第13話 やれるだけやってみよう

 さかのぼること土曜日の夜。光さんとチャットを終えてしばらくしてからだ。

 僕はあの後、すぐに光さんに連絡をした。

「アンソロジー参加者に企画倒れの件を伝えないでください」といった件だ。

そして僕の目的は今、これからだった。


 そして月曜日の今日、加奈にそのことを報告する。

「企画がなんとかなりそう、ってどういうこと?」

 一度諦めた物事がこれからどうなるのが?と疑問がてらと加奈は質問をする。

「アンソロジー企画は僕が主催を引き継ぐことになったんだ」



 あの後、光さんにメッセージを送った。

 光さんがもう企画の主催ができないのならこのまま企画倒れにするのではなくソウジロウ、つまりこの僕が主催を引き継いでアンソロジー企画を続行させてほしいと頼んだのだ。

 幸いまだ光さんは自分のサークルでイベント申し込みをする直前だったのでまだイベント申し込み期限は間に合う。

 そこから「プラネットノース二十周年アンソロジー本部」というサークル名義でで僕がイベントにサークル参加して当日の売り子をする。

 告知、参加者への引率、製本もろもろを光さんに代わって僕がすべて担当するのだ

光さんの原稿もほぼできてるというので僕その原稿を引き取り、入稿して完成させることにした。

 もちろん元からプラネットノースで同人活動をしていたという活動記録や貫禄のある光さんの代わりを無名である僕がするなんて図々しいと思ったが光さんの自分の原稿もアンソロジーに載せたかったという願いを叶えたかったのだ。

 原稿がほぼ出来上がってるならそれをお蔵入りさせたくなかった。

 主催者がもう企画を遂行できないのならばそれに代わって別の誰かが主催を引き継げばいい


 光さんはこのアンソロジー企画を後退する話にはすぐOKを出してくれた。

 自分のまだオンラインにも同人誌にも発表していない未発表作品をちゃんとファンが手に取れるできる形で完成させられるのは嬉しいとのことだ。

 アンソロジー参加者に主催を僕が引き継ぐことを伝え、宣伝アカウントには主催者交代のお知らせをアップした。

 そこからは大変な引き継ぎだった。

 日曜日には一日かけて決めなければならないことはたくさんあった。


 あとはこれから参加者に事情を説明して主催が僕に代わることを連絡しアンソロジー参加者の原稿は僕が執筆者に許可をとった上で本という形で印刷をして発行する。

 こうして僕が正式にアンソロジー企画主催を引き継ぐことになったのだ。

 もちろん、告知サイトやアカウントの管理もこれからは僕が引き継いで情報発信をしていく。


「休日の間にそんなことになってたんだ」

 それらの一連のことを加奈に話終わると、加奈は自分が知らない間に事が進んでいたことに驚いていた。

「でも、イベント参加費とか、印刷費とかどうするの?同人誌作成って莫大な費用がかかるんでしょ?宗助くん、サークル参加のやり方とか知ってるの?」

 加奈の言う通り、同人誌の発行には数万円規模の金額が必要だ。

 僕には今まで同人活動歴がないことを知っているからそこが心配なのだろう。

「そこはこれからは僕が受け持つことできちんとやるつもりだよ。発行の為に必要な印刷費やイベント参加費とかははバイト探してなんとか稼ぐよ」

 アンソロジーは主催者が印刷費とイベント参加費をすべて出してイベントに発行することで無事に出すことができる。

 僕は印刷にかかる費用、イベント参加費をすべて出すことを前提にそれは大変な覚悟と理解して企画を引き継ぐことを受け止めた。

 光さんにも「それは大変なこと」だと言われたけどそれらも含めて覚悟の上だった。

そして自分がイベントにサークル参加して無事にアンソロジーを頒布することが僕の今の目標なのだ。

「せっかくみんなで作った二十周年企画だし、成功させたい。二十年目の記念のお祭りをこのままお流れにしたくなかったんだ。一人でも多くの「プラネットノース」ファンにこの本を届けたい!って思ったらこうするのがベストかなって。光さんもそれで納得してくれたよ。無事に本が発行されたらそれを光さんの実家に送ってくれればいいいってことで」

