憧れのドラゴンキラー 5

 リタは改めて、目の前でこちらを睨みつけているように感じる竜種を見やる。


 以前見たことのある飛竜に関しては、翼竜――前世の図鑑で見たことのある、はるか昔に絶滅したらしい翼を持つ恐竜――に蜥蜴の頭をくっつけたような印象を持っていた。


 だが、やはり本物の竜種は違う。赤茶色の鱗は見るからに強靭そうで、筋肉質な四肢もまた、物語でしか見たことの無いドラゴンそのものであった。首や四肢には、まるで鋼鉄の剣が突き出ているようなヒレらしきものがある。その牙も鋭く、顎の力は強靭であろうことも、爪や尻尾の刺々しさを見れば容易に想像できた。


(ああ、顔も体つきもカッコいいんだけどな……)


 ――――しかし、何故こうも小さいのか。


 若い竜とは確かに聞いていた。勿論リタよりも大きい事には違いない。恐らく翼を広げれば三、四メートル程度はあるだろう。だが、首は明らかに手刀で落とせそうな細さである。正直なところ、最低で十倍は欲しい所であった。どうせなら百倍くらい大きくても構わない。


 こんな、貧弱そうな首を掲げて凱旋したとしても、誰も竜殺しドラゴンキラーだと讃えてくれることは無いだろう。そもそも、そんな恥ずかしい真似はしたくない。


 思い切りやる気をそがれたリタは、げんなりした顔で溜息をついた。


 確かに、小さいとはいえ竜種である。これまでに他の魔物からは感じたことも無い、強烈な気配を放っている。だからこそ惜しい。このサイズでこの気配であれば、百倍くらい大きければそれはそれは楽しい戦いが出来たというのに……。


 リタは、念のために持って来ていたミストルティンを鞘に納めた。目の前の竜は、いつでもこちらに襲い掛かれるような構えを見せつつも、冷静にこちらを観察しているようにも感じた。


「ねぇ、エリス? こいつの種類分かる?」


 リタの呑気な声に、エリスはあくまでも構えを解かずに答える。


「ちょっと本でも見たことないかな。そもそも本物の竜種は珍しいから」


 エリスはそう言いながらも首を傾げる。少なくとも、人里で目撃されるような竜種であれば、ある程度の知識はあるつもりだったが、全く見当も付かない。あんな風に四肢から剣を生やしたような変な竜種であれば、目撃情報があれば本に載っているに違いない。


 それに、あのサイズであれ程の気配を放っているのだ。姉は気にしていないようだが、明らかにあの竜はこちらの様子を観察し隙を伺っている。それなりの知能があることは間違い無いだろう。


「へぇ、エリスでも分からないんだ」


 そんな事を言いながら、リタがエリスの方を向いた時であった。その竜が大きく口を開いた。口内で膨れ上がる魔力反応、間違いなく竜の息吹ドラゴン・ブレスであろう。


 だが、特にエリスもキリカも動くことは無い。あんなに分かりやすい反応に、姉が気付かない訳が無いからだ。案の定、瞬時に飛び上がったリタは、竜の鼻先を上から殴りつけて地面に沈めた。途端に行き場を失くしたエネルギーが膨張し、ドラゴンの口の隙間から煙が漏れる。




「さて、どうしようか」


 リタは、地面にめり込ませたドラゴンの頭に腰掛けて、二人を見やる。先程まで騒いでいたドラゴンであったが、魔術で作成した杭で上顎から下顎まで貫き、地面に縫い付けてからは静かにしている。


 何故だか分からないが、大人しく倒れ伏しているドラゴンの瞳には涙が溜まっているように感じた。ただの魔物だと思っていたが、知能も高いだろうというエリスの話を聞いて、罪悪感が沸き上がってきたリタであった。


「なんだか、ちょっと可哀そうになってきたわね」


 キリカも、少し物憂げな表情で視線を下げる。エリスも「そうだね」と続けた。


「確かにね。とりあえず、片方だけ眼球抉って解放してあげようかな?」


 そんなリタの言葉に、ドラゴンがビクッと震えた気がした。だが、人語を理解したり、果てには人化まで出来る竜種は総じて、古代竜級エインシェントクラスらしい。こんなに小さな竜が、理解出来る筈も無いだろう。


「貴方、結構えげつない事言うわね?」


 キリカの少し引いたような表情に、リタは肩をすくめる。


「冗談だよ。――というかキリカだって首を獲る気満々だったくせに」


 唇を尖らせるリタに、キリカは恥ずかし気に頬を掻く。とはいえ、このドラゴンをどうすべきか考えなければならない。そうしてリタがその背に目をやった時である。背中に生えた剣のようなヒレの中に、透き通る結晶のようなものを見つけた。それは、美しい琥珀色をしていた。


「ねえ、エリス。これ、何?」


 背中の方に移動したリタの近くに、エリスが駆け寄ってくる。そしてエリスはその結晶を目に入れると驚いたような顔をした。


「これって……! 本でしか見たことないけど、多分、マグナタイト結晶だよ」


 エリスによれば、一部の超大型魔獣や、竜種に代表されるような強大な魔物の体内の魔力と、魔素が反応し結晶化したものだという。基本的には、身体の一部かかなり長い年月をかけて変質していくものとされているが、詳細は分からないとのことだ。


「それにしても、これほどの結晶が出来るなんて……? このドラゴン、まさか――――」


 エリスは何かブツブツ呟いているが、リタの心は決まっていた。このマグナタイト結晶こそ、エリスの首飾りの素材にぴったりに違い無い。近くで見れば、ドラゴンの魔力がそうさせているのか分からないが、仄かに発光している。それに加え、軽く魔力を流してみたが、異常な程の魔力との親和性を感じた。


「良かったね、眼球抉られずに済んで。という事で、こっちは貰っていくね?」


 人語など理解しないであろうことは分かっていたが、リタはとりあえずドラゴンにそう声を掛けた。可能な限り残さず持って帰りたい。剣で斬り落とすと無駄が出るかもしれないな、とリタは思う。


(よし、引っこ抜くか!)


