期末試験を終えて

 初めての期末試験の日程を全て終えた放課後、リタ・アステライトは机に突っ伏していた。


「ようやく終わった……!」


 とりあえず、全てを出し切った。はっきり言って全く解けない教科もあったが、どうにか補習は免れたのでは無いだろうか。こればかりは結果が出るまでは分からないが、この時点ではまだ、リタはそんな希望を抱いていた。


(それにしても誰だろう? 今夜にでも様子を見に行った方がいいのかな)


 試験前日の警報を皮切りに、数回ほどリタの仕掛けたデコイに干渉があったことを示す警報が脳内に鳴り響いていた。間違いなく、誰かが意図的に何かをしているはずだ。それの目的がリタなのかは分からないが、そろそろ一度相手の様子を見ておくべきかもしれない。


 今夜にでも、魔力体での調査をしようかと検討しつつ、リタは全てを乗り越えた解放感に浸っていた。隣を見ればエリスは淡々とした様子である。彼女にとっては取るに足りない試験であったことだろう。そしてそれは、キリカにとっても同じはずだ。


 リタは気になってクラスを見渡す。ルームメイトのラキと丁度目が合った。どうやらうまくやれたようだ。自信があるのか分からないが、笑顔で頷いている。羨ましい事だ。


 次に目に入った、モニカは完全に死んだ目をしている。どことなく、オレンジの髪のセットも崩れているように見えた。あれは間違いなくダメだろう。尚、彼女はリタの開発した下着のモニター品を凄く気に入ってくれている。もっとセクシーなデザインは無いのかと聞かれたが、まさか見せる相手が居るのだろうか。全くけしからん。


 アレクに関しては、結果は目に見えている。リタはからかってやろうと立ち上がり、教室後方に設えられた一際仰々しい机に向かう。

 アレクは腕組みをし、目を見開いた状態で硬直していた。普段から目つきは悪いが、完全に瞳孔が開いている。リタはアレクの目の前で手を振るも反応が無い。


「死んだか」


 思わず笑いを漏らしたリタは、とりあえずアレクに負けることは無いだろうと、レベルの低い事を思いながらエリスとキリカをお茶会に誘うのであった。




「それでは、諸君。我々の長きにわたる戦いの終焉を祝して――――乾杯!」


 リタの掛け声で、エリスとキリカを含めた三人はグラスをぶつけ合った。ここでお酒でもあれば盛り上がったのかもしれないが、お堅い二人が相手では難しいだろう。

 それでも、解放感に浸りながらいただく果実水は格別だ。


「くぅぅぅ! うめぇ!」


 思わず汚い言葉が出てしまったリタであった。だが、今日くらいは許してやろうと思ったのかは分からないが、二人から咎める言葉が掛かることは無かった。


「それで? 首尾はどうなのかしら?」


 そんなキリカの言葉に、リタは感じている感触について話した。とても上出来だとは言えないが、恐らく補習は免れただろう、と。


「でも、キリカちゃん。お姉ちゃんだから、ね? 結果が出るまでは……」


「それもそうね」


「どういう意味!?」


 肩をすくめて笑う二人に、抗議の声を上げながらも、リタは上機嫌で売店で購入した菓子に手を伸ばす。砂糖をたっぷり使用した焼き菓子を口に入れ、糖分が体中に染み渡っていく感覚を感じ、幸せな気分になる。


 どちらにせよ、結果は一週間もしないうちに出るのだ。そして、それは即ち夏季休暇の始まりを告げることを意味する。


 色々と、急ぎ足で計画を進めなければ。下着のモニター商品の拡散は、数日前からユミアに丸投げしている状況だ。彼女も余り人付き合いが得意な方ではない。明日からは本格的に手伝わないとな、とリタは思う。


 上級生相手のやり取りは、どうにかまともに話すことに成功したマグノリアに頼んでいる。彼女もようやく心の整理がついたのかは分からないが、ミハイルの恥ずかしい過去を話すことで打ち解けることが出来た。


(でも、何でマギー先輩は、あんなにエリスに怯えてるんだろう? ま、いっか)


