第5話 いざイベントに出陣

 そして夏休みは早く進み、イベント当日はやってきた。

 僕らは朝早くから家を出て、加奈とはお互いが待ち合わせしやすい会場方面へ近い駅で待ち合わせをして合流することになっていた。

 僕の服装は熱中症対策の頭を日差しから守るスポーツ帽子、スウェットにズボン、歩きやすいスニーカーだ。そしてスポーツバッグを持っている。

 一応女子と一緒にイベントに行くということでださすぎない、かといって熱中症対策にもなるファッションにした。


 イベントの日ということもあって会場方面へは混雑している。

 駅の待ち合わせ場所で僕は加奈を待った。

これからイベントへ行く為に同じ会場を目指しているのかカートを引く人をよく見た。

 カートを引いてイベントに行く人はコスプレの衣装やウィッグを持ち歩いてる人が多いという話を見たことがある。今日自分が行くものと同じイベントに参加するコスプレイヤーかな、と思いながらぼんやりしていると加奈が来た。

「おはよう」

 加奈は動きやすいショートパンツに白のキャミソールに首元を飾るネックレスという夏スタイルだ。学校以外で初めて見る制服姿じゃないクラス一の美少女の露出の多い夏らしい私服に僕はドキドキした。

 しかし足は歩きやすいようにサンダルではなくスニーカーで、麦わら帽子をかぶっていた。

 サンダルは涼しいが人の多い会場では踏まれるなど怪我をするリスクがあると事前に知っていたからだろう。

 しかし鞄は女子高生がよく持つハンドバッグではなく大きなトートバッグを持っていた。

 おそらく会場で買った同人誌を持ち運びできるように大きめの鞄をチョイスしたのだろう。それは僕が事前にイベント向けの鞄を教えていたからだ。

「イベントにむけてバッチリのコーディネートだね」

「イベントは混雑するからスカートとかワンピースとかひらひらした服装はNGってあったからね。そういう宗助くんもちゃんとイベント向けの恰好だね!」

 お互いのファッションの感想を言うと、もうイベントに向けての会話をした。

「飲み物はちゃんとペットボトル3本分は持ってきた?」

「もちろん!この中に」と加奈はトートバッグをポンと叩く。

 イベントのある日は会場近くの駅の自動販売機や売店、コンビニといったあらゆる箇所からは飲み物がすでに売り切れになっている可能性が高いので事前に持ってくるように言っておいたのだ。

「日焼け止めも塗ってきたし、私はバッチリだよ!」

 まさに今からイベント行きます!という装備を整えた僕と加奈は最後に何か買う物がないかと駅の売店で確認した。

「じゃあ行こうか」

売店を出ると、僕たちは会場への路線の電車の乗り場へと向かう。



 そしていよいよイベント会場へ向けて出発だ。

 会場方面への電車に乗ると、イベント開始前からすでに電車の中は同じイベントへ行く人と思われる乗客が車内にいっぱいで混雑していた。すでに会場へ行く前の電車ですらこれだけ混雑しているのであれば目的の最寄り駅や会場はどれほど人でいっぱいなのだろうかと恐れた。

 しかしもうここまで来たのでは後には引き返せない

 会場の最寄駅で降りて改札へ出ると、そこは見たこともないような大量の人であふれていた。

 カートを引いて会場へと急ぐ人、暑そうにタオルを首に巻いてる人、友人と談笑する人、たくさんの人だ(そしてやはりカートの人が多い)

