水平線は遥か 5
ジェイドとエリスの会話を盗み聞きしていたリタは、自然に鼓動が早くなっているのを感じていた。
統一教会が私を探している――――? いや、教会がと考えるのは早計だ。ジェイドの単なる個人的な目的のためかもしれない。
それにしても、気持ちが悪いものだ。こちらは、向こうを仮想敵として定めているが、向こうもこちらに対して何らかの動きを見せようとしているのだ。その意図を探らなければならないだろう。
(まだこっちは、敵の姿もはっきりと見えていないのに。多分だけど、女神が関係してるのは間違いないし、レーヴァテインのことを考えれば、やっぱり……。というか、観測者が云々言ってたけど、未だに音沙汰ないし。まあ、とりあえず今はいいか。今後はもっと気を付けなきゃ)
だがしかし、何故ジェイドは“少年”だと決めつけていた? 完全に断定するような口調で、そこに迷いなど感じられなかった。転生した際には、普通は同じ性別になるんだろうか。それとも、自分で言うのも恥ずかしいがおとぎ話になるほどの魔法詠唱者だ。あんな大見得を切っておいて、まさか女の子になる訳が無いと考えられているということか?
リタの脳内では、いくつもの加速された思考が錯綜する。だが、今は先にすべきことがある。エリスがどんな答えを返すか分からないが、向こうがどんなカードを持っているか分からない。真理の魔眼とはいかずとも、何らかの手段を持っている可能性も考慮し行動すべきだろう。
(よし、介入して有耶無耶にしちゃおう)
リタは、殺していた気配を徐々に解きながらジェイドの後ろから近付き、三人に声を掛ける。
「すいません! 妹と友人が何かご迷惑を!?」
リタの声に、ジェイドはほんの一瞬だけ、剣呑な気配を放った。恐らくリタの気配を寸前まで知覚出来ていなかったため、本能レベルで反応してしまったのであろう。だが、構えを取るまでには至らなかった。即座に抑え込んだのだ。
(ジェイドとかいう男、中々強いね……。でも、私なら問題なく殺せる)
リタは少女らしさを装いつつも、何重にも隠蔽した攻撃魔法を展開していた。場合によっては周囲への目くらましをしつつ、ジェイドと共に転移および尋問を検討していたからだ。だが、ジェイドの理知的な動きを見るに、泳がせた方が正解に思える。
「――お連れ様がいらっしゃいましたか。それでは、邪魔者はさっさと退散することにいたしましょうか。麗しきレディ達に、女神の加護があらんことを」
ジェイドはそう言うと、深々と腰を折った。思った通りの展開になったことを安堵しつつ、リタはエリスとキリカの方に駆け寄ると、礼を返した。
「あまり、良くない方向ね」
誰の目があるか分からない。ジェイドと別れた三人は、不自然にならないように周囲を観光するふりをしながら、早めに宿に戻った。部屋に戻るなり、リタが即座に結界を敷くと、キリカが苦虫を噛み潰したような顔でそう話した。
「あの話だけじゃ、正直よく分からないけどね。でも、一応向こうはこっちを敵として探しているという認識で動いた方がいいとは思う」
(気を張ってたし、流石に少し疲れた)
リタは大きく息を吐き出しつつ、部屋のソファに勢いよく腰を下ろす。
「そうだね」
リタの言葉に、エリスは神妙な顔で頷いた。リタは二人を座らせると、妙な術式や魔道具が干渉していないか入念に調査した。ひと先ず、問題は無さそうだ。
そもそも、三人が普段から身に着けているアクセサリーの機能の一部に、魔力の隠蔽や魔力波長の偽装がある。そのため、容姿を知らない人間からしたら普通の人間の魔力量に見えているはずであるし、追跡されても一定期間ごとに波長が変わるため攪乱は容易だ。また、外部からの術式干渉を検知する機能も搭載しているため、念のためではあるのだがリタはそうしないと安心出来なかったのだ。
「とりあえず、あのジェイドとかいう胡散臭い男に、
「それって、大丈夫なの?」
リタの言葉に、キリカは心配そうな顔で返事を返す。それに対してリタは胸を張って、笑みを浮かべた。
