次は、わたくしが踊らせる番ですの 2
やはり、似ている――。アレクの脳は最早パンク寸前であった。そもそも、ただでさえ考えることは苦手だというのに、こと高速戦闘の最中である。
「ガぁッ!」
避けきれず、脇腹を抉るように振りぬかれたアリサの金属棒は、アレクに激痛をもたらす。情けない声を上げたところで、彼女が止まることはない。
殆ど初対面に近い筈なのに、この容赦のなさ。極め付きは、出鱈目だと叫びたくなるほどの身体能力と状況判断能力である。だからこそ、生まれて初めて自分と対等に接してくれた友人を思い出してしまう。
(いや、俺が勝手に共通点を探してるだけか……。情けない!)
既に全身には焼けつくような痛みが張り付いているが、目の前で振るわれる金属棒を弾き続けなければ、更なる痛みが襲うだろう。
アリサの目に感情の類は見えない。ただ、彼女の基準に従って自分を見定めているのだと思われる。こめかみが引き攣りそうになりながら、アレクは必死に攻撃を捌き続けた。
何故、自分はいつもこうなのか。
いつも見定められる側で、いつも見限られる側だ。
アレクの瞳に映る景色が、この場にふさわしくない感情に塗り潰され、歪みかけたその時であった。
「――わたくし、もうすぐ死ぬんですの」
思いがけないアリサの言葉に、思わずアレクは呆けそうになる。だが、そんな隙をアリサが見逃すはずもなく――。首筋に走る激痛と共に、膝が地に着いた。
アレクは視線を下げたまま、荒い呼吸を繰り返しながら言葉の意味を反芻する。顔を上げれば、追撃のそぶりも見せず、アリサは小さく頷いている。
「
だから、分かるでしょう? とアリサはぎこちなく微笑む。アレクはただ黙って次の言葉を待った。
「先程、これから何をするつもりかと問いましたわね?」
何処か遠くを見るようなアリサの表情。そこにあるのは、悲しみでも絶望でもなく、罪悪感であると感じた。それは、誰に対して抱いた感情なのか。そんなことを考えながら、アレクは肯定の意を返した。
「あ、ああ」
動揺を隠すことに失敗したアレクであったが、当のアリサは気にも留めず薄暗い天井へと視線を向ける。
「決まっています。存在の証明ですわ! アリサ・ユーヴェリアが生きた証を世界に刻むんですの」
天に手を掲げ、何処か楽しげにそう発したアリサ。その表情は、とてもじゃないが間もなく死を迎える少女のそれには到底思えなかった。
先のは恐らく、事前に用意していた台詞なのだろう。腰に手を当てて満足そうに頷く仕草は、顔の形さえ違うというのに、やはり彼女とよく似ているとアレクは思った。
「……だから、貴様はあんな嘘を?」
「誰がそれを証明できますの? 嘘かどうかを決めることが出来るのは……彼、ただ一人なのですわ。聖女だか何だか知りませんが、
そう笑うアリサが差し出した右手を取り、アレクは立ち上がった。そして、生意気な顔をしているアリサに言い放つ。
「俺は、信じない」
「それで結構ですわ。結果は歴史が証明するものなのですから。殿下の最後の問いは父の支払う代償でしたが……その答えは、もうお分かりですわね?」
アレクはその言葉に頷いた。先の言葉を信じるなら、ではあるが。王立学院の特戦クラスに編入し、戦術大会という大舞台に上がるために、ユーヴェリアの名が必要だったのであろう。
とはいえ、辺境伯ほどの人物の命の値段である。そんなアレクの懸念を感じ取ったのか、アリサは少し不満げな表情で口を開いた。
「一応言っておきますが、父の病を治したのは浮遊遺跡から発見された果実であって、わたくしは冒険者との縁を繋いだに過ぎません。けれど、病は間違いなく完治しておりましてよ。そして、わたくしは機会を与えてくださった父に、心から感謝しております。ですから、父を害することや不当に何かを要求することなど有り得ないんですの。それだけは、この名に懸けて事実だと約束しますわ」
王国貴族がその名を懸けると言葉にすること。それは即ち、自らとその家に連なる者たちの命と名誉に懸けて誓う、ということだ。
事実だという保証など何処にもない。いきなり大貴族の養女になったアリサの言葉なら特にだ。
実際、先の言葉の前半部分には、まるで用意された原稿を読み上げるかのような不自然さもあった。彼女が全てを話していないことなど、馬鹿な自分にも分かる。
だが、何故だろうか。最後にアリサが約束したことだけは、間違いなく事実なのだとアレクは確信していた。
「安心しまして?」
ああ、俺は今どんな顔をしている?
