三人の誕生会

 季節は夏真っ盛りと呼べるだろうか。


 火の月に入り、一層と強まる日差しと暑さに人々は辟易しつつも、力強く生きていた。火の月、七の日。それが姉妹の誕生日である。今年彼女たちは十三歳を迎えていた。


 それから数日、姉妹とキリカの誕生日は約一週間しか違わない。姉妹とキリカは、三人で誕生会も兼ねて貴族街の高級店でランチと洒落こんでいた。


 因みに三人分のアクセサリー一式は、職人たちの必死の努力とリタの夜通しの作業の甲斐もあって、どうにか間に合った。まだ他の二人には見せてないが、抜群の仕上がりだ。流石は三人分で白金貨十枚以上の値段になっただけはある。支払いの方は、既にマグナタイト結晶の欠片と引き換えで済ませていた。


「相変わらず美味しい!」


 目を輝かせながら、口一杯に牛肉の香草煮込みを頬張るリタへ向けられる二人の笑顔も柔和であった。この店は、三年前に三人で王都観光をした際にも利用した店だ。


 変わらない柔らかな肉質を噛みしめ、溢れる肉汁と旨味を十分に堪能しつつ、鼻に抜けていく爽やかな香草の香りを愉しむ。以前食べた時と変わらない美味しさに、食欲は留まることを知らなかった。今日はこの料理だけでも、十人前注文している。


 アクセサリーの購入資金を考えなくて良くなった分、財布にはかなり余裕があったからだ。他の二人も渋々ながら、アンバーから奪った素材で支払うことを了承してくれていた。


「そういえば、リタ? 貴方試験大丈夫なの?」


 そんなキリカの質問に、リタの表情は凍り付いた。来週末から試験だというのに、まだ一切勉強に手を付けていなかったからだ。だが、せめて今日くらいは忘れさせて欲しい。


「だ、大丈夫だから。今日は、その話はナシ!」


「はいはい」


 キリカは肩をすくめて笑う。キリカは箱入り娘で一般常識が多少欠如しているが、成績はかなり良いのだ。いつもエリスと学年一位を競い合うほどである。


「お姉ちゃんは、明日から頑張るからね」


 エリスもそう言って笑う。明日の放課後からは毎日、ラキも交えた勉強会を予定している。何故ならラキも座学は壊滅的だからだ。ラキとリタは、それなりに選択科目が被っているが、授業中は寝ているところしか見たことが無い。リタは溜息を漏らす。


「私も勉強見てあげるから、頑張りなさい?」


 腕組みをして勝ち誇った笑顔のキリカに、気のない返事を返したリタは次々と運ばれてくる料理を冷める前に食べることに集中するのであった。




 おおよそ貴族令嬢が一人で食べるとは思えない量を胃袋に収めたリタは、満足げに食後の紅茶を傾けていた。とはいえ、身体を動かす機会の多い学院生の中には、たくさん食べる者も多い。これくらいはご愛嬌だと、リタは自分を納得させる。


 この数年で、自分たちの関係性を含め大きく変わった。だが、この店の落ち着いた内装や、この味のように変わらないものがあることが、こんなに嬉しいのだとリタは改めて思い知らされた。


(まさか、万年ボッチだった私が、誕生会なんてしてるなんてね)


 リタは深い感慨を覚えながら、鞄の中から重厚な木箱を取り出した。その正体に思い当たったのか、キリカとエリスの目が輝く。やっぱり女の子だな、とリタは思う。


(けどね、この私がサプライズを用意してないとでも?)


「改めて、誕生日おめでとう。二人とも」


 リタはそう言うと、二人に見えるようにその木箱を開いた。中に収められていたのは、美しい装飾に彩られ、特製の魔術式が刻まれた下着であった。肩透かしを食らって硬直している二人にリタは声を掛ける。こっちはこっちで自信作なのだ。下着のサイズは自分と同じだが、間違いなく問題が起きることは無いだろう。万が一問題が起きようものなら、ショックで寝込むかもしれない。


「どう? 可愛いでしょ!? 商品化するラインとは別の、完全特注品だよ?」


 元々アクセサリーは間に合わないかもしれないと伝えてあった。それを思い出したのであろう二人は、おずおずとその下着を手に取る。


「リタ……? 凄く綺麗だし、可愛いけれど、その……。ちょっとはしたないというか、布地が少なすぎないかしら?」


 キリカの言い分は分かる。この世界にブラジャーなんてものはこれまで存在していなかったのだから。だが、間違いなくこれからは、これが世界のスタンダードとなるのだ。


「キリカ? いつだって革命の始まりは、たった一人からなんだ」


 そう言ってリタは、部屋の扉を魔術で固定化しつつ、自分のワンピースをたくし上げた。


(やば……。思ってたより百倍くらい恥ずかしい!)


