憧れのドラゴンキラー 4
アルトヘイヴン――――。
それは世界の名前だと言われている。だからリタは、自分が暮らす惑星の名前を知らなかったし、この惑星の住人にとっては星の名前など重要ではないのかもしれない。
(本当だったら大気圏を突破して、本当の弾道飛行と洒落こみたいところだけど、キリカが死んじゃいそうだからね……)
今回の飛行軌道の頂点に達したことを確認し、リタは速度を落とした。既に、地平線が丸みを帯びていることがはっきりと認識できる高度だ。リタは雲を抜けた先にあった、命を持ったように瞬く星々に息を吞む。
ずっと首筋に顔を埋めていたエリスも顔を上げたのだろう。先程の自分と同じく、息を吞む様子がはっきりと分かった。
だが、キリカは身動き一つしていない。リタはぐったりとしたキリカの肩を揺さぶる。
「キリカ? キリカ!! ……死ん、でる……?」
「お姉ちゃん? 流石にキリカちゃんが可哀そうじゃない?」
エリスの呆れたような声色にリタは苦笑いを返す。そして、白目を剥いて気絶しているキリカの瞼をそっとおろし、しっかりと抱きなおした。起こしても、降下の際にまた気絶することは明確だ。暫く寝かせたままで問題は無いだろう。
それにしても、エリスは自分で飛べるはずなのだが……。何故だろうか、今夜は妙に強く抱き着いてきている。もしかして、高い所が怖いのだろうか。
そうだったら可愛いなと思いつつも、縦横無尽に飛び回る妹の姿を知っているリタはその考えを頭から追い出した。
「エリス、後は頼むね」
エリスが進行方向の設定と姿勢制御を引き継いでくれたのを確認し、リタは改めて煌めく満点の星空を眺める。魔力を供給し、推進力を生み出すだけの簡単なお仕事だ。細かいことはエリスに任せて、この景色を堪能させて貰おう。
前世では遂に叶わなかったが、宇宙旅行気分に浸るのもいいだろう。宇宙旅行と呼ぶには、まだまだ高度が足りないが、そのうち大気圏外まで飛んでみるのも面白いかもしれない。
「とりあえず、サイバル砦付近の岩山に降下するね。近くなったら、お姉ちゃんが感じた一番大きい魔力反応に向かうってことでいいよね?」
エリスの言葉に、リタは強く頷いた。状況次第では、降下しながら初撃をお見舞いすることになるだろう。重力を味方に加速し、着地と同時に地面に落ちる竜の首。そんな光景を思い浮かべ、思わず口元が緩んだ。
目的地に向けて再加速を始めた三人であったが、しっかりと障壁を張っているため、周囲は思いのほか静かだ。鼻歌を歌うリタに、エリスの声が掛かる。
「楽しそうだね?」
優しく響いた妹の声に、リタは少し恥ずかしくなる。けれど、確かに楽しんでいるのは事実であった。こんな風に、夜に抜け出して冒険するなど、ワクワクするなという方が無理な話であろう。ましてや、片方は妹とはいえ、両手に花で竜殺しだ。状況は、かなり最高な部類に入るのでは無いだろうか。
「うん、すごく楽しい!」
そんなリタの言葉に、エリスは満足げに微笑む。そうして三人は目的地となる岩山上空に達したのであった。
目の前にそびえ立つ岩山は、昼に見ればさぞかし壮観なのであろう。あまりに急な斜面は人の侵入を拒み、切り立った崖が愚か者を奈落に突き落とさんと待ち構えている。
月明りに照らされた岩壁は、その鋭さと冷たさをこれでもか主張していた。だが、翼を持つ少女たちにとっては、何も関係が無い。
ゆっくりと降下しながら、リタは魔眼で周囲の魔力反応を探っていく。ドラゴンらしき反応はすぐに見つかった。中腹あたりに、一際強烈な反応があったからだ。空中から強襲するのも悪くは無いが、やはり正面切って挑むのがロマンというものだろう。
リタは、その反応から少し離れた斜面を目的地と定め、誰かに見られる前に転移で着地した。どうやら、他の冒険者たちはまだのようだ。付近に人らしき反応は無い。
ひんやりとした夜の空気は、どこかいつもとは違う匂いがした。王国の西端と言っても過言では無い場所だ。周囲の植物の分布なども、クリシェや王都とは異なるのかもしれない。
人目に付かない岩陰で、リタは急いでキリカを起こす。流石に、頬を叩くのは躊躇われたため、肩を揺すっているが中々起きない。エリスは周囲を警戒しつつ、ノートに書き写した岩山周辺の地図と見比べて現在地の特定をしているようだ。
「キリカ? いい加減起きて!?」
(仕方ない、か。女の子同士だから、セーフ? いや、でも前世のことも知られてるし……。とはいえ、時間も無いし、ええい!)