勝ち誇った笑みで肩をすくめるアリサを見て、アレクは腹芸を磨くことを誓うのであった。
とりあえず、こんなものかな? アレクへの簡単な説明を終えたリタは脳内でほくそ笑む。ぼろを出さないどころか、完璧な演技だったのではなかろうか。
そう、今回リタが考えた作戦とは、キリカに代わり自分が姫君の生まれ変わりだと名乗り大会に出場することなのであった。しかも、自身の名前や姿も偽っている。
これにはいくつものメリットがある。まさか向こうも、魔法詠唱者の生まれ変わりが女で、しかも姫君の生まれ変わりを名乗るとは思うまい。
だが、一番の理由は踊らされるくらいなら、踊らせたいという気持ちが大きいのも事実。
エリスの見立てでは、裏で統一教会などから提示されている賞品も、全て自分をおびき寄せるためのものだという。そうすれば、各国が血眼になって自分たちの世代の最高の才能を集める筈だから、と。
事実、それは正しかった。統一教会は魔法詠唱者の生まれ変わりを探している。表向きは、女神に祝福されし新世界を迎えるために助力を願うという理由らしい。彼らにとってはこれが十分に大義名分足り得るからこそ、多少の無理が通っているとも言える。
だが、統一教会の出した聖女の声明に、懐疑的な意見が多いことも事実なのだ。何故ならば、基本的に前世の記憶を持つ人間などおらず、誰にもそれが事実だと証明することが出来ないからである。
これは、チャンスであった。誰かが操ろうとしているこの盤面に、アリサ・ユーヴェリアという石を投げ込んでやるのだ。
それは恐らく、統一教会の声明の根本を揺るがす大きな一石となるだろう。だからこそ、出来るだけインパクトを出すために、ユーヴェリアの名が必要だった。
波紋が広がるように、徐々に広がる波は最終的に大きな混乱をもたらすことになるだろう。
そして、エリスもキリカもそれで終わることは無いと言っていた。
事実を証明できる人間が居ない以上、誰でも姫君の生まれ変わりである可能性は存在するのだ。
今までは、聖女のバックにある統一教会という組織の大きさがあったからこそ、誰も動かなかっただけなのだ。そして同時に、統一教会が声明を出したからこそ、おとぎ話そのものに信憑性が出て来たとも言える。
だから必ず、他の国でもアリサ・ユーヴェリアに追随し、自分こそが姫君の生まれ変わりだと名乗る人間が出てくる。もしかしたら、魔法詠唱者の生まれ変わりを騙る人間だって出てくるかもしれない。その為の布石も打っている。
そうなれば、全てが安っぽい喜劇に成り下がるだろう。同時に、統一教会の目を欺ける可能性も多少上がるはずだ。勿論、彼らに真実を証明する手段が無いなどと思い込んで油断することはないが、考え過ぎても仕方が無いのもまた事実。
だから、リタはアリサ・ユーヴェリアになったのだ。
アリサに関しては、ちゃんと表舞台から退場する準備もしている。思いのほか大事になっている感は否めないが、最悪全部有耶無耶にして消えればいいのだ。
リタにとって今回の最優先事項は、聖女を見極め、他に悪意を持って仕組んでいる輩が居ればぶちのめす。ただ、それだけなのだから。
いつだって変わらない。
一番大切な人との未来に繋がる可能性がそこにあるのなら、自分はどんなリスクだって負うし、世界だって騙す。
そうして始まった盛大なおふざけであるが、色々な意味で良い機会には違いない。友人の為に一肌脱ぐのも、見識を広げるのもそうだ。そして何より、キリカがくれた人生を楽しむのもそうだ。
エルファスティア共和連合は大陸一の大国である。今回訪れるのはほんの一部ではあるが、きっと面白い景色が広がっているだろう。そして、友人たちと寝食を共にし、共に戦う。ワクワクするなという方が無理な話だ。
(今回の件が終わったら、すぐに冬期休暇だし。戦術大会で活躍すれば今期末の試験は免除だし、正直楽勝じゃん! 冬休みは、また旅行にでも行きたいなぁ。考え事は全部エリスとキリカに丸投げしちゃったし。温泉地で労ってあげるとか? ……いや、お風呂はまた恥をかきそうな気がするけど)
脳内に広がる楽しい光景に思わず頬が緩みそうになる。とはいえ、まずは無事に終わらせなければ意味が無い。リタは目前にある課題を解決すべく口を開いた。
「殿下? そろそろ、本気を出してもいいんですのよ?」
リタの言葉に、アレクは虚を突かれたような間を見せる。リタとて、彼が現時点で出せる全力に近いものを振り絞っていたことは理解している。
「どうしてそんなに、自信が無いんですの? どうして最初から、何もかも諦めていますの?」
リタの声に、目を逸らしたアレクが一歩下がった。何かを言おうとしているのか、その口は開閉を繰り返すも、言葉として音になることはなかった。
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