約束された再会
キリカ=ルナリア・シャルロスヴェインには前世の記憶があった。
この世界では、魂は記憶を持たないと言われている。
実際に、キリカも他にそんな人間を知らない。
だが、間違いなく、キリカが繰り返し見る夢は、前世の記憶だという確信があったのだ。
それは、千年と少し前、ノルエルタージュ・シルクヴァネア・ディ・ルミアスとして生まれ、ノエルとして死んだ記憶だ。
その名が示す通り、彼女はルミアス神聖王国の王家の一員として生を受けた。幼いころより、類稀なる魔術の才覚の片鱗を見せ、誰一人届かなかった時空魔術の高みへと昇り詰めていく。
そんな彼女に転機が訪れたのは、十一歳の頃。王家に伝わる、鑑定の儀を行った時のことだ。この儀では、代々伝わる秘術を用いて、その人の未来の可能性を知ることが出来ると言い伝えられてきた。
彼女に言い渡された未来は、大いなる厄災の申し子――。そこで彼女は、自らに課せられた苛酷な運命の一端を知ることになったのだ。誰しもが驚きながらも、その未来を信じることなど出来ずにいた。だが、彼女の魂の奥には確かに厄災が巣くっていた。
彼女が十四歳を迎えるころには、その才覚は留まることを知らず、誰しもが到達したことの無い領域に足を踏み入れていた。そこで初めて、自らの深層領域を覗き込むことに成功した彼女は、知ったのだ。大いなる滅びの因子が、間違いなく自分の魂を蝕んでいることを。
彼女は、三日三晩泣き続け、自ら全てを告白した。
その時の感情はもう覚えていない。だが、確かに、自ら告げたのだ。それが王家の一員としての誇りなのか、魔術師としての意地なのか、昔は分からなかった。
覚えていないが、今なら分かる――――。
今のキリカには、確信に近いものがあった。
私は、前世から変わっていないのかもしれない。
ただ、どんな運命にも、負けたく無かっただけだ。
決して、運命を受け入れ、滅びを待ち、絶望の果てに死ぬことなど受け入れられるはずが無かった。
自ら、そう在りたいと願う姿のままで、生きて、生きて、生きて、死にたかったのだ。
そして、家名を剝奪されたノルエルタージュは、忌み子として蔑まれながら、自らを殺す手立てを探すことになる。
その時の両親や家族の顔は、風化したのか覚えていない。誰か、優しくしてくれた姉のような金髪の女性が居たような気がするが、それも覚えていない。
――――キリカが覚えているノルエルタージュの記憶は、自らと、彼に関することだけだった。
ノルエルタージュは、十七歳を迎える頃になると終わりが近いことを悟った。そして彼女は、自らの精神を複製し、魂を持たない独立思念端末として固定化した。世界中から集まった術者の協力により、自らを封印した彼女は、ただ端末から流れ込んでくる情報の断片だけを感じながら、暗い眠りの底に居た。
何が起きたのかは分からない。だが確かに、何かが、起きたのだ。そうして、ただひたすらに、空間転移座標を滅茶苦茶に設定して旅を続けていた端末は、いつの間にか世界の壁を越えていた。
その世界を観測するうちに、アルトヘイヴンとはどうやら世界の存在の位相が異なるということが分かった。だが、壁を越えても、自身の存在の位相がズレていると、相互干渉は出来ない。端末は、どうしてもその世界に存在する魔素の輝きに触れたくなった。何故だか分からないが、そうしないといけないという気がしたのだ。
幸いにも彼女は、魂を持たない端末であった。その世界に生きる人間らしき生物は魂を持っていない。暫くの試行錯誤を経て、自らの存在情報を書き換えた彼女は、その世界に干渉する術を得た。
丁度、その世界――彼らは地球と呼んでいた――では、多次元解析による、並行世界観察論が持て囃されていた時代だったのも僥倖であっただろう。アルトヘイヴンとは全く異なる発展を遂げた地球の、科学という論理的な学問は、言語を覚えることを苦痛に感じないほど、衝撃的であったことを覚えている。
詳しい経緯は、風化の彼方となってしまったが、そうして端末はようやく
そうして彼女は、長い年月をかけて、自らを魔術装置と化した。ここで一旦、端末との接続は途切れる。