 顔を真っ赤にしつつ、すぐに服を整えるリタにキリカも頬を微かに染めつつ笑う。エリスは、最初から興味津々といった様子で自分の下着を眺めている。二人とも、それぞれのイメージに合わせて別のデザインで作ったのだが、ちゃんと伝わってくれたようで安堵する。


「と、いう事で、二人とも? 今度着て見せてね!?」


 リタの言葉に、エリスは笑顔で頷きキリカは硬直することになった。


「えっと、その、リタ? 今は貴方が女の子だって、お、思ってはいるけど、ね? 流石に恥ずかしいというか、大体貴方のこの前のアレを考えると――――」


「えぇ!? 私だって恥ずかしかったのに!」


 唇を尖らせ、頬を膨らませているリタにキリカは続ける。


「それは貴方が勝手に!」


「折角作ったのに……」


 途端にしょげたように視線を下げるリタに、キリカは慌ててしまう。そんな二人をエリスは鼻で笑う。リタの様子が演技だと気付いていたからだ。


「はいはい、分かりました! き、着ればいいんでしょ!? ……というか、そんなに見たいの?」


「見たいです!!」


 顔を真っ赤にしたキリカの言葉に、顔を上げて鼻息荒く頷くリタ。少し目が血走っている。その雰囲気が、何だか怖く感じたキリカはリタに真意を問う。


「ねえ、リタ? 一応聞いておくけれど、どういう意味で言ってるの?」


「性的な意味――――じゃなかった、せ、折角のプレゼントだしやっぱり身に着けて欲しいというか? 絶対似合うって思ってるけど、やっぱり自分の目で確かめたいというか?」


「今不穏な言葉が聞こえた気がしたのだけれど……」


「き、気のせい!」


 恥ずかしい事には変わりないが、他でも無いリタからのプレゼントだ。キリカとて、自分にとって彼女が与えてくれるものが、どれだけ大切かは理解している。例えどんなものであろうとも嬉しかっただろう。


 だから、最初から着て見せることは決めていた。ただ、簡単に素肌を見せるような、はしたない女だと思われたくなかっただけだ。




 エリスのわざとらしい咳払いで正気に戻ったリタは、部屋に充満したぎこちない空気を吹き飛ばすために、鞄からもう一つの木箱を取り出した。その中には更に、美しい装飾の施された三つの金属の箱が収められている。


「ということで、本命の登場!」


 リタの笑顔に、キリカとエリスも顔を見合わせて笑う。二人にそれぞれ、しっかりとした重さを感じる箱を手渡すと、一斉に箱を開いた。


 キリカは思わず息を吞み、エリスは「綺麗」と呟く。部屋が明るくなったと錯覚するほどの輝きであった。全ての宝飾品が、一目で一級品だと分かる。サンプルで並べられていた品よりも、更に精緻で美しい装飾が施され、それぞれに違った色の宝石が輝く。内緒で用意していた、指輪やイヤリング型の耳飾りも二人はとても喜んでくれた。


(今度こそ、サプライズ成功っと!)


 リタは自分の指輪をそっと左手の薬指に嵌めた。尚、この世界には結婚指輪を贈り合う習慣は無い。ただの気分だ。そう、気分なのだ、と自分に言い訳をしつつリタは指輪を撫でる。


 そんなリタの真似をして左手の薬指に指輪を嵌める二人の姿を見て、少し恥ずかしくなるリタであった。


 二人からのリクエストに応え、リタはそれぞれの首飾りを二人に掛けた。リタの分は、キリカとエリスが無言で睨みあった後、二人で掛けてくれた。


 ついでとばかりに、耳飾りも付けた三人は顔を見合わせて笑い合う。


「二人とも、凄く似合ってるよ」


 とりあえず、女の子のお洒落は褒めるのが鉄則だ。例え前世で七百年以上童貞を貫いたリタでさえ、それは分かっている。


「ありがとう。お姉ちゃんも似合ってるよ」


 エリスはそう言って満面の笑みを返し、キリカは少し恥ずかしそうに首飾りを撫でる。


「じゃ、早速だけどそれぞれに刻んだ魔法陣の説明するね。ちょっと量が多いんだけど――――」


 そう言いながら、鞄から紙束を取り出そうとするリタに、キリカとエリスから不機嫌そうな視線が突き刺さる。


「リタ……」


「お姉ちゃん? ちょっと空気読んで?」


「あはは……。冗談、冗談だよ!? せ、折角の誕生会だもんね? うん、知ってた」


 リタは冷や汗を流しながら慌てて紙束を鞄に押し込むと、従業員を呼んで甘い物を注文することで誤魔化すのであった。

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