幕間:ありふれた日々と特別な夏
追及されし転生者
リタとキリカが、仲良くマルクティ商会でお互いに贈るプレゼントを選んでいた頃。
リタの部屋では、エリスが唸っていた。
ラキから事情は聞いたが、相手が誰かは聞いていないようだった。だが、先日一緒に買いに行ったワンピースを着ていたと言うし、驚くことにあの姉が自ら化粧までして出かけたと言うのだ。
本気だ――――。
エリスの胸に、言いようも無い焦燥感が沸き上がる。
(だけど、ずっと探してたキリカちゃんがいるのに、あのお姉ちゃんが他の男に現を抜かすとは思えない……。何か、弱みでも握られてる? いや、でも楽しそうだったって言ってるし)
リタは一言も、相手が男だとは言っていなかったが、ラキが当たり前のようにデート相手は男だと思い込んで話していたため、エリスも思考の渦に落ちていく。
(考えられるのは、ラル君とかミハ兄に何かを貢がせようとしてるとか? でもお小遣いは、それなりに渡してるし。……大穴で、殿下とかレオン君とか? いやいや、それは無い)
はっきり言って、全く分からない。十数年一緒にいる自分が分からないことが、ラキに分かる訳も無いだろう。とりあえず、最近二人で何かを企んでいるようだし、ユミアに話を聞いてみようか。
エリスはそう思い立って、リタのベッドから立ち上がる。
「おいおい、なんて顔してんだよ。後二年もすれば成人だろ? 男の一人や二人いたっておかしくないだろ? 双子の姉妹だからって――――」
呑気な声でそう声を掛けたラキを、エリスは睨みつけて黙らせる。
「別にね、お姉ちゃんがそれを望んでるなら、それはそれで……いい、けど……。でもね、もしあの人を傷つける奴が居るのなら、誰であろうと私が許さないって、それだけだよ」
エリスの言葉に肩をすくめたラキも立ち上がる。
「リタといい、お前といい、オレは一人っ子だから分かんねーけど。――お前たち、よくシスコンって言われるだろ?」
「……別に。姉妹だったらこれは普通のことだから」
「そうかよ」
溜息をついたラキが視線で促す。彼女も付いてくる気のようだ。面白がっていることがよく分かる表情であった。だが、今後どういう動きをすることになるか分からない。協力者は多いに越したことはないだろう。
そうして二人は、突然押し掛けたことに困惑するユミアを余所に、追及を始めるのであった。尚、どちらにせよ二人の求める情報では無かったが、ユミアがリタの秘密を漏らすことは無かった。
夜も更け、静けさを取り戻した王立学院の女子寮。自室で、果実水の入ったカップを傾けながらリタは大きく溜息を吐く。
「はぁ……。ひどい目に遭った」
完全にポンコツと化してまともに言葉すら発せなくなったキリカを家まで送り届け、ふわふわとした足取りで帰ってきたところまでは良かった。だが、自室に戻ったリタを待ち構えていたのは、エリスとラキ、ユミアによる長時間に渡る追及であった。
着飾って、珍しく化粧までしているリタの様子に、エリスは驚愕していた。服装が乱れてないかを確認されるわ、匂いを嗅がれるわで本当に大変だったが、もし逆の立場でエリスがデートに行っていれば、自分もそうしたのかもしれない。
それからは、相手が誰かをひたすらに追及される時間だった。最初こそ、からかってやろうと思って誤魔化していたが、エリスの視線の圧力に耐え切れず相手を白状したのであった。
「いやぁ、なんかスマンな」
同じテーブルを囲んで、彼女の故郷から届いたという名も知らぬ茶を飲みながらラキは遠い目をしている。
「大体さ、相手が男だなんて一言も言ってないんだけど? というか、誤魔化しといてって言ったのに……」
「だから、スマンかったって! な?」
一方的な口約束とはいえ、簡単に破ってしまった罪悪感を感じた顔で両手を合わせるラキに、リタは溜息をつきながら頷く。
「まぁ私も、からかおうと思ったのは事実だけど」
「だよな!?」
急に開き直った顔をしたラキの額に、リタはデコピンをお見舞いした。部屋には硬い音が響く。ラキは涙目で額を抑えて呻き声を上げている。
(ちょっとだけ、強すぎた……かな?)
