次は、わたくしが踊らせる番ですの 1
翌朝のこと。エルファスティアへの出発を控えた八名の生徒は、事前に荷物を積み込むため、王都の正門前に集まっていた。既に緊張を滲ませる者もいれば、気だるそうに欠伸を噛み殺す者もいる。
エルファスティア共和連合の首都である『煌都ルーファ・ディメリア』までは、通常の馬車で向かうと二か月以上の道のりとなる。
勿論、既に大会まで三週間と迫っている状況だ。彼らが乗り込むのは通常の馬車ではない。
そこそこの大所帯となることもあり、今回は王国軍にて制式採用されている軍用車両と兵士が貸与されていた。軍用車といっても、リタが前世で見たことのあるようなものとは勿論異なる。
専用に品種改良され、装甲を纏った二頭の大きな魔物『ドルトン』が、同じく装甲を施された車輪付きの鋼鉄の籠を引いて行くようなものだ。牽引するというより、傍から見れば一体化しているにも等しい。
ドルトンは、優に八メートルを超える体長をもつ、亀と鎧竜――リタが前世のネットで見たことのある恐竜の種類――の中間あたりにも思える魔物である。
ずんぐりとした、しかしいかにも硬そうな体表の胴からは、リタの胴体などより遥かに太い足が十本も生えている。
見た目で言えば、遥かに馬の方が早そうに思える魔物であるが、実際の行軍速度は馬よりも遥かに上だ。
一時的な最高速度という点で見れば、馬には劣るだろうが、長距離を高速で走り続ける能力がとにかく高いのである。そして、突破力という意味でも、然りであった。
状況が状況の為、他国の妨害がないとも限らない。国境付近など、人里離れた地を数日間駆けて走り抜けるのだ。護衛の兵士も十数名帯同するとはいえ、用心を重ねるに越したことは無い。
今回、この巨大な四六式陸戦装甲車の三台編成にて、エルファスティア共和連合へと向かうことになっていた。
既にセシルやロンバスら、帯同する予定の教員と兵士たちはルートの打ち合わせを始めている。
尚、到着後は生徒のみでキャンプを設置し、指定時刻まで待機となる。その後、大会運営より指令のような形で戦場の地形と座標を指示され、戦闘に赴くのが例年の形式である。
そんな中、自分の荷物を預けたラキは眠い眼を擦りながら、学院へと戻る馬車に乗り込んだ。隣にはモニカの姿もある。
そもそも、彼女たちが何故わざわざ早朝に荷物を積んでまた学院に戻るのかと言えば、この後出陣式が控えているからである。
勿論、装甲車が学院の前の通りに停められないという理由もあるが、出陣式の後のイベントのためという理由が大きいのかもしれない。
そのイベントとは、飾り付けられた屋根のない馬車に乗り、王都民に手を振られながら学院から王都の正門へと向かうというものである。少なくとも、ラキには拷問に近しいものに感じられた。
そうして馬車に揺られること数分、屋根を打つ雨音に気付いたラキは思わず笑みを零す。
「これで、あのダサい乗り物に乗らずに済むぜ」
「それは同意ー。でも湿気で髪の毛まとまらないし化粧も崩れそうだし、本っ当雨やだー」
隣のモニカがそう唇を尖らせるが、髪も短く化粧もあまりしない自分には同意できそうもない理由である。適当な相槌を返したラキは、雨音が屋根を叩く心地よい律動に誘われ、微睡に落ちていった。
丁度その頃、リタはエリスと共に訓練場への道のりを急いでいた。寮に戻ってからまだ数刻も経っていないが、それは自業自得だから仕方が無いと割り切るしかない。
降り出した雨から逃げるように、リタはその足を速める。
「あちゃー、降ってきちゃった。お嬢様メイクも髪のセットもめんどくさすぎるのに、崩れたら最悪じゃん」
「……してあげてるのは私なんだけど?」
隣から聞こえた妹の声から、容易にその表情が想像できたリタは「今度埋め合わせします、はい」と真顔で返事を返しつつ、灰色の空を見上げた。
昨夜エリスはお説教だけで済んだようだが、自分の方は壮絶なお仕置きを食らっている。自分の身体の頑丈さと、前世の記憶を持つ自分を
(まぁ、あのお仕置きに関しては私の前世だと完全に事件なんだけども)
そんなことを考えつつも、リタはひたすら道を急ぐ。キリカとアレクはもう来ているのかもしれないのだ。決して嫉妬的な何かがあるって訳じゃない。そう自分に言い訳しつつ、姉妹はどうにか訓練場へと到達した。
ロビーを抜け、屋根が閉まっている場内へと足を踏み入れれば、明らかに刺々しい空気が満たしていることに気付く。キリカは、隅に腰をおろし不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。
一瞬だけ、リタの脳裏にとある懸念が過るも、それはどうやら勘違いらしい。
正面に見えるのは、硬い表情で仁王立ちしているアレクである。この空気を形成しているのは、きっと彼の感情によるものが大きいのだろう。
普段はあまり学院の敷地内で姿を見ることは無いのだが、第四王子親衛隊の隊員たちもアレクの後ろに武装して立っていた。
とはいえ、そんな様子であろうとリタが怯むことはない。笑みを浮かべてカーテシーを披露するだけだ。例えその両目に、こちらに向かって歩みながら剣を抜く少年の姿が映ろうとも。