「すっごい熱気、人人人!」

 イベントは十時から開催なのだが僕達がイベント会場の最寄り駅に着いた現時点でまだ朝九時で開場前だというのにすでに会場の近くは長い待機列ができていた。

 カンカンに暑い真夏の日差しはアスファルトを焼き、その熱気は人々へと襲い掛かっていた。

 それだけでも暑いのに、待機列の中は人の密度で押し合っているうちにさらにその熱気は高まっていた。

 ただでさえ太陽の光が暑い中この人込みの多さで先ほどからいくらタオルで汗をぬぐっても汗は噴き出る一方である。

「ひゃー!イベントって大変!もう入る前からバテてきちゃった!」

加奈はハンカチで顔の汗を拭きとったり水分補給をするためにペットボトルの飲み物を飲んでいた。

 まだ会場入りする前だがそれでも人の多さと暑さにすっかり疲れてしまう気持ちはよくわかる。

 持ってきた貴重な飲み物であるスポーツドリンクで水分補給をしてはいるのだが日差しの暑さでいくら飲んでも足りない気分だ。

「暑いな……四十度近くあるんじゃないだろうか」

 僕は先の長い列を見ながら口にした。

 太陽の熱はアスファルトを焼き、そこからも熱気が沸いているのか地面からはじりじりとした暑さを感じた。

「人が多いと聞いてはいたけどこんなにすごいなんて思ってなかった」

 加奈とそんな会話をしながら列で時間をつぶした。

 そういえば夏休みにクラスメイトとはいえ女子と二人でイベントってなんだかちょっとドキドキする。

 もちろん加奈とはクラスメイトと部活仲間であり、今回もお互いが同じゲームが好きだからその同人誌を買う為、という目的なのでそういった類のシチュエーションではないことはわかっているのだが高校生になってこういう漫画とかで憧れていた青春みたいなことになっているのは緊張だ。

 まあそれが本当の二人っきりでこんなに混雑したイベントじゃなきゃそう思ったんだろうけど。


 スタッフの誘導が始まり列はちょっとずつ進んだ。

 ようやく会場全体の建物が見え始めて目標地点まであと少し、という気になった。

 待機列では今日向かう予定のサークルスペースの確認も欠かさなかった。僕たちが向かうのはゲーム系ジャンルが固まっている西館だ。

 同人誌即売会はジャンルによってどのスペースに配置されているかが決まっている。

 この日は東館にアニメや漫画系のジャンルが集中していてゲーム系は全て西館に配置されていた。

そのため東館とは違うルートなので初めて来るイベント会場に自分が向かっているのはこっちで合ってるか不安だったが列の移動が進んで大きく「西館入口」という文字が見えるとなんとか西館入口までたどり着いたようだ。

「ようやく中に入れた……」

「長かったねー」

僕と加奈は目的の会場内に入ると、もはや待機列に並んだだけで体力を使い切ってしまっていたような疲労があった。

あまりの高温な日差しや密度のせいだろうか。

「でも、ここからが本番なんだから、ここでばてるわけにはいかないよ」

そう言いながら会場の中を見上げる。

広い天井の下はあふれるように人の波、密度でいっぱいだった。

会議机で作られたスペースで本を頒布するサークルスペースが会場内にテーブルが続いてそれぞれがジャンルごとに分けられていていわゆる「島」というスペースの区切りを作っていた。

そして本を買いに来た一般参加者でサークルスペースの島の前は常に混雑していた。

今からこの中へ入っていくのか……というのにすでに勇気がいる。

「宗助くん、ここからどこへ向かうんだったっけ?」

「たしかこのブロックのあっちだよ」

僕は作ってきたサークルチェックのマップを見ながら目的地を目指した。

もちろん真っ先に向かうのは唯一のプラネットノースのスペースである「ライトシンフォニー」というサークルだ。

場所を確認しながら人に波に流されないように僕は足を進めた。そこの後ろにはぐれないように加奈がついてくる。

会場内は圧倒的に人は多く、まるで会場内でおしくらまんじゅうをしてるかのようにすぐに押しつぶされそうなほどの人の波に暑さが襲い掛かった。

少しでも目を離すと加奈とはぐれてしまいそうで、僕は後ろを見ながら加奈とはぐれていないか確認しながら進んだ。

何か会話をしたいが周りの雑踏に飲まれ、あまり声がお互い聞こえない状態だったので僕たちは黙々と進んだ。


ゲーム系ジャンルだけでもかなりサークル数のイベントだった。

今まで日本では数々のコンピューターゲームが出ているということでゲームの数だけ二次創作や同人活動をしている参加サークル数も多く、頒布している本も実にいろんなゲームの同人誌があるものだ、とサークルスペースのテーブルに乗っている頒布物を見て思った。

