初めてのデート? 3

「えっと、これはね! ちょっと、その……。中々、こんな機会ないし、付けてみたっていいじゃない、別に!」


 上から下まで輝く装飾品で全身を着飾ったキリカが、聞いてもいない言い訳を始める。

 公爵令嬢とはいえ、あの父親であるしキリカがこんなに宝飾品に囲まれているところは想像しにくい。リタは服はまだしもアクセサリーにはそこまで興味を持つことは無かったが、気持ちは分からなくはないと思う。


「……何も言ってませんけど」


「そ、そうよ! 私だけ恥ずかしいのも、腹が立つわ。貴方も付けてごらんなさい? 私が選んであげるからっ!」


 開き直って拗ねているキリカも可愛いなと思いながら、リタは溜息を漏らす。今日の買い物は長くなりそうだ。


 それから暫く経って、リタは全身で金属の重さをしっかりと感じていた。ティアラから足首まで、これでもかと装飾品を身に着けたリタを見ながら、キリカは満足そうな笑みを漏らす。


「うんうん、前世が男とは思えないくらい可愛いわ」


「それはそれで、微妙な気持ちになる誉め言葉をありがとう……。どうせ地味な顔してましたよ……」


 半目で呟かれたリタの言葉に慌てたようにキリカは続ける。


「あ、いや、そういう意味じゃないのよ!? 最後に来てくれた時なんか、そ、その……とても、か、カッコよかったわっ!」


 真っ赤な顔で目をつぶりながらそう言い切ったキリカに、リタは思わず笑みを漏らした。こっちまで恥ずかしくなるようなキリカの様子に、顔の熱さを感じながらもリタは仕返しとばかりに近寄って囁く。


「ありがとう。……キリカは、装飾品なんか付けなくても綺麗だひょ。ぜ、前世でも、今でもね」


 盛大に噛んだが、効果はてきめんだった。一瞬で沸騰したかのように赤く染まる耳を見て、リタは満足感と共に、確かに高鳴る自身の鼓動を感じていた。


(やっばいな、これ……。私、どうしちゃったんだろ)


 リタの言葉に、キリカは無言で全身にいくつも付けた装飾品を外して元の場所に戻していく。リタも無言でそれに続く。これ以上黙っていると、気まずくなりそうだったのでリタは口を開いた。


「そ、そういえば、どれにするか決まったの?」


「ええ、決めたわ」


 キリカが最終的に手にしていたのは、シンプルながらも美しく精緻な装飾が見事な首飾りであった。先程まで、リタの首にかけられていたものでもある。


「そっちで良かったの?」


「ええ。大人になっても付けてられるデザインだし。それに私からも、貴方にこれをプレゼントしたくって。……私とお揃いは、嫌?」


「ううん。最初から、君が決めたものと同じのを買おうと私も思ってた」


「じゃ、貴方の分は私が払うわ」


 そうして笑い合った二人は、お互いの首飾りに嵌めるための宝石を選ぶ。リタはキリカに、前回と同じく真紅のものを選んだ。本当かどうかは知らないが、星獣の涙が固まったものと言い伝えられているとの説明書きがある。前回の物より、上品で深みのある輝きを放ち、明らかに高価であることは間違い無いだろう。だが、せっかくだ。多少の金額は問題無い。


 キリカはリタに、澄んだ青の宝石を選んでくれた。美しく透き通っていながら、何処までも続いていきそうな深みのある青は、リタの肌と銀髪にもよく映える。こちらには、世界を覆っていた大樹から落ちた雫とある。これも、明らかに嘘っぽいが、キリカが選んでくれたなら何だっていい。


 モチーフ部分は、キリカは金を、リタは銀をベースに魔力を通しやすいようミスリルとの合金で発注することに決めた。首飾り以外の品に関しては、まだ内緒だ。


 早速小さなバッグから何枚も白金貨を取り出し始めたキリカをリタは慌てて止める。確かに、白金貨が何枚も、下手をすれば十枚以上必要になる可能性はあるが、マルクティ商会と共同開発予定の商品で、ある程度は賄える算段だ。


(それにしても気軽にポンポン出しちゃって。キリカの金銭感覚がバグってるの忘れてた……。私はそんなにお小遣い貰って無いんだから)


 そうしてパウロに、それぞれの首飾りの注文内容を伝えた二人は、そのままマルクティ商会を後にする。パウロは、リタに目配せをしていたし、彼なら問題なく手配してくれるだろう。


「お腹空いた……」


 昼はとっくに回っている。下手をすれば間もなく日が傾き始めようという時間帯である。苦笑いを隠せないキリカの手を引いて、リタはいい匂いのする方向へ歩き始めた。




 二人は適当に見繕った店の個室で、食事を楽しんでいた。貴族街にあるからなのかは分からないが、店員がキリカのことを知っていたようで、子供二人だが個室に通してくれた。


「そういえば、夏休みだけれど二週間くらいなら、まとまった休みを取れそうよ」


「良かった! キリカは習い事が多いから難しいかなって思ってたんだけど」


 リタはキリカを旅行に誘っていた。友人との旅行、それは前世から憧れていたことのひとつである。そもそも観光できるような場所など無かった前世では、アニメや書籍で見た友人との旅行に焦がれたものだ。

