この過保護配信ではアンチコメントは出てこないことが普通である

コンプライアンス研修が終わり、自宅に着いているわけだが・・・

コンプライアンス研修は卑弥呼への恐怖心により頭に入っておらず、コンプライアンスの言葉は全く分からない状態である。

―――正直無駄であった。


元塾講師として研修準備の大変さを知っているから研修はきっちり受けるタイプであるが、それほど卑弥呼の恐怖心が強かったということでもある。


事務所に行ったことが無駄にならないように、葵さんのアドバイスを参考にし、過去のアーカイブを見ている。


とりあえず、マリモカートのやつでも見るか。


―――アーカイブ―――――――――――――――――――――

画面上には大きくゲーム画面が映っており、右下に黒髪ロングの白い着物で頭に金の装飾をつけている清楚な女性が居た。


「おはひみ~。みんな元気している?」

画面に映っている女性は心地の良い大人のハスキーボイスで喋っており、首絞めしてきた女性とは思えないくらい初めて聞くような声だった。

普段は同じVだと声質確認は忘れないのだが、恐怖に支配されていたため、声質の確認を行えていない。だから、初めて聞くような感覚になるわけだが。

ハスキーボイスや大人系のボイスは苦手の部類であるが、卑弥呼の場合はなぜか魅力的で少し聞き入ってしまった。

悔しいが、かなりの美声で実力があると認めざるを得ない。


コメント

:おはひみ~。

:おはひみ~。今日もお美しいですよ

:おはひみ~。

:おはひみ~。卑弥呼様、今日も頑張ってください。


挨拶が定着しているじゃん。と思わず感心した。

特殊なあいさつを定着させるのには時間とリスナーへの指導が必要であり、例えるならアイドルのライブの時のオタ芸やホストの掛け声みたいなものと同じと考えている。


実際、練習量はそれらと違って圧倒的に少ないが、その場の空気感がそれらのコンテンツと違って薄いためリスナーの羞恥心や無関心によって成立しないのも多々ある。だから流れができるまでの切り抜き動画を作っておいたり、ネタの練習を配信で行ったりと教育体制の徹底は必要だ。


