19.天道さん(円)


 暴漢ぼうかん、もとい映像研究会にグルグル巻きに縛られて床に転がされていると、色杏先輩が帰ってきた。


「あら」


 ちょっと驚いたような色杏先輩に、刺又さすまたを持った瑛子えいこが襲い掛かった。迷いがない。


天誅てんちゅうー!」


 向かってきた刺又をさらっと避けると、色杏先輩は足をひっかけて瑛子をすっ転ばせた。


「ぎゃふ」


「危ないよう。B子ちゃん」


「瑛子ですう」


 再び刺又を構えた瑛子の前に、天道てんどうさんがサッと立った。


「ようやく会えましたね。色杏。ずっと居留守を使っているから、もう会えないかと思いました」


「あーあ。物騒だよ、もう」


「早く部室と機材を明け渡して。今回の賭けには私たちが勝ったわ」


「賭けねえ」


 天道さんの横をするりと抜けて、色杏先輩は俺たちを見下ろした。


「あらあら。随分とやられちゃったね。可哀想に」


「あらあらじゃないですよ。誰のせいだと思っているんですか。全部聞きましたよ」


 縛られながら一部始終を聞いた。


 色杏先輩と天道さん、彼女たちはもともと映画研究部という一つの部活だった。だが部長であった色杏先輩が暴走、各地の映画コンクールで突飛とっぴな作品を発表し続けた。


 グロくてエロくて趣味が悪い。


 鳩宗高校の映研は頭がおかしい。悪名がとどろくのに時間はかからなかった。おかげで他の部員が作った作品も、変な目で見られるようになってしまった。


 見かねた天道さんがクーデターを起こし、映画研究部と映像研究会の2つが出来上がったのが今のこの状態。


「活動発表会で決着をつけましょうという約束でした」


 刺又を持った生徒たちをバックに、天道さんは改めてソファの上に腰を下ろした。


「結果はご覧の通りです。ごらんなさい。このたくさんの新入部員たちを。鳩宗はとむね高校に残るのは我々、映像研究会です」


「それで?」


「機材と部室をよこしなさい。こんなに散らかしてしまって。映画に命を賭けた先達たちの血と汗と涙が、ああ、まるでゴミ屋敷」


 足の踏み場もない狭い部室を見渡しながら、天道さんは苦々しい顔をした。


「活動発表会で勝ったら、私たちにこの部室と機材を渡すという約束だったわよね」


 切羽せっぱ詰まっている、と色杏先輩は出会った時に言っていた。それはつまり部の存続の危機だと言うことだったのだろう。


 天道さんの説得に、色杏先輩は表情を変えずにうなずいた。


「本当に勝ったと思っているんだ」


「何を?」


「何をもって勝ったか、と聞いているの」


 ニヤニヤと笑いながら色杏先輩は機材の山に腰掛けた。その微笑みは最初に会った時と同じで、ものすごく性格の悪そうな感じだった。


「勝利の条件は別に部員を多く集めることじゃない。そんなことは決めていないし。より多くの人の記憶に残ったという点では、私たちの映画だって負けていないから」


「活動発表会という場である以上、より多くの部員を獲得した方が勝ちよ」


「じゃあ君は映画の価値を、ファンの人数だけで決めるんだね」


 ジッと見つめる色杏先輩に、天道さんは口をつくんだ。 


「異論は?」


「映画の価値はそれだけじゃない。否定はしない」


「なら、この部室は明け渡さない」


だましたわね」


「騙したわけじゃない。少なくとも君の綺麗な顔だけが映ったつまらない映画よりは、ずっと面白かったもんね」


 2人はしばらくにらみ合っていた。

 一触即発のピリピリした空気が部屋を覆っていた。何に付き合わされているのか。早く縄をほどいてほしい。


「天道会長、早くやっちゃいましょうよ。強制代執行きょうせいだいしっこう


 刺又を持った瑛子がボソリと呟いた。その彼女を手で制して、天道さんはゆっくりと立ち上がった。


「良いでしょう。決着は文化祭でつけましょう。今回は引き分けと言うことで」


「仕方ない」


「次はしっかり勝ち負けをつけましょう。投票制なら文句はないでしょう」


 天道さんは来た時と同じように颯爽さっそうと帰っていった。その後ろを刺又さすまた隊がゾロゾロとついて行く。帰り間際に瑛子が、俺たちにあっかんべーをしていた。


 ガキか。


 ようやく姿が見えなくなって色杏先輩は深いため息をついた。


「ああ。やっと帰ってくれた」


「どうでも良いですが。早くほどいてくれませんか」


「はいはい」


 色杏先輩は俺たちの縄をほどいた。


「全く、あの子たちにも困ったもんだね」


「ですねえ」


「なに同意してるんだ、竹満。困ったのはこっちのセリフだ」


 まさか学校で縄に縛られるとは思わなかった。


内輪揉うちわもめなら勝手にやって下さい」


「ドライだねえ。こんなに面白いことになってるのに」


「今回のことで確信しました。俺はともかく妹のことを巻き込むのは許しませんから。絶対に映画には出しません」


「えー。絶対に?」


「出しません。何があっても」


 俺の言葉に、色杏先輩と竹満は残念そうに肩を落とした。


「分かったよ」


「残念だ」


「それだけ言いにきただけだから。じゃ、これで」


 さっさと帰ろうとすると「困ったなあ」と色杏先輩が大きな声でぼやいた。


「あーあ。ニコちゃんが出てくれないと文化祭で勝てるわけないし。この部室が取られたら、今まで撮った映像データが没収されちゃう。誰かが金庫からテストを盗んでいる動画とか」


「え?」


「困った困った」


「あれ、まだ消してないんですか」


「ああ。どこにあるか分からないし、本当に困った」


 部屋の中は隅から隅までSDカードやらUSBメモリが散らばっている。あの動画が他人に、見つかったとすると。


 まずい。


「文化祭終わったら、ちゃんと消すから」


 色杏先輩は前と同じように、上目遣いで手を合わせた。


「ね。あと1回だけ。お願い」


 もう退路はなかった。


「帰って相談してみますよ。相談だけ」


「よっしゃあ」


 仕方なく言うと、色杏先輩は文字通り飛び上がって喜んだ。


「やった。やったよ、竹満くん」


「やりましたね」 


「何で、お前はもうそっちの味方なんだよ」


 くたびれた。


 早く帰ってニコに会いたい。この学校にはふざけた人間が多すぎる。授業が終わった後、さっさと帰ろうとすると、待ち構えていたように人影が現れた。


「あら。思ったより早かったわね」


 天道さんが目の前に立っていた。

 制服のスカートをひらひらと風にたなびかせた彼女は、あい色の通学カバンを持っていた。


安生あんじょう円くん、ね」


「何ですか。もしかしてまた人質にするつもりじゃ」 


「まさか。さっきのことは謝るわ。ごめんなさい。やり過ぎたと思っている」


「許しますよ。用はそれだけですか」


「ちょっと聞きたいことがあるの。良いかしら」


 天道さんはそう言って、俺のことを見た。

 モデルかと見紛みまがうほど整った顔立ち。ここまで近づかれてしまうと、皆が絶賛する天道さんの魅力は存分に伝わってくる。


 て言うか近い。


「色杏先輩のことなら俺に聞かないでください。極力、関わらないようにしたい」


「やっぱり。あなた普通とは違うわね」


 彼女はクスクスと笑った。あどけない笑顔だった。


 それを可愛いと思ったのは、否定できない。


「私、円くんに興味があるのよ」


 天道さんは、そう言って俺の手を引っ張った。

 

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