会議用の細長い机にはそれぞれのサークルが用意したテーブルクロスの上に頒布物である同人誌やグッズなどが置かれている。

それに値札やあらすじなどを書いた紙が貼ってあり、サークル主はスペースに来た人々と話をしながら頒布する。

みんな楽しそうで生き生きしている。

懐かしいゲームから最新のゲームの同人誌まで、サークル主はそれを楽しそうに頒布している。

同人誌即売会というもの自体初めて来たがこれがイベントなんだと実感する。

そして会場内ではところどころゲームのキャラクターのコスプレイヤーを見かける。

人の波の中、目立つ色のウィッグや衣装を着ているコスプレイヤーはすごく目立っていて傍にいただけで知ってるキャラクターの衣装とわかる。

サークルスペースで本を頒布するいわゆる「売り子」という人もコスプレをしている方がいるのもたびたび目にする。

まさにアニメや漫画やゲームなど二次元に関するお祭りだ。


 目的のサークルスペースに近づいてくると、ここはもうカタログで見たサークルカットのジャンルのスペースが点在し、

 サークルカットと同じイラストのポスターが目に入った。

 僕達は目的のサークルスペースの近くの島に来た。

サークルの島の端についているスペースナンバーを見るともう目的のスペースはあと少しだ。

一度島から離れて壁側の人の少ないスペースに出た。

 加奈が疲れた様子なので一旦人の少ない場所で休憩をするためだ。

 壁側もいわゆる壁サークルという大手サークルのサークルスペースがあり、そこは一般参加者が大量に列を作って並んでいた。

 その光景を見るだけでもネットで文字だけで見ていたイベントの風景を生で見てるんだなあと思った。

 そして僕は加奈と会話をした。

「あとはこのスペースナンバーの場所が目的のサークルだからこの島をたどっていけばいいはずだけど」

僕は会場マップを確認しながらそう言った。

「うわー、いよいよかあ。ドキドキするー。そうだ!あのね……」

 加奈が何か言いたそうだったので耳をすます。

 少しでもよく聞き耳立てないと会場内は周囲の大勢の人の声でかき消されてしまいそうだったからだ。

「今日さ、お目当てのサークルスペースに着いたら私に先にサークルでお買い物させてくれる?

「光さん」に差し入れのお菓子持ってきたからこの人圧でつぶれる前にすぐ渡したいから」

と、加奈は言う。

 どうやらその大きなトートバッグには例のあの人へ持ってきた差し入れがあるようだ。

「わかったよ」

「あー、いよいよだードキドキするぅー」

 僕たちはお目当てのサークルスペースが近くなことに念入りに休憩をした。


「さて、行こうか」

 休憩が終わるといよいよ目的のサークルスペースだ。

 目的の「島」へ移動すると目的のサークルスペースはいよいよもうすぐだ。

 複数のサークルを横に移動し、次第に目に入ってくるのはゲーム画面のグラフィックで散々見たキャラクター達の集合イラストのポスターが展示されているスペースに来た。

 ここが今日のイベントでの唯一の「プラネットノース」のサークルだったということがすぐにわかった。

 そこにはスペース番号とサークル名「ライトシンフォニー」と書かれている。

 サークルスペースにいたのは若い女性だった。短いショートカットに半そでブラウスにジーパンといった服装。

 いかにも高校生の僕たちよりも年上の女性オーラを出している整った顔立ち。

年齢は成人したくらいほどの若さだ。

 この人がいつも僕達がオンラインで絡む「光さん」だろうか?サークル主の年齢について考えるのは大変失礼な話だとは思うが活動ジャンルが二十年も前のゲームとなるとそのジャンルで活動している人はもっと年上かと思っていた。

もしもそのゲームが発売当時からのファンなのであれば僕達とは一回り世代が離れていてもおかしくない

 しかしこのサークル主は若い。大学生くらいなんじゃないかと思う。

「光」というペンネームからして男性でも女性ともどちらともとれる名前だったのでなんとなくこのゲームのコアなファンということで男性だと想像していたがサークル主は若い女性である。