次に目覚めてからは、目まぐるしかったことを覚えている。
急な衝撃で、自分自身を包んでいた結界の全てが吹き飛ばされたのだ。そのまま、自分が自分では無くなっていくような感覚。間違いなく、終焉の時だと思った。自分の身体が、自分の意志と関係なく動く。何故か目の前に現れた、力を付けた端末が、凄まじい練度の魔術で爆撃してくれたが、それでも死ねなかった。
だが、端末はその精神の殆どを邪神と化した自分に、最後の信号を送ってくれた。
救世主来たれり――――と。
ノルエルタージュ・シルクヴァネアは、その言葉に微笑みながら、全ての意識を消失した。
――――筈だった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
自らの身体に、端末が同化した瞬間に、またその意識は蘇った。端末から流れ込む情報が、自身の存在情報に書き込まれていく。
目の前の光景に、ノルエルタージュは確信した。
ああ、私は、私たちは、勝ったのだ。
目の前に居る彼が、全てを終わらせてくれる。
シン――――。
彼の剣が、胸を貫いた時は、流石に痛かった。
怖かった。苦しかった。寒かった。
これで、終わりだ。
この魂は、もう二度と生まれ変わることなどない――。
ただ、消えるだけだ。
私が、彼にあげられるものは何だろうか。
巻き込んでしまった私と、この世界の為に、自らの身命を賭して戦った彼に。
せめて、あとほんの少し時間があれば――――。
だが、一瞬のうちに、全てが変わっていた。
彼は、ノルエルタージュの魂さえ、救ってみせたのだ。
シンは、泣いていた。
自分にも、泣いてくれる人が居るということが、これほど嬉しい事だとは思わなかった。
彼の温もりに抱かれながら、ノルエルタージュは、ただ深い感謝を抱く。
そして同時に、彼に全てを押し付け、挙句の果てに人殺しをさせた、深い後悔を。
「ノエル、来世でまた会おう。俺は、必ず、必ず、君を見つけて迎えに行く。たとえ、どんな困難があろうとも、次は必ず君を守る」
彼はそれでも、こんな私のために、そんなことを言った。
それは、これまでに貰ったどんな言葉より嬉しかった。
私は、待っている、と伝えた。
分不相応な願いであることは分かっていた。
それでも、望んでしまったのだ。そんな未来を。
そして、彼に、ありがとうとその口で告げて、死んだのだ。
温かい、幸せな夢に包まれた最期だったはずだ。
――――今、私はキリカとして生きている。
この人生は、シンに貰ったものだ。もし、生まれ変わるとして、来世も、その先も、彼に貰ったものなのだ。
シンは私に未来をくれた。
彼に、この世界の運命を託した、身勝手な私に。
だから、私は、たとえ何度生まれ変わろうと、この命の全てを、彼に捧げると誓ったのだ。
そう、それなのに。
それなのに、どうして。
こんなにも、目の前に居る彼女に惹かれてしまったのだろうか。
私にとっての一番は、シンじゃなきゃいけない。
それ以外が許されるはずが無いというのに。
リタ・アステライトは優しかった。
私の言葉を、初めて信じてくれた人だ。
リタ・アステライトは強かった。
私を、初めて負かした子供だ。
リタ・アステライトは素敵だった。
私の、初めての親友で、もしかしたら、この先――――かもしれない人。
だけど、もう自覚してしまったから。
たとえ、絶縁しようと、空白の数年がそうしたように、この想いはもっと強くなる気がするから。
だから、貴方を、殺す。
大好きな、貴方を――――。
「――――さようなら、リタ。…………貴方の事、大好きだった」
キリカが、そう言葉を発した時、湖畔を凄まじいプレッシャーが包み込んだ。リタは息を飲む。これは間違いなく、目の前の彼女から発せられているものだ。
恐らく、彼女は使うだろう、因果天廻の魔眼を。
キリカの覚悟に応えるように、リタも自らの覚悟を告げた。
「もし君が、私の探し人だったなら、君に殺されても構わない。でも、そうじゃないのなら、私はここで倒れるわけにはいかないんだ……! ――――彼女が、世界で一番幸せな人生だったって、心からの笑顔で、その最期を迎えるまで、私は、絶対に、立ち止まらない!!」