 光さんは今はお父さんのこととこれからの家族のことに自分のことで大変な時期なのに僕のこの急な思いつきの計画に応じてくれた。

 きっとまだお父さんのことも辛かっただろうし、自分のこれからの環境変化もあってきつかったと思う。

 そして苦渋の決断の上でアンソロジー企画を一度はお流れにしようとしたほどだ。

 しかし僕がその話を出すと引き継ぎについてを色々と教えてくれた。

「こんな急に僕が言い出したを了承してくれたんだ。だからなんとしてもその熱意を引き継ぎたい。これもすべてがプラネットノースのファンとしてできる活動だよ」

「春に行ってた今後の目的の一環なんだね。活動をするって。わかった、そういうことなら応援する。私にも何かできることがあったら言って」

 加奈もアンソロジー企画が再び始動したことにより、希望を持ち始めたようだ。

一度完全にダメになりかけた計画が再び動き出す、これは大変なことである。


 元は光さんが立てた企画にただ乗っただけだったのがまさか自分が主導権を握ることになるとも思っていなかった。

 僕はどちらかというと昔からリーダーシップの才能はない内気な性格でいつも「自分が何しかしなくても誰かがやってくれるだろう」と思っているところがあった。

 だからクラスの委員会に立候補したことはないし今までにグループの班長などたよりにされる立場になることが苦手でいつも人任せにしていた。

 そんな生き方をしていたが今回は「僕がなんとかしなければ」「いつまでも誰かがやってくれるのを待つだけじゃ何も生まれない」と感じたのだった。

 もしも光さんが企画倒れになることをそのまま報告していたら執筆参加者も告知で楽しみにしていた人達もガッカリする。

 そして「プラネットノース」が好きな人達にファンの活動を見せるチャンスも失うのだ。

 ここまで乗りかかった船ならなんとかしたい、と思ったのが本音だった。


 僕は光さんから引き継いだアンソロジー企画アカウントでツイッター上に「主催者が変更になったこと」とプラネットノース二十周年アンソロジーの告知ツイートとして流した。

 原稿締め切りまであと数週間なので執筆者へのダイレクトメッセージを送ることもする。

 そして定期的にアンソロジー告知アカウントで予告をする。

 もはやアンソロジーは二次創作で公式のオリジナルを損害しているとかそんなことを気にする余裕はなくなった。


 現在は冬の十二月月中旬だ。

 原稿の入稿締切はは発行日の約三週間前、つまりもうあと二カ月くらいしかない、

発表してしまえばもう後戻りはできないからだ。

 同人活動にはまずは逃げ道を封じてイベントに申し込むことで同人誌が作れるという。

 後ろに道があってはいつまでも前に進まないのだ。


「大変なのはこれからだ……」

 僕はこれから始まる忙しい日々に相当な覚悟を決めた。

 元は光さんが立てた企画にただ乗っただけだったのがまさか自分が主導権を握ることになるとも思っていなかった。

 まずはイベント参加のために必要な知識を集め、アンソロジー企画、印刷所への受付など同人誌発行に必要な知識を一からネットで調べ始めた。

 同人活動はこれが初めてなのですべて一から学ぶ。

 申込期限まで残り時間はそんなになかったのでよかった。ひとまずイベント参加費は僕の貯金を崩した。こうして逃げ道をふさぐことで達成するしかなくなる。

 もうイベント参加が確定してしまえばあとは本を作り当日までに完成させることしかできなくなるからだ。

 問題は印刷費だった。参加者も多く分厚くてページが多く印刷費もかかる。

個人誌ではなくアンソロジーということで発行部数も百部ほどを予定していた。

 同人誌の印刷費用は部数が多いほど高くなるがそのかわり一冊辺りの値段は部数が多いほど原価は安くなる。つまりたくさん発行するほど一冊辺りの値段を安くできるのだ。

 引き継いだ参加者の原稿データをチェックするとページ数は計算できた。印刷所の印刷にかかる費用を見ていたところ結構な価格だった。

「こりゃあ一刻も早くバイト探さなきゃな……」

 印刷代を稼ぐためにアルバイトを探し始めることにした。

 イベントまで残り2カ月。原稿の入稿は終わったら印刷までの時間がそんなにない。

 インターネットとタウンワークでアルバイト募集の部分をよく見て高校生可で募集な店を探して店に電話をして面接を申し込む。

 なんとか家から近所のファーストフード店に採用され、それからは忙しい日々が始まった

 バイトを始めた店でシフトを決める際に入れる日はなるべく多く入ることにした。バイトの為に放課後は部活を早めに終わらせることにした。すでに自分が企画を引き継ぐと決めた上でやめるなんて絶対したくなかったからだ。

