エリスの決勝戦 3

「さて、エリス? 準備はいいか? わざわざこんなことをする意味は、貴様なら分かっているとは思うが――――」


 ロゼッタは、周囲に聞こえないような声でエリスに声を掛けた。彼女の笑みに、エリスも頷く。


「はい、分かっています。全員が納得する力を示せ、という事ですね」


「そうだ。姉と違って理解が早いな。貴様の姉と、シャルロスヴェインの令嬢が残っていれば話は早かったんだろうがな」


 ロゼッタの言葉に、エリスは苦笑いで頷いた。


 入学式からこれまで、学院内は勿論、時には学外でも何度も聞いた言葉がある。

 何故、今年の新入生だけ――。そんな言葉だ。


 百四十年ぶりの、特戦クラスの開設。そのニュースは至る所に影響を及ぼしていた。それだけ、ロゼッタが世間に与える影響は大きい。そしてそれが、英雄ミグルの在籍時以来となれば尚更だ。


 新入生たちは、多くの嫉妬や懐疑の視線を感じてこれまで過ごしてきたはずだ。そして、その視線を一番受け止めていた中の一人に自分がいるのだろう。それは分かっている。


 だから、ここである程度の力を示すことは仕方無いと思う。寧ろ、自分に嫉妬の視線が集まるのなら、それでいい。姉が、そんなくだらないことで悩まないように。


(ま、お姉ちゃんがそんなことで悩むわけ無いんだけど……)


 とはいえ、先にロゼッタにも告げたが、こんな所で手の内を全て晒すつもりは無い。将来、いつ、誰が敵になるのか分からないからだ。


(それなりに派手で、私の本気だと勘違いさせられるようなものを選ばないと)


 ロゼッタは、不思議な表情をしていた。だが、初夏の暖かい風が吹くと、彼女はその表情を引き締めた。昨日とは打って変わって晴れた空を、エリスは見上げる。今日は、ちゃんとドームが開いている。


 どちらからともなく、ロゼッタとエリスは距離を取った。


「好きなタイミングで始めるといい――――。先手は譲ってやろう」


 ロゼッタは、楽しそうに笑っている。それはまるで、年頃の少女のような笑みであった。

 エリスは半身になって、腰を落とした。


「ありがとうございます、学院長。では、失礼して――――」


 エリスは深呼吸の後、深層に眠る魔法を起動した。


「我が呼び声に応えよ、オメガ・アルス・マグナ! ――――汝こそが覇者たらんとその咆哮を以って示せ!!」


 エリスの深層から吹き上がる魔力が、髪を揺らした。周囲を覆うのは、魔素の壁。最早、何の音も聞こえなかった。ロゼッタは、目を見開いて笑っている。


「光翼展開」


 エリスの背に、一対の大きな光の翼が現れる。それは決して物理的な翼では無いが、間違いなくエリスにとっての翼であった。身体がゆっくりと宙に浮く。


 そして両手には、輝く一対の双剣が現れる。

 エリスは、オメガ・アルス・マグナを臨界起動するつもりも、シグマドライブを使うつもりは無かった。


(ここまでやれば、十分ブラフになるでしょ)


「魔導推進光翼――――点火イグニッション!」


 まるで咆哮のような轟音をまき散らし、エリスの背に出現した光翼が身体を急激に加速させた。魔素を消費しながら、爆炎を上げて文字通り飛んで行く。本来の使い方では無いが、丁度いい。姉が遊び半分に実装した機能も、ここでは役に立つ。


 ロゼッタは動かない。


(多分、試験の日と同じ。もう、何か使ってるはず)


 エリスは、高速で突っ込むと、剣でロゼッタの四肢を切り裂きながら宙返りをした。そのまま、全方位に魔力感知弾を放出する。やはり、別の存在がいる。だが、気配が薄く、実体を感知できない。


 だが、エリスの予想に反し、切り裂いたはずのロゼッタが、時間を巻き戻すように元の姿に戻る。そして、その手刀で、エリスの双剣を受け止めたのであった。


「面白いものを使うな?」


 ロゼッタは、正面から興味深そうな顔でエリスを観察している。そしてエリスは振り返らずに、ロゼッタの首を、左手の剣で斬り落とした。


「学院長に言われたくはありませんが」


「そうか?」


「――ッ!」


 左耳のすぐ傍から聞こえたロゼッタの声に、エリスは即時に離脱した。


(知覚――――出来ない!?)


 案の定、先ほどまで立っていた場所のすぐ横にも、笑みを浮かべたロゼッタがいた。追撃は無い。見逃されたのだ。


(流石は、現代一の魔術師と言われるだけはある、か……。けど、それにしても発動の兆候が無さすぎる)


 魔力の流れを隠蔽するにしても、あまりに気配が異常だ。

 長引きそうだな……。エリスは溜息をつきつつ、中級魔術を並列展開しながら、空中を駆けて行くのであった。




「おいおい、マジかよ……」


 観客席の前の方に座っていたラキ・ミズールは思わずそんな声を漏らしてしまった。目の前では、ルームメイトの妹が縦横無尽に空を駆けながら、凄まじい数の魔術を放っている。時に氷の柱が上がり、炎の球が飛び、雷が迸る。


 そして、学院長であるロゼッタは、悠々と転移で躱しながら、時に正面から打ち消し、合間を縫って強烈な反撃を放っている。


(これが、同士の魔術戦か――――)