 リタは、久しぶりに勉強以外の目的で集まった三人での時間を楽しもうと、頭に浮かんだ色々なことを一旦頭から追い出す。


 そろそろ、ちゃんとこれからのことも考えないとな――。ひと先ずは、自分の気持ちと向き合うことから始めよう。いざという時に、後悔も躊躇も覚えないように。


 リタは希望と決意を胸に、満面の笑みでこの夏の旅行先について、二人に話すことにした。




 それから一週間弱の時が流れていた。結局、リタのデコイに干渉した相手は補足出来なかった。あれから一度も反応を示さないのだ。


(万が一、一般人だったらどうしよ……。死んで無ければいいな)


 思わずリタは遠い目をしてしまう。一度ならまだしも、流石に何度も食らえば普通に死ぬ程度の威力は込めてある。


 今日は、期末試験の結果が出る日である。人数の少ない特戦クラスとは言え、普段より騒がしくなるのは仕方が無いだろう。基本的に、このクラスは武力で選ばれた生徒達であるため、裏では四天王と呼ばれている馬鹿四人を筆頭に、試験結果が非常に気になる人間も存在しているのだ。


 窓際の席で、外の景色を眺めるリタにモニカが話しかけて来た。最近割と彼女との会話の機会が増えたような気がする。モニカは色々と情報通であり、年頃の女の子にはありがたい情報をよく教えてくれる。


「そういえばさー、リタっち聞いたー? なんかさー、最近王都に常闇の執行者とか名乗る変質者が出るらしいよー」


「ぶふぅ!? え、あ、え? いや、うん、そうなんだ。あはは……。でも、た、多分変な人じゃないと思うな? 人助けとかしてるらしいし?」


 思わず吹き出したリタであったが、どうにか取り繕って答える。傍から見て、全く取り繕えていないことはエリスの鋭い視線を鑑みれば明白であったが、リタは気付かなかった。


「そうそう! リタっちも意外と物知りさんじゃーん! この前も、夜の繁華街で乱暴されそうになってた女の人が助けられたって聞いてさー。でも、ウチらにはあんま関係ないけどね?」


 モニカはそう言いながら、力こぶを作るようなポーズをとる。そう、彼女は身の丈以上もある巨大なバトルアックスを軽々と振り回す戦乙女でもあるのだ。間違っても、そこらの人間に負けることは無いだろう。


「ま、そりゃそうだけど。つうかさ、モニカ? ちゃんと下着のモニター品広めてくれてる? うちの実家とも懇意にしてる商会の、一大プロジェクトだからさ。お願いね」


 リタはそう言って拝むように両手を合わせながら、さっさとこの話題を切り上げることに決めた。モニカは、その言葉に笑顔で頷くと、現在の進捗について教えてくれる。尚、リタが開発をしていることは伝えていないが、意見を言える立場とだけ伝えていた。


 そうして会話を楽しんでいた二人であったが、担任であり学院長のロゼッタが教室に入ってきたことを認識すると即座に話を切り上げた。




「――――ということでだ、期末試験の結果については概ね想定通りだと言えるだろう。学年のトップ層は全てこの学級の生徒だ。そうだな、一応我も褒めてやろう。よくやった」


 ロゼッタは相変わらずの様子である。到底信じられないが、あれでも一応生徒の事を案じているらしいとはエリス談だ。とはいえ、直接ロゼッタに魔術を教えてもらっているという全生徒垂涎の的であるエリスの話だ、本当なのかもしれない。


(もしかして、恥ずかしがり屋なのかな? でもあんな露出の高い服着てるし、それは無いか)


 今日も胸元と背中が大きく開いたドレスを身に纏っている。緩やかなドレープのスカートにも深いスリットが入っており、男子生徒の視線を釘づけにしていた。


「個別の試験結果については、後ほど配布する。――――リタ・アステライト。貴様は、この後我と面談だ」


「ぇー」


 急に名前を呼ばれた挙句、不穏な言葉を告げられたリタは思わず声を漏らす。教室の後方からは、吹き出す声が聞こえた。それに釣られるように、教室からは複数の笑い声が起きる。最初のはアレクだろう、アレクに違いない。後でお話しが必要だ。


(これってもしかして……? やっぱり駄目だった?)


 そうしてリタは、クラスメイト達の視線を集めながら、ロゼッタに続き喧噪に包まれる教室を後にしたのであった。

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