憧れのドラゴンキラー 1

「はい、私と同じものをもう一セットお願いします……。ええ、首飾りのモチーフはそうですね、琥珀色の宝石で私のと同じくらいの格のものがあれば――――。はい、またお伺いしますので」


 夕食を終えて部屋で寛いでいたリタは、パウロにエリスの分の誕生日プレゼント一式を発注し、大きく溜息をついた。


(ああああ、出費がえらいことになる……! これは、本当に商品開発は失敗できない)


 結局、エリスの笑顔の迫力に負けたリタは、自分やキリカとお揃いのアクセサリー一式を贈ることに決めていた。とはいえ、首飾りの中央に付ける予定の宝石だけが、丁度いい物が在庫に無く返事待ちとなっている。


(これで、宝石がすっごく高かったらどうしよう)


 リタは一人で頭を抱える。リタは基本的に、エリスから必要な時だけお小遣いを貰っている。これまであまり使わなかったこともあって、一応金貨は手元にあるが間違いなく白金貨が必要になるだろう。


 白金貨は、日本帝国円に換算すると一枚が百万円近い。正直、この年頃の少年少女が手にすることは殆ど無い金額である。シャルロスヴェイン家のような正真正銘の大貴族を除いて、ではあるが。


 だが、パウロから届いた連絡は、無情にも該当の品が無いという内容であった。そして同時に、リタにとっては幸運な情報も含まれていた。


 それは、ダルヴァン帝国との国境付近にある、サイバル砦付近にて琥珀色の瞳の若いドラゴンが目撃されたという情報だった――――。


 パウロは、それが討伐されればその素材が出回るかもしれないと言っていた。そして、既に王都のA級冒険者数組に依頼が出されているとも。どうやら辺境の為、近くに拠点を構えるA級以上の冒険者がいなかったらしい。相変わらず、流石の情報収集能力だ。


(それにしても、定番とはいえドラゴンね……。居るのは知ってたけど、色々とこの世界って都合が良すぎない?)


 とはいえ、素材の買取はかなり財布に痛い。特に眼球などの希少な素材は高騰するのは間違い無い。例に漏れずアルトヘイヴンでも、ドラゴンの素材は最高級品質を誇り、価格もまた当然の如く非常に高価である。


 実際に、キリカと一緒に眺めていた古代竜の眼球などは、こっちの目玉が飛び出るほどの金額であった。そんなものを普通に並べているパウロの正気を一瞬疑ったくらいだ。勿論その裏にあるパウロからの信頼と今後の付き合いに対する期待をしっかりと認識していたのではあるが。


(仕方無い。私が、直接殺る? でも、情報のタイムラグを考えると、既に討伐されている可能性も無いとは言い切れないよね。私だって通りがかりにドラゴン見つけたら、戦ってみると思うし。――――でも、方向音痴だしな私。一人で行ける気がしない)


 あまり、時間的猶予は無いと考えていた方がいいだろう。

 リタは周囲を見渡し、ルームメイトが戻ってきていないことを確認すると、クリシェの実家へ転移した。




「ねぇ、? お願いがあるんだけど?」


 リタは、冒険者組合とのパイプに関して頼るべき相手を心得ていた。全力の上目遣いと、久しぶりの“パパ呼び”攻撃だ。これでクロードも一撃だろう。


「い、いきなり帰ってきたかと思えばどうしたんだ? 金か?」


 クロードは取り繕っているが、顔がにやけている。


(いきなり帰って金をせびる娘だと思われてるの、私!?)