リタは、剣を構えてそう叫んだ。
そうだ、まだ私は確かめていない。
君が何者なのか。
君をそうさせた理由も。
キリカはリタの言葉に頷き、その左手を顔に当てると、静かに紡ぎ始めた。
『廻りし因果と可能性の果て、極致偏在の天蓋領域を励起せよ――――』
なんだか、私みたいな
そしてキリカの内側から、爆発するような光が溢れ、周囲を昼よりも明るく染め上げていく。リタは決して目を逸らさない。
両目は、黄金を通り越し、明るく輝くレモンイエローに。
その髪は、色を失い、真っ白に。重力を失ったように浮き上がっている。
まるで、輝いているかのように感じる、白い肌は、微かに発光していた。
驚くことに、身長まで伸びている。いや、違う。右眼が言っている。キリカはキリカのままだ。だが、彼女の上に、別の概念が重なり合って存在している。
彼女から吹き上がる魔力の嵐が、魔素の渦を生み出す。煌めく魔素の嵐は、彼女の翼であり、盾であり、武器でもあるのかもしれない。
やっぱり、君がそうなのかな。
その姿、偶然だなんて思えないよ。
もし、本当に、人の形をした神が居るのならば――――。
きっと、こんな姿をしているに違いない。
リタは心から、その美しさに、畏敬の念を抱いていた。
キリカは持っていた剣を捨てると、右の拳をリタに向けて伸ばした。
『真装解放――――レーヴァテイン!』
彼女がそう告げると、光り輝きながら、虚空から大剣が現れた。
全体の形状は刀に近いかもしれない。だが、大きく、幅も広すぎる。その全長は、明らかにキリカの身長よりも長い。想定される重量はかなりのものに思えるが、キリカは右手一本で持っている。
真紅の先端はいくつかに割れており、先端のみ両刃になっているようだ。途中からは片刃に変わる。剣身は白の金属製のようだが、材質は分からない。まるで地球で見た先進の機械のような造りだ。所々に赤い光のラインが走っていた。
その根元には、用途不明の噴出口のような機構と、蛍光色の液体で満たされた短い試験管のようなものが数本取り付けられており、何本かコードらしきものも垂れ下がっている。
握りの部分にはトリガーも付いているようだ。鍔には奇妙な生物的な組織がまとわりつき、柄頭からは鎖が伸びている。
まるで、ただ一つの使命の為だけに、急造されたような印象さえ受ける大剣だった。
(これは……! この世界にあるはずが無い物……。あってはいけない物……!)
リタの目は、確かに捉えていた。剣身に刻まれたその銘を。
そこには、
『対邪神最終決戦兵装 次元歪曲型魔導神滅刀剣 試作零號機 LVATEINN』
ただ一つ分かることは、あの剣は、私を殺すことの出来る武器であるということ。
きっと、私じゃない私と、君以外の君が、生み出した覚悟だということ。
それは、確かに有り得た可能性で、決して未来に届かなかった現実だ。
だから、その時の彼女はあんなことを言ったのだ。因果の収束点を、知っていたから。
それが、何故だかはっきりと理解できた。
(そうか、そうだったんだ。君の魔眼も、その為にあったんだね? 私達には、まだ果たさないといけない使命がある――――)
ひとつの答えを得た、リタの右眼には、キリカの魔眼の詳細が表示された。
彼女の魂が廻った輪廻において、辿った因果、もしくは辿ったかもしれない因果。
それとも、これから先の輪廻で辿るかもしれない因果の先。
その全ての中で、彼女が到達しうる可能性の果て。
それを、無理矢理彼女の存在に降ろしているのだ。
だが、そんなことが、そんな力が、何の代償も無しに存在してもいいのだろうか――――?
リタの思考が結論を迎えるより早く、キリカの姿は掻き消えた。
――――速過ぎる。
術式破壊を挟む暇も無く、彼女は転移した。
その練度も、洗練された術式も、キリカがこれまでに使用していたものと全く異なる。
それは、リタが良く知っている、懐かしい、癖のある術式だった。
――――見つけた!