俺の勘であるが、俺とは違った方法で卑弥呼はやっていそうな感じだ。

―――恐喝?洗脳?恐怖による支配?と俺には真似できない方法で行っているのだろう。



「あはは、元気でよろしいw。我さ、へっぽこマリモカートじゃん。」

意外に子供っぽい感じで卑弥呼はへらへらと喋っている。

なんでだろうか。卑弥呼の子供っぽさを魅力に感じてしまうのは。

魅力を感じてしまう自分が腹立たしくて、なんか腑に落ちないな・・・。


コメント

:卑弥呼様は普通ですよ。

:卑弥呼様は下手ではないですよ。

:プレイじゃなくて、癒し求めていてますからね。

:卑弥呼様が楽しんでいただいたら、うれしいです。


コメントを見ていると、全て敬語になっているのは恐怖によって支配されているのか。

やはり、ここのリスナーには、普通ではなれないなと俺は確信してしまった。


「我は、楽しんでいくよ。ではマリモカートしていこうか。」

卑弥呼は、まるで初めてゲームを買ってもらった子供みたいに喜んでいる。


コメント

:卑弥呼様、がんばってください。$1万

:スタートダッシュ難しいですよね。年齢的にはしょうがないですけど・・・$1万

:卑弥呼様は、卑弥呼様でいればいいんですよ。

:卑弥呼様といると、子か孫とゲームしている感覚に落ちるんですよね。


2万円も課金てやばいな。このリスナーお金持ち過ぎだw

課金の理由を探るために、コメントを冷静に遡ってみると年を取ったようなどことなく切ないコメントが多い。

一つの結論に至った。

―――ここのリスナーはアラフォー・アラフィフなどの年配系層が多く、年齢的に上の立場にいるためお金を持っているのだと思う。

こういった年配層に受けのいいハスキーボイスだが、配信内容的にはなぜこういった層が多いのか分からない。と疑問は浮かぶ。


理由は分からないが、ここのリスナーは恐怖なんて感じていないし挨拶も課金も進んで行っている。

卑弥呼の配信は、思った以上に癖が強く、俺が想像している数倍奥が深いのかもしれない。



ゲームを始めようと卑弥呼はオンラインに接続して、レースに参加しようと必死に設定しているわけだが。


「我さ、古代人だからさ。機械の設定が苦手なんよ。ごめんね。」

卑弥呼はかなりテンパっており、操作もおぼつかない。

知恵熱を出している卑弥呼の姿が想像でき、あの時の手際のよい殺し屋の卑弥呼を忘れてしまうくらいポンコツ感が半端ない。


コメント

:卑弥呼様は、落ち着いて設定すればいいと思いますよ。

:時間には余裕ありますからいいですよ。

:卑弥呼様、まずネットで対戦をえらんでください。

:卑弥呼様といると、子や孫とゲームしている感覚に落ちるんですよね。

年上であろうリスナーに忖度されながら、ネット接続に奮闘している。

ポンコツお嬢様が、仕事のできる執事にいろいろさせているような光景を思い浮かばせて、少しほほえましい。

その光景により卑弥呼が、こういうリスナーを獲得できている理由が分かった。

ポンコツな卑弥呼を助けることで、子育て世代の庇護欲に訴えかけてしまうのだからか。

これは、新しい需要だわ。



―――卑弥呼はおそらく自覚していないと思うが・・・

人とのコミュニケーションではなく文字上のコメントであるため

恐怖で支配しようと思わず、本来の弱い自分が出ているのだ。

正直普通の人間ならVになることで、仮面を被る事が多いが。

卑弥呼の場合は逆に仮面を脱いでおり、反対の事を行っているのが面白いと思った。

本来の卑弥呼は恐怖の化身ではない。

トラウマによって大切な青春時代を失ったどこかピースが抜けている哀れな大人である。

ピースの中には、コミュニケーション・ゲームの操作などほかにもたくさんあるのだろう。


ピースは残酷なほど大きいため、埋める側の人間は好きなピースを埋めていいのだ。

だから、卑弥呼を自分好みの人間に変えられる権利を得られるわけだ。

このピース埋めは人生経験が多いリスナーにとって、お互いにメリットがあるわけか。

俺は埋める気はないが。


上記はすべて自分の妄想であり、的外れな勘違いであろう。

無駄な妄想をしていたら、コース選択の画面に移っていた。



 コースは崖の多い鉱山で、用心しないと崖に落ちてタイムロスをしてしまうコースである。

工事灯をピカピカと光らせており、夜の工事現場をいろんなマリモキャラが慌ただしく働いており、BGMも緊迫感があり、心理的圧迫も強くミスしやすいコースとして有名だ。


スタート前、まだキャラクターたちは時間ではないため静かに過ごしている。

BGMも無音になっており、レースの始まる前の無言の緊張が走る。

審判のマリモカートのキャラクターがカウントを始めている。

カウント音がピン・ピン・ピンとなり、卑弥呼の動きも音ともに、左右に揺れ始めた。



カウントが最終カウントを指した瞬間。

―――他の選手たちは、スタートダッシュを成功させておりターボダッシュでスタートラインを駆け抜けている。しかし卑弥呼は失敗し、ターボダッシュを発動させられずにスタートラインをのろのろと駆け抜けている。


そう、卑弥呼はスタートダッシュを失敗して、いきなり最下位に落ちている。


「我だけじゃん。スタートダッシュ失敗しているの。悔しい。」

卑弥呼は子どもがべそかいて悔しがるように声を少し荒げていた。


コメント

:どんまいですぞ。$1万

:卑弥呼様、まず落ち着いていきましょう。

:このレースはレベル高いですね。$1万

:卑弥呼様は、惜しいですよ。


 普通の配信だと、ざまwwとか下手くそwwって1個ぐらいはコメント打たれているはず。

しかし、この過保護配信ではその手のコメントは出てこないことが普通である。

―――ポンコツお嬢様は年配リスナーの庇護心を刺激させており、言い換えると執事が常に忖度していることに違和感を覚えないことと同義だ。


それにしてもスタートダッシュをミスして2万稼ぐって、人生ってこんなにちょろかった?

