初めてのデート? 1
「うん、これで大丈夫……。多分」
リタは、鏡に映る自分を見て頷いた。前髪を少しだけ切り、うっすらと化粧をした自分の顔は、自分で言うのも恥ずかしいが、結構可愛いと思う。
(女の子とデートに行くのに、可愛くするってのも変な話だけど、折角だしね?)
外は綺麗な青空だ。もう季節はすっかり夏の様相を呈している。リタは、夏らしい爽やかな青のラインの入った薄水色のワンピースを身に纏う。今日はこれに、白のサンダルと、同じく白の帽子を合わせることにした。
髪をワンピースの模様と同じ青色のリボンで纏めると、綺麗に整えていく。
「お、今日こそデートなんだな?」
後ろからは、ラキのからかうような声が聞こえる。見なくても表情の想像が出来る声だ。リタは振り返ると満面の笑みで頷いた。
「うん。今日はデート! あんまり遅くならないようにするけど、エリスが何か言ってたら適当に誤魔化しといて!」
「は!? え? 嘘……だろ……?」
ラキは驚いて呆然とした顔をしている。
(くふふ。あの顔! いつもからかわれてるから、仕返し!)
リタは鼻歌を歌いながら、何かをブツブツと呟いているラキの横を抜けて部屋を出ていく。思い返せば、キリカと二人だけでこの時間から遊びに行くなんて初めてかもしれない。
今日は、エリスも誘っていないし、何処かに出かけることも話していない。一応、デートだと言った手前もあるし、誘わなかった文句を言われそうだったからだ。
それに加えて、いつも姉妹で一緒に居ると思われるのも恥ずかしいし、妹が居ないと何も出来ないとキリカに思われたくなかった、という理由もある。
一歩寮の外に出れば、燦然と輝く太陽が夏の日差しを容赦なく降り注ぐ。爽やかな暑さを感じながら、リタは軽い足取りで街に向かった。
その頃ラキは、一人残された部屋で唸っていた。
「え、マジか……。リタでも、デートに誘ってくれる男がいるのか……。確かに、アイツは顔だけはいいからな。そ、それに比べてオレは……? いやいやいや、別に興味なんかねーし!? って何言ってんだろうな」
ラキは鏡に映る自分が、存外に悔しそうな顔をしているのに気付いて、その頬を赤く染めることになった。
「クッソ! 何かあの自慢げな顔を思い出したらムカついてきた」
八つ当たり気味に、ベッドに身体を投げ出しながらラキはそんなことを呟く。そんな時、部屋にノックの音が響いた。ラキは慌てて表情を引き締めると、扉の方に向かう。扉の向こうに居たのは、ルームメイトの妹だった。
部屋を見渡して、ラキ一人だということを認識したエリスは首を傾げる。
「あれ? お姉ちゃんは?」
「ついさっき、どっかに出かけたぞ? 今日はデート――――ってしまった!」
ラキはさっきまで考え事をしていたせいか、口止めされていたことを思わず口に出してしまった。慌てて口元を抑えるも、もう遅い。逆にそんな仕草が、目の前の少女の懐疑心を掻き立てることになるのだから。
「今、何て言った? ――――詳しく、聞かせてもらえる、よね?」
(すまんリタ! オレには逆らえそうにない!)
目の前に立つ少女が発する獰猛な気配に、ラキは小動物のように縮こまりながら、部屋に招き入れるのであった。
キリカとの待ち合わせは、貴族街中央広場の噴水前だ。はやる気持ちを抑えきれず、思わず高鳴る胸と呼応するように早まる足元。そんなリタの様子に、周囲からは微笑まし気な視線が向けられていた。時折、その容姿への嫉妬の視線や、主に男性陣からの不躾な視線も混じっていたが、リタは気にせずに目的地に向かう。
(やっぱ、デートと言えば待ち合わせだよね? いや、前世でも一回もしたことは無いんだけど。アニメじゃそう言ってたし)
そうしてリタは、目的地に着く。うん、ちゃんと三十分前だ。完璧な時間で到着したことに、リタは満足げに頷く。後は、キリカが「ごめん、待った~?」と現れれば、ベストだ。
リタは、近くのベンチに腰掛けると、今日の予定を暗唱しながらキリカを待った。そして、十分程度の時間が経った頃、リタに声を掛ける人間がいた。
「待たせたね?」
後ろから聞こえた、待望の声にリタは振り返る。そこに居たのは、厳格そうな顔に微笑みを浮かべたキリカの父、アルベルトであった。今日は、休日だからなのか、上品だがそこまで豪奢では無い小洒落た服を着ている。
(えっと、何故!?)
