第16話 マイナーゲームが好きでもいいですか
今日の加奈は朝からいつもと雰囲気が違った。どこか大人びた表情で、髪を手入れしていつもと違う髪型だった。女はいきなり変わるとはいうのでそれだろうか。どこか様子もいつもと違い、教室ではぼやっとしていることがあった。
そして放課後、その普段と違う雰囲気のまま加奈は部室に来た。
「ねえ、宗助くん。これあげる」
加奈は少し照れた顔をしながら僕に箱を差し出した。ポップでカラフルな箱に赤いリボンがラッピングされた綺麗なプレゼント用の箱だった。
どこかいつもと違う加奈の様子に大人びた表情で女性とは短期間でこんなに変わるものなのかと思った。その顔は可愛らしく、今まで一緒にいながら知らなかった顔だ。
「ほら、バレンタインデーとか忙しくてそれどころじゃなかったから。もうバレンタインどころかホワイトデーの時期も過ぎちゃったけど。私がクッキー作ってみたんだ」
僕の脳内はここ数か月ずっとアンソロジーの主催を引き継いでから無事にイベントに本を発行することで頭がいっぱいでクリスマスも正月も季節のイベントもまともにそれらしく過ごせなかったために季節のイベントをすっかり忘れていたのだ
「加奈が僕に手作りのお菓子を!? 作ってくれたの!?」
今までバレンタインデーにだってチョコレートなど家族からもらったことがあるくらいでましてや手作りのお菓子なんてもらったことがない。「ありがとう」とお礼を言って僕はそれを受け取った。
しかしそれを受け取った後もまだ加奈はモジモジしていた。用事はこれで終わりじゃないのか何やら言いたげな顔をしていた。
「ねえ、これ見てくれる?」
決心をしたように加奈は鞄から何かを取り出した。そこには僕も散々見た「プラネットノース」のパッケージだった。
惑星をモチーフにしたロゴが入っているタイトル、今までに昔から何度も何度も見たおなじみのパッケージだ。
「加奈、プラネットノースのソフト持ってきたんだ」
今まで散々このゲームについての活動をしたり、語ったりはしたが学校にソフトを持ってきたのは初めてだ。学校にはハードがないからプレイできないのだ。
なぜこれを見て欲しいのだろうか?パッケージならうちにもあるし、僕も散々みてきたのにその箱をわざわざ僕に見せるために持ってきた意味とは。
「このカード覚えてない?」
そう言って加奈が「プラネットノース」パッケージを開けて箱の中から取り出したのはレシートとゲームショップの二つ折りのカードだった。
僕は見ただけでの普通のスタンプカードを出された意味がわからなかった。
「ゲームショップともた」というショップ名が入ったそのカードはなんの変哲もないショップカードだった。そして愛しむようにそのカードを手に持った。
「場所が隣町で「プラネットノース」を買った時のレシートとこれを記念に取っといてたんだ。それでそれをずっとプラノスのパッケージの中に一緒にしまっておいたんだけど、昨日ちょっと気になったことがあって……」
加奈は真剣な表情でスタンプカードを開く。
「前に秋葉原の帰りに言ってたじゃない?私に「プラネットノース」を勧めた男の子、その時、この店のポイントスタンプカード持ってるけどもう僕には必要ないからあげるっていってくれたの。そしてその時のレシートと一緒にそのスタンプカードが入ってたからこの落書きがあった。それは何の絵かわからなかったから今までわからなかったけど。昨日わかった」
そして加奈はスタンプカードの内側を開き中に書かれている模様を指さした。
「これがそのマークだよ」
その時、僕は驚いた。
そのスタンプカードにはまぎれもなく、僕が今でも使ってる絵文字のようなサインが書かれていたのだ。買い物レシートと一緒に入っていた使用済みスタンプカード。そこには僕が今まで散々見てきた正真正銘僕のサインだった。
どういうことだ?なぜ昨日初めて見せた僕のサインを加奈がすでに持っているのだ?
「名前に見えなかったからずっとただの落書きだと思ってた。でもこれ宗助くんのサインだったんだね……」
加奈はその時のことを思い出すように言った。
「中古ゲームソフト店って場所に初めて行ったからたくさんあるソフトからどれを買えばいいか決められなかったの。だけどその時、どのソフトがいいか店で悩んでたらその店にいた子がこのゲームを進めてくれたんだ」
前に秋葉原のゲームショップへ行った時に言っていた話のことだ。
加奈は話を続ける。
「その男の子は「すごく面白いゲームあるよ!」って言ってその中古ゲームソフトコーナーにあった『プラネットノース』を進めてくれたの。その時点でかなり古いソフトだったけど安かったからこれだ!って決めて」
「……」
僕は無言で話を聞いた。
「あの時、ゲームを買うの初めてですっごく迷ってたから自分に合うゲームソフト教えてもらえてよかったって思う。もしハズレのゲーム選んでたらお小遣い貯めて買ったのに!って悔しくなってただろうし」
僕はその時、加奈の言いたいことが全てのパズルのピースがはまったようにわかったがした。
「宗助くんが私に「プラネットノース」をおすすめしてくれたあの男の子…」
「僕が加奈にこのゲームを勧めた男の子……」
三島さんと夏休みにゲーム専門店に行った時に話していた「プラネットノース」に知ったきっかけは「店で男の子が勧めてくれたから」と話していた。
その話とそして今、このスタンプカートの秘密……それはつまり……そうだったのか!