 彼女たちが常軌を逸した速度で、撃ち合っている魔術の一つ一つは、間違いなく必殺の一撃だ。それらを、ほぼ無詠唱で絶え間なく撃ち合っている。


 そもそも、空中を浮遊する程度の魔術は見たことがあるが、あそこまで縦横無尽に完璧に制御できる人間など見たことが無い。それに加え、二人とも魔力が底なしかと思えるほど、あれだけの魔術を放っておきながら何でもないような顔をしている。


 これまでの人生で、ラキが見たことのある魔術戦の全てがお遊びのように見える戦いだ。いつしか、父と共に駆けた戦場で見た魔術師の戦いでさえ、目の前の光景に比べれば児戯に等しいと言えるだろう。


 それでいて、お互いに客席に影響を出さない余裕がある。

 あの二人は、ここにいる誰もが決して届かない、遥か高みにいるのだ。


 ラキの口元は綻ぶ。あの姉にして、この妹あり、か。


 ああ、全く面白い。自分だったら、どう戦うだろうか。今の自分だったら、何も出来ずに挽肉になっている頃だろう。だが、未来の自分ならどうだ。どう成長して、どう戦う?


 気になって周囲を見れば、同じように口を半開きにして、目の前の光景を眺めている多くの生徒たちが目に入る。


(おっと、こんな機会そうそうねーだろうし、目を逸らしてたら勿体ねーよな)


「やっぱ、この学院に来て良かったわ」


 ラキの独り言は、客席の喧騒に紛れて消えていった。




 エリスは、氷属性の初級魔術『氷の槍アイシクルランス』を、並列展開し十本同時に放った。そのうちの三本には、芯に金属柱を仕込んでいる。


 そして、最初の七本でロゼッタを誘導しつつ、次の二本は地面に深く突き刺さり、逃げ場を塞ぐ。最後の一本は、避けられて構わない。姉直伝の炸裂弾頭だからだ。予定通り、躱したロゼッタの真横で金属柱が破裂し、無数の金属片が彼女を襲う。そして、先に放っていた二本の金属柱も、同じく爆散する。


 だが、金属片にその身を切り裂かれたロゼッタは、今度も砂のように溶けて消える。そして、別のロゼッタが他の場所に出現した。本体が別にいる訳でも、幻術でも無い事は分かっているが、今の知識では見当も付かない。


(転移でも無い、あの魔術は何? 術式も見えないし、兆候も無い。もしかして、魔眼……?)


 エリスは、このままでは決定打に欠けることを自覚していた。

 そんなエリスの表情を見ながら、ロゼッタは優しく微笑んでいた。


(まだまだ余裕か……)


「考え事してる暇があるのか?」


 エリスは、右後方に出現したロゼッタの顔面に、逆手に持ち替えた右手の剣を突き刺しながら話す。


「今度、それ教えてくれますか?」


「貴様のそれの仕組みを教える気になったら、考えてやろう」


 目の前には、二人のロゼッタが浮かんでいる。


(どちらも本物で、どちらも偽物、か――――。これ以上は、疑似魔眼を使わないと解析出来そうに無いね)


 エリスは飛び上がると、そのまま訓練場の屋根を越え、最高速で遥か上空に飛んでいく。二人のロゼッタも追随するように付いてくる。


 ここまで来れば、誰にも見られないし、聞かれないだろう。

 エリスは、先ほどから単に戦いを長引かせようとしているようにしか見えないロゼッタに、声を掛けた。


「いつまで続けるつもりですか?」


 ロゼッタは苦笑いを零すと、二人が混ざり合うように溶けあい、一人になった。


「そうだな。貴様が、我が質問に答えたら終わりにしてやろう」


 そう言ってロゼッタは右手を天に掲げた。そこに、莫大な熱量が生まれ、巨大な火球を成す。渦を巻く炎が、空気を熱し肺を焦がさんとしている。


「それ、生徒に使っていい魔術じゃないですよね?」


 エリスの言葉に肩をすくめたロゼッタは、まるで剣を喉元に突き付けるような態度で、その魔術を構えている。彼女のことだ、何が仕込まれているか分かったものでは無い。


「最早貴様を、ただの生徒として見るつもりは無い。さて、エリス。いつしかの面接の続きだ。貴様、先ほどから、時折奇妙な術式を使っているが、魔術では無いな?」


「ええ、そうです。流石ですね、学院長」


 エリスはロゼッタに笑みを返した。特にこの程度の魔法は、知られても構わない。知られたところで、自分と姉以外には使えないからだ。


「――――貴様は、何者だ?」


 ロゼッタは、鋭い視線でエリスを見つめる。


「質問への答えですが、私はまだ何者でもありません。……ですが、いつしか魔の理を解き明かした際には、“魔法師”とでも、名乗りましょうか」


 そんなエリスの言葉に、ロゼッタは歯をむき出しにして笑った。


師と来たか……! そういえば今年は確か、ちょうど千と十三年だな?」


 いきなり両手を広げて大笑いを始めたロゼッタに、エリスは何処かうすら寒いものを感じた。


(それより、千と十三年って――――)


「何……を……?」


「エリス……! ――――誰が、を貴様に教えた? それとも、貴様が――――」


「何のことでしょうか?」


 エリスは、動揺をおくびにも出さずにそう答える。


「いや、いい。だが、この一撃で貴様が死ななければ、ある程度は分かるというものだ」


 そう言ってロゼッタは、凄惨な笑みを浮かべたのであった。

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