こんなに心配してくれる頼もしい同期を持って幸せだと心の中で噛み締める。
配信で卑弥呼とマリモカートコラボが決まり、昨日の夢もなかなか強烈で寝られなかった・・・
~昨晩の夢~
俺は卑弥呼と2人でマリモカートのようなレースをしているのだが、卑弥呼は後ろからずっと赤甲羅を俺に向かって子供みたいに笑いながら投げてくる。
赤甲羅はなぜか、肋骨の下あたりにまるで磁石みたいに引き寄せられている。
赤甲羅はすべて胃にぶつかっている。
―――肋骨は心臓などの重要な内臓を守っているため、胸部への攻撃は肋骨にしか当たらないようになっているはずなのだが。これは悪魔的な奇跡というしかない。
全力で逃げ続けているが、ぴっちりとついてきている。
くそが、なんでくっついてくるんだよ。まるで今の状況じゃないか。
『なに言っているの?これからもずっと仲良くしていくからね』
卑弥呼は無邪気な顔で笑っており、縛り続けていくという脅しをかけてきている。
そこで、夢から覚めた。
「ずっととか、地獄だろう!!」
ベッドから起き上がった瞬間、声を荒げて突っ込んだ。
◇◇
エドワード・マスタングの魂である阪井弘樹は事務所にて、ネットの発言に関するコンプライアンス研修を受けに向かっているが、寝不足で少しふらつきながら歩いているわけだ。
昨日の夜、いじめられていた胃も全く元気はないが。
―――昨日買ったお守りのおかげで、胃は少し持ちこたえている。
巷では中身を服用しているみたいだが、今はその力はまだ使わなくてもよさそうだ。
お守りのおかげで胃には穴は開かず、無事に事務所に着き、ネットの発言に関するコンプライアンス研修(正直よくわからない)を受けるため大会議室に向かっている。
ネットでの発言で炎上させない発言方法について、昨日の配信で予習はしてきた。
卑弥呼に裏で首絞めされていたという事実を隠しながら、配信をやりきれたから、コンプライアンス(よくわからないが)はきっと大丈夫だろう。
こんなことで予習なんてしたくなかったとがっかりしていると、大会議室にたどり着いた。
大会議室は、ぐるっと長いテーブルが繋がり四角形に並んでおり、前にプロジェクターが置いてある。
ライバーはもちろん、マネージャー、広告部署、営業部署の全員が今回の研修を受けないといけない。
ライバー以外にもネットで宣伝活動しており、そういった方々に支えられて活動できていると思うと感謝しかないわけだが。
席に座っていると、茶髪のショートヘアーの少し疲れた感じの女性が近づいてきた。
「阪井君、おはよう。今日の研修めんどくさいね。」
彼女がゆったりと心地の良い声でしゃべりかけてきた。
そうして座った瞬間、いつも通りのどを気配り、のど飴をなめて声のケアを行い始めた。
「おはようございます。
葵さんは、連日ボイス収録で大変そうですね。
ここまでくると、プロの声優ですね。」
俺は同期である葵さんに労いを伝えた。
同期である俺とは少し違っている道であるが、葵さんの努力を知っているから敬意を常に持っている。
―――彼女は、ボイトレを毎日3時間し、声のケアは無意識的かつ常に行っている。
V活動として、彼女はASMRの販売ボイスを週3本、日本の文学の朗読動画を週1本に、生配信を週4回やっている。ほかのVの2倍は活動しているわけだ。
生配信・ASMRは好きでやっていると彼女は言っているが、彼女のVになった目的である日本文学の良さを伝えるためという目的からは少しずれている。
日本の文学の朗読動画を中心に活動しても、数は取れずにコアなファンしかつかないことを彼女は知っているのだ。使命はライト層にしっかり魅力を伝えることであるとの目的意識をしっかり持っているため、人口が多いコンテンツに力を入れている。
エンターテイナーとは1%のやりたいことのために99%のやりたくないことを行わないといけないのだ。趣味で行う分には、楽しいことのみ行っていけばいいと思う。
それに比べて、俺はルナと同じ職場で働きたいという理由で入社し、ただ毎日配信して満足している目的意識が薄い人間である。
「まぁ~ね。銀河鉄道の夜の朗読はなかなか喉を酷使するね。でも、いろんな人の癒しになってくれると嬉しいな。」
葵 ゆうかはにこやかに笑いつつ、のどをマッサージしている。
葵 ゆうかのVは、おしとやかでメガネをかけた黒髪ショートの文学少女の夏目 つかさである。
彼女のゆったりとした声のトーンは、夏目さんの声の印象としてイメージ通りだ。
「そんなことよりもさ。阪井君の方が大変じゃないかな~。あの卑弥呼様とコラボするんでしょう?」
葵さんは心配そうに聞いてきた。
しっかりと『様』をつけていく辺りを見ていると配信等は少し見ている感じだと見受けられる。
「そうですね。かなり胃がキリキリしているんですけど。
失礼な態度を取ったら、首とか絞められそうですからね。」
俺は強くお守りを握りしめて、苦笑いしながら答えた。
「そういえば、卑弥呼様の配信見たことある?」
葵さんは心配そうに聞いてくるが、どうやら対策とかしているのかということを気にしているみたいだ。
確かに対策はしていないため、過去配信を見て対策を練らないとと思った。俺の表情を見て、少し呆れつつも、対策すると理解したためか葵さんは安心したみたいだ。