 隣のリィナは呆れ顔である。中々の好感触を得たリタは、心中は複雑であったが、ここが好機とばかりに畳みかけた。


「エリスの誕生日に、とっておきのものをプレゼントしたいんだ。だからね、ちょっと冒険者組合に繋いでくれないかな?」


「お、希少素材の収集依頼か? それくらいならお安い御用だ。何なら、俺の知り合いに指名で依頼出してもいいぞ?」


 久しぶりに娘に頼られ、更には自分のよく知っている分野でもある。クロードは上機嫌にそう続けた。


「素材が欲しいのもあるんだけど……。出来れば、私が自分でやりたいというか? だから紹介状だけ書いて欲しいんだ。お願い!」


 そう言ってリタは両手を合わせて頭を下げた。


「紹介状書くのは構わんが、リタはまだ冒険者登録してないだろう? 知り合いのパーティーでも無いなら、護衛も含めて結構な金額になるぞ? 必要無いと言っても、その見た目じゃ信じて貰えないだろうからな」


 腕組みをして唸りながら、クロードはそう答えた。そんな時だった。横でリィナが閃いたという顔で口を開いた。


「そういえば、オルゼとミーチェって、今は拠点を王都に構えていなかったかしら?」


「そういやそうだったな。リタも、会ったことあるだろ? 俺とリィナの昔のパーティーメンバーだ」


 クロードが言う通り、オルゼという大柄な男と、ミーチェというよく喋る女とは会ったことがあった。最後に会ったのはもう何年も前だが、何度かクリシェの家まで遊びに来たことがあるのだ。


「あんまり顔はよく覚えてないけど、あの厳ついおじさんと、賑やかなおば――じゃなかったお姉さんだね?」


「お前、絶対おばさんとかミーチェの前で言うなよ!?」


 クロードは焦った顔をしている。ミーチェという女性は、クロードより年下だが年齢のことに触れるのはご法度だ。それは以前会った時にも念押しされていた。因みに、オルゼは酒に酔っているところしか見たことが無いから普段の様子はよく知らないが、クロードと同い年だと聞いていた。


「あなた、とりあえずオルゼとミーチェ宛に一筆書いてあげたら? リタも、王都での依頼でも問題ない?」


「うん、多分大丈夫だよ」


 リィナの言葉に、リタは頷く。問題は、指名依頼の料金がいかほどになるのかという事と、場所が遠方になることだ。

 それから件の二人が現在王都に居るのかも分からない。聞けば二人組だが、立派にA級冒険者パーティーらしい。A級ともなれば、拠点を離れて遠方に出向く機会も多くなる。


 彼らに丁度ドラゴンの討伐依頼の話が舞い込んでいて、出発前だったらベストなのだが……。明日の放課後にも王都の冒険者組合に出向かなければならないだろう。


「そういえば、リタ。因みに何の素材を取りに行くんだ?」


「秘密!」


 リタは笑顔でそう答えたが、両親は気付いていた。またこの娘は、碌でも無い事を考えている、と。とはいえ、共に死線をくぐり抜けて来たオルゼとミーチェに任せるのであれば、問題無いだろう。

 クロードは、そんな呑気な考えで、元パーティーメンバーであり大切な友人たちへの書面を準備するのであった。




 そうして、クロードから手紙を書いてもらうことに成功したリタは、寮に戻る。目的を果たした途端に、さっさと戻る娘にクロードは複雑そうな表情であったが、とりあえずあまり遅い時間に出歩いていると思われるのは外面的によろしくないと説得した。本音では、今日中にユミアへの依頼を済ませたかっただけなのであるが。


 寮上空に転移した後、人目を十分に確認しながらリタは自室に戻った。まだ消灯時刻まで時間があることを確認したリタは、足早にユミアの部屋に向かうと試作品の製作依頼を済ませる。相変わらずユミアは、笑みを浮かべながら快諾してくれた。とはいえ、いつもお菓子だけで動いてもらうのも忍びない。もし、利益がそれなりに出た場合は一部は彼女に渡そうと思う。


 消灯時刻になったことを確認したリタは、ユミアに改めて礼を言って部屋に戻った。ニヤニヤと笑みを浮かべるリタに、ラキは首を傾げていたが、リタがそれに気づくことは無かった。


(ドラゴン相手の戦闘に関しては、オルゼさんとミーチェさんに聞けば大丈夫でしょ。出来れば、週末にさくっと討伐できればいいんだけどな。飛竜で行けば、二日で戻って来れる距離かな? ああ、遂に私もドラゴンキラーを名乗れるのか……!)


 まだ、依頼ができるとも討伐できるとも決まっていないというのに、リタの心はドラゴンの首を斬り落とす自分の姿で一杯だった。

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