「やあ、リタ君。久しぶりだね。元気そうで何より」
にこやかに笑うアルベルトに、リタは即座に立ち上がると全身全霊のカーテシーを披露した。アルベルトは割と砕けた態度で話しかけてきたが、衆目の面前だ。多少注目を集めようと、礼儀を優先すべきだろう。
「ご無沙汰しております、閣下。閣下もご健勝のようで何よりでございます。お嬢様にも、日頃より大変お世話になっております」
「すまないね、娘がデートだとか言うものだから、念のため確認にね。君も事情は知ってるだろうが、キリカにも建前ではあるが婚約者が居る。だが、我が娘も母親に似て見目もそれなりにいいからね。……身の程も知らずに言い寄ってきた愚物が居るのかと心配して来たんだが、君なら問題ないな、うん」
そう言って爽やかに金髪を揺らすアルベルトは、しっかりと帯剣している。その後ろから、真っ赤な顔で恥ずかしそうに顔を出したキリカを見てリタは思う。
(アルベルト様……。まさか、我が父と同類か……?)
「もう、お父様! 恥ずかしいから、やめて欲しいとあれだけ言いましたのに……」
キリカはアルベルトを非難の視線で見ている。そんなキリカの様子に、アルベルトは苦笑いを返しながらも、その自信に満ち溢れた雰囲気は崩さない。きっとそれが、公爵家の当主として私的な場でも取るべき態度なのかもしれない。
「それじゃ、邪魔者は消えるとするよ。リタ君が居るなら、問題無いだろうからね。今度は、私と手合わせを頼むよ、リタ君。ああそれと、前に話した騎士団の件だが――――」
「お父様ッ!?」
話を続けようとするアルベルトに、再びキリカの非難の声が掛かる。参ったとばかりに、軽く手を挙げてアルベルトは去っていく。
「おっと、すまない。それじゃ、リタ君。またいつでも、遊びに来てくれたまえ! 歓迎するよ!」
「はい、また近いうちにお伺いいたします」
リタはアルベルトの姿が見えなくなるまで、頭を下げて見送った。顔を上げると、恥ずかしそうに目を逸らすキリカの姿があった。
ほんのりと化粧を施されたキリカの顔は、女の子らしい可愛らしさもありながら、どこか大人っぽい美しさも同居していた。まさに、この年代の少女にしか宿らないであろう瑞々しい輝きを放っている。
今日も変わらずツーサイドアップにまとめられた艶のある髪の毛だが、普段とは異なる真紅のリボンで結ばれている。身に纏う夏らしい薄手のドレスは白を基調とした爽やかなものだが、腰に巻かれた黒のラインの入った布のベルトが上品で、大人らしさも醸し出している。
とはいえ、見た目だけは年齢より幼く見られるキリカである。普段はすました雰囲気から、年齢相応に辛うじて見えるが、今の恥ずかし気な表情では、背伸びしたような微笑ましさを感じるのも事実であった。
(えっと、デートの第一声は、確かこうだよね?)
「キリカ? その服、とても似合ってるよ」
「あ、ありがとう。その、リタも、か、可愛いわ」
余程先ほどのアルベルトの発言が恥ずかしかったのか、キリカは下を向いたまま小さく呟いた。リタは、少し緊張しつつもキリカの手を取る。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
キリカのはにかんだ笑みに、リタの体温も上がった気がする。これからもっと暑くなるだろうが、湿気も無く爽やかに過ごせそうだ。見上げれば、澄んだ青空が広がっていた。今日は雨の心配もない。
きっと、最高の一日になる。
そんな予感を胸に、リタは大切な少女の手を引いて、陽炎を生み出す石畳を歩き出した。
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