マジでうらやましいな。



 卑弥呼は工事灯がピカピカ光っている道をまっすぐ走っており、マリモキャラもまだそこまで激しい作業をしておらずレースの邪魔をしてこないため安心して見ていられる。

最初の軽い関門のくねくねと蛇行した道が見え始めた。

―――柵はついておらず、崖に落ちてコースアウトしやすく、初心者狩りの道である。


トップスピードを維持しており、蛇行した道ではハンドルが遠心力に負けてしまい、車体があらぬ方向に崩れていく。体勢を整えられず、そのまま崖に突っ込んで落ちた。

いわゆる、初心者あるある落ち方である。


卑弥呼は少しイラっとした後、目線を地図に移した。

自分は先頭集団に圧倒的差をつけられて負けていることに気が付き、少し焦りをみせた。


だから、トップスピードでまた蛇行を潜り抜けようとするも、先ほどと同じように落ちてしまう。


「また、落ちちゃった。悔しいね。」

明らかに焦りながら言っており、また失敗することは容易に想像できる。


コメント

:よくあります。

:私も何度も落ちるから、大丈夫です。

:アイテムで逆転です。

:卑弥呼様、落ち着いていきしょう。


 よくあることじゃないよ。ここで何度も落ちる奴なんていないからね。

ちなみに初心者でも一回で落ちて済むような道である。


        お前らは忖度がすぎるぞ。お嬢様の間違いを認めろや。


 おまえらがどんだけお嬢様を守りたいかは分かるけど、圧がすごいぞ。

まじで、卑弥呼もだけどあんたらとも絡みたくない。


同じ方法で2~3度落ちて、関門をやっと突破することができた。


次の関門は、隣をトロッコで走るゴリラが岩をランダムに投げてきて、岩に潰されるとタイムロスになるため、冷静に避けないといけない。

隣にはゴリラが卑弥呼と並んでおり、岩を投げようと準備している。

おそらく岩に潰されるであろう卑弥呼が何をやらかすのだろうと不安である。

そんな不安を無視して、ゴリラはゆっくりと岩を完全ランダムで投げてきた。


冷静になれば避けられる岩に、卑弥呼はびっくりしている。

過度にハンドルを切っており左右に車が揺れていることから、卑弥呼が冷静ではないことは明白だ。


コメント

:卑弥呼様、落ち着いて下さい。

:真っすぐに走っていても、回避可能ですから。

:道は真っすぐですので、安心してください。

:卑弥呼様、岩はぶつかっても大きなタイムロスになりませんから。


リスナーのコメントも虚しく、冷静さを欠いた卑弥呼は次々と岩にぶつかったり崖に落ちまくったりと散々である。


忖度コメントを打ち続けるリスナーのむなしさと卑弥呼の慌てようは、アーカイブであるにもかかわらず見てられなかった。


俺の方も胃がキリキリしてくるわ。ちなみに俺は、このポンコツお嬢様のお世話なんて絶対したくないわ。

卑弥呼と先頭集団との距離が離れていき、アイテムでしか逆転する事は難しい。

そういったことは理解しているみたいで、アイテムを卑弥呼なりに丁寧に取っていく。


アイテムはキラー・Bという大砲型のチートアイテムである。

―――カートの最高速度の2倍であるキラー・Bという大砲になり、コース内をオート操縦で駆け抜けるチート。


ちなみに超加速状態のキラー・Bは

プレイヤー・障害物とか関係なしにぶつかった相手を

問答無用にぶっ壊すという破壊力を持っている。


うん?このキラー・Bって、どこかの誰かさんに似ているような・・・

キラーは殺人者、問答無用にぶっ壊すという破壊力というワードを連想させると例のあの人しか考えることができない。

これ以上考えると、気が病みそうになるためやめた。


思考をやめるため。あえて、コースに目を運ぶ。

すると、仕事しているキャラの中にいる赤いローブを着たキャラクターがコースの中を磨いている。


キラー・Bは、先頭集団に追いつこうと全力疾走である。

そんな労働者なんて関係ないわと言わんばかりに、赤いローブを着たキャラクターを轢いていく。


この赤ローブを着たキャラクターには、自分と同じ衣装を着ているため感情移入してしまう。


かわいそうという感情が湧いてきており、なぜか涙が出てくる。


俺は同情してしまい、そのキャラクターをよく見ていると、右腕が引きちぎられているのである。


このキャラクターは俺の未来を暗示しているのではないか

と思わず息をのんでしまった。


俺がそのキャラクターの残酷な姿と未来の自分の姿を照らし合わせていると、すべてのプレイヤーがゴールしましたとアナウンスが鳴っていた。

卑弥呼はゴールできずに最下位になっていた。


「我さ、オンラインで最下位取るのはそこまで悔しくないんだけど。知り合いに負けると相当イライラするから、オンラインのほうが気楽でいいわ。」

卑弥呼は大人ぶって言っているが、知り合いという言葉の所に強い殺意を感じてしまった。


卑弥呼はコメントを文字としてとらえているから、恐怖の女王様に目覚めていないが。

配信上の俺は、リアルの人間としてとらえているため、あの首絞め女王となるだろう。

リアルの人間にゲームに負けるとするならば、あの知り合いといった瞬間の殺意が暴力に変わるのかとぞわぞわしていた。


 もし、俺が勝つことがあれば、また首絞められるのかと恐怖した。

だから、俺は自分を守るために忖度しようと思った。



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