憧れのドラゴンキラー 3

「でさ、何やってんの?」


 リタは目の前で何処か気まずそうにしているキリカとエリスに声を掛けた。エリスは、キリカの肩をつついている。よく分からないが、キリカが発端のようだ。


「リタ、単刀直入に聞くわ。ドラゴンって何のこと?」


 意を決したようにキリカが発した言葉の意味は理解できた。今日一日ずっと考えていたことであったからだ。無意識に口に出していたのかもしれない。


 キリカは、罪悪感を多少は滲ませつつも、それ以上に興味津々といった様子である。正直、彼女には話してもいいのだが、隣のエリスには折角だから秘密にしておきたい。


「えっと、それは……。秘密でもいい?」


「……」


 だが、キリカの無言の圧力は強まるばかりだ。そして、エリスからも訝し気な視線が突き刺さる。数十秒の沈黙の後、根負けしたリタは口を開いた。


「はぁ……。サイバル砦付近で、若い竜が出たらしいよ。軍事拠点周辺というのも問題だし、貴族たちからも素材が欲しいっていう声も多くてね、冒険者組合で討伐が決まったんだって」


「へぇ~、サイバル砦、ね。確か付近に岩山が……」


 キリカは考え込むような仕草を見せている。やはり公爵家に生まれた者として、ある程度の地理的な知識はあるのだろう。


「それがお姉ちゃんに何の関係があるの?」


 考え込むキリカに代わり、エリスが疑問の声を上げた。その瞳は徐々に細められていく。リタはあくまで目的だけを冷静に話した。


「私も、素材欲しいな~って思って。父さんの知り合いというか、エリス知ってるでしょ? あの元パーティーメンバーの二人に指名依頼出して、取ってきて貰おうかなって。でも、今は居ないみたいだから諦めたとこ」


 どうにか、ボロを出さずに答えられたリタは、ほっと胸を撫でおろす。エリスは、微笑んで頷いている。どうやら納得してくれたようだ。


「そんなお金持って無いクセに。――――で、方向音痴のお姉ちゃんはだったの?」


「とりあえず、キリカの家に地図とか無いか――――って!?」


(やってしまった……)


 リタは目の前で笑う二人の顔を認識して、盛大な溜息をつきつつ肩を落とした。そして、数日はキリカのことをポンコツとからかうのは自重しようと決意したのであった。




 話に聞くに、キリカはサイバル砦を知っているとのことだった。だが、詳しい場所までは分からないらしい。どうやら、アルベルトがまだ当主になる前に指揮を執った西方戦役の際に活躍した拠点とのことだ。


 きっとキリカも、私のように幼いころに冒険譚や武勇伝でもねだったんだろうな、とリタはほっこりとした気持ちになる。


「じゃ、聞くだけ聞いてみるわ。期待に沿えなかったらごめんなさいね?」


 キリカは手を振って自宅へと駆けて行く。ダメもとでアルベルトに地図を見せて貰えないか頼むらしい。結果はどうあれ、今夜キリカの部屋に行かなければならないだろう。今のところ、念話で話すのは一方通行なのだ。


 キリカも先日魔眼を使ってから感覚を掴んだのか、飛躍的に魔術の練度が上がっている。それでも、ある程度の距離があると念話の精度は極端に落ちるようで、女子寮とキリカの邸宅間でのまともな会話は難しい。

 これまで、殆ど剣しか握ってこなかったキリカは、リタと違いはっきりとした記憶があるわけでは無い。それでも、最近のキリカは真剣に魔術と向き合い、自分のものにしようとしていた。


 そうしてリタとエリスは、適当に出店で買い食いをしながら女子寮への道を歩く。相変わらずの食欲を見せるリタの笑顔に、エリスも満足そうに微笑む。


(夜中に行くつもりだけど、どうせ二人とも付いてくるんだろうな。黙って行ったら、絶対怒られるし。ああ、折角の竜殺しなのに……三人だったら瞬殺じゃん……)