頭の中で自分ではとうの昔に忘れ去っていた記憶を思い出した。
そういえばこのサインが気に入っていてあの頃は自分の持ち物にはとりあえずなんにでも描いていた。好きな漫画、おもちゃ、トレーディングカードとか自分の持ち物にサインしていた。
僕はそのことを忘れていた。なにせ親の車で遊びに行った時のゲームショップだからどこの町のなんという店かすらも覚えてなかったからだ。
あの時その町にたまたま遊びに来ていたからこのゲームショップに寄ってゲームソフトを1つ買った。そしてそのレジでもらえるスタンプ割引カードをもらった。僕は会計の際にレジでスタンプカードで店の人にあだ名でもいいから名前を書いてくれ、と言われてあの頃よく使っていたサインをかいた。でも持っていてもどうしようもないものだった。僕はその町に住んでいるわけではないのでもうこの店に来ないからと思っていたからだろう。
そこで同じ店にいたゲームを選んでいた同じ年くらいのの女の子にプラネットノースを教えてスタンプカードを渡していた。
スタンプカードは他人に譲渡してもポイントが使えないということも知らずに。
時は経ち、そして現在にいたる。
「じゃあ僕たち……あの時もう……!」
思わず目を広げて視線を合わせる。
「あの時私達すでに出会ってったんだね……!」
沈黙が流れる。僕はなんとなく目線をそらし、窓の外を見た。
窓の外では風が吹いてカタカタと窓を鳴らしていた。春休みが近い今の気候では外では桜のつぼみがわずかに膨らんでいる。
そして僕は再び加奈を見た。目が合い、自然とその口元が緩む。
「あはははは……あはははは!」
加奈は口元から笑みがこぼれそのまま笑いだす。
「すっごい偶然だね! まさか子供の頃ゲームショップでこのゲーム教えてくれた子と同じ高校になるって!よりによってそのゲームを教えてくれた人にまた再会してそのゲームのことで一緒に活動することになるなんて……こんなのってあり!?」
まさかこんなただでさえメジャーなゲームでもないマイナーでゲームですらこんなこともある。事実は小説より奇なりとはいうが本当だ。
世間にあまり知られていない、それこそヒット作ではないメジャーなタイトルではないゲームだからこそ知名度は低い。
だからこそ、プレイした人数は少ない。その人数の分母が少ない世界だからこそこうやって熱血的にあのゲームを好きな者同士が引き合わされたのかもしれない。
笑い終えると加奈はスゥーっと深呼吸してスーハ―と息を整えた。
「じゃあ『プラネットノース』が私達を出会わせてくれたんだね!」
「まさか僕としても高校生にもなってからあのゲームが好きな同士に会えるとは思ってなかったな。加奈が音楽室であのテーマ曲演奏してたから、あれが始まりだったね。でもこんな知名度低いゲームでこんな偶然ってすごいよ」
「春のあの出来事、懐かしいね。それでこのゲームの話題で仲良くなって、一緒にイベント行ったりとかいろんなこと経験して、大切な経験もできた。この一年間で色々あったね」
思い起こせば春に出会って夏や秋を過ごし、冬が来て忙しい日々も終わって季節はまた春を迎えようとしている。
このゲームは決してヒット作ではない、ただでさえ同世代でこのゲームを知ってる人に会うことすら奇跡なのだ。なかなか仲間にすら巡り合えないこの広い世界で共通の仲間を見つけた時、それはそのゲームの値段以上の価値だ。
その奇跡で出会った者同士がさらにいろんなことを経験する。
マイナーな知名度の低いゲームでもこういった出会いだってあるのだ。
「あそこからいろんなことがあったね」
「もうすっごく昔の話みたいだね。あれが春のことでまだ高校に入学してからそんなに経ってなかったのに」。もう一年生もそろそろ終わりだね。もうすぐ新しい学年になるんだね、私達」
窓の外を先ほどの桜のつぼみを春に近い陽気の太陽が照らしていた。
三年生も卒業した校舎に残された二年生と一年生はこれからまた新しい学年を迎える。そんなまた新しい季節が来る。
「宗助くんでよければ……私はもっとこのゲーム研究会でゲームについての活動とかいっぱいしたい。もっといろんな経験をしたいよ。だからこの部活に入ってよかったと思う」
そして加奈は今までに見たことのないような絶世の美女の微笑みで言った。
「これからもっとプラネットノースのこととか……他にもいろんなゲームについて教えてください」
そう言って加奈は手を差し出した。これからもよろしく、という握手だろう。
「もちろん!もっといろんなゲーム教えるよ!」
そしてその手をがっちりと握った。
僕らはまた、こうしてここで生きていく。また好きなゲームの話をして、活動をして。
マイナーなゲームが好きだって、いいじゃないか、と思いながら。
了
マイナーゲームが好きでもいいですか 雪幡蒼 @yutomoru2
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