水平線は遥か 2
一日目の観光を十分に堪能した三人は、宿にて夕食を楽しんでいた。
夕食も付近で採れた海産物が中心の、宿自慢の郷土料理である。味付けはどこかエスニックな風味も感じさせ、旅行気分を更に高めてくれた。どれも新鮮でとても美味しいが、リタは数日後には肉が食べたくて仕方なくなっているだろうと確信していた。
宿は一泊で一人銀貨二枚だ。それなりの格の宿である。一応女の子だけで泊まるのだ、治安がいいに越したことはない。最初に旅館の女将に、三人だけで泊まりたいと話した時は訝し気な目で見られたが、冒険者証を出せばそんな視線も和らぐ。冒険者証は身分証でもあり、収入のある自立した人間であることを示す証でもあるのだ。
部屋は三人で過ごすのには、十分過ぎる程に広い。まるでござのような、干した植物で編まれた見たことの無い敷物がひかれている。部屋の内部は、太い木の梁と観葉植物が主張し、リゾート感を強調している。大きな窓は開放的で、きっと明日の朝は美しい景色を見せてくれるに違いない。
そして、リタにとって専らの問題は入浴だ。この国でも、風呂はそこまで普及しているわけではない。この宿の場合、それぞれの個室には浴室が無く、大浴場しか存在していなかった。
(遂に、この時が来てしまった……)
リタはそわそわとした様子で、妹が準備してくれた湯浴み着とタオルを受け取る。王国もそうだが、公衆浴場では基本的に薄手の上半身から下半身を覆うような湯浴み着を纏うのが一般的だ。とはいえ、湯船に入ったりする際に簡単に肌を隠す程度のものであり、身体を洗ったりしやすいように前開きで、簡単に留めるだけのものだ。
「そ、そろそろ、お風呂、行こっか?」
そんなリタの様子に、エリスは訳知り顔でニヤついていた。完全にこちらの考えていることが伝わっているのだろう、非常に恥ずかしい。だが、今はそれよりもこの難局をどう乗り越えるかだ。キリカも、何だか顔が赤いような気がする。
そうして一人普通なエリスと若干挙動不審な二人は、観光客でそれなりに賑わう廊下を歩き、大浴場へと到着した。
(さて、最初の難関、脱衣所だ)
リタはとにかく平静を装うことに苦心する。湯浴み着に着替えるという事は、服を全て脱ぐという事なのだから。とはいえ、わざわざ三人で離れたところで着替えるのも何だか違う気がする。
リタは可能な限り、キリカの方を見ないようにしながら、部屋着を素早く脱いで湯浴み着を纏う。そうして肌を隠しながら下着から四肢を抜き去っていく。
(うわ~。なんか、めっちゃ恥ずかしい! これまでこんな気持ちになったことなんて無かったのに。それに、こうして堂々と女風呂に入る私の事をキリカがどう思ってるのかが凄く気になる……)
そんな事を考えていたからだろうか、丁度キリカと目が合ってしまった。丁度下着から足を抜こうとした姿勢で硬直している。湯浴み着で大事なところは隠れているが、隙間から覗く白い肌が余りにも魅惑的だった。リタは目を逸らすことも出来ず、ただただ高鳴る鼓動を感じていた。
「何やってんの?」
お互いに頬を染めつつ硬直している二人に、エリスの呆れたような声が掛かる。既にエリスは準備万端のようだ。それを切っ掛けに、ようやく目を逸らすことに成功したリタであったが、変わらない鼓動と顔の熱さをはっきりと自覚していた。
(父さん、母さん。それから、前世の父さんと母さん。私はもうダメかもしれません。ずっと、女の子として生きて来たのに、女の子のあられもない姿にドキドキして、一緒に風呂に入れることを幸運だと思ってしまいました……)
リタはまだ入浴してもいないというのに、のぼせそうになる思考を引き摺りながら、大浴場へと進む。濡れた岩の感触を足裏に感じながら周囲を見渡せば、決して新しくは無いが、綺麗に整備された湯船と洗い場が目に入る。
他の観光客は、どちらかといえば年配であったり家族連れが殆どのようで、同年代らしき姿は見えなかった。思わずスタイルのいい子連れの若妻の胸元に視線が吸い寄せられそうになるも、罪悪感を感じ目を逸らす。
前評判に聞いていた通りではあるが、温泉という事もあって不思議な匂いが浴室を満たしていた。リタは滑らないように気を付けながら、どうにか真っすぐに洗い場に到着することに成功した。簡単な仕切りだけが設けられた洗い場は、それぞれに湯の出る蛇口が設けられている。
「流石にシャワーは無いか」
「そうだね、お姉ちゃん。今日は久しぶりに背中流してあげよっか?」
思わず漏らした本音に続いて、エリスからそんな提案があった。悪くない提案だが、どうだろう。キリカに普段から妹に背中を流して貰ってる姉だと思われるのは、少し恥ずかしく無いだろうか。
(けど、うーん。これってチャンス? この流れで私がキリカの背中を流すとか? ……無理だ。多分、死ぬ)
「うん、お願いね」
リタは勇気の出ない自分を呪いながら、妹の提案に乗ることにしたのであった。
「それじゃ、お姉ちゃん向こう向いて?」
三人は、リタを真ん中に並んで身体を清めていた。隣のエリスに背中を向けるという事は、すなわちリタはキリカの方を向くという事だ。
(エリス、分かっててやってる? 気のせいだよね?)
リタは湯浴み着をはだけさせ、エリスの方に背中を向ける。視線を遮るための、簡単な仕切りはあるものの、背中を流してもらうために若干後ろへ下がったことにより、殆ど意味を成していない。
自分がキリカに向けて肌を晒している格好になってしまったことも勿論恥ずかしいが、何だかキリカを覗いているようにも思えて非常に居心地が悪い。リタは必死に目を瞑ろうとした。だが、視界に入ったキリカの艶やかな姿に、またもやリタは硬直してしまう。
キリカは丁度髪を洗い終え、鼻歌を歌いながら身体を洗っているようだ。お風呂がきっと好きなんだろうな、とリタは思う。ご機嫌なのか、見られていることに気付いている様子はない。それに罪悪感を感じるも、リタの本能は目を逸らすなと告げていた。
まとめられた美しい金髪は、暖色の照明の光を浴びて艶やかに輝いている。その隙間から覗くうなじの白さと、そこから鎖骨へと滑るように流れていく水滴の行方に目を凝らせば、微かに膨らんだ乳白色の二つの丘へと到達した。
泡で隠れてその先が見えなかったことに安堵を感じつつも、ほんの少しだけ惜しいと思ってしまったリタを責められるものはいないだろう。華奢な体つきで、手足もほっそりしている。スタイルがいいという訳ではないが、それでもどことなく女性らしい曲線を描くキリカの裸体は、神話を模した絵画なんかよりよっぽど美しいとリタは感じていた。
「終わったよ」
後ろから聞こえたエリスの声に、リタは驚いて思わず身じろぐ。目の前の光景に夢中で、背中を流されていた感触にも全く意識が行っていなかったのだ。そして、リタが身をよじったことで、座っていた椅子が音を立てる。
その音に気付いたように、丁度お湯で身体を流していたキリカがこちらを向いた。
瞬間――――。リタは世界が止まったように感じた。
キリカの驚いたような顔と、乳白色から赤く染まりつつある素肌。これからきっと何かを叫ぶのかもしれない。徐々に、薄桃色の唇が開かれていく。
そして、四肢を覆っていた泡がお湯で洗い流され、露わになったキリカの色々なところを認識し――――、リタの意識はホワイトアウトした。
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