初めてのデート? 2
「全く、お父様ったら! 最初からリタだって言ってるのに。ちょっとおめかししただけで、ついてくるなんて言い出して本当に恥ずかしい」
すっかりいつもの調子を取り戻したキリカは、唇を尖らせながら未だにぶつくさ言っている。そんな様子を横目に見ながらリタは呟く。
「うちの父さんは、もっと酷いから大丈夫だよ……」
そのまま二人は貴族街を歩いた。手を繋いだ美しい少女たちには、相変わらず視線が集まるも、最早お互いの事しか眼中にない様子であった。
ゆっくりと散歩するように歩いた二人は、高級店の建ち並ぶ一角に差し掛かった。今日はリタが事前に準備していた場所にキリカを招待することにしていたのだ。目的地の前では、小綺麗な格好の従業員が待ち構えていた。
「お待ちしておりました、リタ様。商会長もお待ちでございます。ささ、こちらへ」
キリカは不思議そうな顔で周囲を眺めている。だが、その店舗に掲げられた屋号を見て、納得の表情を浮かべる。普段からリタの着ている部屋着などの、発注先であったからだ。
そうして、マルクティ商会の本店へ足を踏み入れた少女たちを、以前より恰幅の良くなった商会長パウロ・マルクティが笑顔で出迎えた。
店内は清潔で明るく、木の香りのする美しい内装である。一般客向けの調味料や、雑貨などが並ぶロビーを素通りして奥へと進んでいく。いくつかの商談用の応接室や、季節限定品などが並ぶことのある部屋をさらに抜け、一番奥へと進んだ。今日はリタがパウロに頼んで、この部屋を貸し切りにするよう伝えてあった。
パウロとは、エポスに向かった際の騒動で知り合い、以降懇意にしている。商会の運営は順調なようで、丁度二年前くらいに本店を王都に構えたのだ。腕のいい職人との伝手も多く、必要なものはいつもしっかりと取り揃えてくれるパウロに、リタはある程度の信頼感を感じていた。
隙あらば通話の魔道具の仕組みを聞き出そうとしたり、リタがオリジナルで発注した品の商品化と販売の独占権が欲しいなどと言い出す所が玉に瑕ではあるが、商人としては正しい姿なのかもしれない。
「リタお嬢様、また一段とお美しくなられましたね。今回は特に自慢の一品ばかりをご用意しておりますので、どうぞごゆっくりご覧ください。お代については、勉強させていただきますので、また今度実のあるお話が出来ればと」
「ありがとうございます、パウロさん。彼女のお眼鏡にかなうものがあれば、ちょっと今面白いアイディアがあるので、色々お互いに得のある話が出来ると思いますよ?」
「それはそれは……。楽しみでございますな」
顔を見合わせて悪い笑みを浮かべる二人に首を傾げながら、キリカはリタに手を引かれ重厚な扉の先へと足を踏み入れる。
「わぁ……」
キリカは思わず声を漏らした。案内された部屋には、輝く色とりどりの宝石と金銀の装飾品が並べられていたのだ。いくら普段は剣ばかり握っていると言っても、こういうものに興味がないわけでは無い。
父はそこまで派手なものは好まないが、それなりに本物と接する機会は多い。そんなキリカをしても、ここに並んでいる物は一級品だという事が分かる。
だが、何故こんなものを見せられているのだろうか。もしかして――――。
「キリカ、好きな宝石とデザイン選んでよ? 職人さんがそれを元に世界に一つしかないアクセサリーを作ってくれるから」
リタは悪戯っぽい笑みでこちらを見ている。だが、部屋中に並べられている物は、全てかなり高価であることには違いない。子爵令嬢とはいえ、学生が気軽に出せる金額では決してないであろう。
「それは、貴方に悪いわ」
「いいからいいから! 誕生日プレゼントだから、ね?」
そう言ってリタはキリカの背中を押す。パウロは「ごゆっくり」と言うと部屋を出て行った。他には従業員も居ない。よっぽどリタは信頼されているようだ。
それに、確かにリタからプレゼントを貰えるなら貰いたいのは事実。目の前に並ぶ、魅力的な品々を眺めているうちに、キリカの心は変わっていった。
(リタの誕生日には、とっておきのものプレゼントしなくちゃ)
「よさそうなのあった?」
リタは、部屋に置かれている椅子に腰かけて、キリカの後姿を眺めている。女性の買い物は長いと言うが、確かに長い。パウロが揃えてくれた品が、かなり高品質だったことも関係あるであろう。中々お目にかかれない宝石の中には、古代竜の眼球を加工したものまである。