絡んでくる前の卑弥呼について少し思い出そうとしたが、好みではなくノーマークのためか。あんまり脳内に残っていなかった。
「1度もみたことないですね。切り抜きで、卑弥呼伝説を見たくらいですね。あと知っていることといえば、男性Vにきつく当たる芸風なのは知っていますが……」
恐怖の化身卑弥呼のことを思い出したため、俺は弱弱しく答えた。
答えた後は、その切り抜き動画の卑弥呼と昨日のリアルの卑弥呼を重ねてみた。
やはり、凶暴である印象は変わらない。
出会って最初辺りは、確かに切り抜き動画の男性Vと同じように俺が扱われたのは分かる。
だが、あの時の興味深そうな顔は男性Vに見せていなかったと思う。
なんで俺だけに見せてくれたのだろうかと、俺は考え込む。
「顔が少し優しくなっているね。卑弥呼様の、どんなところが好き?」
顔が少しにやけている葵さんは興味深そうに聞いてきた。おそらく、女性であるから恋愛関係と勘違いしているのだろう。
お節介な葵さんが心配事を言わずに、恋愛系の話に変化させるほどの顔になっていたのかと俺は、びっくりした。
もしかすると、俺はストックホルム症候群にかかってしまっているのかもしれない。
「えっ、なんでもないですけど。」
俺は本当に恋愛感情がなかったためか。機械のようにさらっと答えた。
そこまでさらっと答えきれるというのは、恋愛感情どころか、どんな人間かの単純な興味すら持っていないのだろうか。と自分の事すらもよくわからない。
「なんだ、阪井君を助けてくれると思ったのにな。」
葵さんは俺の依存を治せるのではないかと希望を持っていたようで、それを崩されたためがっかりしていた。
俺のルナちゃんへの強依存については、同期の2人には完全にバレていることである。
ルナちゃんの引退が分かった後に、事務所で自殺しようとしたことを同期2人に見つけられており止められている。
引退配信後は、アリスたんを通してルナちゃんの幻想を追い続けていることを、同期2人は反対しているわけだ。アリスたんには、ルナちゃんの幻想として見ていることに対し罪悪感は確かに強く存在する。
自分本位で恋愛について聞いてきたのではなく、本当に存在していないVへの強依存への心配で言ったのかと思うと葵さんらしいと思い、少しほっとした。
「しょうがないですよ。
だってルナちゃんは俺の苦しい時に救ってくれた神様みたいなVなんですよ。
いないVに幻想持ち続けているのは、前を見れていないって事なのは理解してます。
でも、活動はできているし問題ないですよ」
ルナちゃんの引退後の俺のことを知っている同期の葵さんには、心配させまいと答えた。
「そこの穴はさ。近藤さんもわたしも埋めきれないところだからさ。
魅力的な子が出てきて、君の心の中のルナちゃんを消してくれたらいいんだけど。」
完全に解決できない事への罪の意識があるため、葵さんは叶わないであろう夢を願いながら言った。
その話題を広げては、暗くなるだけだと察した葵さんは瞬時に話題を変えた。
「でも、なんでコラボ相手をエド君にしたんだろうね?あの人はコラボって、同期とゲテモノしかしないって聞いたんだけど。エド君っていじられるだけでクレイジーなことしていないよね?」
葵さんは不思議そうに言った。
俺は理というワードを聞いて、はっとした。
―――ママであり、コラボのほとんどがこいつじゃん。
卑弥呼にとって、理はかなりのキーパーソンということである。
もしかすると卑弥呼攻略のカギが見つかると思い、俺は理伝説を思い出し理の人間性を考えようとした。
理 環の伝説
① 家で花火を上げて、火災報知器で配信機材が濡れて配信中止
② 隣の部屋で喘ぎ声が聞こえたら、椅子で壁を壊そうと叩きつける。
③ 登録者数10万人の迷惑系配信者と事務所でコラボ配信(もちろん事務所には無許可)
やはり、人知を超えており、俺には理解できない人種だ。
俺は卑弥呼の前で、狂人ロールはしていないはずだと言い切ろうとしたが、嫌われるために『毎日アリスたんで抜いている』って言った事で、狂人ロールを行っていると思い出した。
俺は、昨日の謎が一部解けてしまった。
―――アリスたんおかず発言後に首絞めを緩めたということは、この発言で卑弥呼に気に入られたということになるのか。
これこそ、まさに墓穴を掘るって格言だわ。
「あはは。クレイジーなこと、していないはずなんだけどね。」
覇気のない愛想笑いをしながら俺は嘘を答えた。
実は『毎日アリスたんで抜いている』と女性の前で自信をもって発言しているクレイジー行動を行っておりますwと心の中で絶望している。
「阪井君、真面目だから。そんな狂ったことしていないよね。私もおかしなことを言ってしまったね。ごめんね。」
葵さんは、おかしな行動をしたのか尋ねた事に対して全力で謝ってくれた。
こんなに心配してくれる頼もしい同期を持って幸せだと心の中で噛み締める。
その同期も、あのクトゥルフ神話に出てきそうなあの人に
魔改造される未来があるとはその時の俺は知らなかったわけだ。
あの時、コラボ配信を見ないように頼んで置けば、未来は変わっていたのだろうが・・・
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