 残り時間がそんなにないので早くなるべく多くの金額を稼ぎたかったから。

 僕のバイトと原稿の為に今後は部活の時間を短くすることを加奈に説明すると

「宗助くん、そんなにスケジュール根詰めて大丈夫?」と心配だと言われた。

 確かに僕の顔は連日のスケジュールの疲労で授業中も時折だるそうにしている、

「これも企画の為だよ。ちょっと寂しいけど頑張るよ」

「あんまり無理しないでね……。なんかあったらいつでもライン送って!」

「ありがとう。嬉しいよ」

 加奈もプラネットノース二十周年企画を成功させる為だからとそこは妥協してくれた。


 スケジュールは大変になるけど平日夜と休日の土日の朝から夜八時までは全てバイトに費やすことにした。

 印刷代には莫大な費用がかかるからアンソロジー発行の時期までに稼ぐとしたらそのスケジュールしかなかった。

 休日のバイトは休憩時間に自宅に戻り、延々と作業をして再びバイトに戻るそんな生活だ。

 光さんはそれまで学業とバイトと創作活動の三足わらじでこんなにも大変な生活をしていたのか、と同人活動の苦労を身に染みた気分だった。

 毎日学校とバイトの後はその日の課題をしつつさらに少ない自由時間で企画の作業に明け暮れ、ダイレクトメッセージなどで他の参加者との連絡もとりながら作業に没頭した。

 1日の睡眠時間が3時間になることもあった。

 いわゆる修羅場というやつだ。体にも精神にもかなりの負担はかかったがそんなことでくよくよしている時間もなかった。

 これもすべてアンソロジー参加者のファンの愛の形を出す為だと思えばなんとか耐えられた。

 僕は今好きなゲームの為に身を粉にして体を労働にさらし、生活をプラネットノースというゲームの活動の為に動いている。その気持ちがあったからへこたれなかった。

 もちろん不安もあった。いざ自分が企画を引き継いだところで当日は本が全く売れなかったらどうしよう、という心配だ。

 活動実績もない、売れっ子作家でもない、今までオンラインとリアルでのみひっそりプラノスを楽しんでいただけの無名の自分がここまでしたところで本当にこのゲームのファンに喜んでもらえるのか?

 もしも自分達の努力はしょせんインターネットという多大な海の中で数名の魚があがいただけのように埋もれてしまい、肝心のゲームのファンに見られないまま終わってしまうんじゃないだろうかという不安もあった。

 しかしそれよりも「形として自分達の功績を残すこと」を大事だとおもったからだ。


 僕にはもう十二月のクリスマスも年末もイベントを楽しんでる余裕はなかった。

 学校の授業が終わった後は部活を早く終わらせとバイトと家の往復をして、毎日が宿題とバイトと製本作業に追われた。

 年末も正月も冬休みシーズンは時給がいつもより上がるバイトのシフトに費やした

イベントの日はもうあと一カ月半後にせまっていた。

 僕の描いた原稿はプラネットノースの短編ストーリー漫画で約六ページほどのショート漫画だ。

 今まで絵ばかり描いていた僕が数ページの漫画に挑戦するのは一コマ一コマに絵を描かねばならず、さらにストーリーにするのでイラストよりも手間取った。

 内容はメインキャラクター達が作品内のアイテムを使ってドタバタを起こすというなんともくだらない内容だが、初めてまともに書いた漫画としては上出来だと思っている。



 そろそろ原稿の入稿締め切りが近づいてきて、参加者の各メールアドレスから添え付けファイルが届いた。その原稿データをチェックして印刷所へ出すのだ。

僕は光さんと相談して作っておいた表紙のレイアウトや目次ページ、参加者コメントのまとめなど製本に必要なデータのチェックをしていた。これらがすべてまとまるとあとは本が完成するのを待つだけだ

 いよいよこの数か月の苦労を得て作ってきた本が完成する……。その希望が僕のなによりの心からの救いになった。

 原稿データを印刷所にデータとして送り入稿できたらあとは製本を待つだけだ。

 イベント開催日の一カ月前、アンソロジー参加者の全員の原稿が無事データで届き、入稿することができた。

 喜助さんもモモさんもモリタさんもその他の参加者もみな忙しいながらに原稿をちゃんと間に合わせてくれた。

 参加者の努力の結晶が無事データとして受け取り、データ入稿をした時、僕はやりきったガッツポーズをした。

「やることはやってきたし、あと少しだ!」

 やっと終わった!とクタクタになった体をベッドに横たえると、疲労の為にすぐに睡魔が襲った。ここ数か月まともに睡眠をとっていなかったのだ。

 今日だけは許してもらえるよね……と僕はそのまま眠った。


 イベントまで残すところあと二週間となった。

 企画を決めたのは約半年前だがその間にいろんなことがあって半年とはあっという間だと時の流れの速さを感じた。

 企画を決めた時は半年も先なんて長い、と思っていたがいざ企画が進むと半年とは実にあっという間である。

 残りの日程は原稿作業から解放されて少し余裕ができたので毎日二十周年アンソロジー告知アカウントで「イベントまであと何日!」というカウントダウン絵を描いてアップしていた。

 一日ごとに違う絵を毎日描くのは大変だが、こうやってちょっとでもアンソロジーの宣伝になることをしたくてとにかくアンソロジーが売れるように色々工夫を考えるのが楽しかった。


 そしてついにイベント一週間前になる。

「もうすぐイベント、楽しみだねえ」と学校から共に帰っている途中で加奈は言った。

「なんか、半年前は私達が企画なんて……って思ったけど、いざ時間が経つといよいよその時がもうすぐなんだってドキドキするね」

 まずは無事に本が完成するのか、というところから始まり、修羅場を乗り越えて無事にイベントで本が売れるのかの緊張に毎日押しつぶされていて笑顔の加奈に比較して僕は不安だった。

「ねえ、イベント当日、私も売り子として参加していいかな?」

そうだった売り子のことを考えてなかった。イベントには主催者のサークル主と頒布を担当する「売り子」が必要なのである。

 加奈がそれを自ら名乗り出たのであれば手伝ってもらえると助かった。

それにアンソロジー参加者が一人でもイベント会場に居ればより安心できる。

サークルチケットは二枚あるので僕の分ともう一人の分がある。

「わかった。じゃあ加奈も当日は売り子よろしくね」

 

こうやってイベントでのお互いの役目を打ち合わせする。

イベントはもうすぐだ。


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