 そして問題は、キリカの忙しさと、子供だけで旅行に行くというハードルである。特に後者はキリカの立場や、女の子だけということもあって難しいかと思っていた。


「それにしても、お父様は何故か貴方の事は信頼してるのよね……。まだ成人前なのに、私達だけでの旅行の許可が出るとは思わなかったわ」


 半目で肩をすくめるキリカに、リタは苦笑いを返すしかない。前世が男だって知っていたら違った結果だっただろう、と思いながら。


「ま、最初は私たちの帰省に付いてくるだけだしね。その後も、エリスが居るし大丈夫でしょ……。流石に私たち二人だけだと、色々大変そうだけど」


「あら? それってどういう意味かしら?」


 キリカは分かっているくせに、そんな問いをリタに投げた。


「言いたくはないけど、生活能力が皆無だって意味」


「リタ、知っているかしら? この世界では、困っても最終的にはお金と暴力で大抵のことは解決できるのよ? 私達にはそれがある」


 リタの自嘲気味な言葉に続けて、キリカは自信たっぷりにそう言った。


「それはそうかもしれないけどさ。君の口からは聞きたくなかった台詞」


「ふふ。冗談よ!」


 笑い合う二人は、満足のいく食事を出してくれた店員に、多めにお金を渡して店を後にした。外に出れば、日はすっかり傾いている。昼間に比べて、和らいだ暑さの中、歩幅を合わせて歩く。


 特に普段と変わらない他愛のない話をしながら、王城の方へと足を向ける。いつしか家族で見た夕日を、キリカと見たいとリタは思ったのだ。

 

 今回も簡単に書類を記入し、銅貨三枚を払って一般開放されている王城の第一城壁に上っていく。暗く狭い階段を昇った先で、一気に開ける視界と、身体を包む爽やかな初夏の風。


 思わず足を止めたキリカが、息を吞むのが分かった。


「ここって、こんなに綺麗だったかしら」


 キリカはそう呟くと、何かに誘われるように胸壁の方へ向かう。離れた手に若干の寂しさを感じながら、リタも視線を王都の方へ向ける。


 夕日に照らされた王都の街並みと、影を伸ばす外壁。いつしかキリカと落ちた川面も、揺らぐ夕日を浮かべて輝いている。


 そして、何処までも続く橙色の空があった。透き通る空は、いつになく美しく見えた。

 窮屈な高層建築の隙間から覗く空でも、汚染された大気で常に曇っている空でもない。


 ノエルが、キリカが、そしてリタが愛した空だった。


 さあ、と誘うように初夏の風が吹き抜ける。

 リタは、何故だかキリカがその風に攫われて、この広い空に落ちるのでは無いかという錯覚を覚えた。思わず、キリカに手を伸ばす。


 そしてその手は、確かにキリカの手に触れた。


「どうかした?」


 キリカは優し気な笑みをリタに向けた。


(金、色……)


 夕日を浴びたキリカは、今日も輝いていた。だが、いつもより一層美しい金色に染まっているような気がしたのだ。夕日をバックに微笑むキリカに、リタは彼女こそが黄金だと思った。どんな宝石も貴金属も、彼女の前では霞む。


「何でも、ないよ。――――なんかさ、君が何処かに行っちゃいそうな気がしてさ」


 キリカはリタの方に向き直ると、繋がった手を自分の胸元に持っていき、リタの右手をその両手で包み込むように握りなおした。


「何処にも行かないわ。でもね、私も時々、貴方がふらっと何処かに行ってそのまま帰って来ないんじゃないかって思うことがあるの」


 リタは、間違いなくキリカの為に、必要であれば自らの身命を賭すだろう。だが、キリカが自分の為に居なくなるなんてことは許容出来そうにない。


 これまでもこれからも、リタの生きる目的は、前世から続く誓いであった。

 そして、今日、それを新たにすることに決めたのだ。


 ――――全てを覆す強さと、幸せな未来を、必ず手に入れると。


 大切なものを、これからは一つだって諦めない。そこには、キリカが大切だと言ってくれる限り、自分自身も含まれるのだ。


「大丈夫だよ。言ったでしょ、一緒に行こうって。何処までも、何時までだっていい」


「知ってるかしら、リタ? ここはね、王都では有名なプロポーズのスポットなのよ?」


 そう言って悪戯っぽく微笑むキリカは、最高に魅力的だった。その表情に、リタは身動き一つ取れなくなっていた。鼓動は高鳴るが、キリカの顔から目が離せない。


 本当に自分がどうしてしまったのか分からない。

 何せ、初めての感情だったからだ。


 ああ、ダメだな、私――――。

 もうとっくに女の子になったと思ってたのに。いや、多分そうなんだろうけど。この感情は何?

 前世の男だった私の記憶と経験から来るもの? それとも……?


(あああああ、これって、まさか……! でも、そうなると私は女の子なのに、キリカに――――?)


 急に挙動不審になったリタに、キリカも顔を真っ赤に染め、しどろもどろになりながら続けた。


「え、えええっと、そ、そういう意味で、言ったわけじゃないんだけど……」


 キリカの慌てた様子さえ、とても素敵に見えた。

 今日のこの瞬間を、今を生きる彼女の姿を、出来ることなら永遠に記録したいとリタは思った。将来、写真なんて開発するのもいいだろう。


 だから、今日はせめてこの瞬間を、永遠にしたいと思う。


「そういう意味でも、いいかな?」


 夕日に照らされ、長く伸びた二人の影が動く――――。


 リタの心臓は今にも爆発しそうなほどだった。どんな顔をしているのか、自分でも分からない。だが、きっとこれで、今日を忘れることは一生無いであろう。


「へ?」


 キリカの呆けた顔がとても可笑しかった。その表情に思わず吹き出してしまったが、「冗談だ」なんて口が裂けても言えなかった。


 でも、この先を言えば、きっと君を困らせてしまうから。

 それに、自分自身でもまだはっきりとした答えが出たわけじゃない。


 これからは、自分自身とも向き合うと決めたのだ。

 ちゃんと考えて、悩んで、生きていくと。


 だが、とりあえず今は――――。

 完全に目を回したように、固まっているキリカをどうしようかと思いながら、リタは橙色の空を見上げたのであった。

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