職人たちの技術の粋が詰まった、アクセサリーも精緻な装飾が施された美しいデザインのものが多い。とはいえ、キリカの好みであろう可愛らしいデザインのものも、いくつか準備してもらっている。
「うーん。もうちょっと……」
最終的にキリカは、可愛らしいモチーフのものか、シンプルで美しいデザインのものかで迷っているように見えた。そしてやはり、彼女は首飾りを選ぶようだ。
(気にしなくてもいいんだけどな……)
「職人さんが仕上げた後に、私が魔法陣を刻むから、もし誕生日に間に合わなかったらごめんね?」
リタの発言に、キリカは慌てて周囲を見渡した。
「大丈夫だよ、誰も入ってこない約束だし。もうこの部屋には結界を張ってあるから、声が聞かれる心配も無いよ」
「それを先に言いなさいよ! 全く……」
キリカは、慌ててしまったのが恥ずかしいのか、目を逸らしながらそう言った。先に言うも何も、キリカが宝飾品に夢中だっただけなのだが、言わぬが花というものだろう。
「ごめんごめん。もう一人の君が言っていたことが、いつの事なのか分からないけど、準備を始めなきゃね。……とりあえず、首飾りには色々魔法陣を刻むから、ちょっと大きめだと助かるかも」
「ごめんなさい、結局私は貴方に守られることしか――――」
少し俯き気味に話すキリカの言葉を遮ってリタは話す。
「そうじゃないよ、キリカ。私がそうしたいからなんだ。私は、君が居てくれるだけで強くなれる。だから、キリカも私を守ってくれてるんだ」
「ありがとう、リタ。―――――それでも、よ。私も、きっと貴方を守れるくらいに強くなって見せるわ」
そう強い眼差しで決意を告げるキリカだが、手元には可愛らしいキャラクターのモチーフが付いた首飾りが握られており、とても微笑ましい。そもそも、あんなのまで準備してあったのか……。流石はパウロだ。
「楽しみにしてる。……それで? 決まった?」
リタの問い掛けに、キリカは目を逸らす。
「まだ……」
「ゆっくり選んでてね。ちょっとパウロさんと話してくる」
キリカが頷いたのを確認し、リタは部屋を出た。
部屋の外にある簡単な待合室では、パウロが待っていた。今日は一日この部屋を貸し切りにすることで話はついている。何時になるか分からないというのに、ずっと待っていたのだろうか。律儀なものだ。
「お決まりですか?」
パウロは分かったような顔で問いかける。リタはそれに肩をすくめて返した。
「とりあえず、商談と行きましょうか。彼女がどれを選ぶかは分かりませんが、その首飾りに合わせたデザインで、両耳の耳飾りと指輪を発注したいです。全て二セットずつお願いします。首飾りには、簡単でいいので二つを組み合わせられるような機構をお願いします。指輪はサイズ調整が可能なように魔導金属を混ぜてください」
「勿論、承りましょう。シャルロスヴェイン家のお嬢様が身に着けるお品物ですから、職人たちも職人人生を賭けた全身全霊の品を仕上げるかと」
特にキリカの素性は話していないが、その程度が分からなくてこの王都の貴族街に店を構えることなど出来ない。リタは、パウロの言葉に頷く。
「それで、お話なんですが。――――今年の夏の話題を独占できるであろう女性用下着を考えてるんですけど、興味ありません?」
「他でもないリタお嬢様の発案したものに、興味を示さない愚図はこの商会にはおりません」
にやりと笑ったパウロに、リタは微笑む。そしてポケットに忍ばせていた紙片を取り出して、パウロに手渡す。
「では、まずは試作品から。生地と材料はそれを、三日で揃えて学院の女子寮までお願いします。最初の縫製は私の友人に頼みます。勿論、商品化の際にはデザイン含めて、職人さんに頼みますが。とりあえず、試作品を作って説明に来ます」
流石に、パウロに自分の下着のサイズを教えるのには抵抗があったリタは、今度もユミアに頼むことにした。試作品を何サイズか作って、商会の女性従業員に数日試して貰えばいいだろう。
しばらくの間、簡単にパウロと打ち合わせをしたリタは、キリカの待つ部屋に戻る。
(そろそろ決まったかな?)
「キリカ、決まった~?」
リタは扉を空けながら、キリカに声を掛ける。
「えっと、リタ……?」
そこには、全身をこれでもかと金銀の宝飾品で飾った恥ずかし気な顔のキリカが居た。
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