儲け話とマグナタイト結晶

 サイバル砦付近にて、アンバーと名付けたドラゴンと戯れた日から、数日が経っていた。


 エリスは、アンバーの種類について何かが気になるらしい。ロゼッタに魔術を習う日以外、放課後は王立図書館に入り浸っている。キリカも今日は習い事だと言っていた。


 日も長くなり、まだまだ明るい放課後。リタは女子寮へ向かって歩いていた。ユミアが仕上げてくれた試作品と、例のマグナタイト結晶を持ってマルクティ商会に出向くからだ。


 今も試作品を身に着けているが、この新作下着は間違いなく売れるだろう。だが、もう高価な装飾品を三セットも注文してしまっている。下着の儲けが出るのは先になるはずだし、現金が欲しい。


 エリスに聞いたところ、マグナタイト結晶は非常に珍しいため、かなり高価で取引されるらしい。どうか高く売れますようにと祈りながら、自室で着替えを済ませると荷物を纏めて王都の街へ繰り出した。



 大通りを歩くリタに、声を掛ける少女がいた。クラスメイトのモニカ・ユイエゼルフである。


「お、リタっちじゃーん! 何してんのー?」


 モニカは、明るいオレンジの髪を所謂ボブカットに切りそろえた、元気な少女である。同年代の中では化粧は濃いが、鼻につくほどではない。リタの前世的に言えば、ギャルっぽい少女だ。

 だが、この少女は華奢ではあるが、実技の授業では大きなバトルアックスを振り回す膂力を持ち、悔しいことにそこそこスタイルもいい。


 そしてリタにとっては、休みの日や放課後に遊びに行くような間柄では無いものの、親近感を覚える相手でもあった。学力が余りにも低いという意味で。


 楽しそうにこちらに駆け寄るモニカに、リタは商会に出向く予定だと伝えた。彼女はどうやら、化粧品を買いに行くらしい。折角だから、と二人は一緒に貴族街の商店が立ち並ぶ通りへ歩く。


「リタっちさー、試験どうよ?」


 モニカが言っているのは、夏季休暇前に行われる期末試験の事であろう。実技以外に、座学の試験も受け単位を取得しなければ進級出来ない。場合によっては、休暇中に補習となってしまう。それだけは避けたいという気持ちはあるものの、リタは楽観的であった。


「まだ勉強は全然。ま、どうにかなるでしょ」


「そうだと思ったー」


 間延びした返事を返したモニカに、リタは苦笑いを零す。モニカはボタンを開けた制服のシャツから覗く胸元を手で仰いでいる。


「それにしても最近あっついよねー! 下着が蒸れちゃってさー」


 そんなことを言いながらシャツの胸元を広げて更に風を送り込むモニカに、リタは遠い目をするしかなかった。周囲の視線が集まっていることに、彼女は気付いているだろうか。


(さて、何処が蒸れるんでしょうね……。自慢? 自慢だよね!?)


 どちらにせよ、リタにはあいにくまだ縁が無いことであった。


「モニカ! 見られてるから……」


 そんな会話を交わしつつ、リタは下着のモニター候補にモニカを入れることを決めた。なんだかんだと言いつつ、一人で歩くよりはよっぽど楽しい時間を過ごしたリタは、モニカと別れ目的地へと到着した。


 既に応接室ではパウロが待っているようだ。とはいえ、パウロと話すのは後だ。応接室に入るなり、彼を部屋から追い出したリタは、女性従業員たちを集めてプレゼンに取り掛かる。


 そして、部屋には熱気に満ちたリタの声と、革新的なデザインと機能を持つ下着に目を輝かせる従業員たちの議論の声が響いた。




「反応は上々――――。デザインはちょっと攻めすぎたかな? でも、間違いなく行ける!」


 実際に従業員たちと会話を交わし、リタは手ごたえを感じていた。


 女性従業員たちには、数日試着してもらい問題点をフィードバックしてもらう予定ではある。しかしながら、ある程度先に見通しを立てて生産体制に入らなければならない。


 リタの計画では、最初に数百枚を急いで準備してもらい、モニターという形で学院の女子寮でばらまく予定なのだ。夏季休暇で実家に帰省する生徒たちが、色々な地方に広めてくれることであろう。王国一の学院のネームバリューは伊達では無い。


