憧れのドラゴンキラー 2

 リタが実家に帰り、クロードから手紙を受け取った翌朝。


 エリスと一緒に登校したリタは、丁度教室の前で鉢合わせたキリカを見て硬直していた。先日のデート以来、初めて顔を合わせたのだ。キリカは、瞬時に顔を赤く染め、あわあわとしている。エリスは、空気を読んだのか肩をすくめながらさっさと自席に向かっていった。


 だが、そんなリタとキリカの姿に注目が集まらないはずも無い。

 そして、キリカのこんな表情を他の人に見せたくなかった。リタはキリカの手を引いて、人気のない屋上に続く階段まで歩く。


「あのさ、キリカ? まあ私のせいでもあるんだけど、もうちょっと普通に出来ない?」


 多少の居心地の悪さを感じつつも、リタは出来る限り平静を装ってそう声を掛けた。


 珍しくしおらしいキリカも可愛いが、このままでは色々と学院生活に支障が出るかもしれない。それに、この状態が続けば、場合によってはアルベルトに命を狙われるかもしれない。


「そ、それは、その……。というか! 誰のせいよ!?」


 頬をほんのり赤く染めつつ、語調を強めるキリカにリタは思わず笑みを漏らす。一応、聞いておかなければならないだろう、先日のことを。


「ごめん。――――あの時の……い、嫌だった?」


「嫌じゃ……ない」


 下を向いて、両手の指先を所在なさげに動かしながらキリカはそう答えた。リタは安堵の息を漏らす。


「ふぅ、良かった。本当はさ、君に会ったら何を話そうかって、ずっと緊張してた」


「ふふ。正直ね?」


 顔を上げたキリカの笑みは、優しさに満ちていた。リタは、キリカのすべすべした右手を取る。


「うん。もう、この人生では後悔したくないから――――」


「私もよ」


 キリカは、強い眼差しで頷いた。真紅の瞳に灯る、真っすぐな意志の光は今日も美しい。彼女こそ、正しく一振りの剣であろう。


「行こうか?」


「ええ」


 手を繋ぎ、肩を寄せ合うように、教室へと歩き始める。変わりつつある距離感と、その手の温もりを感じながら。




「それにしても、怪しい……」


 エリスは、横目で不審な姉を見ながらそう呟いた。朝からずっと、授業中も含め何度も独り言を呟きながらにやついている。所々に、「ドラゴン」という単語が聞こえるのは気のせいではないだろう。


 ――――間違いない。また碌でも無い事を始める気だ。

 エリスは、昼食を終え教室に戻る道すがら、そんなリタに声を掛けた。


「ねえ、お姉ちゃん? 朝からずっと、独り言呟きながらにやついてるけど何かあった?」


「え!? なななな何でも無い! 別に、何も!? か、隠してなんか無いよ!」


 目を逸らしながら慌てた様子でそう話すリタを見て、相変わらず姉は分かりやすくて助かるなとエリスは微笑んだ。


 そんなリタだが、キリカとはどうやら普段通り? に戻ったようだ。若干、以前に比べて話す時の距離感が近づいた気がする。それに関しては、正直思うところはある。モヤモヤもするし、出来るなら誰よりも近くに自分が居たいと思う。

 それでも、エリスにとっての一番は変わらずリタの幸せであった。リタさえ心からの笑顔浮かべてくれれば、それだけでいいのだ。




 放課後を迎え、学院が喧噪に包まれる時間。人数が他の学級より少ないとはいえ、この教室も例外ではない。そんな中、リタは用事があると言い残して、駆け足で教室を出て行く。


 その慌てた様子に首を傾げている金髪の少女に、エリスは声を掛けた。


「ねぇ、キリカちゃん? ちょっとお姉ちゃんがおかしいんだけど」


「えっと、その、いつもの事じゃないかしら?」


 基本的に姉は、教室では割と大人しい。少なくとも、座学の授業では静かにしているし、他のクラスメイトとも悪くない関係を築いている気がする。


 だが、キリカの発言が示す通り、リタの奇行は仲の良い人間には周知の事実であった。先日も突如としてラキを椅子に縛り付けては、空に打ち上げていた。どうやらまた姉が作り置きしていた菓子を勝手に食べたらしい。爆炎を上げながら、猛烈な速度で飛翔していく謎の物体に、寮は騒然となったものだ。あの時のラキの表情と、意外に女の子らしい悲鳴を思い出して、緩みそうになる頬を引き締めた。


「いつにも増しておかしいというか、さっきから一時間に数回ドラゴンって単語を発してるし、また碌でも無い事を始めるつもりだよ? 何か知らない?」


ドラゴン……? 何も聞いてないけれど、面白そうね!」


 その単語に目を輝かせるキリカに、エリスはやはり姉の同類だと溜息をつきたくなる。だが、それをぐっと堪えて、礼を言う。


「分かった、ありがとう」


 そうして、そのまま別れを告げようとするエリスを、キリカが引き留める。


「待って、エリスさん? 私たちを差し置いて、リタが面白そうなことを一人でしようとしてるのに、思うところは無いかしら?」


「うーん、多少はある、かな?」


 どちらかと言えば、必ず巻き起こされるであろうトラブルに関してであるが。


「でしょう? ――――後を追うわよ!」


「やっぱり最近、キリカちゃんが段々お姉ちゃんに似てきてる……」


「そ、そうかしら?」


 両手で頬を抑えて、恥ずかし気に笑うキリカにエリスは溜息をつく。


「言っとくけど、褒めてないよ?」


「……知ってる」


 そうして学外まで足早に移動したエリスとキリカは、校門を離れたところから監視する。まさかドラゴンと言いながら学内で済ませる用事では無いだろう。


 それから暫く待つと、周囲を見渡しながら、上品な私服に着替えたリタが貴族街に向けて歩き出すのを確認した。二人は頷き合うと、しっかりと距離を取って追跡する。


 リタは敵意と魔力反応に対しては非常に敏感だ。だが、基本的に他人の視線にはそこまで敏感では無い。というよりも、見られることに辟易して、意図的に感覚をシャットアウトしているのだろう。


