アンバー、襲来 2
「に゛ゃ゛ぁぁぁぁぁぁ! な、何をするのじゃぁぁぁぁ!! や、やめんか、小娘ども! 妾は――――ぶはっ! いきなり水を――っぱ――――、だから、やめんかぁぁぁぁ!!」
風呂場からは、騒がしい声が聞こえてくる。リタは、タオルで頭部をぐるぐる巻きにされたうえ、椅子に縛り付けられていた。勿論、魔法でも使えばどうとでもなるのだが、わざわざ波風を立てる必要は無い。
「くふふふふ。まったく、キリカったら……。あんな幼女に嫉妬しちゃって。はぁ、可愛い……すき……」
リタは、誰もいないのをいいことに、つい思ったことを口に出す。今は逆に顔が隠れていて良かった。きっと鏡を見れば、とても残念な顔をした自分が映っていただろうから。
暫く経つと、部屋にエリスの気配が現れた。どうやら、アンバーに着せる服を探しているようだ。独り言を呟きながら寝室の方へと向かうエリスに、リタは「手伝おうか」と、声を掛けてみるも一蹴された。
(それにしても……長くね……?)
いい加減退屈してきた。風呂場では、どうやらキリカに髪の毛を綺麗にされているらしいアンバーが、文句を言っているようだ。何故だか分からないが、微笑ましい気持ちになる。
「こら! アンバー大人しくしなさい?」
「んなぁっ!? こやつも力が強――って痛い! 痛いのじゃ! やめんか小娘!!」
風呂場からは、キリカの優し気な声と、抗議するようなアンバーの声が聞こえてくる。キリカには兄弟姉妹が居ない。もし、キリカに妹が居たのなら、あんな風に接していたのかもしれない。リタは少しだけ、温かい気持ちになった。
それにしても、人化した姿で会うのは今日が初めてだというのに、あんなに仲良くなって――――。うん、仲良くなってる、よね?
どうやら、洗い終えたようだ。少し部屋の空気が湿ってきたのをリタは感じていた。
「アンバーこれ、お姉ちゃんがちょっと前まで使ってた下着なんだけど、入るよね?」
「エリス!? 待って!?」
脱衣所から聞こえた妹の発言に、リタは思わず声を出す。だが、思いのほか強く縛られているのか、椅子が音を立てるだけである。脱衣所からは、二人の笑い声とアンバーの恨み節が聞こえてくる。
(ちゃんと綺麗なの出したよね!? 大丈夫だよね!?)
「あら、リタもこんな可愛いのを履いてたのね」
「もう無理なのじゃ……。こんなに辱められて、妾はもう故郷の山には帰れん……。人間の小娘が皆、竜種より強いとか聞いてないのじゃ……。我が父は嘘つきなのじゃ……」
結局リタが解放されるまでには、数十分の時間を要した。
そうしたやり取りがありつつ、四人は改めて姉妹の部屋のまだ新しいダイニングテーブルを囲んでいた。余談ではあるが、寝室を別の部屋としてレイアウトしたことで、非常に客を呼びやすくなった。色々と生活感のある空間が見られないで済むからだ。
ついでに、居間も含めてすべての内装が更に高級感を増していた。部屋の造りも含めて強化されているとはいえ、今度は壁に穴を開けないようにしなくては。
アンバーは、すっかり小綺麗になり、リタのおさがりの服を着せられている。外見年齢は七、八歳くらいだろうか。ぶかぶかの服を着て、年寄り臭い話し方をする彼女は、とても微笑ましい。
見た目は普通に可愛いが、その瞳と時折除く鋭い犬歯が人間で無い事を強調していた。とはいえ、慌てている姿は、普通の子供のようにしか見えなかったが。
「うーん、じゃあ別にマグナタイト結晶もいらないんだね? いいお金になるし、美味しい物だってたくさん食べれるのに」
リタは呆れたような声を発した。エリスとキリカも頷いている。そう、アンバーに結晶のことを話したが、勝手に身体に生えてきたもので特に興味もないと言われてしまったのだ。自分は敗北した以上、勝者に奪われることは当然だとも。この辺りの考え方の違いは、非常に興味深い。
アンバーがリタの命を狙っていると豪語しているのも、竜種としての誇りに賭けてと話していた。
(まぁ、この姿で誇り高きとか言われても、笑っちゃうんだけどね)