「えい」


 リタの間抜けな掛け声とともに、噴き上がる血飛沫。閉じられた口から竜は苦悶の声を上げながら、身をよじる。リタは血が服にかからないように障壁を張りつつ、ドラゴンの背中から引っこ抜いた結晶にこびり付く鱗と肉片をこそぎ落としていく。


「リタ……」


 キリカの諦めの混じった声に、リタは苦笑いを隠せない。罪悪感が募ったリタは、治癒魔術をドラゴンにかけてやる。回復魔術では結晶が戻るかもしれないと考えたからだ。

 通常、欠損してすぐに回復魔術を行使した際は、欠損部位が周囲に残っていた場合は、それが分解され元に戻るのだ。


(あ、鱗は記念に何枚か持って帰ろう)


 根本も入れたら三十センチ程度はありそうな結晶に、リタは満足げに微笑む。エリスも珍しいと言っていたし、半分は売って残りは研究材料にしてしまおう。


「えっと、キリカ……? 一応殺さないし、眼球も抉らなかったし、ね? いや、うん。傲慢だなってのは分かってるけど」


 何となく、気まずさを感じ言い訳を始めるリタに、キリカはしょうがないとばかりに大きく溜息をついた。折角、三人でこんな遠方まで竜狩りドラゴンハントに来たのだ。これくらいのお土産は許してほしい。




 それから暫く。エリスは興味深げにドラゴンを観察しながらノートに何かを書き込んでいる。勉強熱心なことだとリタは思いながら、先ほどから欠伸を隠せないキリカと談笑を続けていた。


 いい加減、二人の椅子と化しているドラゴンも可哀そうだが、美少女二人に座られているのだから役得だろう。


(まあ、コイツ雌なんだけどね……)


「なんかさ、ちょっとコイツに愛着湧いてきたし、名前つけようかな?」


 リタの言葉に、キリカは「そうね」と笑う。爬虫類のような瞳の色も、背に生やしていたマグナタイト結晶も美しい琥珀色だ。


「決めた! お前の名前はアンバーだ!」


 リタはキリカに、地球の言葉で琥珀を意味するのだと教えた。キリカも悪くない名前だと褒めてくれた。それに気をよくしたリタは、アンバーのほんのり湿った鼻先を優しく撫でる。ごつごつしているが、温かさをしっかりと感じられた。


「よしよし、アンバー。女子寮はペット禁止だし、うちの実家もあんまり大きくないから飼ってやれないんだ。せめて、他の冒険者に狩られないように、遠くへ逃げるんだよ? それから、人を襲ったりしちゃだめだよ?」



 鼻先の少し奥には、大きな杭が突き刺さっているというのに、アンバーに優しい声を掛けるリタにキリカは思わず吹き出す。リタは、いつか逃がしてやった恩返しに来てね、などとふざけたことを抜かしている。だが、どちらかと言えば復讐に来る、の間違いであろう。リタにとってはその方が嬉しいかもしれないが。


 そして、エリスがノートを閉じる音を合図に、三人はアンバーを解放した。


 何だか、アンバーから恨みがましい目を向けられている気がするが気のせいだろう。リタは思わず寂しくなって、アンバーの首に抱き着く。だが、アンバーが漏らした苦しそうな声を聞いたキリカに、慌てて引きはがされた。


 ――――帰りは勿論転移だ。リタは最後に、アンバーに手を振ると、二人の手を繋ぎ転移魔法を行使する。憧れの竜殺しドラゴンキラーにはなれなかったが、また一つ大切な思い出が出来た。リタはそんな満足感を抱いて、キリカを送り届けると、女子寮へと戻っていく。


 こうして、三人の夜の冒険は終わりを告げたのであった。




 仲良く手を繋いだ三人の少女が消えるとともに、周囲には静寂が戻っていた。アンバーと名付けられた竜種はゆっくりと立ち上がる。


 周囲を睥睨したアンバーの身体を眩い光が包むと、真っ赤な髪の幼げな少女へと姿を変えた。その瞳は琥珀色に輝き、唇から少し犬歯が出ている。少女はしきりに口元と背中を気にするようにさすると、天に向けて叫んだ。


「何なのじゃ!! あいつらは何なのじゃ!? 特にリタとか呼ばれてた子供、あやつは本当に人間か!? げに恐ろしや! 普通はもう少し躊躇とかあろう!?」


 悔しそうな顔で地団駄を踏みながら、アンバーは頭を抱えた。周囲には人は勿論、魔獣さえいない。彼女の発する気配に全て逃げ去っていたからだ。


「殺す! いつか絶対殺してやるのじゃ!! 妾が……。アン、バーが、殺す……のじゃ……! 待っておれ!!」


 アンバーは、自分が思わず涙目になっていることに気付くと、気合を入れるように自らの顔を何度も叩いた。

 そして赤く腫れた頬をさすりながら、急な斜面をものともせずに下っていく。途中で自分が裸だったことに気付き、慌てて魔獣を殺して毛皮を剥ぎとる場面はあったが、彼女の顔は何処か満足そうであった。



 この夜を境に、付近でのドラゴンの目撃情報は途絶えることになる――――。

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