第2話 朝岡遼 #1

「おーい、朝岡!これ洗っとけよー」


 「今日は監督のノック厳しかったからなー。泥まみれだわー」


 「あー、終わった終わった。じゃ、あとヨロシク」


 "あぁ、わかった"と返事をして僕は土にまみれた練習着を3人から受け取った。今自分が着ているユニフォームの白さがそのまま彼らとの差を表しているようで、心の底に重たいものがのしかかった気がした。


 6月から始まる県予選。そこを突破すれば、夢の舞台である甲子園への切符を獲得できる。県予選まで2ヶ月を切った今、部員一同練習に精を出している。僕以外は。


 いつからここまで差が開いてしまったんだろう。2年の今頃は、僕も先輩に混じって試合にも出ていた。去年の夏、先輩たちの最後の試合での第二打席。右膝にデッドボールを受けた。


 ケガを治すのに4ヶ月かかった。その間練習には参加できなかったから、少しでも力になりたいと思ってサポート役に志願した。部員のユニフォームの洗濯、ボール拾いからグラウンド整備。できることを一生懸命やった。


 そしてケガが治ってから最初の練習。半年間のブランクは、想像以上に大きかった。レギュラー争いをしていたチームメイトは自分のポジションを獲得し、後輩部員の台頭も激しかった。もう自分の居場所はグランドにはなかった。


 ケガの間務めていたサポート役の名残で、未だにユニフォームの洗濯などを任される。こんなはずじゃ無かったと後悔する気持ちは、ユニフォームの汚れとは反比例するように僕の心にこびりついていった。


 もう2度と、グラウンドでプレーすることはできないかもしれない。そんな気持ちがよぎると同時に、一筋の涙が頬を伝った。




 明日の授業で使うプリントを作り終えた私は、自分のパソコンを閉じた。職員室には、私と藍野先生しか残っていなかった。


 「早瀬先生、定時は5時のはずでは?もう2時間半も過ぎています」


 「あぁ、本来はそうですね。ただどの先生も部活の指導があったり書類の作成があったりして、5時を過ぎることがほとんどなんです」


 「藍野先生は?こんな遅くまでどうなさったんですか?」


 「早瀬先生と最寄り駅まで一緒に帰ろうかと思いまして。交流を深めるには雑談が適切だと学習しました」


 そうなんですか、と返事をして、私は立ち上がった。2人で職員玄関を出ると、グラウンドから水の流れる音がした。


 「誰かいるんですかね、僕が見てきます」


 私も少し気になったのでついていくことにした。


 水道場には、屈んだ少年の背中があった。2人で近づくと、それは朝岡君だった。


 「えっ、朝岡くん?どうしたのこんな遅くまで」


 彼の頬には一筋の光が流れていた。

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