 サークルスペースの机の上には配布される同人誌が積まれていた。

 そしてそのサークルスペースの前に先に買い物したい、と言った加奈の希望通りにまずは加奈が机を挟んでそのサークル主に話しかけた。

「あのう、すいません」

 加奈は事前に復習しておいた「イベントでのやりとり」の通りに話しかけた。

今日この「ライトシンフォニー」というサークルが頒布する本の種類は四冊である。 既刊の三冊と今日の新刊だ。僕たちは今までオンラインでこのサークルの作品を見ただけでもちろん発行物である同人誌は持ってなかったのでこれが初めての買い物だ。

「既刊本全種類と新刊ください」

加奈はそうサークル主に伝えた。

「既刊三冊と新刊一冊ですね。合計二千二百円です」

 イベント自体初めてで同人誌を買うやりとりが初めてで緊張気味な声だが加奈は財布から千円札を二枚と百円玉を二枚出した。

サークル主は慣れた手順で頒布物を手に取り、お金を受け取った。

 本を受け取ると加奈はそれを肩にかけているトートバックにしまい込み、それから同じバッグからお土産と便箋を入れた封筒をサークル主に差し出した。

「これ、差し入れのお菓子です。それといつもオンラインで作品を読ませていただいたので感想のお手紙です」

 加奈のそれはまるで初恋の人にラブレターを渡す女学生のように初々しい光景だ。

サークル主の人は「ええっ!お手紙ですか!?」と声に出し一瞬驚いていた。

 「ありがとうございます!」と嬉しそうに手紙を受け取ると封筒のラベルのイルカのシールを見て何やらハッとしていた。

 その封筒に貼ってあったのは加奈ツイッターのアイコン画像に使用しているイルカのキーホルダーと同じイルカのイラストのシールだった。

 加奈はイルカが好きならしくシールもアイコンに使っているイルカのキャラクターのデザインだった。

「このイルカ……。もしかしてイルカアイコンのミココさんですか?」

 勘が働いたのかサークル加奈のの正体を言い当てた。まさにその通りなのだ。

 事前に「当日はサークルスペースに訪れます」というやりとりをオンラインでしていたおかげでそのアイコンと同じシールという点からして気づいたようだ。

「え?あ、はいそうです!」

 加奈は正体を見破られて驚いたように解答する。

「あー、やっぱりー! 初めまして! いつもオンラインででお話している光です。オンで繋がってる方が来てくれるのすっごく嬉しいです」

 サークル主は自ら名乗り出た。売り子とかではなくやはりこの人が例の「光さん」で間違いないようだ。

 加奈と光は少々盛り上がって会話をした。 

「いつも作品読んでますー」といった内容だ。

「ミココさんの小説も楽しませてもらってます」

といった具合に二人で盛り上がっているところに光さんは一緒にいた僕を見て「今日はお友達と一緒にイベントですか?」と言った。

「あ、はい、まあ同じ学校の友達で同じく「プラネットノース」仲間です!」

いきなり僕の方にまで話題を振られて「どうも」と僕は軽く挨拶した。

「「プラノス」繋がりさんなんですね!いいなー、学校の友達と同じプラノス好きってー。」と光さんは言った。

 話しかけられたノリで僕も自分の正体をばらすことにした

「初めまして。ソウジロウって名前でオンラインしてます」と答えた。 

 すると光さんは「あのプラノス絵とかを最近アップされてるソウジロウさん!?」と驚いた口調で言う。

 そうだった、すでに僕もオンラインで光さんとやりとりをしているんだ。

「ソウジロウさんも来てくれたんですね。嬉しいなーオンラインでやりとりしてる方が一度に来てくださって」と光さんは言った。

 もう会話の流れになったので僕も普通に話をする

「こちらこそ最近はよく光さんの作品を見せていただいておりますー」と伝えた。

「こちらこそいつもいいねとかありがとうございます!ソウジロウさんもいつも素敵なプラノス絵をアップされててこちらも楽しんでます!」

 僕はその時、なんともいえない嬉しさがあった。

 これまでも家族や友人に自分が描いたイラストや漫画を見せて感想をもらえたりしたがプラネットノースで活動している憧れ的な存在、しかもオンラインでやりとりしている方に直にそう言われてまた新鮮だった。