ラキに見られないように苦笑いを漏らしたリタは、テーブルの上を片付けて自分のベッドに潜り込む。夕方のことを考えると自然に高鳴る鼓動に、今夜は中々寝付けなさそうだと思う。
とはいえ、明日も休みだ。少しくらいの夜更かしは、問題無いだろう。
今年の夏はきっと、最高に熱く、忘れられない夏になるはずだ。
次にキリカと会った時に何を話そうか、なんてことを考えているうちにカーテンの外が仄かに明るいことに気付く。ちょうど眠気を感じてきたリタは、そのまま深い眠りに落ちて行った。
――――翌日。
ノックの音が聞こえて、意識が覚醒した。ラキが動く気配は感じられない。全身のだるさを感じるが、仕方が無いと上体を起こす。
明け方近くまで、ぼんやりと起きていたリタは、寝ぼけ眼を擦りながら自室の扉を開けた。扉の前に立つ寮母が届けてくれたのは、マルクティ商会からの荷物であった。
(流石はパウロさん。商売のこととなれば、迅速だね)
リタは礼を言って寮母から荷物を受け取ると、適当にベッドの脇に置いて二度寝の体勢に入る。見渡すが、ラキは出かけているようだ。カーテンの外は、もう日も高く上がっている時間だろう。
だが、休みの日くらいゆっくり寝ていたいものだ。実家と違って母にたたき起こされる心配も無いのだから。
リタは小さく欠伸を噛み殺すと、心地よい布団の感触に導かれるように、夢の世界へと旅立っていった。
リタが次に目を覚ました時には、日も傾きかける時間であった。徐々に意識がクリアになるとともに、休日を無駄にしたほんの少しの罪悪感と、贅沢な時間を過ごした満足感が胸を満たす。
「……何してるの?」
リタは、我が物顔でリタの部屋のテーブルで、何かをノートに書いている妹に声を掛けた。エリスは、こちらを見てにやりと笑うと、そのノートを閉じる。
「秘密」
エリスのあんな表情は珍しいなと思いつつ、リタは立ち上がるとベッド脇に置いていた荷物をテーブルの上に置き開封していく。エリスも興味深そうに覗き込む。エリスの髪が頬を撫でるくすぐったさを感じながら、リタは感嘆の息を漏らした。
パウロが取り揃えてくれた生地は一級品であった。やはり王都は、田舎とは違う。その滑らかな肌触りを指先でなぞりながら、これなら自分の理想の下着が出来そうだとほくそ笑む。
そもそも、普段身に着けている下着は、お世辞にも着心地がいいとは言えないし、はっきり言って可愛くも無い。田舎の方で一般に普及している物は上下が繋がった物ばかりであったし、王都においてもセパレートの物はそれなりにあるにせよ、着心地やデザインはイマイチだと感じていた。
折角商会との伝手があるのだから、無ければ作るのだ。ついでに、特殊繊維を仕込んで魔力を注いだら冷たくなる機能でも付けてやれば、夏の大ヒット商品間違い無しだ。
問題は、デザインと製造コストだろうか。デザインに関しては、リタは前世のアニメ程度の知識しか無い。慎太郎として生きていた時代は、下着というよりも生体スーツが主流であった。王国の貞操観念や価値観とのすり合わせが必要だが、そこは最悪職人に投げればいいだろう。
だが一番の問題は、基本的に下着にまでお金をかけることの出来る人間など、そう多くは無いことだろう。最初から多くの価格帯の商品を準備することはリスクも高いうえ、量産体制の確立には時間が掛かりそうだ。この辺りはパウロの得意分野だろうから、十分に相談が必要だとリタは考える。
せめて、あの宝飾品たちの値段くらいの収入は欲しいが、軌道に乗るには時間がかかるかもしれない。
(うーん。流石に大失敗に終わることは無いと思いたいけど。パウロさんはマーケティング能力は高いはずだし)
最悪の場合は、クロードの名義かコネで、冒険者組合から報酬の高い高難度依頼でも受ければ何とかなるはずだ……多分。
(私はとにかく、ゴワゴワ下着とおさらばしたい! そして、皆にも着て欲しい……!)
どうせなら、世の中の女性が可愛い下着を身に着けていた方が、万人が幸せになれるに違いないのだ。何より、自分がキリカやエリスの可愛い下着姿を見たい気がする。
それにしても、この思考はどこから来ているのか……。自分が何なのか、まだよく分からない。前世でも、性自認の問題は非常にデリケートだったが、色々な手立てはあった。それこそ、費用面にさえ目を瞑れば、自分の遺伝子を元に別の肉体を作り上げることだって不可能では無かったし、まだ理解されるだけの倫理観があった。
だが、この世界ではそう簡単には行かないだろう。まさか、自分がこうなるとは思わなかった。だが、そういう自分も受け入れて行くと決めた以上、開き直るしか無い。
とりあえず、悩むのは今度でいい。
まずは、ユミアの都合を聞いて、いつもの報酬を準備することから始めよう。
「ねぇ、エリス。誕生日プレゼントは、とびっきり可愛い下着でもいい?」
「いいけど? ――――でも、キリカちゃんに何をあげるつもりか、先に聞いといてもいいかな?」
エリスが見せた笑顔の、筆舌に尽くしがたい迫力にリタの背筋は凍った。
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