アンバー、襲来 3
「そういえばさ、前に学院に来てた時だけど、アンバーってどうやって私のこと見つけたの?」
リタは、香り立つ紅茶のカップを傾けながら、前々から気になっていることをアンバーに問いかけた。デコイも設置していたし、最近は魔力波長も偽装していたからだ。
「うぬ? 竜種の感覚器官を舐めて貰っては困るのじゃ。ある程度近づけば、この鼻で分かるというもの。……後は、妾にもよく分からんのじゃが、何だか不思議な感覚を覚えてのう」
アンバーは、リタと同じく猫舌なのか、エリスの淹れた紅茶におっかなびっくり口を付けている。成程、においか。確かに、感覚が鋭敏だとは聞いていたが、それでも王都郊外のデコイから学院までは距離があるものだが……。不思議な感覚とやらは分からないが、きっと人間には分からないことなんだろう。
慌てて自分の体臭を確認し始めるリタに、キリカの右手が触れる。キリカの方を見れば、微笑んで頷いてくれている。うん、臭くはないみたいで良かった。
アンバーは、目の前に置かれたリタ特製のプリンを興味深げに指でつついている。先程も不思議な香りだと話していたし、もしかしたら魔物肉以外は食べたことが無いのかもしれない。そんなアンバーに、キリカがスプーンを手渡し、簡単に使い方を教えている。
その時のキリカの表情は、とても優し気で魅力的だった。
(もしかしてキリカ、妹とかに憧れてるのかな? ふふ……。でも、ちょっと複雑、かも)
リタはほんの少し感じてしまった嫉妬を振り払うように、アンバーにプリンを勧めた。今回も美味しく出来たはずだ。竜種の味覚に合うかどうかは分からないが。
アンバーは、スプーンでプリンをひと掬いすると、何度も匂いを嗅いでいる。そこまで警戒しなくともとは思わないでもないが、ペットには食べさせたらいけない食材もあるんだっけ、とリタは遠い前世の記憶を思い出していた。
そうしてアンバーは、目を瞑りながら意を決したようにそれを口に入れた。
「――――んぬッ!!!」
一瞬、アンバーの髪の毛が逆立ち、目が光った気がする。何か、食べてはいけない食材でも入っていただろうか。アンバーは目を白黒させると、突然涙を流しながら、机を叩き始めた。
「ちょ、アンバー!? 大丈夫!?」
リタは慌てて声を掛ける。とりあえず、三回くらいボコボコにしたことに関しては置いておいて、流石に自分の作った菓子を食べて苦しまれるのは、非常に辛い。
「……憎い! 人間が、憎いのじゃ……!」
「は?」
急に意味不明な事を言い出したアンバーに、リタは思わず呆けてしまう。アンバーは、スプーンで大きくプリンを掬うと、一息に口に入れた。
「くぅ~!! く、悔しいのじゃ! じゃが、美味い……ッ! 人間は、こんなものを毎日食べておるのか!? 全くもってけしからん!!」
よく分からない文句を言いながら、アンバーは器に入っていた残りのプリンをかきこむように、一気に食べた。竜種に言っても仕方が無いが、リタでさえ行儀が悪いと思うほどの勢いである。
「――――うむ、これは良い物じゃ! 確か、人間はこう言うのじゃったな。……おかわりを貰えるかのう?」
どうやら、お気に召したようだ。リタはそれに安堵の息を吐きつつ、無邪気に首を傾げるアンバーに伝えた。
「無いよ」
「んぬう?」
目を見開いて驚くアンバーに、リタは肩をすくめた。どうやら、竜種は図々しいらしい。
(いや、いいんだけどさ……。めっちゃ普通に馴染んでる感じ、何なんだろうね)
「だから、無いよ」
「嘘……じゃろ……ッ!? ぬ、ヌシら謀ったな!? この妾を謀ったのじゃなッ!? ……げに恐ろしや!! こんな……、こんなものの味を、知ってしまった妾に、また血の匂いしかしない魔物肉を食らえと!?」