 挨拶が終わると、僕も本を買わなくては、と頒布物の会計をした。 

 僕も加奈と同じく既刊新刊すべて購入だ。

 そして持ってきたお手紙を渡す。

「これ、今までオンラインで見てきた作品の感想のお手紙です」

と言って渡すと

「うわー、ありがとうございますー!」と光さんはお礼を言いながら受け取った。

「まさかツイッターのフォロワーさん二人と同時にお会いできるなんて感激です!二人はお知り合いだったんですね!」

「ええ、まあ同じ学校といいますか」

「うわー、同じゲーム仲間同士で同じ学校とか羨ましいですー! 二人とも、お手紙どうもありがとうございます! うちの作品で少しでも楽しんでもらえたらいいな、と思います!」

 光さんは明るくて、声もとても陽気な人だった。

 あの感動的なイラストや漫画を描く人は実際はこんな人だったのだ、と作風のシリアスさとご本人の明るさで意外性を感じた。

「今日買わせていただいた御本は帰ったらさっそく読ませていただきます」

と僕は挨拶すると光さんは

「またオンラインでも絡んでやってください!これからもよろしくお願いします」と笑顔を向けた

 見送られながら僕たちは光さんのサークルスペースから離れた。

 時間はすでに午後に差し掛かっていたが相変わらず会場内は人がいっぱいだった。

「なんか、光さんの作品はシリアスだったりするけど光さん自身はリアルでは明るい感じの人だったね。」

「うん、気さくな人だね。話しやすくてよかったなあ」

こうして僕達のプラネットノースの本を買いたい、の目的は達成された。


 一番目当てのサークルでの買い物が終わり、一安心していた。

「せっかくのイベントだし、他のサークルスペースも見ていこうか」と僕は言った。

「うん。さっきから気になってた同人誌たくさんあるんだ」

 僕たちはやはりこれだけで帰るつもりはなく、せっかく来たイベントはとことん楽しむつもりだった。

 西館すべてがゲーム系ジャンルなこの周辺は会場内の熱気を見るだけでもかなりの盛り上がりだった。

 現代においても新作ナンバリングソフトが出続ける有名大ヒットシリーズの同人誌から発売されたのが十年以上前の単発タイトルのゲームに今はもう最新作が出ていない懐かしの過去の流行ゲームなど、さまざまなゲームのサークルスペースが参加していた。

 先ほどはまだメインの買い物が終わっておらずそのサークルスペースを一つ一つは人の多さでじっくりとは見れなかった。少しでも立ち止まれば周りの人の動きを止めることになるからだ。

 僕達はこの会場に入場する際に購入したカタログのサークルカットを見ていた。

「このゲーム懐かしい、昔プレイしたなー」

「あ、これ私も小学生の時はまった!本買っちゃおっと」

 そうして僕らは会場であらゆるサークルで好きなゲームの同人誌を買いまくった。

 イベント会場を見れば一般参加者の他にゲームのキャラの恰好をコスプレイヤーさんが歩いていく姿などがちらちらと見えた。

「あれ、ドラクロのサママじゃない?」

 二人が知ってるキャラクターのコスプレイヤーを見つける度に僕らは反応した。

 会場で歩きながらコスプレイヤーを見ることができる。これもイベントの楽しみの一つか。

 派手な髪色や二次元らしいツンツン頭などの特徴的なキャラクターを実在するかのような完成度でゲームやアニメのキャラクターの姿をしている人などをちょくちょく会場で見かける。

 装備品などどうやってああいった小物を作っているのだろうか、とコスプレ方面に疎い僕はその再現度の高いコスプレイヤーを見るだけで感動する。

「本を出すだけじゃなくてああやってコスプレって形で好きな作品の愛の形を表現する方法もあるんだねー」と加奈は感心していた

「昔のゲームでもこうやって現在も活動してる人がこんなにいるって…すごいねー同人誌即売会って」

 そして各場所で見るのはサークルスペースで本を売るサークル参加者。それを買いに来る一般参加者、そしてサークルスペースにてサークル主と会話をする一般参加者、みんな楽しそうだった。