君を、見つけた。
やっぱり、そこに居たんだね。
きっとノルエルタージュも、君のひとつの到達点だから。
あの日、私が感じたことは、やっぱり間違いじゃなかったんだ。
転移を繰り返すキリカの持つ、レーヴァテインが無造作に振るわれた。
リタが振るった砂鉄の剣は、受け止めることすら叶わず、いとも簡単に砕け散る。リタは距離を取ろうとするも、キリカの追撃の速度は凄まじい。
だが、君がそうだと分かったなら、やるべきことがある。
腰に佩いたミストルティンが、まるでキリカの持つ大剣と共鳴するように輝いている。まるで、自分を抜けと、言っているようだ。自分ならば、あの次元すら両断する大剣とも打ち合えると。
(ごめん、ミストルティン。まだ、お前の出番じゃない――――)
何度かの回避の末、キリカが正面に現れた。
きっと神速の突きを以って、私の心臓を穿ちぬかんとするだろう。
そう、私はずっと、それを待っていたんだ。
そして、キリカの持つレーヴァテインが、リタの心臓を貫いた――――。
「――――どう……して……」
レーヴァテインは震えていた。それは、使用者が震えているからであろう。両手を広げて、自ら大剣を受け入れたリタに、キリカは信じられないと言った顔をしている。
これは私が、もう一度、私になるための儀式。誓いを自らに刻み込む儀式だ。
「……千、年前の……君と……、同じ、痛みを……味わいたかった、……から、だって言ったら……、怒る、かな…………?」
燃えるような痛みと、体温が急激に抜け落ちていく感覚を、リタは味わいながら、絞り出すように答えた。
(それでも、ノエルは、痛いなんて、苦しいなんて、言わなかったんだ。最期まで、気高く生きたんだ。だから、私も、君と同じで在りたいッ!)
勿論、死ぬつもりは無い。この痛みを、必ず自分も味わうべきだと思っていただけだ。
前世からずっと考えていたことがある。この世界は、回復魔術がある。欠損でさえ治す魔術があるのに、人は、いつ死ぬのかという事だ。
リタは、一つの結論に達した。
人は通常、魂が死を認識した時に、死ぬのだ。魂が抜けた肉体には、たとえ治癒を施そうと、死体が綺麗になるだけだ。
私の魂は、私がこれくらいで死なないことを知っている。
何より、君の答えを聞くまで、死ぬわけにはいかない。
だから、私はまだ死なない――――。
リタは、震えそうになる膝に力を入れて、キリカを見据える。
「え……嘘…………! 嘘、よね? お願い! 嘘って言ってッ!!」
キリカはただでさえ白い顔を蒼白にして、がくがくと震えながら、そう叫んでいた。
彼女に、大丈夫だと伝えたかったが、肺に血が入ったのか、上手く言葉にならなかった。
「――ノ、エル……」
力ない微笑みで、その名を呟いたリタの身体からは、止め処なく血液が流れだしている。きっと彼女の体温も、命も、流れ出しているのであろう。
「嘘――――」
このままでは取り返しのつかないことになる。
キリカは慌てて、時空結界にて、リタの時間を凍結しようとした。
今なら使えるはずだと分かったからだ。
今の私には、私の魂が辿った、もしくは辿るかもしれなかった過去と、これから辿るかもしれない未来の、全ての因果と可能性が重なって存在しているのだから。
だが、彼女の時間は止まらなかった。
忘れていた。“時の埒外に居る者”――――。世界が定めし理の外に生きる存在。
両手に伝わっていた鼓動は、もう、感じない――――。
その名前を呼ぶ人間など、前世を入れても、ただ一人しか居なかった。
何故?
どうして?
分からない、分からない、分からない。
ああ、でも、これだけは分かる。
私は、間違ったのだ。
「貴方が……、シン――――? 嫌よ……、こんなの! 嫌! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
キリカは崩れ落ちた。
リタは手を伸ばそうとした。今すぐ回復魔術で治療して、彼女を抱きとめようとした。
だが、身体が動かない。胸に刺さった大剣から流れ込む何かが、リタを硬直させている。
(マズい! してやられた!)
