doue

辻藤

第1話


 競争だ、と真都は言うと、いきなり走り出した。


 真都は足が遅い。俺は出遅れたのにも関わらずすぐに横に並び、そして追い越した。

「いきなりなに、どこまで?」

「海まで!」

 文化部のくせに運動部みたいなやつ。そういう突拍子がなく、何にも考えてなさそう。彼のそういうところが一緒にいて気が楽だった。

 この一本道の坂を下っていけば確かに海まで辿りつくが、普通に歩いて20分はかかる道だ。競争するほど走るのは無理がある。

 それでも坂道を走っていく。景色がみるみる変わり、はるか向こうには海がきらきらと夕日を浴びていた。

 顔に当たる風が心地良い。後ろから迫る真都の足音はいやにでかくて、足がでかいと足音まで大きくなるのかと感心した。

 なぜ走っているのか意味は分からないが、なんだか無性に楽しかったから笑い声をあげ、走りながら笑うと肺が締め付けられるようで苦しくて、それすらおかしくてまた笑った。 顔に当たる風が冷たくて目が開けていられない。俺たちの笑い声ばかり響いた。

 運動と笑顔なんていう前向きなものから与えられる苦しみは、どうしてか解放的で心地良い。体が軽い気さえする。

 ああ、楽しいな

 ずっと続いたらいいのに

「死にてえー」

 表情筋が痛くなるくらい笑っていたのに後ろからの足音がぱたりと消えた。立ち止まり振り向くと、真都が目を丸くしてこちらを見ていた。

 声に乗せたつもりはなかった。けれど、あまりにも楽しくてハイになってしまって、思わず口をついて出ていたようだった。確かに、口の形が「え」の形のまま固まっている。弁明しなくては。

「楽しいって、言ったつもりなんだけど…」

 苦し紛れにそう言うが、真都の返事はない。慎重に言葉を選んでいるようだった。よしてくれ。何にも考えてなさそうないつものお前に戻ってくれよ。

「肝が冷えるから、そういうの言わないで欲しい」

 けど、と真都は続けた。

「言わずにいなくなられるより、マシかな…」

 真都は困惑と動揺をあからさまに顔に浮かべている。

 おまえいいやつだなあ、と肩を叩く。それは心底、そう思った。


 気まずくなってしまったが、2人ともどうしたらいいか分からなくてそのまま海まで歩き出した。

 先程までの嘘みたいに軽かった体は、今はもういつも通りで、泥で満たされたみたいに重たい体に戻っていた。

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doue 辻藤 @nemo00

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