リタは覚悟を決めると、キリカの脇腹を両手で思い切りくすぐった。途端に、凄まじい罪悪感に襲われるのは何故だろうか。指先に伝わるのは、華奢でありながら服越しでもわかる柔らかな肌の感触。このまま続けるとマズいことになりそうだ。思わず違うところに手を伸ばしたくなった、自分の頭を殴りたい。
「リ、リタ! くすぐったいっ!!」
丁度そんな時、キリカに意識が戻る。涙目で笑う彼女の表情にリタの罪悪感はピークに達した。昼だったら顔が赤い事をからかわれていたかもしれない。
そして、キリカがくすぐったそうに身をよじったせいで、リタの右手が微かに膨らみ始めた双丘のひとつを掠める。指先に柔らかさを感じるとともに、瞬時に背筋が凍ったような気がした。
「ちょっ! ど、どこ触ってるの!?」
自分を抱きしめるような姿勢で抗議の視線を向けるキリカに、リタは慌てて声を発する。
「ご、ごめん! でも今のは、キリカが動いたからだよね!? そもそも、気絶して起きなかったから……」
「そ、それは貴方がいきなり飛ぶから! だから待ってって言ったのに……」
数秒の硬直の後、キリカは恥ずかしそうに笑う。そしておずおずと、リタの手を取って立ち上がった。リタはその間キリカと目を合わせることが出来なかった。
立ち上がったキリカが、その顔をリタの耳元に寄せる。耳にかかる吐息に、リタに緊張が走るも動くことは出来なかった。
「えっち」
耳元で囁かれた、キリカの艶っぽい声にリタは顔が沸騰したかのような熱さを感じた。実際のところ、キリカも似たようなものではあったが、今のリタにはそれを認識して出来るほどの余裕は無かった。
(とにかく、もう一回謝らないと!)
「大変申し訳ございませんでしたっ!」
リタは腰を折って誠心誠意謝罪した。恥ずかしさやら罪悪感やらで、顔を上げることも出来ない。
「……そういうのは、もっと――――」
風に紛れてキリカの呟きは聞こえなかったが、聞き返すという選択肢は無かった。とりあえず、怒りを感じさせる声色で無かったことに胸を撫でおろす。
タイミングよく戻ってきたエリスのおかげで、どうにか気を取り直したリタとキリカは、今夜の目的に向けて歩き始めるのであった。
「もうすぐだよ」
そんなリタの言葉に、キリカとエリスが表情を引き締めるのが分かった。まだ距離は若干あるが、竜種は極めて感覚が鋭敏だと聞いている。現在は、魔力を可能な限り隠蔽し動いているが、先ほどまで多少騒いでいたこともあり、既に知覚されている可能性も十分にあるだろう。
だが、こちらとて相手を知覚している。どうやら、件の
どちらにせよ、やることは変わらない。次の岩陰を抜ければ、直接視認できるはずだ。徐々に緊張感を強める後ろの二人を振り向いて、リタは頷く。
そして、リタはタイミングを数えると、抜剣しつつ岩陰から飛び出した。キリカが同じく抜剣しつつ続き、エリスが両手に魔術を展開しながら更に続く。
リタは、初めて見る
「嘘……だよね……?」
リタの声に応えたのは、琥珀色に輝く両目を持つ竜の咆哮であった。リタは思わず剣を取り落としそうになる。だが、流石に後ろにいる二人の前でそんな恥ずかしい所は見せられない。
そしてリタは、目の前の存在に自らの心の内を叫んだ。
「ちっさ!!!」
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