 自分もよく分かるが、基本的に田舎の人間は王都に対する憧れが強い。勿論、住みたいかと言われればそうではないと答える人間も多いだろうが、それほどまでに王都は進んでいる。リタやエリスも、入学前に来たときは服飾店に並ぶ最新のコレクションに目を輝かせたものだ。


 そして、貴族の子女が多いこともポイントだ。富裕層向けの高級路線も、生産体制が整い次第投入していく予定である。家族や親戚にも勧めて欲しいと念押ししなければならない。


 リタは、そんな計画をようやく入室を許可されたパウロに話す。パウロは、並べられたユミア制作の試作品を手に取り、思わず笑みを零す。絵面的には最悪だが、職人に渡すサンプルだ。仕方が無いだろう。


「リタお嬢様。この繊維と、冷却機能にこだわった意味が分かりました。ありがとうございます」


 パウロは内側の滑らかな光沢の布地を撫でながら、そんな言葉を発した。


「ふふふ、良いところに目を付けましたね。勿論、わざわざ機能を制限したんですよ? 並行して冬用商品の準備も進めますので――――」


 そうして、更なる儲け話に花を咲かせた二人であった。


 因みに、パウロはモニター商品の準備を快諾してくれた。万が一失敗すれば、かなりの損害を被ることになるに違いないが、ここで即決できるのが彼の強みであろう。


「それから、ちょっとこっちの査定をお願いしたいんですけど」


 リタはそう言いながら、鞄からマグナタイト結晶を取り出した。それを視界に入れた瞬間に、パウロの目が大きく見開かれた。


「これはまさか――――! おい! 今すぐ、錬金術師を呼べ!!」


 パウロは、慌てた様子で控えていた従業員に声を掛けた。恐らく、本物かどうか確かめるつもりなのだろう。パウロから出所について聞かれたが、リタはそれを秘匿することにした。




 それから暫く。騒然とする商会内部に、リタは笑みを隠せないでいた。どうやらこのサイズの結晶は本当に珍しいようだ。また、かなり純度が高く、魔力伝導率も非常に高いという。


(ありがとうアンバー! おかげで私はお金に困らなくて済みそう)


 リタはアンバーの同意も無く勝手に奪っておきながら、感謝の気持ちを抱いていた。


「リタお嬢様、大変申し訳ございませんが、私どものような商会ではこちらを買取できそうにありません」


 だが、パウロの申し訳なさそうな謝罪に、リタは首を傾げる。価値はありそうだと思ったのだが、違ったのだろうか。


「――――白金貨五百枚はくだらない代物かと」


「桁ァ!?」


 続くパウロの言葉にリタは思わず叫んだ。


「私も、ここに居る従業員たちも、これほどの物は初めて見ますので正確な査定は出来ません。ですが恐らく、このサイズの結晶は国家レベルの事業で使用されるような物です。かのエルファスティアの開発した巨大な魔導砲門にもこれほどの物は搭載されていないと思われます。――――決して、これを所持していることを他者にみだりに話してはいけません」


 これは面倒なことになったと、リタは大きく溜息をついた。

 そして、ただで拾ったようなものが、見たことも無いような大金に化ける可能性があると知った途端に湧き上がる罪悪感。リタはとりあえず、結晶を手に取ると右手に魔力を込めて手刀で切断した。


 他の従業員たちが驚きに固まっているが、そんなことはどうでもいい。


「とりあえず、これ渡しときますね? 妹の首飾りにはそれを加工して付けてください。出来れば、妹のだけでも早めに仕上げていただけると助かります。残りは、三セット分の宝飾品の料金に充当しといてください」


 リタは、苦笑いを隠せないパウロに結晶の欠片を手渡し、さっさと退散することに決めた。いつか、アンバーに会うことがあれば残りは返すか、もしくは売り払って宝石でも買えばいい。とはいえ、物語のドラゴンは金銀財宝が好きだが、あの雌竜はどうだろうか。


 とりあえず、まだまだ大部分が残っている結晶は実家に置いておこう、とリタは思う。強力な結界を張っておけば問題無いだろう。少なくとも、寮に置いておくよりは遥かにいいはずだ。


 商会を出た途端に、リタを夕日が出迎えた。建物の隙間を吹き抜ける王都の風は、さらに暑さを増しつつある。エリスの誕生日、キリカの誕生日、期末試験。それらが過ぎればいよいよ夏休みだ。期待に胸を膨らませ、リタは寮に向かって歩き始めた。

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