「舐めて貰っちゃ困るよ~。私こそ、おとぎ話の魔法詠唱者なんだからね!」
「最近は剣と拳しか使ってないし、追跡術式も無詠唱のくせに……」
リタの自信満々の態度に、エリスはおどけた顔で肩をすくめた。
「エ、エリス!? 私も最近ちょっとだけ気にしてるんだから言わないで!?」
とはいえ、キリカの心配も最もだ。世間一般では、ルミアス神聖王国が魔術大国として台頭した時代に比べて、現在は魔術的な意味では後退したと言われている。だが、それが敵にとってそうであるという保証は無いのだ。
咳ばらいをして誤魔化したリタは、改めて口を開く。
「とにかく、今後は色々油断は出来ないね。そろそろ、私たちの行動指針も考えていかないと。そうは言っても、観測者の意志とやらは何のことか分かんないし……。キリカ、もう一人のキリカに何とか言ってやってくれない?」
「それは無理よ。どうやったら通じるのか全く分からないし。もう一度レーヴァテインを召喚して私が意識を失ったら出てくるのかしら?」
「どうかな? だってその前にも、一瞬キリカの表層意識に出て来た時があったし。多分、隠してるのか、説明してないだけなのか分からないけど、こっちからのコンタクトは難しそうな予感があるんだよね」
そんな事を話しつつも、そう簡単に行動指針など決まる訳も無い。情報が足りなすぎるのだ。
「とりあえず整理するね――――」
エリスはそう前置きすると、現時点までの情報を簡潔に整理してくれた。こういうのはエリスの方が得意なのだ。
まず、リタとキリカが世界の理を超えた異分子であるということ。これに関しては心当たりがありすぎて分からないが、間違い無いだろう。そしてどうやら、この世界――もしかしたら女神――は、それが大層気に食わないらしい。
だから、世界を滅ぼしてでも無かったことにするのでは無いか、ということだ。これは、あの時の彼女の言葉を解釈しなおしたものだが、そう大きく外れることは無いだろう。並行世界なのか分からないが、他の可能性を辿った私たちはその壁を越えることが出来ない、もしくは出来なかったらしい。
また、何故か分からないが、更にイレギュラーで唯一女の子として生まれたリタが、それを越えられる可能性を持つということ。合わせて、この世界には彼らが鍵と呼ぶものが恐らく複数存在する。そのひとつがレーヴァテインであり、リタの深層領域にある何かもそうであるということ。
そして、彼女の口ぶりからして、観測者の意志が道筋を示してくれるはずなのだ。
エリスの言葉に、リタとキリカは頷いた。
「ま、正直訳が分からないよね。大体何でそれ知ってんのって感じだし。観測者とか言ってるくらいだから、何かそういう力でもあるのかもしれないけどさ。どちらにせよ、観測者云々に関しては今は待ちだね。とりあえずは勘付かれないように、教会筋を中心に情報収集していくしかないかな」
「ま、それもそうね。後は、その……、どうでもいいんだけど、ね。――――もう一人の私って言うの、やめないかしら?」
キリカは複雑そうな笑みを浮かべた。確かにややこしいし、呼ばれる方にしては複雑なのかもしれない。彼女たち同士の関係性がよく掴めていないが、キリカの口調から察するに別の人格というよりは別人としての意識があるように感じた。
「それもそうだね。じゃ、とりあえず“イヴ”でどう?」
リタの提案にキリカとエリスは頷いた。……深い意味は無い。決してノエルがクリスマスだからとかいう安直な物では無いのだ。何だか、キリカに怒られそうな気がするから、由来を聞かれたら知恵の実を食べたとか始まりを意味するとかそれっぽい事を言おう。
リタはそんな事を思いながら、誤魔化すように立ち上がって外を見る。丁度夕日が海に反射していた。思いのほか長い時間話し込んでいたようだ。
さて、まずは楽しい旅の続きだ。折角だし、テラスでゆっくり果実水でも飲みながら夕日でも眺めることにしよう。リタは、結界を解除すると二人の少女に笑いかけた。
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