油断があったのかもしれない。他でも無い、彼女だったからだ。ノエルになら、何をされても構わないと思っていたから。
だから、されるがままになっていた。どうせ死なないと、後で治療すればいいと思っていたから。
そして、レーヴァテインから、冷たい声が響いた。
『使用者の戦意喪失を確認――――。疑似人格への換装開始』
レーヴァテインの根元にある試験管の液体が減っていくと共に、キリカの目から光が消えていく。何らかの薬品でも仕込んで居たのだろう。恐らく、あの武器には、使用者の戦闘継続が困難になった場合でも、無理矢理継戦する仕組みがあるに違いない。
私だって、そう設計するからだ。
(なんて真似を、とは、言えないね。きっとそれが、その時の、君の覚悟だったんだよね?)
それにしても、私に何が――!?
右眼は全力で解析を続けている。そして、気付いたのだ。レーヴァテインを通じて、リタの深層領域に干渉されていることに。存在情報に、何かが埋め込まれていく。
(どうして、物質世界と位相の異なる深層にこんな真似が出来る……? 何故、そんなことをする必要が? そんな事よりも、今は彼女をッ――――!)
リタは、自分を貫いている大剣をどうにか抜こうとしたが、それよりも、目の前の彼女が言葉を発する方が早かった。
「ごめんなさい。それからありがとう、
きっと彼女だろう。
昨夜、現れた存在であり、夢で見た事のある存在。恐らく事の発端に関与する者で、きっと彼女の可能性のひとつ。
「だ、れ……?」
まだ、敵意は感じない。だが、決して油断は出来ない。
「そうね……。貴方になれなかった貴方と、貴方を誰よりも大切に思う人から、貴方たちに想いを託すために作られたこの剣に宿る疑似人格。――本当は他でもない貴方の傍に居たかった、この私じゃない私の残滓、かしら?」
非常に回りくどい言い方だ。現状打破のために、別のことを考えていたからか、うまく理解できなかった。
「何……を……?」
「とりあえず、終わったから抜くわね?」
彼女はそう言いながら、レーヴァテインを引き抜いた。リタを強烈な痛みが襲う。だが、これ以上醜態を晒す訳にはいかない。
自由を取り戻した身体で、瞬時に自らを治癒したリタは真っ直ぐに彼女を見据える。
「君が、キリカを――――?」
「本当は違うけれど、理解出来ないだろうから、そうよ、と言っておくわ。私たちが、キリカ=ルナリア・シャルロスヴェインをけしかけた。彼女が、真実に気付かないようにして、彼女の感情が今の状況を引き起こすように仕向けたのは事実。……元々、思い込みの激しい子に生まれたみたいだったから、時間の問題だったかもしれないけれど」
肩をすくめながら話す、そんな彼女の言葉に、リタは怒りを覚えた。だが、この彼女も、ノエルやキリカと同じなのだとしたら、何か理由があるに違いないと感じた。
「どうして、そんなことを……?」
「貴方に、
「観測者? 鍵?」
「それは、貴方の存在情報に蒔いた種子が発芽すれば、教えてくれるわ」
どこか棒読みで、例えばこう言えと教えられていたことをなぞるような様子で彼女は話す。そして、彼女は呆れたような顔で笑った。まるで、ここには居ない誰かを感じているような顔であった。
リタはただ、首を傾げるしかない。
「届けたのは、将来貴方たちが、必ず必要とするものよ。――――決して、貴方たちをいたずらに害する意図は無い。信じて、とはとても言えないけれど、他の誰でもない私たちが、それを望むことは無いわ」
けれど、そう寂しそうに笑った彼女の言葉は、きっと真実なのだろうとリタは思った。
「それじゃ――――、始めましょうか」
そう言って笑うと、彼女は少し距離を取りレーヴァテインを構えた。
リタは、溜息をつきたくなった。さっきから理解不能な展開が続いてる。だが、彼女の目に宿る意志は、確かにキリカと同じ種類の物だったのだ。