「うむ、構わぬ。妾は基本的に、魔素があれば最悪食事をせずとも生きてゆけるのでな。とはいえ、強力な魔物から摂取する魔力の方が、成長にはいいのじゃ。――――ということで、小娘たち? 妾に食されんか? 凄く強くなれそうな気がするのじゃが」
アンバーは、目を輝かせているが、それで「はいそうですか」と食われるとでも思っているのだろうか。リタは肩をすくめる。
「前にも言ったけど、私はまだ死ぬわけにはいかないんだ。とりあえず――――」
リタは立ち上がると、アンバーの方へ歩み寄る。何故だかアンバーが一瞬怯えたような表情を見せた気がする。キリカとエリスは首を傾げて見守っている。
「な、何をするつもりじゃ!?」
「魔力、あげるよ。実はさ、私有り余ってて。最近あんまり使えてないんだ。まぁ、これ以上伸びる必要性も感じないんだけど」
そう言いながら、慌てるアンバーの頭を鷲掴みにすると、リタはアンバーに魔力を流し込む。とにかく無駄に有り余って仕方が無いのだ。有効活用と思えばいいだろう。
本来、魔力はたくさん使うことで総量が増えていくと言われている。エリスは元から多い方であったが、幼いころから徹底的に鍛えたこともあり、今は一流の域にあると思う。だから自分も、たまにはこうして放出するのも悪く無いだろう。
(頭部でいいのかは分かんないけど、これでもうちょっとアンバー頭が良くなったらいいな)
「あばばばばばばばばばばば」
アンバーは痙攣しながら、口から何かを発している。だが、確かにリタの魔力がアンバーの中に取り込まれていく感触があった。
「ねえ、お姉ちゃん? 程々に、ね? また服汚すから……」
そんな妹の声に、アンバーの顔を見れば白目を剥いており、口の端から泡を吹いている。リタが慌てて手を離すと、アンバーはそのまま倒れ、テーブルに顔面を強かに打ち付けた。
「あ、あはは……。ちょーっと、強すぎた、かな?」
リタの言葉に、キリカがジト目で何かを言おうとした時だった。突然アンバーが、がばっと顔を上げた。どことなく、肌が艶を増している気がする。
「す、凄いのじゃ!! 漲ってきたのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アンバーは両手を高々と突き上げ、そんな言葉を叫んだ。
「うるさい」
だが、エリスのひと睨みで、すぐに静かになる。アンバーよ、その気持ちは私にも分かる。だが、エリスはいつの間に、アンバーを躾けたんだろうか。思わず遠い目をしてしまうリタの手を、アンバーが握った。
「のう、ヌシ! 本当に人間か!? これほどの濃度と魔力量、魔物をちまちま食うのが馬鹿らしくなるのじゃ! 食っていいか!?」
「いい訳あるか!」
リタは調子に乗るアンバーの頭に手刀を落とした。
「あだっ! ……それにしても凄かったのじゃ。こんなのを味わってしまうと、のう? ――――このまま続ければ、妾の魂の位階が上がるのもすぐかもしれん」
小一時間前までは、殺す殺す言っていたはずのアンバーだが、手のひらを返したように感激している。誰も続けるとは一言も言ってないのだが。とりあえずこれは、餌付けに成功したということだろうか?
「色々と、アンバーにも聞きたいことがあるわ。とりあえず、お茶にしましょうか?」
キリカのそんな声に、リタは賛成の意を返した。「淹れるのは私だけどね」というエリスの声に、目を逸らすキリカも可愛い。……ダメだ。ちょっと自重しないと、学院で色々とボロが出そうだ。
リタの葛藤など露知らず、キリカはリタに目配せをした。そう、今日は元々リタが作ったお菓子を振る舞う予定だったのだ。仕方が無い、アンバーの分も準備してやるか。
(竜種ってお菓子を食べて大丈夫なのかな? そもそも、まともな味覚を持ってるの?)
まぁ、それを実験する意味でも、振る舞うのは構わないだろう。
「茶か……。妾は初めて飲むが、折角だしいただくとしようかの」
「なんで偉そうなんだ、コイツ」
テーブルについてふんぞり返るアンバーに、本音が口をつく。だが、どこか大人らしく振る舞おうとする子供のように見えて、微笑ましいのも事実。リタは、立ち上がるとエリスの後を追って台所に向かった。
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