「ごきげんよう、殿下」
「貴様、ユーヴェリア卿に何をした!?」
喉元に突き付けられるのは、よく磨き上げられた黄金の剣。年頃の少年少女の朝の挨拶にはふさわしくないアレクの行動に、リタはあくまで動じず、彼の碧眼を正面から見据えた。
「はて、何のことかし――」
「いいから答えろッ!!」
アレクの剣幕に、リタも視線を細める。下手に動けば、後ろの親衛隊の隊員たちも剣を抜くに違いない。彼らは、アレクが呼んだのだろうか。
もしくは、彼らが自らこの場に同席を求めたのか。昨日ダニエルとアレクは会談しているはずだ。
何か彼らが不穏なものを感じ取っていたとしても、おかしくはない。その中でもリタが唯一名前を憶えている隊長のエドガーに視線を向けるも、その目から感情を読み取ることは出来なかった。
中々答えようとしないリタ扮するアリサに業を煮やしたのだろう。苛立ちを隠せない、何処か焦った様子でアレクは続ける。
「師しょ――卿の病のことを、俺が知らないとでも? 瘴魔腫が身体に出来て、生き残った人間なんて過去誰も居ない! 王国中、いや世界中の術師が挑み、誰一人として治せなかったんだ。二人組の冒険者が献上した果物を食ったら治ったとか、ついでに若返ったとか、ふざけたことを言っていたが……。そんなこと、有り得るはずがないだろうが!!」
エリスは傍観を決めたようで、いつの間にかキリカの隣に座り込んでいる。こっちは喉に剣先が刺さりかけてるっていうのに、全く。
とはいえ、状況はエリスが事前に予想していた通りに動いている。こちらが動揺する要素など何一つありはしない。
「それはとてもいいことじゃありませんの? それとも、父はあのまま死ぬべきだったと仰るおつもりですか?」
後半にかけて、冷たくなっていくリタの声色にアレクは剣先を震わせつつ叫ぶ。
「ち、違う! そんなに何もかも都合がよく進むなんて、有り得ないって言ってんだ。誰に聞いたって知らぬ存ぜず。肝心な卿ははぐらかすし、陛下に聞けるわけもねえ。だから聞いている。何をどうやったらあんな奇跡が起きるって言うんだよ!? 貴様は何者で、これから何をするつもりだ!? 卿は、生き永らえた代償に何を支払う!?」
矢継ぎ早に繰り出される質問だが、アレクが本当に聞きたいのは、きっと最後の問いに違いない。馬鹿だが、こういう奴だから憎めないのだ。リタは、喉元に突き付けられた剣を右手で握ると口を開いた。
「ごめんあそばせ、殿下? お父様が語ったこと以上の真実など、何処にも存在しませんの」
「……どうしても、答えないつもりか? それとも、貴様は本当に、あの……?」
当然だが、やはりアレクは事前に聞いているようだ。リタはふっと笑みを漏らすと掴んでいた剣から手を離す。その瞬間、確かに後ろのエドガーの緊張が解けたのをリタは知覚していた。
以前から思っていたが、エドガーは何者なのだろうか。明らかに周囲から技量が突出している。親衛隊長ならあの程度が当たり前なのだろうか……。もしくは、やはりイグニシアスの親心なのか。
後者であったらいいなと思いつつ、今はアリサとしての表情でリタは続ける。
「仕方ありません、妹弟子のよしみですわ。わたくし、見た目通り慈悲深――」
「嘘つくな!」
「……なんで、そこだけそんなに反応早いんですの? 金貨も施しましたのに。まぁいいですわ。――先の質問の答えを殿下が望むのであれば、自らの力を以て掴み取る機会を与えましょう。この剣が、飾りじゃないと証明してみせなさいな!」
そう言うと、リタはアレクの腹部に蹴りを叩き込んだ。視線で後ろの親衛隊員たちをけん制しつつ、数歩下がったアレクに肉薄、耳元で囁く。
「そうやって誰かの為に怒れるところは、嫌いじゃなくってよ? 早速ですが、特訓開始と洒落こもうじゃありませんか」
一旦距離を取るため、大きく後ろに下がったリタ。即座に特殊警棒型の金属棒を展開し、軽く振り回す。アレクは静かにこちらの様子を伺っている。
現時点で親衛隊員たちも特に動きを見せていない。自分の今の立場を鑑みれば容易に手出しが出来ないことは納得だし、エドガーが動かないことも関係しているのだろう。
そもそも、別に敵対したいわけじゃない。何となく空気で察したのか、エドガーの合図で隊員たちは後ろに下がっていく。
そう言えばキリカとエリスは……? 見渡すリタの視界の隅に映ったのは、薄暗い訓練場でも明るく輝く二人の姿。いつの間にか客席に移動して談笑しているようだ。
何だか悔しくなったリタは、声を張り上げた。
「さぁ殿下! 全力で打ち込んできなさいな!」
ほんの一瞬、悩むような間を見せたアレクであったが、踵を上げた次の瞬間には疾走していた。どうやら、やる気になったようだ。
声を上げて全力で切り込んでくる少年の斬撃から感じるのは、その意志と感情。いつもより重く感じる衝撃を受け流しながら、リタはアレクの死角を見つけるたびに警棒で打ち据えていった。
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