「一応、理由を聞いてもいいかな?」
リタは半分諦めながら、そんな言葉を投げる。
「貴方が、本当に唯一解であるのかを、知りたい。それから――――」
「それから?」
「選ばれなかった私の、ただの醜い嫉妬よ!!」
そう凶暴な笑みを浮かべた、彼女との、戦いが始まった。
正面から突っ込んでくる彼女は、キリカとは異なる足運びだった。
「折角の再会なんだ! 用事が終わったんなら、邪魔しないでくれるかな!?」
リタは、彼女の振るうレーヴァテインを避けながら、そう告げる。剣術も、キリカとは異なるようだ。
「それを私に言うなんて、貴方って性格悪いわね?」
笑いながらも、正確にリタの急所に向かって振るわれる大剣には、迷いのない殺意が乗っている。ここで死ぬような人間になど、価値が無い。そう言っているようだ。
そして、それは間違いなく事実。
「全開で行くッ! 簡単に折れないでよ、ミストルティン!」
リタは初めて、実戦でその長剣を抜いた。まるで、手足のように、思い通りの軌道を描くミストルティンは、確かにレーヴァテインとも打ち合えた。
打ち合った瞬間に、共鳴したように響き合う波動を感じる。
そのまま、何度も、何度も打ち合う。轟音を上げて迫る大剣を、ミストルティンは軽やかにいなす。
リタはここで確信した。やっぱり、この剣は――――。
「そう。それも、鍵のひとつよ? 貴方は、もう知っているはず。必ず、貴方の元に届くように仕組まれた剣。それは、彼からの贈り物! 貴方が生まれる前にこの世界に届けるのに、苦労したんだから!」
笑いを隠せないと言った様子で、目の前の少女は連撃を繰り出す。それを受け止めながら、リタも思わず頬が綻ぶ。
ああ、本当に、目の前の彼女には悪いけれど。ノエルが、いやキリカが待っているっていうのに、時間を掛けたら悪いだろう。
リタは、右手に持ったミスリルの長剣に、全力で魔力を注いだ。
ずっと、不思議な感覚を覚えていたんだ。
ありがとう、
この剣に誓って、私とキリカが、君たちが届かなかった因果の収束点のその先に、到達してみせるから。
教えてやろう、あそこの試作機に。
本物は、ここに在ると!
「存在証明の時間だ――――ッ! 真装開放――――、神滅剣レーヴァテインッ!!」
名を変えた長剣は、ミスリルに偽装されていたその殻を破る。いつしか、滅びの運命の前に立ち上がった人たちの想いを、決して届かなかった未来を、ここに繋いだのだ。
傲慢な、神を殺す――――。
それだけが、この剣に与えられた存在意義。
シグマドライブにも通じるその設計思想は、ただ、その目的を果たすためだけの概念を魔法で固定化した究極個人兵装だ。
そう、だから、与えられている形には意味がある。
けれど、それは決して、固定化されるべきでは無いのだ。
リタの意志を反映するように、大剣に姿を変えるレーヴァテインは、怒りの焔を纏っているようにも見えた。
そして、真紅に輝いた一閃が、試作零號機を粉砕した。
レーヴァテインが元の姿に戻ったことに、一応安堵しながら、リタは長剣を鞘に戻す。
きらきらと光り輝く粒となって霧散していく大剣と共に、目の前で微笑む少女の存在が薄くなっていくような、そんな気がした。
「――――ありがとう、オリジン。でもね、これだけは言っておくわ。まだ、貴方たちは未来を手に入れていない。必ず、滅びの運命が、もう一度貴方たちの前に立ちはだかる。それがこの世界の掟。神は
態度を変えた彼女の言葉に、リタは頭が真っ白になった気がした。
終わったと思っていた。
私たちは、千年前に、そこを乗り越えたと思っていた。
けれど、またこの世界は、彼女を苦しめようというのか――――。
あれだけ、前世で苦しめておきながら、それでも、気高く生きた彼女に、この人生でも幸せを享受させないというのか――――。
そんなこと、何があろうと、絶対に許容出来るものか!