 ゲームが好きだという気持ちはただプレイする、周囲と話題を共有するだけではなくこういった「表現」という楽しみ方もあるのだと、今日のイベントでよく理解した。

 二次創作や同人活動にコスプレなどはあくまでもファンが勝手にやっているだけで公式とはなんの関係もないとはいうが、こういったイベントという形で楽しめるのならばこういったファンの活動も十分にゲームへの愛を表現する方法なのだ。


 一通り買い物が終わると、同人誌をたくさん購入したので二人とも財布の中身が帰りの電車賃を入れたICカードくらいになっていた。

 僕たちはあまりの気温の高い場所に長く滞在したので一刻も早く涼しいところに行きたかった。

 これだけ楽しめば満足!ということで会場を出ることにした。

 時刻は午後二時。会場内も午後三時に閉会ということで続々と撤収を始める為に片づけに入るサークルもお見受けできた。

 ぞろぞろと大勢の参加者が帰路に付くために会場出口を目指して歩いていた。



事前予習で会場近くの店はすべてイベント開催中は混雑しているので

 イベント会場から少し離れた店で休憩することにした。

 店に入るやいなや今までの水分補給といわんばかりに無料のお冷を飲み干す。

もう持参していたペットボトルは会場内ですべて空になっていたので無料のお冷がなんとも身体に染み渡るようにありがたかった。ここまでただの水が美味しいと思ったことはない。

 遅めのランチを食べながら僕らは今日のイベントの感想を言い合った。

「発売が最近だけのものじゃなくて昔のゲームが好きでもこういうイベントっていう表現の場と交流の場があるんだねー」

「これは学校やネット上だけじゃわかんないことだったね」

僕は注文したパスタを食べながら言った。

「今日はいろいろなことが勉強できたね!ゲームが好きならこうやって表現の場があるってことがわかったのが今日の一番の収穫かな。私、もっとたくさんの小説書きたくなった!」

 加奈はイベントでさらに創作に対する威力を増したようだ。

 その気持ちは僕も同じだった。今まで行ったことがない場所に直でその雰囲気を味わったことでさらにやる気が出る。これはまさにプラスにもなるしいいことづくめだ。

 そんな感じの会話をしたりで楽しんだ。

 ランチの後はお互い寄り道もせずに即自宅へ帰ることになった。

 なぜなら今日のイベントで得た戦利品(という名の購入物)を一刻も早く帰って読みたかったからだ。



 イベントから帰った後、タイムラインをスマホでチェックしているとサークル参加者である光さんは「本日はサークルスペースにお立ち寄りくださった皆様ありがとうございます!」というツイートをしていた。