 リタの胸中は微妙に複雑であった。だが、三人で夜の冒険もきっと楽しいに違いない。今夜の計画をエリスに話すと、案の定呆れられる。


「本当に今夜行くの? 明日、授業中ちゃんと起きてられる自信がある?」


「も、勿論! だって、他の冒険者に先を越されちゃうかもしれないじゃん!」


 鼻息を荒くするリタの頬に付いたソースを、ハンカチで拭いながらエリスは念を押すように話す。


「はいはい、でも一人で行ったらダメだよ? 絶対に、トラブル起こすから」


「へいへーい」


 投げやりな返事を返したリタにエリスは軽く首を傾げて笑うと、リタの右腕に左腕を絡めた。二の腕に伝わる、ほんの微かな柔らかさを感じながらリタは溜息をつく。


「私たち姉妹には、いつになったら成長が訪れるのか……」


「お姉ちゃん? 何か言った?」


「言ってません」


 プレッシャーを強める妹を引っ張るように、リタは足早に寮へと帰って行った。




 その夜――――。寮を抜け出したリタとエリスは、シャルロスヴェイン邸の上空に浮いていた。リタはキリカに許可を取ると、二人は音も無くキリカの部屋に転移する。


 どうやら無事に地図を貸して貰えたらしい。当時の戦術を聞き、自分でも考えてみたいと話すと快く渡してくれたという。


(アルベルト様……)


 リタは娘を持つ父親とは、こういうものなのだなと自分を納得させつつ、地図の確認をエリスに丸投げする。地図なんてよく分からないし、覚えたところで無駄になることが分かり切っていたためだ。流石に、このレベルの機密書類を持っていくわけにはいかないだろう。


 正確に計算し、方角を定義すればいいのかもしれないが、面倒だ。それに、地図の縮尺などの精度もどこまで信頼できるかは謎だ。正直そういうことは得意な人に任せておけばいいと、リタは考えていた。


 案の定、自分も行くと目を輝かせるキリカは、既に帯剣し準備も万全なようだった。三人で手を繋ぐと、そのまま王都の上空へ転移する。


 両手から伝わる二人の少女の温もりを感じながら、今夜も星が綺麗だとリタは思う。数年前に、キリカと見た星空を三人で見ている。それが何だか感慨深かった。

 何より、一層自分にとって大切になった彼女たちと、こうしていれる事が嬉しかった。


 数十秒ほど、夜空を堪能した三人は誰からともなく笑い合う。


「行こうか。折角だし、今日は私たちが星になる番だね」


 そんなリタの笑顔に、エリスは溜息をつき、キリカは怯えている。


「ね、ねえリタ? 嫌な予感がするんだけど? 転移出来ない?」


「出来ないよ。だって、座標計算めんどくさいし、折角こんなに星が綺麗なんだ。勿体ないよ」


 リタは肩をすくめつつ、三人を囲むように障壁を展開する。頂点を尖らせ、流線形に成形された障壁の中で二人を抱き寄せる。キリカはおずおずと、エリスはここぞとばかりに思い切り抱き着く。柔らかで温かい感触と、いい匂いがリタを満たしていく。


「で、でも――――」


 まだ何かを言いたそうなキリカの声を遮ってリタは続ける。ドラゴンは待ってくれないのだ。


「成層圏までかっ飛ぶから、しっかりつかまっててね!? エリス軍曹、軌道上に達し次第、姿勢制御は全て任せる。――――各位、弾道飛行用意!!」


「ちょ、ちょっとだけ待って! まだ心の準備が――――」


 キリカの声も虚しく、足元から強烈な魔素が吹き荒れ始める。徐々に圧縮されていく、膨大なエネルギーにリタは思わず笑みを零した。エリスはただ無言で、これはチャンスとばかりにリタの首元に顔を埋める。


「お願い! 待っ――――」


「リフトオォォォォォフッ!!」


「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 リタの雄たけびと共に、爆発的な推進力を得た三人は、キリカの悲鳴を置き去りにして夜空を駆ける。翌日、王都では天へと駆け上る巨大な火球が目撃されたことが噂になるも、今は知る由も無かった。

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