「そんなこと、私が許さない!」
リタは思わず叫んだ。
「そう、それでいいの。幾億の因果によって、分岐していった私たちの中で、唯一女の子に生まれた貴方には、その壁を超えられる可能性がある」
「え?」
だが、続く彼女の言葉に、呆けてしまった。そこには、聞き捨てならない言葉が含まれていたのだから。
「大丈夫、女の子の貴方も素敵よ? 寧ろそっちの方が……って、ごめんなさい。
最後まで、意味不明なことを勝手に告げて、手を振りながら彼女は消えた。
柔らかな、微笑みを残して――――。
彼女が瞬きをした後には、金髪赤眼の少女に変わっていた。
肌寒い夜風が、二人の間を吹き抜けた。
どこか、呆けたような顔のキリカの両目に、少しずつ涙が溜まっていくのが分かる。
「シン……会いた、かった……」
キリカの美しい唇が、小さくその名を紡いだ。きっと、今は彼女しか知らないはずの名前を。
「――――待たせたな、ノエル。千年前の約束を、果たしに来た」
そう、きっとシンならこう言うのだ。
そして、私はこう続ける。
「キリカ、君で……本当に、良かっ……た――!」
その言葉に、キリカの両目から涙が零れ落ちる。
視界が霞み、歪む。リタも自分の頬を涙が伝う感覚を感じていた。
でも、しょうがないよね。
ずっと、探してたんだから。
「ごめん、なさい……私、私……操られて……いえ、違うわ。貴方を選んじゃ駄目だと、そう思ってたのは事実で……」
キリカは、俯いている。
理由は分かり切っている。だから、ここから先は、私が言わなければならない。
「いいんだ。折角、会えたんだから、そんなのはどうだっていい! 刺されたのも、私が、君と同じ痛みを味わいたかっただけだから。それで、君が気に病む必要はない。だからこれからは、君が望んでくれるなら――――」
リタは、ゆっくりとその距離を詰めるように足を踏み出す。
「でも! 貴方を殺そうとした私には、貴方といる資格なんて――――」
キリカは逃げるように後ずさる。
「そんなものはいらない!」
「貴方を、あんなに傷つけたし、苦しませた――――」
「それはもう治った!」
「私なんかが、貴方と――――」
だが、リタが何を言っても、キリカはそれでも後ずさり、距離を取ろうとする。
「ごちゃごちゃうるさぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「え――――?」
リタの叫びに、キリカは驚いて足を止めた。リタは、彼女の手を強く握る。また昨夜と同じだ。だけど、もう離さない。
「もう取り繕うのはやめる! 四の五の言わずに、私と生きろッ! キリカ!」
そしてリタは、キリカを強く、強く抱きしめた。破けた服の間から、この確かな鼓動が伝わるように。
「……いいの? 本当に、それを、望んでも?」
耳元からは、怯えたような、震える声が聞こえる。
けれど、答えは最初から決まっているんだ。
「私は、君じゃなきゃ嫌だ」
「……」
リタの言葉に、キリカはただ、嗚咽を漏らした。
リタは、一度身体を離すと、その場に跪いてキリカの手を取った。
君が望めば、といつも思っていた。
だけど、今は違う。もう、違うんだ。
私は、君に、私といて欲しいって思ってる。
「何度だって誓うよ。君が死ぬ時が、私の死ぬ時だ。私が、必ず君を守る。君の前に立ちはだかる、どんな理不尽も、困難も全部、私が打ち砕く! 君を傷つけようとする障害も、悪意も全部、私が討ち滅ぼす! だから、君が世界で一番幸せな女の子になって、心からの笑顔で幸福な人生だったとその瞳を閉じるその日まで、私と生きて欲しいんだ!!」
キリカは、涙に濡れた顔で、しゃがみ込む。そして、リタの首に手を回した。
「――――私も、誓うわ、リタ。私のこの命、たとえ何度生まれ変わったとしても、その全てを貴方の為だけに捧げる。私だって貴方を守りたい。貴方が進む先を塞ぐ敵を斬り刻む剣に、私がなるわ」
「ありがとう、キリカ。今度こそ、一緒に行こう! 何処までも!!」
「ええ、勿論! 喜んで」
キリカは、湧き上がる喜びを抑えられなかった。身体の内側から、嬉しさが溢れて、世界が鮮やかに透き通っていくように感じた。
生まれ変わったとしても、貴方が女の子になったとしても変わらなかった。
私の感情は、間違ってなんかいなかった。
貴方の正体を知らなかったとしても、私は正しく、貴方に惹かれたんだ。
前世でも、今でも、恋だの愛だのは知らなかったから、この感情の正体は、まだ分からないけれど。
本当に、貴方で良かった――――。
私が世界で一番好きな人は、いつだって私を解放する翼なのだ。
だから私が、貴方を縛る鎖を断ち切る剣になる。
二人なら、何処までも行ける。
二人で、時には三人かもしれないが、この道を征くのだ。
きっと、ずっと先まで、続いているはずだから。
そう、幾億の私たちが望んでも手に入れられなかった、本物の未来に――――。
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