんあったんだ」


 営業中と書かれた看板を見ながら瑛子ちゃんは「ふう」と息をついた。


「どんな占いだったの」


「大きな分かれ道があるって」


「へえ、どんな」


「それは分からないって」


「なんだデタラメか」


 汗をぬぐった瑛子ちゃんと、再びポスターを貼りに歩き始める。途中で「くるっぽー」と鳴く竹満くんが風船を配っていた。おかげで午後の上映会も大盛況だった。


 とりあえず今日は分かれ道はなかったようだった。一日目は何事もなく終わって、家に帰ると朋恵さんが、今日撮った写真をもう焼き増ししていた。


「良い写真だなあ」


 みんなが映った写真は、今度配ることにした。瑛子ちゃんも色杏さんも竹満くんも天道さんもみんな笑っている。円もちょっと照れ臭そうに口角を上げている。


 明日は2人で文化祭を回る日だ。楽しみになってきた。

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