頭を抱えるアンバーに、他の三人は思わず笑みを漏らす。鼻をひくつかせるアンバーが、まだあるはずじゃとか言っていたが、それは残念ながら隣の部屋の二人に差し入れるものだ。それを聞いて、がっくりと肩を落とすアンバーは、とても可笑しかった。
それから三人は、アンバーに簡単に自己紹介を済ませた。今更と思わなくもないが、色々とバタバタして忘れていたのだ。
その後は、エリスの知的好奇心を満たす時間となった。前々からエリスはアンバーの種類についてかなり気にしていた。エリスはアンバーを質問攻めにしていく様子を、リタはキリカと談笑しながら見守った。
とはいえ、あまり有益な情報を得ることは出来なかった。確かに、普通に生きていれば自分の種族について詳しく考えることは無いだろうとリタも思う。分かったことは、遥か東の山で生まれ育ったということくらいだ。
竜種は、殆ど群れることも無い。それはアンバーも例外ではなく、幼少期は父親に育てられたが、ある程度自分で生きられるようになると故郷の山脈を離れ、自身の新たな住処を探して世界中を飛び回っていたという。
尚、父親は偉大な最強の
また、初めて会ったあの岩山は、どうやら立ち寄っただけのようで魔素の質があまりアンバーには合わなかったらしい。
アンバー自身、長命種だけあって時間の感覚は曖昧のようだが、恐らく数百年、下手をすれば千年以上は生きていることは確実だろうとはエリス談だ。
(うーん、その割にはアンバーって色々残念だけどね。――アレ? もしかして、私も……?)
リタは、目の前の幼女との気付きたくなかった共通点を発見してしまい、思わず頭を抱える。
(いやいや、私はこの身体に引っ張られているだけ! きっと大人になれば、聡明な淑女になるはず……! 多分……)
エリスの質問も、一段落付いたようだ。エリスの知識欲を満たせる内容では無かったのかもしれないが、エリスはアンバーから聞いた内容を綺麗にノートにまとめていた。直接竜種と話す機会など、そうそうあるものでは無い。ちゃんとしたところに持っていけば、高く買ってくれるのではないだろうかとリタは思う。
一通り、これまでのことは聞いたが、重要なのはこれからのことであろう。これも何かの縁だ。折角こうしてゆっくり話すことも出来たのだ。彼女さえかまわなければ、またこうした時間があってもいいだろう。そう思ってリタはアンバーに尋ねる。
「アンバーは、これからどうするの? これも縁だしさ、何かあれば言ってよね? あ、でも前にも言ったけど女子寮はペット禁止だから」
「この期に及んで妾をペット扱いするでない!! 誇り高き竜種だと言っておろう!? 大体、正真正銘の竜種をペット扱いするような人間など――――」
顔を真っ赤にしてまくしたてるアンバーに、思わず三人は笑ってしまう。いくら、長い時を生きている竜種だと聞いていても、目の前に居るのは必死の形相の幼女だ。笑うな、という方が無理な話であろう。
「はいはい、ごめんごめん」
「むぅ、人間のくせに生意気じゃ。――――そうじゃな……、やはり住処を探しつつ修行を続けるとしようかの。妾とて、竜種に生まれた身、最強の存在を目指すのは当然というものじゃ。……じゃが、そう、人間の寿命は短いからの。だから、ヌシらが生きている間くらいは妾も……、た、たまには、修行とか付き合ってやっても良いぞ? その代わりじゃな……、リ、リタの……、いや小娘の魔力と菓子を貰えれば――――」
視線を左右に揺らしながら、そう言ったアンバーは、本当に人間の女の子のように思えた。徐々に尻すぼみになるアンバーの言葉に、三人は笑みを深めていく。その様子に気付いたアンバーが、大きな瞳に涙を溜めて、悔しそうな顔で俯くまで、あまり時間は要しなかった。
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