18.水着かあ(円)


 映画研究会の部室は、本校舎から離れた部室棟の端っこにある。建て替えが進んでいる他の建物とは違って、部室棟は外壁がいへきも汚くて薄暗い。三階へと続く非常階段の手すりはボロボロにがれている。


 映画の件について話をつけようと、部室の扉を開ける。中では竹満がコピー用紙の束を椅子にして、弁当を食べていた。


「おう。マド」


 部員が俺たちしかいないのを良いことに、竹満は暇な時間ここに入り浸っていた。


「色杏先輩は?」


「まだ来てない」


「そっか」


 散らかった床を片付けると、クッションがあったのでそこに座ることにした。


 周りには撮影の機材やら何やらが置かれている。歴代の部員たちで買い貯めた機材たちは、ガムテープで補強されていたりと、ガタがきているものも多い。


「妹ちゃんの話か」


 白米をもぐもぐしながら、竹満が声をかけてきた。


「文化祭の映画に出るんだろ。楽しみだなあ」 


「出させねえよ。出すわけないだろ」 


「ええ、何でだよう」


「俺たちがどんな目にあったのか覚えてないのか。入学早々、停学になってAV男優ってあだ名まで定着して」


「でもまあ、楽しかったから良いんじゃないか。おかげでちょっとクラスに馴染めた部分もあったし」


 否定できないが、男子限定の話だ。女子からの評判は地に落ちた。


「色杏先輩のシナリオは過激すぎるんだよ。いつもグロとかエロの話しかしないし。ニコをそんな映画に出させたくない」


「次回はエログロって決まったわけじゃないだろ」


 ブロッコリーをごそっと取ると、竹満はそれを口いっぱいに放り込んだ。


「昨日だって張り切ってたし。さっき図書室寄ってたら、色杏先輩忙しそうにペンを走らせてたから」


「何作ってるんだろうな」


「ちょっと聞いたら、夏だからやっぱ海だなあ、とかぼやいてた」


「海かあ」


「良いよなあ、海。この辺は川しかないから」


「俺も久しく行ってない。お前と小学生の頃に行ったくらいだよ」


「あったなあ。あの頃はクソガキだったからな。女の子の水着が見られる尊さを分かってなかった」


「水着ねえ」


 ああ、それは素晴らしいかもしれない。

 真夏の太陽と、白い肌。ちゃぷちゃぷと跳ねる波。ニコはスタイルが良いから、どんな水着でも似合うに違いない。

 

 水着。

 水着かあ。


「いや、ダメだダメだ」


「どうした?」


「ダメだよ。やっぱり」


 可愛い妹の肌を他人にさらす訳にはいかない。


「何だよ乗り気じゃないな」


「竹満こそ。そもそも部活とか、興味ないんじゃなかったのか」


 俺と竹満はもともと帰宅部で通すつもりだった。俺はバイトで忙しいし、竹満はコミュ障なので、ひとりで筋トレしている時間が一番好きらしい。


「俺は、色杏先輩と出会って変わったんだよ」


 箸を動かす手を止めると、感慨深げに言った。


「今まで青春なんてクソだと思ってた。朝練とか、汗水流して踊り狂っているような連中が大嫌いだった」


「はあ」


「でもなあ。違うんだよ。俺は俺で良かったんだ」


「そうかあ」


「カメラの前だと、自分を解放しているような気持ちになる」


 うんうんと彼は深くうなずいた。


「新しい一面っていうのかな。そう言うのを発見できた」


むちでしばき過ぎたかなあ」


「そうじゃない。色杏先輩だって言ってただろ。良い身体してるって。つまり俺が鍛えている筋肉はこの時のためにあったんだ」


「うまくのせられ過ぎているような気がする」


「相変わらず疑い深いなあ」


「お前こそ、人を信じすぎなんだよ。仮にも脅迫して映画に出させるような人だぞ」


 良いことをしたからと言って、悪いことが帳消しになるわけではない。俺は根に持っている。


「もっと楽に生きようぜ」


 弁当を完食した竹満は、カバンからプロテインを取り出した。


「な?」


「なんかそのうち、酷いことに巻き込まれるような予感がするんだけどな」


 竹満は小学校からの友達だ。できればまともな交友関係を築いてほしい。


 どうするものかと悩んでいると、部室の扉がゴンゴンとノックされた。


「お。色杏先輩帰ってきたかな」


 竹満が立ち上がりドアのところまで歩いていく。その後ろ姿はウキウキしているように見える。


 こいつはともかくとして、ニコは関わらせない。今日はそれをきつく言って帰ろう。


 ゴンゴンと再びドアが叩かれる。


 あれ?