 今日リアルで会ったこともあり、僕も光さんに「お疲れ様でした」とリプを送ると

「ソウジロウさん、今日はうちのサークルに来てくださってありがとうございました!実際にお会いできてうれしかったです!」と即座にリプライが返ってきた。

 僕はあの「光さん」と実際に会って話をしたんだと思うとなんだか今までのオンラインでののやりとりとはちょっと違う気分だった。

 本人がどんな人なのかを見たことにより、ますます光さんがオフで出した同人誌を読みたくなった。

 なのでさっそく光さんの同人誌を読むことにした。

 家に帰ってきて部屋の隅に投げ出した鞄の中には今日購入した同人誌が大量に入っていた。

 光さんが出したプラネットノースの既刊本と新刊と合わせて四冊はすぐ読むために鞄から出して机の上に置かれていた。

 既刊の本が三冊、今回のイベントの新刊が一冊。すでにオンラインではいくつかプラネットノースの二次創作を見かけたが今回はまさに近年発行されて世に出た同人誌だ。

 まさかこんな時代に現在出てる「プラネットノース」の同人誌という媒体で読めるとは思っていなかった。

 すでにゲーム自体発売したのが二十年前で今や現在進行形で二次創作を今だに発表している人が珍しいのである。

 ツイッターなど現代は手軽に自分のことをウェブ上に書けるツールが充実している分、ゲームそのものについて語っている人を見つけるのは確かに簡単になった。

 それ以前は大型掲示板や数少ない攻略サイトなどでしかそういったファンの集まりを見ることができなかったからだ。

 それが今日入手できたのはそのプラネットノースを題材にした二次創作同人誌だ。

僕は貴重なその同人誌を手に取った。手で持ってよめる形になっている触感、表紙はラミネート加工でツヤツヤだ。厚さは一冊につき約三十ページほどである。

 ページを一枚めくっても次のページも全部プラネットノースだけの内容。

 本の厚みとしては薄いが全てがその一つのテーマという内容ならばむしろ一冊約四十ページは分厚く感じた。

 どのページもプラネットノースについてのページなのだ。

 それが四冊もあるのだ。一冊一冊一ページ一ページを貴重に読んだ。

 僕は一冊目の一ページ目からさっそく今までオンラインで見てきた「光さん」の作品をさらに紙の本という形で手に取ったことにより夢中になった。

 すでに一ページ目からそのすごさを感じる内容でもう言葉も出ないほどの惹きつける魅力なのだ。

 それがどのページも全て「プラネットノース」の内容だけで構成されている。



 そうしていくらかの時間が経過してあっという間に今日入手した「光さん」の同人誌を全て読み終わった。

「す、凄い……!なんて面白さなんだ…!」

 その四冊をすべて読み終わる頃には圧倒的な感動の渦に飲み込まれていた。

 今回のイベントで買った一冊はショートストーリーの詰め合わせで素晴らしかった。

オールキャラギャグでメインの主人公側のパーティキャラとラスボス側のそれぞれのキャラが登場するショートギャグの詰め合わせで、どれもキャラの性格やゲーム本編の台詞から「いかにもこのキャラはこんなこと言いそうだな」というのを表現していた。

 既刊本のうち一冊は4コマ本で、それもまた一本一本の4コマがきっちりと起承転結をはたしていてそれぞれゲームの設定を生かしたネタばかりだった。

まさにイラストとはまた違う、漫画の媒体としてのネタが成立している4コマの詰め合わせ、そしてどれも面白い。

 もう一冊は重要キャラ「ノース」という人物中心のシリアスストーリーでゲーム内で語られるそのキャラの過去のイベントから

 ゲーム本編のストーリーまでの部分を独自に考えたストーリーだった。

 ゲーム本編内では明かされない部分を補うような内容でまさにこんなことがあったからこのキャラは本編であの行動をとったのではないか、と思わされるストーリーだった。

 そして今日の新刊はサークルカットにも記載されてた予告通りのオールキャラギャグ本でメインパーティである主人公側のパーティキャラとラスボス側のそれぞれのキャラが登場するショートギャグの詰め合わせで、どれもキャラの性格やゲーム本編の台詞から「いかにもこのキャラはこんなこと言いそうだな」というのを表現していた。

 シリアスなストーリーもギャグも4コマもどの形においても「素晴らしい」の一言だ。

 まず絵がすでに美しくて惹かれる要素であり、内容もまさにプラネットノースの世界観というものをきちんと形にできているし、

 それでいてゲーム本編の設定をあますことなくふんだんに生かした内容。

「これが、同人誌」

 僕は初めて読んだその同人誌という媒体に感動した。

 それだけ光さんという方が作った同人誌は凄い。

 初めて読んだプラネットノースの同人誌だからということもあるかもしれないがオンラインのSNSにアップされていたどの作品とも違う。

 オンライン上はどうしても漫画が一ページごとの単独のものが多かったり、4コマを数本で一件としてアップロードされたり、が多かったがこうして紙という形でまとまったページ数で印刷されたことにより、普段SNSでアップされている内容よりもずっと濃いのだ。

 スマートフォンやパソコンのようにスクロールで作品を見る感覚ともまた違う、直接紙に印刷されている同人誌だからこ普段の媒体とは違って感じる。

 僕も一応「プラネットノース」のイラストや短い漫画はちょっとずつオンラインにアップロードしていたがそれでもこのゲームで二次創作で同人誌を出している「光さん」は自分とは比べ物にならないほどにこのゲームを愛していることが同人誌の作品とあとがきから感じ取れた。

 同人誌の感動はスマホやパソコンの液晶を通してデジタルで見る感動とは全然違った。

 僕は感動もあまり、その夜は何度も何度も光さんの同人誌を読み返した。

 そして他の戦利品であるゲーム系の同人誌を読むだけで夏休みの貴重な一日の夜は過ぎていった。


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