 だから例え、道行く男性陣から姉に邪な視線が向けられていることに気付いても、殺意は抑えなければならない。


 勿論、見失って魔力探査をかければすぐに尾行がバレる。実家で騎士団を擁しているだけあって、最低限の知識はあるのか、キリカの身のこなしは流石であった。


「キリカちゃん? その身のこなしは中々様になってるけど、ここは敵地じゃなくて昼間の王都だよ? お姉ちゃんにはバレなくても、他の人の視線が痛いからそろそろ普通に通りを歩いてくれる?」


 相変わらず少しズレた公爵令嬢を赤面させつつ、エリスの視線がリタから離れることは無い。足取りを見る限り、多少急いでいるようだが楽しんでるような部分もある。手には大きめの鞄を抱えているようだ。


 だが、エリスも意外とこの状況を楽しんでいることには違いなかった。次は、変装して自分が居ない時の姉の生態を観察するのも面白そうだ。そんな事を考えながら、王都の冒険者組合本部に入っていくリタの後姿を確認して足を止めたのであった。




 リタは、貴族街の中央広場を抜けた先、大通り沿いにある冒険者組合本部の扉を潜った。中は白を基調とした内装と、明るい木の調度品で統一され清潔感に溢れている。

 勝手に、酒場が併設された荒くれ者たちの巣窟をイメージしていたリタは驚いた。壁は傷だらけで、埃が舞い、アルコールの匂いが満たす。それが、リタが思い描いていた場所だった。実際に田舎の方であったり、王都でも外壁に近い支部ではそのような場所も多いのだが、この本部はそういった場所とはかけ離れていた。


 冒険者組合本部は、多くの職員が働き、地方から上がってくる情報を管轄している。また、本部は基本的に高級冒険者たちしか顔を出すことも無い。貴族たちからの高額な指名依頼を受けるためだ。そんな背景もあって、貴族向けの応接室なども含め、落ち着きと高級感のある建物となっているのであった。


 きょろきょろと周囲を見渡す貴族の子女であろうリタの微笑ましい姿に、職員が笑顔で声を掛ける。


「いかがなさましたか?」


 いかにも好青年といった笑顔を張り付けて、笑みを浮かべる男性職員にリタはやっぱりイメージと違うなと思いつつ口を開く。


「指名依頼を出したいのですが、取次を願えますでしょうか?」


 そうして、依頼の受付カウンターへと案内されたリタ。出来れば、自身の冒険者登録も済ませておきたかったが、王国では十三歳からしか登録出来ない。地方では、特に戸籍が管理されている訳も無く、厳格に決められた法では無いのだろうが、わざわざそれを侵すメリットは無い。特に、子爵令嬢という立場故、しっかりとした戸籍を持っている自身の立場を鑑みれば尚更だ。


 受付の女性職員は、リタの話を丁寧に聞いてくれた。子供相手でも真摯な対応をしてくれる職員の態度に、ちゃんと貴族らしい服を着てきて正解だったとリタは胸を撫でおろした。


 しかしながら、結果としてリタが依頼したかったオルゼとミーチェは不在とのことであった。しかも、丁度今朝遠征の為に出発したと聞いて、リタは項垂れる。子供相手とはいえ、目の前の職員の態度を見るに、簡単に情報を聞き出せそうに無い。


(もしかして、例のドラゴンかな……?)


 リタは、丁寧に職員に礼を告げると、冒険者組合を後にした。


 さて、どうするか――――。


 あまり時間は無いはずだ。気分的には完全にドラゴンキラーになりたい方向になっている。しかし、砦の場所が分からない。軍事拠点付近の地図など、そう簡単に見ることは出来ない。もしかしたらクロードなら、書斎の何処かに仕舞っているかもしれないが。


 やっぱり、通信の魔道具をちゃんと量産しておけば良かっただろうか。そうすれば、情報に関して出遅れることは少なくなるはずだし、今日のような場合には大いに役立っただろう。


 だが、どこまで普及させるかどうかは慎重に検討しなければならない。服や下着とは訳が違う。あれは、この世界の在り方に影響を与えうる技術だからだ。何より、戦争の在り方を変えるだろう。


 王国に愛着はあるが、自身の最終目的の事を考えればどこまで肩入れすべきか分からなかった。自分やキリカの過去が明らかになった時、もしくは自分たちが本当の敵と対峙した時に、いつ、誰が敵に回るか分からないのだ。優位に立てる可能性のある技術は一つでも多く持っておいた方がいい。


 そして、この世界にとっての異物である自分自身が、簡単にそんな技術を広めてしまう事にも抵抗があったのも事実。ひと先ず、この問題は未来の自分が考えればいいだろうと、リタは先延ばしを決めた。



 とりあえず、何故か建物の陰からこちらを見ている親友と妹に事情を聞くべきだろうか、とリタは思う。来る時は考え事をしていたから気付かなかったが、もしかしてずっと見られていたのかもしれない。


 少なくとも、確実に地図を持っている人間には心当たりがある。見せてもらえるかどうかは賭けだが、先日の様子を見る限り、彼女には甘いかもしれない。


 リタは気付かれたことに慌てているキリカと、苦笑いをしているエリスの方へ駆け出した。

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