 おかしい。


 なんで色杏先輩がドアをノックしているんだ。あの人、自分で鍵を持っているのに。


「竹満、ちょっと待て」


「ん?」


 もう遅かった。

 がしゃんと叩き破るようにドアが開けられると、外にいたのは刺又さすまたを持った女生徒たちだった。


天誅てんちゅうー!」


 次から次へと、わらわらとなだれ込んでくる。そのまま扉の近くにいた竹満を捕まえてしまった。


「ぐえ」


 竹満が潰れたカエルみたいな悲鳴をあげた。

 後からどんどん刺又さすまたを装備した女生徒たちが入ってくる。完全に出口をふさがれてしまう。


「おいおい。何だこれ」


 良くわからないけれど、この刺又女たちが敵意を持っていることは間違いない。


 弁解する暇もなく、俺も刺又で捕らえられてしまった。壁に押し付けられて動けなくなる。ひどい。


「あれ。これだけ?」


 扉の方から残念そうな声が聞こえた。

 入ってきたのは、コケシみたいなおかっぱの女の子だった。背はそんなに大きくない。すごくだるそうな目をしている。


「部長もいないじゃん」


 はあと大きくため息をついた。


「仕方ない。作戦Bに変更しなきゃだ。この2人を人質にして色杏さんを呼び出そう」


「おいおい。どう言うことだ」


「あ。ごめん。でもここの部員でしょ」


「部員じゃない」


 竹満はともかく、俺は違う。


「放してくれって。理由を説明してもらわないと困る」


「あ、思い出した。あんた映画出てたやつだ。A組の安生と竹満。嘘をつかないでよ。先に約束を破ったのはそっちなのに」


「約束とか知らないよ」


「えー」


 ものすごく面倒くさそうな顔をしている。

 とりあえず色杏先輩が何かやらかしたのは間違いない。


 辺りを見回す。進入してきた軍団は女子だけだった。竹満はすっかり降参したように、両手を挙げている。その鍛え上げられた筋肉は何のためにあるんだ。


「ちゃんと理由を説明してくれよ」


 俺が叫ぶと、こけし頭の女生徒は「めんどい」と手を振った。


 その彼女の後ろから、良く通る声が聞こえてきた。


「私から説明しましょう」


 次から次へと。何が何だか分からない。

 入ってきたのは、ショートカットの女子だった。部屋の様子を見ると満足そうにうなずいた。


「エーコ。お手柄です」


「はいです」


 こけし頭の子は「エーコ」と言うらしい。

 こっちの綺麗な黒髪の人は、どこかで見たことがある。すらりとした頭身と、キリッとした瞳。刺又を持った女の子たちが、彼女のことをキラキラした目で見つめている。


「誰だっけ、この人」


「知らないのか。天道てんどう会長だよ」


「ああ。生徒会長」


 竹満に言われて思い出す。全校集会で挨拶していた人だ。


 俺のことをチラッと見た彼女は「そうよ」とうなずいた。


「第三十二代生徒会長、天道秤てんどうはかり。こちらは書記の瑛子えいこ。突然の無礼を失礼するわ」


「全くもって無礼ですよ。早く放してください」


「そうはいかないわ」


「え?」


「先に約束を反故ほごにしたのはそちらだから」


 ニッコリと天道さんは笑って、近くのソファに腰掛けた。

 何と言えば良いのか。仕草の一つ一つが芝居がかっている。


 舞台の上に立つ俳優みたいだ。朝礼の時も綺麗な声だなと思ったことがある。その良く通る声で、彼女は俺たちに言った。


「私たちは映像研究会えいぞうけんきゅうかいです。この部室と機材の正当な所有権はこちらにあります」


「映像研究会?」


「はい。あなたたち映画研究会はもうおしまいよ」


 廃部のお知らせと書かれた紙を天道さんは懐から取り出した。


 竹満と顔を見合わせる。


「ほらな。やっぱりロクな目に合わない」


 俺の言葉に竹満は深いため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る